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死ねない理由が出来たからね

 翌朝目覚めると、目の前にミワの大きな瞳が有った。

「おはようございます、シュウイチさん。朝御飯の用意が出来ていますよ」

 ミワはそう言うと私にキスをした。まるで何も無かったようなミワの態度が嬉しかった。慰めの言葉など有ったら、私は泣きだしたに違いない。

「おはよう」

 私はそれだけ言って身体を起こした。


 ダイニングテーブルには和食が並んでいた。ご飯と味噌汁とカジキマグロの照り焼きに玉子焼き。ミワが作ったとは思えない物が並んでいた。

「すごいなぁ、ミワは料理が得意だったの?」

「得意じゃ無いけれど、ミワだってこのくらいは出来ますよ。ママの帰りが遅い時には、ミワが夕飯を作っていたんですからね。ひとりだと面倒だっただけです」

「そうなんだ。ミワは料理をした事が無い娘だと思っていた。……うん、美味しいよ」

「当然です! ミワのこと、見くびらないで下さい」

 私はミワの料理と笑顔に感動していた。


「そうだ! シュウイチさんの携帯がピカピカ光っていましたよ。着信が有ったみたいですよ?」

 そういえば、昨日妻に電話をかけてから、携帯の電源は入れたままだった。私の携帯には、不在着信履歴が二件とメールが一件来ていた。どちらも本間からだった。

 私はメールを読んだ。

 〈遠藤さん、昨日奥さんから電話が有りました。遠藤さんが変なメールをよこして行方不明になるから、奥さんと連絡をとっていたんですよ。昨日の電話では、問題は解決したって言っていましたが、内容は遠藤さんに聞いてくれって言われました。何がどうなっているのか教えて下さい。連絡待っています〉

 本間にも心配を掛けていた様だ。私はメール画面を開いたまま、携帯をミワに渡した。

「読んで良いんですか?」

「本間からだ。近々、本間にも会って話さなくちゃならないなぁ。その時にはミワのことを黙っている訳にはいかないね」

「そうですね。シュウイチさんが離婚しちゃいましたから、ミワはずっとシュウイチさんと暮らす事に決めちゃいました。だから、ちゃんと話をしなくてはダメですよね。近い内に会いに行きましょう。ミワがシュウイチさんと一緒に行ったら、タダシさん、ビックリするでしょうね」



 それから一週間が経った。妻に離婚を切り出された私はかなり落ち込んでいたが、ミワのおかげでだいぶ落ち着いていた。

 この一週間のミワはとても献身的に接してくれた。そして、なぜだか毎晩コスプレファッションショーの様な事が行われた。私を喜ばせようとしているのは解るのだが……。ミワの目には私がどの様に映っているのだろうか? 少し不安になった。


 今日は本間と待ち合わせをしている。私はミワと共に高速バスに乗っていた。ミワは窓の外に広がる風景を眺めている。

「アクアトンネルに入ると何も見えなくなっちゃいますからね。シュウイチさんも、今のうちに風景を楽しんだ方が良いですよ」

「ハハハ、そうだね。アクアトンネルは水族館みたいな窓が無いからね」

 ミワは楽しそうに笑った。


 本間は酒でも飲みながら話をしようと提案した。私の話しだけならば、その方が良いのだろう。

 だが、ミワの話しもしなくてはならない。酒に酔ってミワの話しをしたくなかった。

 私達は、喫茶店で待ち合わせをしていた。駅前のバス通りから、脇道に入った所にその喫茶店は有った。

 喫茶店全盛期には、至るところに有ったチェーン店だ。今でもあちらこちらに生き残っている様だが客は少ないみたいだ。

 店内を見渡すと、隅の席に一組の客が居るだけで、静かで落ち着いた空間が広がっている。私とミワは別々に喫茶店に入り、少し離れた席に座って、本間の到着を待った。


 五分ほど待つと、本間がやって来た。今の時点では、ミワの存在を本間に気付かれたく無かったので、私は立ち上がって自分の存在を示し、本間が席に近付くのを待った。

「遠藤さん、久しぶりです。元気そうで安心しました」

 本間は笑顔で右手を差し出した。

 本間は握手が好きな男で、こと有る毎に握手を求める癖が有る。対照的に、私は握手が苦手だ。どうも、大の男が手を握りあうのは生理的な嫌悪感が伴う。

 会社員の頃は、本間が求める握手をほとんどの場合無視していた。しかし、今日は差し出された本間の右手を握った。

「久しぶり。変な話を聞かせてしまったみたいだね。どこまで聞いた?」

「ハハ、いきなり本題ですか? 何も聞いていないです。ただ、『問題は解決しました。ご心配をお掛けして申し訳ありません』って、それだけですよ。問題って何だったのか聞いても教えてもらえませんでした。いったい、何が有ったんですか?」

 本間は本題と言ったが、私にとっての本題は別に有る。私の問題は先週解決しているのだ。関係者になってしまった本間に報告をするだけの事だった。

「それは悪かったね。君にも私からのメールが届いただろう? あれを見て、どう思った?」

「ああ、あのメールですね。はっきり言って、全く意味がわかりませんでした。遠藤さんと親しい周りの人にそれとなく確認したら、加藤もメールが届いたって言っていました」

「加藤くんは君と同期だったっけ?」

「はい、同期です。それで加藤に、『あのメール、何だと思う?』って聞いたら、あいつが、『遺書っぽく無いか?』って言うものだから、慌てましたよ。それで奥さんに連絡したんです。あのメールは遺書だったんですか?」

 本間には全く伝わらなかった様だ。私は苦笑するしか無かった。


「君には伝わらなかった様だね。あれは確かに遺書だった。ちょっと考えることが有ってね。このまま年老いて、自由にならない身体と、訳がわからなくなって行く脳を抱えて生きることに、何か意味が有るのだろうかと思ってしまった。雪国にでも行って、雪の中に埋もれて死んで行くのも良いかな? なんてね」

「そんな大事なメールだったんですか? 遠藤さんの真意を読み取れ無くて、すみませんでした」

 本間は本当に申し訳なさそうな顔をしていた。こいつは本当に良い奴なのか? それとも単なる遇鈍なのか? 私は以前から計りかねていた。

「それで、自殺はやめたんですよね? 何か病気があるのですか? 家に戻ったんですよね?」

「自殺をする事はやめたよ。死ねない理由が出来たからね。現在病気を患っている訳では無いんだ。一般的な将来の病や認知症を危惧しただけなんだ。でも、家には戻っていない」

「えっ? 何故ですか?」

 本間が驚くのは無理もない。私と妻は、後輩達を家に招いた事が幾度か有った。そんな時の私と妻は、仲睦まじい理想の夫婦に映っただろう。私は本心から妻を愛していたし、妻は巧妙に私を愛している演技をしていたのだから……。

 本間の目にも私達は理想の夫婦として映っていたのだろう。


「先週、妻に会いに行ったんだ。家には入りにくかったから、喫茶店に呼び出してね。そうしたら、いきなり離婚届にサインをさせられたよ。もう何年も前から離婚を考えていたそうだ。理由は私の全てが嫌になったらしい。そう言われた時は、かなりへこんだよ」

「だって、半年くらい前にお邪魔した時だって、すごく仲が良さそうでしたよね」

「ああ。でもその頃に離婚届の用紙を用意したらしい。全く気付かなかったよ」

 本間はまるで自分の事の様に落ち込んでいる。しばらく砂糖もミルクも入れていないコーヒーをスプーンでかき混ぜていた。

「さっきの遠藤さんが言っていた、年老いて云々よりも死にたくなりますね。かなりキツイですよ。自分は将来の病気の事とか、介護の事など考えたことが無いですが、それで死にたいとは考えないでしょう。でも、妻にいきなり離婚届を突きつけられたら死にたくなってしまうでしょうね」

「君が離婚をするわけじゃ無いんだから、そんなに落ち込むなよ。私もこの一週間でかなり落ち着いたよ。もう大丈夫だ。死のうなんて思わないよ」


 私の話はこれくらいで良いだろう。酒の席ならまだしも、喫茶店でコーヒーを飲みながら、妻への愚痴や恨みを話したって仕方がないと思う。全て終わってしまった事だ。





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