歯の浮くような戦争
男だけの組織と女だけの組織で戦争が始まった。
当時特に名づけられなかったので「男組織」「女組織」とする。
それぞれ隔絶したカリスマを首領を筆頭に最高のブレーン、最高の技術、そして最高の組織体制。
構成員は徹底的に教育されたエリート。
美男美女という外見は重要ではなかった。
魅力は内面から滲み出るような人達ばかりだった。
2つの組織は飛躍的に拡大していった。
それぞれの勢力はついに世界を二分し、他のすべての善悪の勢力を飲み込んでいった。
飲み込まれた勢力は例外なく影響を受け、下部組織として従属していき、取り込まれた。
こんな状態だと人類の存続が危ぶまれそうだが、実際にはすでに全人口の7割ほどがそれぞれの支配下にあり、うまくやっていった。
つまり、戦争は世界的だったが、この2派の矜持なのか、戦闘範囲は限定的であり、一般人を巻き込む戦略を取らなかった。
しかし、戦争が激化し、少なからず被害が無視できない程になった頃、男組織が言葉の力を攻撃力として変換する画期的な論理を展開した。
その名も「ハウ理論」。
ハウ理論から開発された「ハウスピーカー」は、ハウ放射現象を発生させ、ほぼすべての近接兵器を無力化することを実現した。
しかし、このハウ放射は人間に意外な影響を与えた。
ハウスピーカーより出た言葉の使い方によっては、相手の戦意を完全に喪失させ、2度と戦うことのできない廃人状態にしてしまった。
ただし、肉弾戦などを織り交ぜると効果は激減した。
ある意味催眠効果の強力版といったところか。
一時期は戦力バランスが崩れかけるほどの劣勢を強いられた女組織だが、ハウスピーカーの奪取に成功、量産化し、難を逃れた。
言葉の応酬は続いた。
罵詈雑言では女性に軍配が上がった。
男性の語彙や表現力に劣る所はなかった。
ただ、言葉の選び方に差があった。それはハウ放射の強度基準となる、ハウ指数として5も違った。
ハウ指数は罵詈雑言の最大級で30前後、一般的な一人当たりのハウ限界値は100〜200だったため、最低でも心を貫く言葉を5回以上ヒットさせなければいけなかった。つまり単純計算でも、25の差は大きかった。
再度パワーバランスに影響が出始めた頃、
下っ端男性構成員が敵の女性に一目惚れし、その場で告白した。
”ハウシンドローム”
後の歴史家達はこう綴った。
甘い言葉が最大の攻撃。
これは使い慣れるには至難の技だったが、とても効果的だった。
甘い言葉のハウ指数は平均でも70、観測された最大値は270だった。
ちなみにその言葉は
「君の瞳に乾杯」
だった。
言った男もアレだが、ダメージを受けた女性も周りの構成員からその結果にドン引きされた。
少なくとも、戦闘中に使う言葉でもないことが、相乗効果で非難された。
戦意を根こそぎ抜かれた女性は、どっちの理由が原因かわからないまま、戦線から、そして組織から離脱していった。
これ以降、この2つの組織の戦い方は大きく変わった。
甘い言葉で織りなす応酬。甘いささやき。
触れることは肉弾戦とみなされるようで、効果が薄れた。
彼ら彼女らは必死だが"史上もっとも甘美な戦い方"ということで世間には広く受け入れられた。
実況中継が実現し、世界の人々は新しい娯楽を手に入れ、それによってか一般市民の生活ストレスは激減した。
これまで罵詈雑言のエース級だった組織のエリート達は、自分の能力を封じられたようになり、
甘い言葉を使いきれず、四苦八苦してその地位を追われた。
・・・ハウシンドロームから2年。
ある程度防御対策、教育が施され、平均的なハウ攻撃値は25前後に下がっていた。
つまり、それだけお互いに愛を語り合うことになった。
ただ、明確に高値をたたき出す条件があった。
それは「本気でいうこと」だった。
つまり戦う相手を本気で想い、本気で伝えると、相手がどう思おうがハウ指数は上昇傾向にあった。
それに現在では各組織の暗黙のルールとして罵詈雑言攻撃は厳禁となっていた。
実況中継で流れる戦いが、そのまま組織のイメージに直結するからだ。
つまりもう、2人で愛を語るしかなかった。
「僕の瞳には君の姿しか見えない」
「貴方は私の太陽」
よくある言葉だった。それはすぐに飽きられた。
「世界のすべての花を集めても、君の魅力には敵わない。花なんてもう不要なんだ」
「貴方の微笑み、それは星、それは月、それは空。眠れない私にしたのは誰?」
少し長くなるようなのも流行った。少し高度なので一部の人間のみに使われ、”愛のエリート層”ができた。
「君がシンデレラなら、どうして僕はガラスの靴になれなかったんだろう。もう片方の足が憎い」
「私にとって最初で最後の星の王子様。私は馬になりたい」
(※星の王子様に馬はでない)
おとぎ話からの引用に、おかしなアレンジが入ったりもした。
「今からゲームをしないか。そう君が僕を好きになるゲームだ」
「初めからわかっている答えは求めない。会ったときから私の勝ち。それを今から教えるわ」
少し会話形式になってきた。
次第に、そして自然とハウ値最大の会話に行き着いていった。
その言葉は戦後になってわかった。
「君が好きだ。こんな戦いなんて無意味だ。一緒に逃げよう。地の果てまでも」
「あなたとなら、どこまでもついていく。もうなにもいらない」
この言葉、この言葉に類似する会話はハウ値を上げるだけでなく、実行性も伴った。
本人たちは気が付かないが、戦意は瞬間的に相殺され、消えていた。
そして組織の構成員としても一組、また一組と消えていった。
気が付くと、世界は本当に平和になった。
戦争の終了がいつになるのかが、今でも論争を呼んでいる。 首領同士の結婚式の日を挙げる研究者もいた。
ただ、後の歴史家はこの時代の幕開けを「エデンの始まり」として書を終わらせた。
オチが途中でわかった人もいたでしょう。
でも書きたかった。
ガッと作りました。
ちなみにハウ理論のハウは
ハがウくような、からです。