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目の前に有るのは、ラブホテル

 宿泊先もまだ決めていなかった私は、とりあえず駅に向かって歩く事にした。歩き始めて気が付いた事は、自分が相当酔っていることだった。

 酒を飲み始めた十代終盤から二十代前半にかけては、酒は吐くまで飲むのが当然だと思っていた。二十代半ばからは、ほどほどに飲む事を覚えた。

 別に身体を気遣っている訳ではないのだが、最近では社内の飲み会でもほとんど酒を飲まなくなっていた。晩酌も缶ビール一本だけにしていた。

 しかし今日は、飲み過ぎてしまった様だ。自殺旅行の行き先と言うか、人生そのものに迷ってしまっていることも影響しているのだろうか? 目がまわり、足元がふらついている。


 ふらふらとバス停のベンチに腰掛けたが、ますます目がまわってきた。次第に意識が薄れて行く。こんなに酔っているのに二月の風は冷たかった。コートの襟を立て、ポケットに手を突っ込んでいても、冷たい風によって身体中の熱が全て奪われて行く様だった。

「まさかこのバス停で人生の終焉しゅうえんを迎えるなんて言う事にならないよなぁ」

 そんな考えがふと脳裏をよぎった。それではあまりにも哀しい最期になってしまう。

 焦点の合わない視界の中にタクシーらしい車が止まった。誰か降りて来るのがぼんやりと見える。

「青山さん、大丈夫ですか?」

 誰かが話し掛けているけど、青山って誰だろう?

「あおやまって誰だ……」

「青山さんってば! 私ですよ。ミワですよ」

 ミワ? ミワちゃんなら知っている。さっきの店の女子高生だ。

「おー、ミワちゃんかぁ」

「しょうがないんだからぁ。シッカリして下さい! タクシーで送りますから、乗って下さい」

 私はミワちゃんの力を借りてタクシーに乗り込んだ。

「青山さん、どこへ行けば良いですか?」

「あー、うん、何処か適当なホテルまで」

「かしこまりました」

 運転手が答えてタクシーが走り出した。私の意識はタクシーの揺れと共に薄れて行った。


 私の身体を揺する力を感じて目覚めた。先ほどまでの心地良いタクシーの揺れでは無い。

「青山さん、着きましたよ! 起きて下さい!」

 ミワちゃんの声で目を開けると、タクシーメーターの数字が目に入った。その数字のおおむね二倍位を財布から出してミワちゃんに渡した。そのくらい有ればミワちゃんの家まで帰れるだろうと思ったからだ。


 ふらつきながら車から降りるとタクシーは走り去って行った。

 私はタクシーのテールランプから、目の前のホテルに視線を移して愕然とした。目の前に存在しているホテルは、私が望んだホテルとは大きく違っていた。

 駅前辺りに有るだろうビジネスホテルまで行ってもらうつもりだったが、今私の眼前にそびえる建物は、明らかにラブホテルだったのだ。

 ひとりでラブホテルに入る事になるのか? と思った時だった。誰かが私のふらつく身体を支えている事に気付いた。

「青山さん、ここで良いですよね?」

 ミワちゃんの声が聞こえた。

「な、なんで君が……」

「運転手さんが勘違いしたみたいです。ラブホに青山さんひとりで入るのも変でしょう? だから一緒にタクシーを降りちゃいました。さあ、入りましょう」

 ミワちゃんは笑顔で言うと私の腕を引っ張ってラブホテルの入口へと向かった。


 私は部屋に入っても酔いと眠気という強敵と戦っていた。ミワちゃんは私をベッドに座らせてからコートを脱いだ。私は未だに焦点の定まらない目でミワちゃんを眺めていた。

「残念でした。コートの下は制服じゃありませんよ」

 ミワちゃんのコートの下はジーンズにセーター姿だった。薄めの化粧に肩までのストレートヘアと、店での制服姿の残像が相まって、この格好でも女子高生に見えた。

「そんな期待はしていないよ」

 かろうじてそう応えたが、多少期待していた自分が情けなかった。

「服、しわくちゃになっちゃいますよ」

 ミワちゃんはそう言って私の服を脱がせにかかった。コート、ジャケット、ズボン、カッターシャツを慣れた手つきで脱がして行く。

「手際、良いでしょう。父がしょっちゅう酔って帰って来たんです。母は仕事で家に居なかったから、そんな父の面倒をみるのは私の役目だったんですよ」

 これは言い訳なのか? それとも事実なのか? スナック勤めの若い娘が何のためらいもなく男の服を脱がせているのだから、以前そういった仕事をしていたと思われても仕方のない状況だ。


「私、シャワーを浴びて来ますから、先に寝ていて下さいね」

 パンツ一丁にされた私にミワちゃんはそう告げてから浴室に消えて行った。

 しかし、浴室の壁がガラス製だった為、一度視界から消えたミワちゃんの身体はすぐに現れた。さっきまでラスボスかと思うほど強敵だった睡魔が、今では一撃で倒せる雑魚キャラに代わっている。あれだけ焦点を合わせる事を拒み続けていた目さえも、正常に機能し始めていた。

 私の理性と思われる弱々しいものが、『見てはいけない!』と言っていた。シャワーの音を聞きながら、浴室に背を向けて横になった。


 シャワーの音が止み、ミワちゃんが浴室から出てきた。ベッドに寝ている私に近付いて来るミワちゃんは、ホテル備え付けのバスローブ姿だった。

「青山さん、寝ちゃったの?」

 私が寝たふりをしていると、ミワちゃんはそのままの格好でベッドに潜り込んで来た。ミワちゃんの体温を感じながら、更に寝たふりを続けた。

 数分後にはミワちゃんの寝息が聞こえて来た。


 それから朝までの時間は、未だかつて無いほどの長い時間だった。それでも朝方には眠りについていた。





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