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何でも知れば良いとは限らないからね

 ミワちゃんの部屋は、女性の独り暮らしには少し広すぎる2DKだった。

 玄関を入るとすぐにダイニングキッチンになっていた。テーブルと椅子が二脚置かれている。キッチンはきれいに片付いているが、そもそもめったに使われていない様だ。奥には部屋がふたつ並んでいる。

 私は左側の部屋に通された。この部屋には、テレビとソファーと本棚が置かれている。本棚と言っても、並んでいるのは漫画と雑誌とCDとDVDだけだ。小説などは読まないらしい。

 部屋の中央には楕円形の絨毯がひかれている。ミワちゃんは、とても女の子らしい容姿をしているが、部屋はそれほど乙女チックな部屋では無かった。しかし、やはり男の部屋とは違って華やかに見える。この部屋がリビングルームとして使用されているのだろう。だとすれば、もうひとつの部屋にはベッドが置かれ、寝室になっている事は想像するまでも無い。


 ミワちゃんは、私をソファーに座らせてからキッチンへと向かった。

「今、お湯を沸かしますから、ゆっくりくつろいでいて下さい。お茶とコーヒー、紅茶が有りますけれど、どれが良いですか?」

 さっきファミレスでコーヒーを飲んで来たので、それは避けたかった。最近の若者達の間では、日本茶離れが進んでいると思っていたが、選択肢にはお茶が含まれていた。オジサンには嬉しい事だ。

「お茶が良いかな」私はお茶を選択した。


 ミワちゃんが急須と湯飲みを持ってリビングに入って来た。

「若いのに急須とか有るんだね」

「私、意外とお茶が好きなの」

 そう言ってミワちゃんは笑顔を見せた。

「東京なら地方から出てきて独り暮らしをしている人は多いだろうけど、木更津だと少ないんじゃないの?」

「そうかも知れないですね? よくわかりませんけれど……」

「ミワちゃんの出身地はどこなの?」

「私ですか? 私の出身地は東京ですよ。大田区、多摩川の近くです。もっと田舎の方だと思ったでしょう?」

「確かにそう思った。でも、ミワちゃんが田舎者に見えるって言う訳じゃ無いよ。東京出身の娘が木更津で独り暮らしをしているとは普通思わないよね」

「私達ふたり共、普通じゃ無いみたいですね」

 その時、ヤカンがけたたましい音をたてた。ミワちゃんはヤカンの面倒を見るために立ち上がった。


 お茶を飲みながら話をしていたが、お互い自分の話はあまりしなかった。私自信も自殺旅行の最中だなんて言えないから、ミワちゃんの事もあまり聞かない様にしていた。

 ミワちゃんの事でわかった事は、東京都大田区の出身であることと、二十二歳で苗字が柏木と言う事くらいだ。その苗字に関しても、表札に書いてあったのを見ただけで確認はしていない。要は何も知らないと言うことだ。

「青山さんって、何も聞かないんですね?」

「何でも知れば良いとは限らないからね」

「青山さんにも話したく無い事が有るっていうことですか?」

「『も』って言うことは、ミワちゃんにも有る訳だね。お互い話したく無い事は話さなくて良いことにしようよ」

「そうですね。それなら楽に付き合えますね」

「では、そう言うことで……」

 大人の余裕というか、理解の有るところを見せたけれど、実は聞きたい事が山ほどあった。話したくない事は話さなくて良いとなると、ますます疑念が大きく膨らむ。二十二歳の女の子が、いったいどんな秘密を持っていると言うのだろうか? 気にならない男が居たら会ってみたいものだ。

 ミワちゃんも私の秘密がどんなものなのか気になっているのだろう? 五十代の男の秘密は、二十二歳の女の子より、犯罪やその他のヤバイ事に関与している率も高くなるだろう。ミワちゃんにとっては、かなり危険な状態なのだから、気にならないはずが無い。

 どこまで聞いて良いのかを考えるあまり、お互いの言葉が少なくなってしまった。


 私の顔色を伺う様にミワちゃんが言った。

「今、何を聞いて良いのか、何は聞いちゃいけないのか考えているでしょう? 何だか話がしにくいから、聞くのは何でもオッケーにしませんか? 聞かれても話したくない事は話さなくて良いっていうルールにしません?」

 私はミワちゃんの提案にほっとした。

「そうだね。そうしないと何も話せなくなるからね」

「よかった! それなら普通に話せますね」

 ミワちゃんは、とても嬉しそうに笑った。


 私はミワちゃんの笑顔に助けられて、一番聞きたかった事を口にした。

「ミワちゃんは、何で私を部屋にまで連れて来ようと思ったの? さっき会ったばかりのオジサンなんだから、バス停でも無視したって良かったし、ラブホテルに置いてそのままタクシーで帰る選択肢も有ったよね」

 一瞬消えた笑顔は、何を聞かれるのだろうかと思ったからなのだろう。私にとっては全く信じられない行動で有ったのに、ミワちゃんは『なんだ、そんな事か』とでも言いたそうに、素敵な笑顔を取り戻していた。

「だって、バス停に居るのが青山さんだって解ったし、青山さんをひとりでラブホテルに置いて行けなかったからですよ。お店で話をしていた時だって、すごく楽しかったんですから……。私の中では、青山さんはオジサンなんかじゃ無くて、素敵な男性なんですよ」

 何だか涙が出そうになった。三十歳以上年下の女の子に素敵な男性だなんて言われる事は、この先有るとは思えない。私は言葉を失い、涙の浮かんだ目でミワちゃんを見つめ続けた。

 ミワちゃんが、目を離すと消えてしまう妖精の様な気がしていた。妖精は私の目に浮かんだ涙の意味が解らない様だったが、その訳を問う事はしなかった。

 不意に浮かんだ男の涙の訳を聞いてはいけない事を知っているのだろう。男は意外と傷つきやすい事を……。

「それと、呼び方なのですが、お店に来たときはミワちゃんで良いですけど、ふたりの時は、『ミワ』って呼んで欲しいです。青山さんのことも、『ハジメさん』って呼びたいのですが、良いですか?」

 胸の鼓動が高鳴った。たかが名前の呼び方だけの事なのに……。こんな気持ちに成ったのはいつ以来だろう?

「ミワ、か。ちょっと恥ずかしいけど、そうするよ。私の事はなんと呼んでも構わないよ」

「ハジメさん、嬉しい!」

 ミワが抱きついて来た。私が抱き止めると、ミワの唇が私の唇と重なった。私は両腕に力を入れて、しっかりとミワの身体を抱きしめた。



 夕闇が周囲を支配し始めた頃、ミワはスナックCPへの出勤準備をしていた。

「ハジメさん、そろそろお店に行かなくちゃいけないの。ハジメさんは自由にしていて下さいね。先に寝ていても良いですよ」

 そう言って出掛けるミワを、私は玄関で見送った。

「行ってらっしゃい」

「行ってきます」

 そして、ミワの望むままにキスをして送り出した。


 ドアが閉まると、私は新婚の頃を思い出していた。妻も仕事を持っていたが、私の方が先に家を出ていたから、毎朝仕事に行く私をキスで送り出してくれた。

 しかし、子供が大きくなるにつれ、そんな儀式も消滅してしまった。





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