Green-tinted Sixteen's Mind
青臭い16歳の頃のような気持ち。
プルルルルルルル……。
えらくけたたましい音で、私は目が覚める。携帯の着信のようだったが、それはすぐに切れた。携帯のディスプレイに表示された電話番号は恐らく業者のものだろう。無視しておいて構わなさそうだ。
就職してからは月数回あった親からの電話もあまり掛かってくることもなくなってしまった。親もまだ働いているという事もあってお互いに忙しくなってしまったからであろう。
それにしても私はどうやら座ったままの体勢で眠っていたらしく、上体を起こした時に腰に痛みを少し覚えた。顔を上げると、目の前にはディスプレイの照明を落としたパソコンがあった。どうやら私もこのパソコンも、いつの間にやらスリープ状態に切り替わって、そのまま深い眠りへと落ちていたみたいだ。
しかし椅子に座ったままの体勢は腰や肩にくる。目覚めたついでに軽く身体を解そうと椅子から立ち上がると、頭が少し重たくなって、目眩が少しだけした。思わず目を閉じたら、それから暫くして目眩が治まった。ゆっくり開いた目は、朝日に照らされていつもより僅かに明るい自分の部屋の片隅にあるソファで眠る君を捉えた。何故君がここに居るんだっけ、と少しとぼけた頭で記憶を探り出す。暫くしてから、昨日君と呑んだくれたという事実を思い出した。
そういえば昨晩はえらく疲れたなぁ、などとおぼろげな記憶が頭の中でメリーゴーラウンドのようにゆっくりと回る。
昨晩8時頃から私の部屋で晩御飯を君と食べ、そのまま何か酒やつまみなどを少し食べた後には、取るに足らぬような話などをしていた。それが確か11時過ぎ頃だったような気がする。
まだ年端もいかないような君だが、私よりはよく飲めるようだ。昨晩だって、私が止めるのもよそに缶酎ハイを3つも空けてしまった。
君がそのまま眠ってしまい手持ち無沙汰となった私は、企画書を書き上げる為にパソコンを立ち上げて、それに取り組み完成させて保存した後に間もなく寝落ちた模様だ。まあ恐らくはそういう事で今に至るのだろう。パソコンが付きっぱなしなのは、企画書を完成させて保存した後にシャットダウンだけ忘れていたからであろう。
「……」
昨晩引いたカーテンから漏れ出る光が、まっすぐに窓からソファへ差し込み、君の夢の中に入ってゆく。そのまま夢ごと引き裂かんばかりに輝いている。部屋の時計に目を遣ると、短針が時計盤の7の辺りを、長針は2の辺りを指していた。つまりは、そう、7時10分であるはずだ。
君を起こしてやるか迷ったが、先程の着信でも目覚めなかったのでよほど深く眠っているのだろう、且つ、今日は土曜日であるので特段急かす意味も無いだろう、と思いそのまま君が起きてくるまでは私からは何もしない事にした。
休日としては珍しい早起きになってしまったが、たまにはこういう日があってもいいだろう。しかし君がまだ起きてこないという事で、何とも退屈な時間でしかなかった。さて、どうしたものかと考えていた時、ふと空腹感を覚えた。その時何故か、今日は自炊でもするかという気が起こり、味噌汁と卵焼きとご飯でもこしらえようということになった。
冷蔵庫は実家で暮らしていた頃より少し寂しく、隙間がかなり空いていた。その中から卵を2つ見つけて取り出したが、味噌汁を作るのに必要な味噌がないことに気がついた。もうこうなったらインスタントでいいだろう。そう言えばご飯があったはずだ……、と台所を右往左往しつつ炊飯器の中身を確認すると、ひとり分のご飯だけがそこにあった。ひもじいような気もするが、こうなれば私が我慢しよう、糖質制限だと思えば問題ないのだ、と自分に言い聞かせた。
卵をふたつ、深めの皿に割って砂糖をひとつまみ加え、そのまま菜箸で勢いよく混ぜる。混ざった後に換気扇のスイッチを入れて、ガスコンロに火をつける。
実は私は塩を入れた卵焼きの方が好きだったのだが、君は砂糖を入れた卵焼きの方が好きらしいので共に暮らすようになってからというもの、もっぱら砂糖を入れるようになっていた。
玉子焼きを作る為だけに生まれてきたような、小さい四角いフライパンに油を軽くひいて、それをコンロの上に乗せる。私は何方かと言えばサラダ油よりごま油で卵焼きを作るのが好きだ。香りが良いからだ。充分フライパンが熱された頃合をみてから溶いた卵を流し込む。ごま油の香ばしい香りとともに、ジュワっという音が響く。火の通った薄焼きの卵を器用に三つに折りたたむ。
初めこそ不格好だったものの、今やすっかり熟れてしまった。再び油を少しだけしいて卵を流し込んで火を通したら巻く、の繰り返しを2、3回繰り返すとそれっぽく形作られた卵焼きが完成した。
「ん……おはよ……」
気だるげな低い声が、台所の向こうで聞こえてくる。声の主はソファから起き上がってそのまま洗面台へと向かった。
いつものように蛇口を大きくひねって豪快に顔を洗っているようだ。少しは水道代の事も気にして欲しいものだけど、と冗談っぽく私が言うと、君は「それじゃあ洗った気にならないでしょ」とまた気だるげに笑う。
お皿に出来上がったばかりの卵焼きを乗せ、すぐ電子ポットに水を注いでスイッチを入れてお湯を沸かし、その間にインスタント味噌汁のもとを深いお椀に入れ、炊飯器の中身をすべて青の茶碗によそう。流れるようにこれらをこなす様は、休日の朝にしては少し慌ただしくもあるかもしれない。
「なに、朝ご飯作ってるん?」
「ちょっと早く目が覚めたもんでね~」
台所の入口から覗き込む君が尋ねる。まだ少し眠そうな目をしていた。髪の毛が少し跳ねていることを指摘すると、君はまた洗面所に戻って行った。
それと同時にお湯が沸いたようで、カチッという音が台所に響いた。沸いたお湯を味噌汁のもとを入れたお椀に注いでから、菜箸でかき混ぜる。使った直後にそれが卵焼きを焼く時に使ったものである事に気がついたが、まあ特に気にしない事にした。
出来上がったものをとりあえず食卓に運んで、洗面台で寝癖と格闘している君を呼ぶ。適当なところで寝癖と妥協した様子の君が、少し急ぎ気味でこちらにやって来る。
「もう跳ねてない?」
「さっきよりは」
君は私の向かいに座り、手を合わせ「いただきます」と言う。その様子を見つつ私は、おあがんなさい、と返す。これが私にとってのいつもの光景となりつつある。2人で暮らしはじめたあの頃からの、いつもの光景。
ご飯の入った茶碗がひとつしかないことに気がついた君が「あれ、ご飯いいん?」と聞いてきたので、食欲がないとかいうそれっぽい言い訳で流しておいたりふぅん、とだけ君は言うと、おもむろに卵焼きを口にした。
「前よりも美味しくなった気がする」
「ほんま?」
「多分な」
「多分かい」
味噌汁をすすりながら、卵焼きを食べる君の表情を眺める。たまに少年のような笑みを見せる君がたまらなく愛らしいような気がしてならない。
伏し目になる時にふとドキっとするような大人っぽさを覚えるのだが、そのギャップがまた一層そうさせているのかもしれない。
ぼーっと君の顔を眺めている間に、君は茶碗のご飯を半分ほど平らげていた。食べるの早いなぁ……などと私が思っていたら、いきなり「今日さ、どっか行きたいねんけどさ」と君が言い出した。えらく突然だったものだから、私は一瞬だけ固まってしまった。
「聞いてる?」
「聞いてる」
怪訝そうな顔で君が首を傾げながら軽く私の顔を覗き込んで、まだ眠そうやね、と君が笑いかけてくる。そんな君も少しだけ眠そうな顔をしているのが何とも言えない。
私が「別に眠くないよ、どこ行きたいん?」と聞くと、君は暫く考えてから「昼くらいからでいいねんけどさ、ゆっくり散歩とかしたい」と答えた。
飲み明かした後の疲労感が残る今の状態で「梅田で買い物とかしたい」などと言われたら、間違いなく全面拒否していただろうから、むしろこれ位のゆるさがありがたかった。
「ゆっくり散歩なあ。ええやん、お昼食べたら海まで散歩行く?」
「行きたい~」
私の提案を聞いた君がニコッ笑う。これが何故かとても嬉しかった。本当に陳腐な言葉でしか表現出来ないのだが……この笑顔を毎日見ることが出来る私は、実に幸せな人間であると思うのだ。
「二人揃ってお休みなんて滅多にないから、俺ちょっと今日が来るの楽しみだったし」
「へぇ?」
「ほんまやで。なんか……高校生みたいやけどさ」
「高校生ってどういう事よ?」
「いや……何となく。高校生みたいじゃない?」
君の言葉を繰り返すように、高校生、と呟いてみる。もう6年ほど前にもなる、青臭くもあったが甘酸っぱかった頃を思い返す。
確かに私が16の頃も、よくこうして意味もなく海辺に友人と遊びに行ったりしたものだ。20歳を過ぎてしまった今となっては、遥か昔の色褪せた思い出となってしまったが。
「すっかりあの頃より老けてしまったけれど」
「お互い様、だな」
あはは、と2人で顔を見合わせながら笑う。その後もゆるりと他愛もないような話をしながらご飯を食べていたら、食べ終わるまで30分もかかってしまった。こんなにゆっくり出来る日も滅多にないのでこの余韻に浸っていてもいいような気がした。
「ごちそうさまでした」
「お粗末様でした」
その後は君が「俺がやるよ」と言って皿を洗ってくれた。対面式ではないが、リビングから台所が見えるようになっているので、洗い物をする君の姿が見える。おさまった筈の寝癖がまた少し復活しているようで、それがなんだか可笑しくもあり、でも可愛かった。
君の年齢は私と一つほどしか変わらないはずのだが、こうして時折見せる幼さが可愛らしい、と私は思っている。
「ふぁ……」
君を眺めていたら不意にあくびが出てきてしまった……と同時に君がこちらを見る。不意打ちといえこれは恥ずかしい。君は少し苦笑いをして「寝たら?」とだけ言い、また作業に戻った。その後すぐにまたあくびが出てきた。君の言う通りに素直に眠ってしまった方がいいだろう、と思ったので、さっきまで君が寝ていたソファで横になった。
そんな私に、洗い物を終えた君が「ほんとに寝るんだ」、と苦笑いで言う。
「ごめんあそばせ、企画書徹夜して書いたから眠いのよ~……」
「俺より遅くまで起きてたもんね。おつかれ」
君は私の目の前にしゃがみこみ、ソファで横になってる私の頭をわしゃわしゃと撫でてくれた。洗い物をしていた手は少しひんやりとしていた。
しかしその冷たさよりも、手から心へと暖かさが伝わるような感覚の方を強く覚えた。
「お昼までには起きてよ?」
「心得た~……」
窓から差し込む日差しと、君の手の温もりの暖かさに包まれてゆく。心の底から暖かくなるほどの柔らかい優しい気持ちでいっぱいになる。意識がちょっと遠のく中で、君のあくびが聞こえた。
「こっちまで眠たくなってきたんやけど……俺も寝るか……」
君は少し呆れたようにため息をついてみせたけど、全く嫌そうではなく、むしろ微笑んでいた。君に髪を撫でられる感覚が心地よくて、思わずにやついてしまう。
「ん?……一緒に寝るの~?……おやすみ~……」
「おやすみ」
私の頭に置かれた手の力が少しずつ抜けて来るのが何となく分かった。そんな君の手にそっと触れてみる。暖かさが心地良い。すると君は一度手を離す。嫌がられたのかとも思ったが、私の指と指の間に君の指を通してきて、そのまま手を繋いできた。私も優しく、でもしっかりと手を繋ぎ返す。こうして手を繋ぎながら添い寝しているというこの妙なくすぐったさが恥ずかしかったが、たまには悪くない。
お互い目が覚めた時には、何と言ってこの小っ恥ずかしさを誤魔化すのだろうか。それも少しだけ楽しみであった。
優しい日差しに照らされ、気がつけば2人とも子供のように無垢で穏やかな眠りについたようだった。
あまあまって言いましたね。あれはやや嘘です。どっちかと言うとダラダラです。
イメージとしては、
私: 22歳くらいの新社会人。女性。
君:20か21になったくらい。大学3か4回生くらい。男性。
自分自身ゼロからの創造が出来ないのでいろいろと色んな人とイメージを重ねたりしたりしなかったり。
タイトルでティンときた(自称他称問わず)洋楽詳しいマンさんと友達になりたいかもしれない。
はい。各方面にごめんなさいとだけ言っておきます!!!!!!! また会う日まで!!!!!(なお)