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放課後の教室でテリーが隣の席の晶と話している。我慢できずに話しかけた。
「なんだよ、朝のは」
「だから、言ったとおりだよ」
すまなそうな口調に、諦めの混じった微笑。晶は美人だけど、気に入らなかった。
「フツーの女の子に戻りまーす、ってか」
我ながら意地の悪い言い方だ。
「やめて。あたしはこれでいいと思ってる」
晶の目がきつくなった。彼女が転校してきて、初めて向き合ったと感じる。
「言いたくないのか」
「ごめん。そっとしておいて」
言いたくない理由って何だ。俺みたいに壊れたわけでもないだろう。晶は変わってなかった。俺が期待してきたとおりに成長していた。
じゃあ、辞める理由って何だ。俺がぐちゃぐちゃ考える間に、晶は帰り支度をしていた。いつもつるんでいる女子が、晶に話しかけている。
「ねえ、晶ー。今日ユキの誕生日だよー」
「あ、そうだっけ。おめでとー!」
少し驚いて目を開いてから、笑顔を作る。おめでとう、とは思っているだろう。楽しい気分になっているのも嘘じゃないだろう。なのに、何だ。この作った可愛らしさは。
「今からカラオケ! 晶も行くよね?」
「えっ、今日?」
「今日に決まってんじゃん」
「ごめんね。用事あるの。ユキちゃんには悪いけどみんなで行ってきて」
「えー、何用事って」
(それを聞き出したところで、お前に止められるわけじゃねえだろ)
「ほんとごめん! 明日お祝い持ってくるから!」
晶は鞄をひっつかんで、足早に教室を出ていった。忙しい奴だ。俺から去るときも走っていた。
「晶、付き合い悪いよねー」
晶を見送って、女子の一人がぼやく。
「たまにはいいじゃんねー」
「なんか晶って冷めてない? うちらとは違うって顔してるときあるし」
「そう?」
「そうだって。気取ってるってわけじゃないけど、愛想の良すぎない? 心開いてなくない? いつまでもお客さんっていうか」
「それは言い過ぎだってー。晶も忙しいんだよ」
「そうかもしれないけどさー、うちらの為に作る時間もないってわけ?」
これ以上聞きたくなかった。
「お前に晶の何がわかるんだよ」
彼女たちには聞こえていないだろうが、口にせずにいられなかった。俺だって勝負の外での晶を知らない。晶だって本当は女の子らしいのかもしれない。
(晶はおめでとうって言っただろ。それでいいだろ)
「さあ、帰ろうか伊織。ゴーホームイオリン。ウィズミー」
「うーん……」
テリーは勝手に教室を出ようとしていた。俺がなんとなくついてくることを知っているからだ。
「晶ちゃん、ひどい言われようだね。まだケツのこと言ってる俺のほうが紳士的」
「気分悪いわ。あれで友達かよ」
「まあ、あれで成り立ってるなら友達なんだろうね」
駅に着いた。いつもとは違うホームに歩いていく。
「こっちじゃねえだろ」
「こっちでいいのさ」
テリーがそう言うなら、そうなんだろう。
「何かあるのか」
「何かってほどでもないけどね」
電車は、晶が越してきたのだという方向へ向かう。こいつの目的が見えてきたようで、見えてこないまま電車に乗った。
「まさかお宅訪問とかじゃねえよな」
「しないしない。さすがに俺もそこまではしない」
「じゃあ、そこまでじゃないことならするんか」
「必要ならそうするかもね」
テリーは窓の外を眺めて黙る。冷徹な目だった。
連れて行かれたのは個人経営の喫茶店だった。
「俺、放課後ティータイムなんて趣味はねえぞ」
「俺だってないよ」
店に入る様子はない。向かいのコンビニに引きずり込まれた。なんとなくテリーに会わせて雑誌を立ち読みする。
「そろそろかな……」
お前は探偵か。
「ほら、来た」
通学鞄を置いて、制服から着替えたのだろう。トートバッグを肩に提げた、私服の晶がやってきた。ややタイトなTシャツにショートパンツ。適当な格好なのに、様になっている。
長い脚の形が良くて戸惑った。
「晶ちゃん、あそこでバイトしよる」
「しよるって言われてもな、俺は困るぞ」
何しに連れてきたんだ。
「何か事情があるのかもしれない」
しばらくして、制服に着替えた晶が店内に出てきた。
「野球辞めるほどの事情か」
「さあ? 挙動が怪しいから尾けてみただけだから、これ以上のことは知らん」
「お前当たり前みたいに言うけどやってることキモいな」
さすがに俺も引く。
「人聞きの悪いこと言うなぁ。多少手段を選ばないだけだよ」
「それで、どうするんよ」
「どうもしないよ。帰る」
野球辞めるほどの事情って何だ。晶ほどの女が、辞めるほどの事情って何だ。
ひどく喉が乾いた気がした。適当な雑誌と水を買ってコンビニを後にした。町内放送が、良い子は家に帰れとエコーをかけて追い立てる。
まだ明るい。
「俺な、バッセンで晶見てるんだわ」
「えー。じゃあ辞めてないじゃん」
「しかも通ってるらしい。スイングも見たけど劣化してなかった」
「じゃあさー、なんで辞めたとか言うわけ?」
「それがわかんねえから苛つくんだろうが」
「うち、女子ソフト部あるじゃん。そっちじゃだめなんかな」
「だめなんだろうな。スポーツ全般、本気でやる気ないだろ」
「なんであんなことするんだろ」
「なんでだろうな」
晶ほどの素質があれば、インターハイだって国体だって、世界だっていける。晶は望めばどこにでも行ける。
理解できなかった。