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女子高生は普通、スナックにはいない

 私は手頃な店を求めて木更津の街を歩き始めた。

 木更津の駅前にも居酒屋は何軒も有った。しかし、若者たちが騒いでいる様な店には入りたく無かった。今の私には、若者たちの発するエネルギーは毒だ。枯れて行く自分自身が情けなくなる。

 だからと言って、常連のオヤジ達が集まって、互いに話し掛けたりする様な店も避けたい。他人の、それも私の人生とは何の接点も持たないオヤジの人生論なんか聞かされては堪らない。

 私は自殺旅行の真最中なのに、その旅行の行き先を見失っているのだ。人生に迷っている人間はろくでもない人生論に感化され、より深い闇へと迷い込んでしまうものだ。


 ぶらぶらと歩いてそろそろ店も無くなってきた頃、目の前に川が横たわっていた。その川に架かる橋の中央に立ち、左右の川沿いを眺めた。対岸にスナックらしき看板が光っているのを発見した。私の視線は光に誘われる甲虫の様に看板に引き寄せられた。その光る看板には『スナックCP』と書かれている。

「CPってなんだ? 何かの頭文字に違いないのだろうが全く思い付かない。思い付かない時は聞いてみるのが一番だ」

 こんな状況に有りながら、くだらない探究心だけは失っていない様だ。もともと酒でも飲もうと思っていた訳だし、スナックの客達は店の女性と話をする事に夢中で、私の様な者に興味を示す事も無いだろう。店の女性も商売上の会話をする訳だから、立ち入った話にもならないだろう。そう考察した私はスナックCPに入ってみることにした。



 スナックCPのドアを開けると、店中にはスーツ姿のサラリーマンらしき二人組と、胸に電気店の名称が書かれたブルゾンを着た三人組の先客がいた。

 店は白い壁沿いに赤いソファーが造り付けられていて、その前にテーブルが三つ並べられ、通路側にはスツールが置かれている。一番奥に、四人程座る事の出来るカウンターが有り、その奥が調理場に成っているのだろう。それ以外に、入口脇にボックス席の様なものが有った。明るい感じでは有るが、どこにでも有る様な普通のスナックだった。


 しかし、店の女性達の格好は普通では無かった。サラリーマンのテーブルについている女性は贔屓目ひいきめに見ても二十代終盤。ブルゾンのテーブルはどう見ても三十代半ばだが、なぜか女子高生の制服を着ている。

 ママらしき五十代と思われる女性は、さすがに黒の膝丈タイトスカートに白のブラウス姿だった。たぶん女教師のつもりなのだろう。


「いらっしゃいませ」

 ママらしき女性の声に反応した店内の全ての視線が、ドアの前に立つ私に向けられた。しかし、オジサンがひとり入って来た程度の事では、先客の注目を集め続ける事は出来ない。

 数秒の注目の後、私が入って来る前の状態へと戻って行った。私は店の選択を間違っていなかった様だ。


 私はママらしき五十代と思われる女性によって、入り口脇のボックス席へと案内された。

「お客さん、初めてですよね? どなたかのご紹介?」

「いいえ、たまたま前を通り掛かったもので……。まずいですか?」

「そんな事有りませんわ。大歓迎です。お飲み物は何になさいますか? 初めてのお客様には、ウイスキーでよろしければ、ハウスボトルをサービスしていますけど……」

 ハウスボトルと言うと格好が良いが、期限切れとなったキープボトルの中身をデキャンターに移したものなのだろう。

「じゃあそれでお願いします。水割りで。あと、何か食事になる様なもの、有りますか?」

「はい、こちらがメニューです」

 ママらしき女性はそう言ってクリアファイルに入れられたメニュー表をテーブルに置き、飲み物の用意をするため奥に向かって行った。


 スナックのメニューに食事らしいものはほとんど無かった。味も期待は出来ないだろうと思い、無難な腺でナポリタンを頼もうと決意した時だった。店の奥から女子高生が現れた。

 三十代の女子高生ではない。普通の女子高生だった。いや、普通の女子高生は普通、スナックにはいないものだ。だからきっと普通の女子高生に見える女子高生では無い女性なのだろう。

「ミワちゃん、御新規さんのテーブル、お願いね」

「はーい」

 ママに言われて、女子高生に見えるが女子高生ではないと思われる女性が、私のいるテーブルについた。


「こんばんは、ミワです。お客さん、初めてですか?」

 ミワちゃんは微笑みながら私に話し掛ける。ミワちゃんにとって私は客なのだから話し掛けるのは当たり前だし、笑顔を見せるのも接客の基本だ。しかし、私の目にはミワちゃんが完全に女子高生に見えている事が問題だった。娘も嫁に行き、孫まで居る歳のオジサンには女子高生と話をするということは、かなり非現実的な事だったからだ。

「あっ、うん、初めて」かなり挙動不審になってしまった。

 ミワちゃんはママが持って来たグラスや氷で水割りを作り私の前に置いた。

「私もいただいて良いかしら?」

 笑顔もどこか幼さを感じさせる笑顔だった。この様な店で働いているのだから、一緒に酒を飲む事に問題は無いだろう。しかし、私の記憶の中のある事件がフラッシュバックした。


 今から五年程前であったろうか?

 春になると、私の勤めている会社にも毎年新入社員が入って来る。その年も数人の新入社員が入社した。

 中途入社が多かったこの会社にも、数年前から毎年のように大卒の新入社員が入って来るようになっていた。しかし、その年に限って高卒の女性社員が一人混じっていたのだ。高卒と言う事は、十八歳の未成年者なのであった。

 例年通り歓迎会を開いて酒を飲んだ。社員の誰も未成年者が混ざっているという意識が無かった。

 今時と言うより、私達の年代でも高校の頃に飲酒や喫煙を覚えるものは多い。未成年の新入社員もごく普通にビールを飲んでいた。

 歓迎会自体は何の問題も無く終了したのだが、その帰り道に高卒女性新入社員が車にはねられて亡くなってしまったのだ。

 事故の責任は一方的に車の運転者に有った。花見の帰りだった運転者による飲酒運転が原因だった。しかし、その際に未成年の新入社員が飲酒をしていた事実も発覚してしまったのだ。

 会社は新入社員の親に依って、歓迎会で無理に酒を飲まされたのでは無いかとの追求を受けた。そして、その歓迎会の責任者で有った部長は責任をとって退職して行った。

 人生の落とし穴は意外なところに口を開けているものだ。それ以来飲み会をする際には、年齢確認をする事が習慣となっていた。


「良いけど、君は未成年じゃないの?」

 ミワちゃんは華やかな笑顔を私に向けた。

「あら、嬉しいわ! 未成年に見えます? でも実は二十二歳なの。だからお酒を飲ませても犯罪になりませんから安心して下さい」

 二十二歳にしては制服が似合い過ぎているけれど、本人がそう言っているのだから、きっとそうなのだろう。もしも嘘だったとしても確認はしたので、私に非は無いだろう。


 ミワちゃんは自分用の水割りを作りながら言う。

「うちの店、御新規さんなんてまず来ないんですよ。私がここに入ってから初めてですよ。いらして下さったお客さんにこんなこと聞くのも変ですが、どうしてうちの店に来店されたんですか?」

「うん、たまたま前を通り掛かってね。店の前に有る看板が目に入ったんだ。看板に書いてある店名のCPってなんだろうと思ったら、どうしても確認したくなっちゃってね。それで入ってしまったんだけれど……。CPって何のことなの?」

「ああ、お店の名前の事ですね。私達の格好を見れば解ると思うけど、コスプレ。コスチュームプレイの頭文字だそうです」

 ミワちゃんは立ちあがって、制服のミニスカートをちょっとだけ広げて見せた。

「それでみんな女子高生の制服を着ているんだね。店に入ってビックリしたよ」

「まずい店に入ってしまったって思った?」

「実はちょっと思った」

「正直なひと! ところで、お名前、伺ってよろしいですか?」

「ああ、まだ名乗って無かったね。青山はじめ、はじめは漢数字の一って書くんだ」


 名前は偽名を使ってみた。自殺旅行の途中で、たまたま寄った初めての店で本当の名前を言う必要は無いと思った。

 誰も知っている人が居ない街で、今までの自分とは全くの別人になりたい。そんな願望も有ったのだろう。

 青山一と言う名前は、一ヶ月前まで勤めていた会社の最寄り駅が地下鉄の青山一丁目だったからだ。

 すでに辞めてしまった会社の所在地を偽名にするなんて……、結局過去の自分から逃れる事は出来ない様だ。


「ミワちゃんはこの店、長いの?」

「まだ三ヶ月目です。ここの店は月毎にコスチュームが替わるんですよ。だからこの制服が三着目なんです」

「前はどんなコスチュームだったの?」

「入った時は十二月だったからミニスカサンタでした。先月は巫女さんでしたよ。お正月だからですかね? 結構動きにくくて大変でした」

 コスチュームに不満を言ったからだろう、周囲を見回してからペロリと舌を出した。そんな仕草も可愛らしくて、ますます年齢通りに見えなくなった。

「みんな同じ衣装を着る訳だ。似合う人似合わない人と出てくるだろう? 制服はミワちゃんが一番似合っているね」

「ありがとうございます。ミニスカサンタの時は、あのサラリーマンの席についている初音はつねさんがスッゴクセクシーで、大人気でしたよ。胸とかはち切れそうだったし……。このJK制服だって初音さんが着ると、すごくセクシーになりますよね。私が着ても全然セクシーにならないのに……」

「でも、ミワちゃんが着ていると本当の女子高生に見えるよ。とても可愛いと思うよ」

「ありがとうございます。巫女さんの時は、あっちの洋子さん。日本的な顔立ちをしているし、どことなくミステリアスな雰囲気を出していて素敵でしたよ。何だか予言でもしちゃいそうな雰囲気でした。私なんか、お客さんに『七五三かよ』って言われちゃいました。まったく失礼しちゃいますよねぇ」


 初めての知らない店だったが、かなり楽しい時間を過ごすことが出来た。自殺旅行の初日にしては上出来だろう。おかげで長居をしてしまった。既に私以外の客は帰ってしまっていた。私も会計を済ませて店の外に出た。





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