グッドエンド?
ミワと私は、翌週の日曜日も高速バスに乗っていた。今日はミワの母親の要望で、本間の自宅で会う事になっていた。
「シュウイチさんは家に行くの……、気が進まないんじゃ無いですか? ママの我儘を聞いてくれてありがとうございます」
「気が進まないと言えばそうだけれど、外でミワとお母さんに泣き出されるよりは良いんじゃないかな」
「ミワは強く成ったから、もう泣きません! ミワの事を甘くみてはいけません」
「ハハハ、そうだったね。ゴメン、ゴメン」
今日もアクアブリッジの上空には青空が広がっていた。しかし、私にはアクアトンネルの入り口が得体の知れない空間への入り口の様に映っていた。
本間はともかくミワの母親にまで、あなた達ふたりのせいでミワが苦しんでいるのだと伝えに行くようなものなのだ。私自身の事を棚に上げてだ。
本間家に到着すると、ミワはインターホンのボタンを押した。
「はい」
インターホンからミワの母の声が聞こえた。
「美和です」
「インターホンなんか押さないで入っていらっしゃい! ここはあなたの家なんですからね」
ミワは私を見て、ニッコリと笑った。
「シュウイチさん、行きましょう」
「あ、うん」
情けない声が出てしまった。家出をしていたとはいえ、ミワにとっては自分の家だ。しかし、私にとっては、付き合っている彼女の実家になるわけだ。
父親は本間だから良いとしても、母親も私よりも年下だ。良い顔をされる訳がない。気後れしている私の手を、ミワが引っ張る様にして玄関へ向かった。
玄関ドアを開けると、ミワの母と本間が並んで立っていた。
「ママ、ごめんなさい」
「美和、元気そうね。遠藤さんですね。話は本間から聞いています。どうぞ上がって下さい」
ミワと私はリビングに通された。テーブルの上に紅茶とクッキーやマカロン等の洋菓子が並べられた。
「うわぁ、私の好きな物ばっかり! ママ、ありがとう」
美和は嬉しそうに言った。
「甘いお菓子ばかりですみません。美和が好きな物を買っていたら、こんな物ばかりになってしまって……」
「お構い無く、私も洋菓子は好物です」
「良かった。どうぞ、お召し上がり下さい」
暫くは腹の探りあいの様な世間話が続いた。その間のミワは、小動物の様に洋菓子を頬張っていた。
ミワの母にとっては、ミワの家出の事よりも私の事の方が気になっている様だった。
「遠藤さんは本間の会社の先輩だったと聞いていますが、なんで会社をお辞めになったのですか? 今後はどうするご予定ですか?」
やはりミワの親としては気になるところだろう。娘と付き合う男が無職なのだから、親は心配して当然だ。私はこのままで良いはずが無いけれど、全く予定が立っていない。嘘をつきたくは無いが、安心してもらう為には多少の嘘も必要だった。
私は言葉を選びながら話した。
「退社の理由は説明が難しいのですが、一言で言えば生きる事の意義について悩んでしまった事が原因です。今現在はその考えは休止状態になっています。職に関しては、暫くは無職になると思いますが、考えている事が有りまして。近々その準備に入る予定です。まだ内容を話す事は出来ませんが……」
あまりにも抽象的な言葉を並べ過ぎただろうか? ミワの母には、私の言葉が何を言っているのか、全く理解出来ないようだった。私がわざわざ解らない様に話したのだから当然の事だろう。
しかし、たとえ私の話を理解出来ないとしても、ミワが私と暮らす事に同意してもらえる確信が有ったが、もうひと押ししておく事にした。
「本間君とは今後の美和ちゃんのこと、相談して頂けましたか? 私としては、今の状態で美和ちゃんがこの家に戻ることは、あまり良い選択では無いと思っています。ご心配なのは解りますが、ここは私にお任せいただけないでしょうか?」
ミワの母親は、本間が頷くのを確認してから答えた。
「遠藤さんの話は哲学書でも読んでいるみたいですね。私には何だか良く解りませんわ。この前から本間と話し合っていたのですが……。私共も、現状では美和を無理やり家に連れ戻しても、良い結果には繋がらないだろうと思っています。当初、本間は早めに美和を連れ戻した方が良いと言っていましたが、ふたりで話し合った結果、しばらくは遠藤さんに美和を預かっていただいた方が良いのではという結論に達しました。遠藤さんにお願いしてもよろしいのでしょうか?」
「もちろんです。私も美和ちゃんに助けられて今が在るのです。美和ちゃんには悲しい思いをさせない様、出来る限り力になろうと思っています」
私の手を強く握りなから、黙って会話を聞いていたミワが、嬉しそうに私を見て微笑んだ。そんなミワを見つめていた本間が私に視線を移した。
「遠藤さん、よろしくお願いします」
本間夫妻は夕食を一緒にと言って引き留めたが、帰りの高速バスの時間が有るからと言って辞退した。何故かミワが、出来るだけ早く帰る事を希望していたのだ。
ミワは高速バスの中でも、ずっと私の手を握っていた。ふたりともあまり話をしなかった。
バスが海上に出た時、夕陽を見つめていた美和がポツリとつぶやいた。
「これでみんながグッドエンドに成りましたね」
ミワが言った『グッドエンド』と言う言葉に、私の心は大きく傷ついていた。みんながグッドエンドに成ったと言う事は、ミワもハッピーエンドには成れなかったと言う事になるのだ。




