第一章 依頼
その日もブームは武器を磨きつつ、たまに来る客をさばいていた。武器屋を開いたばかりだからか、客の入りはあまり良くない。
それでも固定客が何人かついてくれているのが、ブームにはありがたかった。
人間用の武器、特に長剣や斧は身体の小さいブームが持つのには大きすぎ、磨くのだけでも精一杯だ。
武器の仕入れに行く時も、それらが多いとブームは必死の思いで籠を背負わなくてはいけなくなる。その分、売れたときの嬉しさも倍なのだが、なかなか買い手もいなかった。
「ガラン、ガラン」
店の入り口の扉につけた鐘が音を立てた。今日で四人目の客が来たようだ。太陽は既に傾きかけていると言うのに、まだ四人目だというのが寂しいが、ブームは武器から目を離して入り口を見た。
「あんたがブームさんかい?」
入ってきたのは常連客ではないようだ。来た客全てを覚えているわけではないが、知った顔でもなかった。
「そうだが、何か入り用ですか?」
店の名前が『ブーム武器店』なため、ブームの名前を知っている事自体は不自然ではないが、入り様に名前を確認してくる客はいない。
ブームはいぶかしげに返事をした。
「初対面で申し訳ないのだが、頼みがあるんだ」
目の前の男は、唐突にそう言った。
そう言えば、司祭のトリムが大工が来ると言っていた事を思い出す。良く見ると、確かに大工の格好をしている。
「あぁ、トリムさんの言ってた方ですね」
「知っているなら話は早い。トーテム山にいる大工から、特製金鎚を貰ってきて欲しいんだ」
トーテム山は、ブームが普段仕入れに足を運んでいる辺りだ。ブームは特に断る理由もなく、首を縦に振った。
「そのくらいなら別に構わない。明日に丁度仕入れに行くから、その時に寄ってくるよ」
「すまないな。ゴウンからと言って、この手紙を見せてくれれば棟梁に会えるはずだ。じゃあ、頼んだぜ」
ゴウンと名乗った男は茶色の薄い封筒をカウンターに置いた。そして、来た時と同じように店の扉の鐘を鳴らしながら帰っていった。
「あ……、金槌を渡す方法を聞いてなかった…」
ブームは慌てて店を出たが、ゴウンは見当たらない。
「まぁ、そのうち来るだろ」
楽天的に呟くと、ブームは店に戻った。
「ちゅん…ちゅちゅん」
外からスズメの可愛らしい鳴き声が聞こえてくる。ブームは静かに目を開けた。カーテンの隙間から入り込んでくる光が、ブームの寝床を暖めている。
「うーん…」
ブームは思いきり身体を伸ばした。ホビット族であるブームの身長は、人間の男性の胸あたりまでしかない。
ブームは小回りの利くこの身体を気に入っていたが、仕入れなどで長時間歩くような時には不便だと思う。
暖かい寝床から出たくない気持ちをグッと我慢し、ブームは立ち上がった。
「今日は仕入れに行かないとな」
昨晩のうちに、仕入れの準備はしておいた。あとは、自分の準備が終われば店を出れる。
眠い頭を起こすために冷たい水で顔を洗い、ブームは手馴れた様子で朝食の準備をした。人間のサイズに合わせた店の内装とは違い、自宅はブームの使いやすいホビット族サイズだ。
ここに店を構える前は同じイクシム大陸にあるサボーと言う町で、人間の妻と十歳の娘と共に暮らしていた。だが、ブームは子供の頃からの夢だった武器屋を経営する事を選んだ。
成功するかどうかも分からない苦しい生活を妻達に送らせるわけにはいかないと、ブームは一人モノリスに来た。
店を建ててから半年近く経過したが、家族の写真に話し掛けることをブームは欠かしたことがない。
毎日、朝食前と就寝前に朝の挨拶や一日にあった出来事などを報告している。仕入れ時に拾った武器のリストを娘のために作ることも忘れない。
今は一人だが、ブームは家族の事をとても愛していた。
「二人ともおはよう。今日は仕入れに出掛けてくるよ」
ブームは写真に向かって満面の笑みを浮かべた。写真の中では背の低いブームの横に、人間にしては背の低い妻が娘をその腕に抱いて立っている。
写真からの返事はもちろんないが、ブームには目の前で微笑んでいる妻の返事が聞こえるような気がした。
そうして簡単な食事を取ると、ブームは店を出た。扉につけている札を『閉店』から『仕入れに行ってます』に変更する。
帰ってくる頃には肩に背負った籠が一杯になっていることを祈り、ブームは町の外へと足を進めた。
モノリスからトーテム山へ行く道は、一応舗装された道が続いている。道の脇には木々が生い茂っていて、奥に入り込んだら迷ってしまいそうだ。
モノリスには魔族討伐組合…いわゆる冒険者斡旋所がないが代わりに自治体がある。街道沿いを歩いているとたまにすれ違う冒険者風の人たちは自治体の一人なのだろう。
だが、まだ日が出たばかりの朝っぱらから町の外を警護している人は見当たらない。この時間では馬車も通らないだろう。
トーテム山までは約三時間の道のりだが、その間にモンスターが出ると自分で戦わなければならない。
普通、商人が仕入れに出るときは警護に人を雇うのだろうが、ブームにそれほど蓄えがあるわけもなく、毎回危険と隣り合わせの仕入れを行っていた。
お陰でこの辺のモンスターとは互角以上に戦えるだけの力がついた。
ここに来てすぐの頃は仕入れに行くたびにモンスターにやられ、通りかかった馬車に助けられてばかりいた。トリムに助けられた回数も相当なものだろう。
戦闘に慣れた今は怪我を負うこと自体が少なくなっている。油断は禁物だが、トーテム山までなら何とかなるだろう。
「お! あれは!」
何気なく見た右手の木々の隙間にブームは武器を発見した。草の陰から柄の部分が少し見えている。
ウキウキした顔をして武器に近づき草を掻き分けると、鞘に収まった刀が落ちていた。
「こ……これはっ!」
鞘から刀身を引き抜くと、黄金色に輝く直刃の刀身が姿を現す。
「ササニシキか。状態も良好だし持って帰って売るとしよう」
鞘についた泥汚れを手で払い落とし、ブームは持ってきた籠に刀を入れた。そのままだと動いて危険なので、縄で軽く固定する。
ササニシキはブームが扱っている武器の中では高い方なので、自然と顔が綻んだ。
「幸先がいいな」
少しだけ重くなった籠を背負い、再びトーテム山へ向かって歩き出す。
ブームの武器の仕入れは、どこかの鍛冶屋や武器屋から買いつけを行うのと違い、道に落ちている武器を拾うのがメインだ。
道から少し逸れた場所では、モンスターや冒険者が落としたであろう武器が見つかることがある。ブームはそれを見つけて店に出している。元値がタダだから安く品を提供できるという仕組みだ。
ブームは不良品を見つけても持って帰り、店で処分をしていた。もし置いて帰っても次に来た時にまた見つけ、がっかりするのが目に見えているからだ。
お陰でブームが通った後の道は、余計なゴミの落ちていない綺麗な道路になっていた。
「こ……これはっ!」
再び何か光るものがブームの目に入った。武器には装飾が施されているものも多く、光っているものがあればブームは手間を惜しまずに確認する事にしている。
「綺麗な色した石だ。まぁ、所詮タダの石だが…」
がっかりしたように肩を落とし、ブームは小さく呟いた。
そんなにすぐに武器が見つかるようなら、ブームは苦労していない。何度も気になるものを確認し、その都度喜んだり落ち込んだりしているのだ。
「シュッシュッ!」
突然、後ろから風を切る音が聞こえたと思うと、ブームの身体が反転した。目から星が出るような衝撃がブームを襲う。
クラクラする頭を押さえ先ほどブームがいた辺りを見ると、カブト虫を人型にしたようなモンスター、空手カブトがジャブをしながら立っていた。どうやら石に夢中になり過ぎていて、モンスターが近づいてくる気配に気づかなかったようだ。
ブームは辺りに意識を走らせ、他にモンスターの気配がないことを確認すると、少し後ろに下がり空手カブトから間合いを取った。同時に背負っていた籠も適当に下ろす。
空手カブトは尚もジャブをしながらブームへ近づいた。名前に空手という言葉が入っているのに、動きはボクサーそのものだ。ブームは慎重に下がりながら、尻の右部分に差してあった金槌を手に持った。
「シュッシュッシュシュシュ」
素振りの音が少しずつ早くなったかと思うと、四本ある腕のうち身体の左にある二本の腕を規則的に繰り出しながらブームの周りを回りだした。
どうやら牽制をしているらしい。モンスターから目を離さないようにブームもその場でグルグルと回った。
「シュシュシュシュ!」
ブームの背中から一滴、汗が流れ落ちた。
仕掛けるつもりがあるのかないのか、空手カブトは依然ブームの周りを回っていた。
(いい加減、目が回りそうだ)
ブームはそんな事を考えていたが、笑い事ではない。先ほど頭に食らった一発と、このグルグル目回し攻撃で、ブームの足元が覚束なくなってきている。
このまま回っていたらモンスターを撃退するどころか、反撃する事すら出来そうにない。
ブームは焦って自分から仕掛けることにした。
「うおぉぉぉ!」
金槌を振りかぶり、空手カブトに向かって突進する。突然の行動に空手カブトはびっくりして足を止めた。
「うわぁぁ」
だが勢い良く出たのは良いものの、もつれた足が木の根っこに引っかかり、ブームはそのまま空手カブトに向かって倒れこんだ。
「あうっ!」
「ニギャー!」
ブームとモンスターの悲鳴が重なった。空手カブトは気を失いその場に倒れている。
偶然ブームの持っていた金槌がモンスターに命中したようだ。ブームが倒れこんだ勢いを吸収する形で攻撃を食らったのだろう。
「ふぅ。危ない危ない」
少し目が回りクラクラする額を押さえ、ブームは目を固くつぶった。
「やはり、油断はいけないな」
今回は運よく勝てたが、次回もそうだとは限らない。ブームは籠を背負うと目的地目指して歩き出した。
空手カブトにギリギリ勝ってから休憩を入れながら歩いて来たせいか、日は頂上目指して昇ってきている。腕時計のような高価なものを持っていないブームは、日の高さなどから経過時間を把握していた。
「この調子で行けば、もう少しでトーテム山だな」
誰に言うわけでもなく、ブームは一人呟いた。
冒険者のようにパーティでも組んでいれば喋りながらの楽しい道中になったかもしれないが、生憎ブームは冒険者ではなく、警護の人間も雇っていない。
客と話す以外の言葉は、殆ど全てが独り言だった。
「どっこいせっと」
ブームの背中にある籠も半分以上埋まり、足が疲れてきていた。ブームの短い足は歩くのに適していないのか、何かにつけて躓いた。お陰でブームの前半分は泥でひどく汚れている。
それでもブームは歩くのが大好きだ。たまに落ちている食べ物を食べてみたり、落ちている武器を拾ったり、落ちているカリムを拾ったり……。落ちている何かを見つけるのが、ブームは得意だった。落ちている食べ物を食べて、何度か中った事もある。何かの生き物の糞を触ってしまい、しばらく臭かった事もある。モンスター用の罠に掛かり、カリムを落としたこともある。
でも、ブームは落ちている物への興味を失くさなかった。それが今の商売に繋がっているのだろう。ある意味、自分の特技を生かした最適の職業なのかもしれない。
催促するかのように腹が鳴った。昼飯の時間にはまだ少し早い。
ブームは鞄の中に入っているお弁当に思いを馳せた。
「大工がいる所に着いたら、飯にするかな」
「飯? 飯はお前だ!」
ブームの真上から声が聞こえると同時に、木の上から何かが落ちてきた。ブームはとっさに前に走り、それを避ける。
枝と葉っぱを撒き散らして降って来たのは、人型の豚のような猪のような見た目のモンスター、オークだった。少し高めの人間サイズの身体は緑の毛に覆われ、不恰好な二又の槍を持っている。
「不味そうだが仕方ない、我慢するか」
オークは少し顔を歪めて言った。
「食われてたまるか!」
ブームは武器を縛ってある縄を手早く解き、先ほど仕入れ中に見つけたトライデントという武器を手に取った。
槍には槍を! と思い、手に取ったは良いが使った事はない。
「ほぅ。なかなかいい武器を持っ…」
「とりゃぁー」
オークの台詞が終わらないうちに、ブームは先手必勝とばかりに槍を突き出した。
「どわっ!」
オークの着ている薄くてボロイ布は簡単に貫かれ、オークの脇腹に穴が開いた。
「この卑怯者! 痛ぇじゃねぇか!」
腹から血をダラダラと垂らしながら、オークは叫んだ。
「戦闘に卑怯もクソもあるかっ!」
負けたら食われるような戦いで、正々堂々と戦うと思っている方がおかしい。ブームは尚も槍を突き出し、オークを威嚇した。
「くそっ!」
オークは餌だと思っていたモノから思わぬ反撃に怒り狂い、めちゃくちゃに武器を振り回した。
ブームはその攻撃を後ろ一歩さがって回避する。
「逃げるな!」
「逃げないでか!」
ブームはそう言うと、一目散に走った。逃げれる時は逃げるに限る! 今までの経験でブームが培った知恵だ。
「待てっ! クソが」
(クソを追うな、クソを)
走りながら心の中で呟いたが、腹に開いた穴を押さえつつブームを追ってきている。
ブームは自分がホビット族で、人間より足が短い事を少しだけ恨んだ。しかも背中の籠は肩に食い込む程重くなっている。ただでさえ遅い逃げ足が、一段と遅くなっていた。
だがオークの方も腹の傷が響くのか、ぐったりと走っている。二人は傍から見るとふざけて遊んでいるかのような遅さで、追いかけっこをしていた。
「ハァッ…ハァッ」
舗装されている道とは言え、疲れている状態から走り出したブームは、すぐに呼吸が上がってきていた。
額から背中から垂れてくるじっとりした汗も冷たくなり始め、ゆっくりとした走りとは裏腹に加速するように体力が消耗していく。
それはオークの方も同じだった。脇から出る血は、身体を動きに合わせ湧き水のように溢れ出ている。生命力そのものが出て行くかのように、オークの顔色が青ざめ始めていた。
「ハァッ…。…ま…待て…! ハァ…」
そこまでして追いかける必要はオークにはなかったのだが、自分より身体の小さい、ましてやホビットなんかに逃げられたとあっては、今後の人生に暗い影を落としかねない。
既に意地だけで目の前の獲物を追っている。オーク自体その事を良く解っているのだが、それでも諦めるわけにはいかなかった。
「あっ……!」
道を塞ぐように巨木が横たわっているのが見え、ブームは小さく声を漏らした。
「ふはっ! …もう逃げられない……ようだな。ハァ…大人しく、俺の腹に収まれ! ハァハァ」
ブームはちらりと後ろを振り返り、また前を見た。健康的に太い枝の沢山ついた目の前の木は、ブームには…いや、追ってくるオークですら簡単には越せそうにない。
頭ではそうわかっていても、必死の形相を浮べ一段と怖い顔つきをしているオークと戦うのもかなり嫌なものがある。
ブームは諦めきれず、何とか越せそうな場所がないか木に目を走らせたが、期待は無残にも打ち砕かれた。
仕方なく、再度オークの方へ振り返りトライデントを構えた。そして荒い呼吸を整えるために、大きく深呼吸をする。
「悪あがきはよせ! ハァ…。大人しくしていれば、一思いに食らってやる」
オークも槍を構え、デカイ口を開けながらブームに近づいた。そして二又に分かれた不恰好な槍の先端を、ブームの喉元目掛けてビシッと突きつける。
ブームの後方には巨木があるので左右に避けるしかない。ブームは身を翻して左側に避ける。だが、その行動を予測していたのか、オークは更に突きを繰り出した。
ブームは槍でオークの獲物を弾き、狙いを外す。
身長差のある二人の攻撃はお互い中段に構えているというのに、狙いが大分違った。両方とも急所だと言う事に変わりはないが。
弾ききれなかったオークの槍はブームの頬をかすり、じわりと血がにじんだ。ブームは気にもせず逆に攻撃を仕掛けた。どこにそんな体力が残っているのか自分ですら理解できないままに、何回も何回も腕を突き出しては引く。
その動きにオークは左方向へ飛び、更に後ろに下がった。
「ま…まさか…」
オークの背後には巨木が横たわり、そして運の悪い事に枝と枝の間にすっぽりと収まっている。
「形勢逆転だな」
ブームは小さく呟いた。
「こ…こんな奴に……。うおぉぉぉぉああああ!」
オークは叫び、槍を振り回す。狭い隙間では思うように身体が動かせず、オークの腕が枝葉で擦り切れていく。
二又の槍をブームは難なく自分の槍で絡めとり、弾いた。
金属の擦れあう音と共に、オークの持っていた不恰好な槍が弾き飛んだ。オークは思わず自分の手元を見る。何も握られていない、毛深い手の平がブームにも見えた。
「う…うわぁぁぁ!」
オークは悲鳴を上げてブームに向かって…いや、唯一の逃げ場に向かって突進した。ブームは悠然と槍を構える。
嫌な手ごたえと共に、オークの腹がブームの持っていた槍に突き刺さった。フォークでステーキ肉を突き刺すのとは違う弾力のある感触が、ブームの腕に伝わる。
「嫌…だ。死に…たくない…」
そう言うと、オークは大きく一回痙攣した。同時に腹から血が溢れ、オークは力尽きた。
ブームはおもむろに槍を引き抜き、オークから離れる。心臓が高鳴っている。
「ハァッ…ハァッ」
呼吸が激しく、身体がブルブルと震え始めた。
モンスターを殺すのは、これが初めてではない。だが、人語を操るモンスターを倒したのは、これが初めてだった。
「うぅっ」
ブームは心底怖くなった。いや、オークが現れたときから、物凄く怖がっていた。強気な振りをして攻撃を仕掛けたりしたが、正直、死を覚悟してでの事だった。勝てるとは思っていなかったのだ。
気付けば嗚咽と共に涙が溢れてきている。ブームはそれを拭きもせず、二人が走ってきた道を見つめてぼーっと佇んでいた。
そこにはオークの血が道しるべのように転々とついていた。
「よく来たな! ブームさんの噂は聞いているよ。しっかしまぁ、あのオークを倒すとは驚いたわい」
トーテム山の中腹にある大工の家に着くなり、ブームは質問攻めにあっていた。
オークが持っていた不恰好な二又の槍…よく見ると折れたトライデントだったのだが、それを持っていたお陰で、武器も作れると言う大工の目に留まったようだった。
正直にオークに襲われたこと、そして倒した事を話すと、大工は奥にいた棟梁を呼んで盛大にブームを歓迎してくれた。
料理と酒が振舞われ、ブームはお弁当を持ってきたことを頑張って頭の端に追いやった。
「オークが暴れてたせいで、ここんとこ仕事にならなくて困ってたんじゃよ!」
そう言うと、ブームに酒を勧める仕草をする。
「はぁ…。なんだか知らないうちにお役に立てたようで、良かったです…」
ブームは酒の入った杯に口をつけ、一気に飲み干した。
「お、いける口かい。ささっ、どうぞどうぞ」
棟梁は尚も酒を注いできたが、ブームは少しだけ口をつけて杯を下ろし、料理を食べた。
疲労と空腹のピークに達した身体は、食事を必要としているようだった。ブームのために出された山の幸をふんだんに使った料理は、あっという間に胃袋に収まる。
棟梁は黙ったままブームが食べるのを見つめていた。たまに思い出したかのように酒とつまみを口に運ぶ。
身体が急激に回復していくのをブームは感じていた。
「今日、ここに来たのには理由がありましてね…」
最後の一口を飲み干すと、ブームはようやく本題を切り出した。
「ん? 店を増築するんですかな? それとも武器でも作るんですか?」
その言葉にブームは首を振った。
「いえ、そう言う事ではなくて…」
「はて? うちに出来る事と言ったらそれくらいなんじゃが…」
齢五十は越えたであろう、立派なヒゲを持つ棟梁が首をかしげた。
「ゴウンさんから、特製金槌を預かってきて欲しいと頼まれたものでして」
「特製金槌ですか? あれはウチの組に伝わる大事な物で、ホイホイと人に渡せるものじゃないんですがね。ブームさんなら、まぁ、いいでしょう。誰か! 金槌を持ってきてくれ!」
後ろにある作業場に届くよう大声で棟梁は叫んだ。「へぃ」と誰かの返事が聞こえる。棟梁はブームの方に向き直ると、日々の仕事で太くなった無骨な腕を組んだ。
「アレは、元気にやってますか?」
突然の言葉に、アレの意味がブームには分からない。
「あ、ゴウンはワシの息子なんじゃよ」
棟梁は困ったように笑いながらブームを見て、酒をグイッと煽った。つられてブームも酒を煽る。
「あまり話はしてないですが、健康そうには見えましたよ」
正直、この依頼を受けた事が信じられないくらいゴウンとの面識はなかったが、そんなことはおくびにも出さず、そう応えた。
「ふぉっふぉ、健康そうだったか。あれはそれだけが取り柄での」
遠く離れた子供の事を話す親は、みんな優しい顔をする。ブームは少しだけ娘の事が頭に浮んだ。
「棟梁、これを」
作業場から出てきた大工は金槌を渡すとブームに軽くお辞儀をし、作業場に戻っていった。
「これが特製金槌じゃ。代々棟梁だけにその特殊な製造方法が知らされる、大事な金槌じゃよ」
何の石で作られているのかはブームには解らないが、少し大きめで黒い以外は普通の見た目の金槌だった。
ブームはそれを受け取ると、席を立った。
「もう、帰るのかい?」
「そうですね。あまり長居をすると暗くなってしまいますし」
すでに三時を越えていて、これから三時間かけて元の道を帰るとなると、今から出ても遅いくらいだ。
「親子揃って世話になったの」
改まって棟梁が薄くなった頭を下げた。
「いえいえ。大したことはしてないですよ」
とはいえ、死ぬような目には合ったのだが。そんな事は言わない。
「何か入り用があれば、ここを訪ねてくれ。大工や鍛冶のことなら力になれるぞ。外に馬車を呼んでおいたから、それで帰ると良かろう」
行きの道で色々あったため、その申し出はありがたかった。ブームが乗り込むとゆっくりと馬車が出発した。
大工の家が次第に遠くなっていく。馬車の心地よい揺れに身を任せ、ブームは静かに目を閉じた…。
戦利品リスト
・ブーメラン×3
・こん棒
・バタフライナイフ
・ボーガン×2
・爆弾岩
・チャクラム
・ササニシキ
・鉄扇
・トライデント×2(ひとつはオークが所持していた壊れている槍)
・綺麗な石×4
・420カリム(拾った)
・腐ったお弁当(せっかく作ったのに食べれなかったのが悔やまれる)




