第2章-2 仕事を任されると嬉しい
本部長はすごい。
ここ1週間、本部長の仕事を手伝わせてもらって感銘をうけた。
まず本部の人全員の名前と役職を覚えている。本部には300人近くが在籍しているのに関わらずだ。
仕事をこなす量も半端じゃない。ニートも多い中、一日中みっちりと仕事をこなす。
奴隷を男女で13人所持しており、この奴隷の人もすごいよく働く。仕事を教えたのは本部長らしい。
奴隷と本部長の関係はとても良好で「迅さん」と呼ばれ親しまれている。俺も迅さんと呼ばせてもらっている。
やっとこさ事務仕事にも慣れてきた頃。
「ノルマンディとの交渉について説明しよう」
さっとメモを取り出す。これも迅さんから学んだこと。
「今回の交渉材料はバリスタだ」
聞き覚えのない言葉だ。
バリスタがわからないか?と聞かれたので、はいと答える。「巨大な弓と思っておけ」と教えてくれ、図書室に資料があるからあとで調べるようにと言われた。
この人、図書室の本を全て網羅してるのか。
「今まで兵器を輸出したことはないのだが、魔物との情勢が悪化しており、ノルマンディ領の砦が1つ落ちたとの報告がはいった」
機械部で製造していた大砲は構造が簡単故に、車より輸出を嫌がっていた。あれは大型の魔物を仕留める際に、日本人だけで運用するという取り決めがある。
「バリスタでノルマンディから引き出すものはノルマンディが所有しているミスリル鉱山を1つと魔鉱山を1つ、追加で奴隷の姉妹だ」
あの姉妹の名前が出て、メモを取る手に力が入る。
「奴隷の交渉はお前がやれ」
鉱山2つに比べて明らかに小さいことではあるものの責任は重い。3人の命とはいなわいものの、人生が掛かっている。
「4日後にアポを取っている。それまでに準備を整えておけ」
暫くは準備以外の仕事をしなくていいと、休暇をくれた。もちろん準備期間で休みではないのだが。迅さんの奴隷に仕事の引継ぎをし、昼前には休みにはいった。
お昼まで少しだけ時間があるので、たまにはいいものを食べようと街の中央へ足を向ける。
街は中心に領主たち貴族の館と貴族用の店がある中央、そこから商人街、農民街順に生活のレベルが落ちていく。農民街端にのはスラムのようなところもあり、格差を物語っている。
サクラサケは商人街と農民街のあたりに集まっている。その辺には色々な職人も軒を連ねている。
「ナルーご飯行こう」
ニャっ、と猫の獣人らしい声で返事をする。
「どこに行くのかにゃ?」
この時間にはサクラサケの食堂が空いてないから質問してきた。
「たまには中央にも顔を出してみようと思ってね。」
車を持ってくるニャっ、と鍵を持って車庫に走っていく。この気の使い方は仁さんの奴隷に仕込まれたという。中央で歩く人などいない。馬車移動が普通だ。
ナルが車を運転して中央へ向かう。ここの街の人は車になれていてジロジロ見る人は少ない。
周りの馬車と合わせて、駆け足程度の速度でゆっくり中央へ向かい、値段が高いことで有名な食堂に入る。ランチでも金貨を消費する貴族御用達の店だ。
「いらっしゃいませ。1名様ですか」
この1名というのはナルを勘定に入れてない。よくあることだ。いいえ、2人で。と返事する。
「ではこちらへ」
奥の個室に案内される。これもよくある。獣人の食事を見せる事は、貴族にとっては下品な物に当たるという。だから貴族の奴隷は人間が多い。
個室に入って食べるものを選ぶと、店員さんは「ごゆっくりしていってください」と、残して出ていった。それを見てナルは帽子を脱いだ。フニャーと可愛い声を出して耳をピコピコさせる。
獣人にとって耳を隠すのは違和感が強いのだという。奴隷に堕ちて日の浅いナルにとっては尚の事。それにこの世界では、個室なら帽子を取ってもいいという暗黙の了解がある。
俺は魚がメインの、ナルは肉がメインのランチを選んだ。ナルはいつも肉を頼みたがる。迅さんの下についてから、ナルとはあまり話してないので会話のいい機会になる。まぁ迅さんの下につく前は前で、中々会話も弾まなかったのだが。
仕事の話から私情の話までゆっくり会話をしつつ、最高級の食事を楽しんで店を出る。帽子をかぶったナルを見ると他の貴族は目を背ける。下品と知りつつ高級店に来るだけで関わってはいけない部類として判断されるのだ。因みにお勘定は金貨2枚半出した。一般的な商人の1ヶ月の給料と同じくらいだ。どの世界でも貴族はおかしい。
すぐに帰るには早い時間なので、数日後の旅に備えての買い物もしておくことにした。とくに布の下着は貴族街にしか新品が売ってない。中古の下着や革の下着は普通の商店にも売っている。中古の下着ですら贅沢品に分類される。ほとんどがノーパンってわけだ。
「いらっしゃいませ。何をお探しでしょう」
「新品の俺が履く下着が欲しい」
「お高いですけど……」
俺が獣人の奴隷を連れていることと話し方で訝しまれる。金はあると言うとあっさり下着を見繕ってくれた。これまたパンツ1枚金貨1枚とぶっ飛んだ価格設定だ。
ナルに何か欲しいかと聞いたが「中古で十分にゃ」と答えてくれたので、パンツとシャツを3枚ずつ合計で金貨18枚を支払って店を後にする。1回の買い物でお得意様に成り上がった。
帰宅をしたら車の整備だ。ナルと、丁寧に部品をバラして1つ1つに浄化をかけていく。摩耗のある部品を付け替えも忘れない。車にはソーラーパネルが付いており、日に当てるだけで魔力をため込める。このソーラーパネルはドラゴンの羽根から作り出したらしい。物理部や機械部には優秀な人がたくさんいるようだ。
いい汗をかいたので、銭湯で汗を流しナルと再合流をして図書室に向かう。銭湯文化は根付いてないみたいだ。
もちろんノルマンディ攻略のためだ。司書をしている人にノルマンディのことが分かる資料を片っ端から持ってきてもらいノートにまとめ出す。
ナルはまだ読み書きができないので、隣で勉強してもらっている。2日に1回学校に通っているのだが中々覚えられないようだ。
ここの図書室には文字を勉強するための絵本までちゃんと準備されている。
言い忘れていたがこの世界での共通文字は平仮名とカタカナだ。サクラサケでは外に洩らしてはいけないものは漢字を多く使うことで防いでいる。
本日、図書室での収穫はほとんどなかった。明日も訪れるだろう。
毎日図書室に通いつめ、色々な部署に話を聞きに行き、ついにノルマンディ領へ向かう前日になった。
調べてわかったことはノルマンディは優秀であり、弱みという弱みは見つからなかった。
ノルマンディ領は魔界に近く戦闘が絶えない地域だ。ノルマンディ家は創設以来200年にわたって魔物の侵入を防ぎ続けている。何か悪いことをする余裕もないのかもしれない。
もう弱みもなく切れるカードもない。ロリと姉との顔が、やせ細った体が脳裏に浮かぶ。




