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他人は意外と気にしていませんよ

 ミワちゃんはラブホテルを出ると、私の腕に自分の腕を絡めながら歩き始めた。私には周辺の土地勘が無い。右も左も解らないとはこんな時に使うべき言葉なのだろう。ここではミワちゃんに従うしか無かった。


 しばらく歩くと、ファミリーレストランが見えてきた。その店は東京にもよくあるチェーン店で、入店するなり待ち構えていたウェイトレスに案内されて席についた。

 案内された席は窓際のボックス席だったが、ミワちゃんは私の正面ではなく隣に座った。私の中では、ふたりで店に入り、その席がカウンター席で無い場合、向かい合って座るのが当然だと思っていた。最近の若者は隣に座るものなのだろうか?

「私の感覚だと、こういう席に座るときには向かい合って座るのが普通だと思っていたけど、最近の若者は隣に座るものなの?」

 ミワちゃんは私の顔を見つめて、不思議そうに小首を傾げた。ミワちゃんにとっては、この質問が普通では無いのだろうか?


 私はSF小説におけるタイムスリップを思い浮かべていた。全く知らない時代にタイムスリップして、自分の時代では至って常識的な事が非常識極まりない事になってしまう。よくあるストーリーだ。私とミワちゃんのジェネレーションギャップは、SF小説レベルなのだろうか? 

 戸惑う私を見つめながら、ミワちゃんが説明をしてくれた。

「その時の雰囲気と相手との関係性に依ると思いますよ。女の子同士とか恋人同士なら隣に座ることも多いと思います。隣に座ると話が近いじゃないですか。手や身体に触れやすいし……。向かい合って座った方が良いですか?」

 そう言いながら私の手の指に自分の指を絡めてきた。私の心臓がまるで階段を駆け上がったかの如く、動きを速めた。この歳になっても、感情の起伏によるドキドキ感は存在するものなのだと確認させられていた。

 ミワちゃんの説に、昨夜から今朝にかけての私とミワちゃんを当てはめてみれば、確かに隣に座るべき関係性なのであろう。

「いや、そう言う訳ではないけれど……。他人が見たらどう思うのかなってね」

「他人は意外と気にしていませんよ。しょせんは他人ですから……。それに、どう思われても構わないし……」

 上目遣いの目が可愛い。こんな目で見られたら周りの事などどうでもよくなってしまう。

 私は、全世界を敵に回してもミワちゃんの隣に居たいと思った。


 私にとっては相当に特殊な状況でありながら、なんの変哲もない普通のファミレスで普通の食事をしているのが不思議だった。食後のコーヒーを普通に飲んでからファミレスをあとにした。

 途中のコンビニに寄ってつまみと缶ビールを買ってからミワちゃんの家へと向かった。


 ミワちゃんの住居は、駅から十分ほど歩いた所に有った。某住宅メーカーが建てた軽量鉄骨造二階建てアパートの二階だった。

 独り暮らしの女性の部屋に入るのは、結婚前の妻の部屋以来だ。もう、三十年以上前の事になる。妻と知り合ってから部屋に上がり込むまでにどのくらいの月日が必要だっただろうか?

 正確には憶えていないが、半年以上は掛ったのではないだろうか?

 当時、私も彼女もまだ大学生だった。私は実家住まいだったが、彼女は地方から東京の大学に来ていたので、アパートでの独り暮らしをしていた。この様な状態ならば、もっと早い時期に部屋へ行っても良さそうなものだが、なかなかそうは成らなかった。私も彼女も恋愛に対しては慎重な方だったのだろう。


 最近の恋愛には、告白という制度が確立しているらしい。『好きです。僕と付き合って下さい』『はい、お付き合いしましょう』といった会話が有った時点で付き合いが始まる事になるらしい。

 私達の若い頃には無かった制度だ。少なくても私の周囲には存在しなかった。

 気に入った娘が居ると、まずは話しかける。そして仲間の様な、友達の様な関係を築く。その後、二人きりで会う機会が次第に増えて行き、いつの間にか恋人同士となる。だから、明確な交際開始の記念日など存在しないのだ。

 中には出会ったその日から恋人になってしまう者もいるが、私の様な気の小さい人間には無理だった。なぜなら、急激に接近しようと試みると、その時点で全てが終わってしまう可能性が高まるからだ。そんな冒険は出来ない。そんな事に成ったら、心のダメージが大き過ぎる。ゆっくりと時間を掛けてお互いの気持ちを確かめ合う必要があった。


 そんな訳で、なかなか二人の関係は進まなかった。

 喫茶店で話をしたり映画館で映画を見たりする日々が続き、遊園地で初めて手を繋ぐまでに数か月を要した。まるで中学生の恋愛の様だが、その程度の速度でしか進展しなかった。

 たぶん、二人きりでデートをするように成ってから、半年くらい経った頃だったと思う。

 横浜の公園で夕陽を見ながら初めてのキスをした。その後、彼女を家まで送った時にようやく彼女の部屋へ招かれたのだ。


 彼女の部屋はワンルームだった。玄関を入るとすぐに、キッチン・トイレ・浴室が有り、その奥がベッドルームスペースに成っていた。一応ベッドは浴室などの陰で見えない位置に配置してあったが、仕切りが無いので、玄関から部屋が見えてしまう様なところだった。

 ベッドルームスペースも決して広くは無いので、ベッドとTVとローチェストと小さなテーブルを置くと、居場所はほとんどなくなる。

 私達はベッドの上に座りTVを見ていた。ついさっき、初めてのキスを交わした二人がその後どうなるかは解り切っている事だろう。事実、その様に成ってしまった。

 その日が彼女との初めての夜だったのだから、きちんと日付まで憶えていないとまずいのだろう。しかし、私は日にちを覚えるのが苦手な方だった。記念日に特別なイベントを開催する様なタイプでも無い。

 私の様な男は記念日問題で彼女と大ゲンカになる場合も多々あるらしいが、幸いにも彼女は記念日にうるさい女では無かった。





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