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焼きもちなんか焼いちゃって

 スーパーでの買い物を終え、三人で彼女と美和の家へ行った。

 ふたりの家は、住宅街に有る一戸建て住宅だった。門柱には柏木と彫られた大理石の表札がはめ込まれていた。

 たぶん亡くなった旦那さんの苗字が柏木だったのだろう。そう言えば、美和も柏木美和と名乗っていた。


「タダシさん、どうぞ上がって。こんなことならお掃除してから買い物に行けば良かったわ」

 彼女はそう言いながら玄関ドアを開いた。

「お邪魔します」

 言葉のわりに室内は掃除が行き届いていた。昔からキチンとしていた彼女の事だから、毎日の掃除を欠かさないのだろう。

 それより気になるのは、なぜか不機嫌そうな美和の様子だった。家に上がり込んだのは不味かったのだろうか? 

 リビングのソファーに案内されたオレの正面には美和が座っている。相変わらず不機嫌そうにオレを睨んでいた。

「美和ちゃん、どうかした? 顔に何か付いているかな?」

「本間さん、にやけていますよ!」

 美和はオレを睨み続けている。美和の母親がオレの前にコーヒーカップを運んできた。

「タダシさんは砂糖もミルクも入れなかったよね。今でも入れなくて良いの?」

「うん、要らない。ありがとう」

 美和の表情が微妙に変化した。

「私だって本間さんが、コーヒーに何も入れないことぐらい知っているもん……。だけど、何だか悔しいなぁ。ママは私の知らない本間さんをイッパイ知っているんだもん」

 彼女はそんな美和を微笑んで見ていた。

「仕方ないでしょう。ママとタダシさんには、美和の知らない歴史が有るんだから……」

 美和は相変わらず不機嫌だ。

「私、着替えて来る!」

 美和は唐突な宣言をして階段を駆け上がって行った。

「美和! 家の中を走らないで!」

 彼女は二階に消えて行く美和をたしなめながら、オレに笑顔を向けた。

「あの娘ったら。焼きもちなんか焼いちゃって……。美和も女の子なのよね」

 彼女の発言でオレの脳は更に混乱した。

「焼きもちって……。何で?」

 彼女は昔と同じ笑顔でオレを見ている。

「タダシさんは相変わらず女心に疎いのね。まあ、あの頃はそんなタダシさんが好きだったんですけどね」

 オレの顔は、たぶん真っ赤になっているのだろう。頭部が異常に熱い。その熱はオレの頭の中に懐かしい想い出を沸き上がらせた。



 それはオレが高校一年生の時だった。オレは中学三年生の時に一目惚れした女子、根本美幸に告白し交際を申し込んだ。美幸は笑顔で交際を了承してくれた。

 その日からオレと美幸の恋人付き合いが始まった。

 しかし、女子との接点を全く持たない所謂いわゆるオクテのオレにとって、恋人同士とはどの様な行動をとったら良いのかさっぱり解らなかった。彼女も決して発展的なタイプでは無かったから、お互いどう接したら良いのか解らない。

 ふたりで相談したあげく、とりあえずは青春ドラマや小説の主人公達がする様な事をやってみることにした。公園を散歩したり、喫茶店でお喋りをしたり、たまには映画も見に行った。

 付き合いが長くなるに連れて、互いの距離が近付いて行った。

 それは、心の距離でもあり、物理的な距離でもあった。やがて、互いの身体を抱きしめあい、キスを交わす様になっていった。



 若き日の甘い思い出に浸っていた時、軽やかに階段を降りる足音と共に美和が現れた。その足音がオレを現実の世界へと引き戻した。

 着替えを終えて戻って来た美和を見て、またしてもフリーズ状態に陥ってしまった。美和は買い物の時に着ていたジーンズをミニスカートに着替えて来たのだ。外出時に着ていたミニスカートをジーンズやスウェットに着替えるなら納得出来るのだが、逆は理解不能だった。

「あらまあ、そんな短いスカートなんか着て、タダシさんが驚いているじゃない」

「良いでしょう! ママに歴史が有るなら、美和には若さが有るんだから! 本間さん、どうですか?」

 美和は階段を降りきってから、ターンをした。たぶん美和の狙い通りなので有ろうが、回転によって発生した遠心力で、ミニスカートの裾がひるがえる。私は目のやり場に困る事となった。

「あっ、うん、可愛いよ」

 やっとフリーズ状態から脱したオレは、美幸と美和を交互に見ながら、今の答えが正しいのか間違いなのかを探った。どうやら、母娘のバトルに巻き込まれた様だ。

 オレにとっては、未だかつて無い、嬉しくも苦しい状況となった。


 美和はソファーに座っているオレの後ろから抱き付いて来た。オレの胸の前で両手を組んで、話しかけてきた。

 今日までのオレと美和は、土手か喫茶店で話をしているだけだったから、この様に身体が触れ合った事は無かった。これは母に対する宣戦布告の様なものなのだろうか?

「本間さん、私もママみたいに本間さんのことを、『タダシさん』って呼んで良いですか?」

「別に構わないけれど……」

「やった! これでママの歴史に一歩近付いちゃった」

 美和は満足そうな笑顔を浮かべた。美幸と美和の笑顔を見比べていると、遺伝子の力の凄さに驚かされる。母娘なので、顔かたちは確かに似ている。しかし、父親の遺伝子も受け継いでいるので、印象が違っているのは当然だ。いくら母娘でもうりふたつとはいかない。

 それなのに、笑顔は驚くほど似ているのだ。

「ママとタダシさんは何で別れちゃったの?」

 これは母の言うところの『歴史』を切り崩そうとする娘の攻撃なのだろう。裏側に『ママ達は別れたんでしょう。今更恋愛を再開なんかしないでよね!』と言っているのだろう。

「特別な理由は無かったわ。美和にもいずれ解る時が来ると思うけれど、そう言う事も有るのよ」

 美幸の防御力はかなり高い様だ。おまけに、『あなたの様な子供にはまだ解らないでしょう』と、攻撃まで行っている。

 オレも先日は同じ様に答えたけれど、こんな場面で聞かれたらシドロモドロになってしまうだろう。

「美和は付き合っている男の子はいないの? 高校生にもなると、彼氏のいる娘の方が多いんじゃないの?」

 母の攻撃だ。言葉の裏側に『高校生は高校生なりの恋愛をしていなさい!』と言っているのだろう。確かに女子高生がオレの様なオジサンと付き合うのは不自然だ。

「彼氏なんかいないよ! クラスの男子なんか、みんなガキだよ。ガキ! 子供っぽい事ばっかりやっているんだもん。嫌になっちゃうよ」

 娘も負けていない。母娘の攻防戦が激しく繰り広げられている。

 そんな中での夕食は結構きつかった。美幸の作った料理はどれも美味しかったのだが、それをゆっくりと味わえるような状況では無い。

 オレは、葬儀で疲れてしまったからと言い訳をしながら、早目に母娘の家を退散することにした。


 翌日からは、美幸か美和のどちらか、又は両方からメールが届く様になった。

 美和からのメールは、〈こんにちは、タダシさん。お仕事は何時くらいに終わりますか? もし、早目に終わる様なら、どこかで会いたいです〉みたいな感じだ。

 美幸からは、〈お疲れ様です。今夜予定が無ければ、うちで夕御飯を食べませんか? 美和もタダシさんが来るのを楽しみにしています。都合がつく様でしたら、連絡を下さい〉となる。

 オレは先日の食事に懲りる事も無く、二人からのメールを待ち望む様になっていた。気が付けば、ほぼ毎日の夕食を柏木家で摂る様になっていた。


 二十年以上のブランクが有るとはいえ、お互いを嫌って別れた訳では無い。その事を思えば、オレと美幸の仲が急速に接近することは自然な流れなのだろう。

 一ヶ月もすると、すっかり恋人同士の様な関係に成っていた。高校生の頃とは違い、男女の関係に成るのにもそれほどの時間を必要としなかった。

 ただ気掛かりなのは、オレと美幸が親しくなるのに比例する様に、美和の不機嫌が増して行くことだった。


 とある休日、いつもの様に美和と土手に並んで座っていた。

「最近の美和ちゃんは機嫌が悪いよね。原因は僕に有るのかな? 好意に甘えて、美和ちゃんの家に行きすぎかな?」

「そんなことはないです。タダシさんが家に来てくれるのは美和も嬉しいです。けれど……」

 美和は言葉を飲み込む様に、うつむいてしまった。

「けれど……何だろう? 二年前にお父さんが亡くなってから、お母さんと二人で頑張って来た訳だし、お父さんの事を忘れた事は無いだろうね。そこに僕が入り込んでしまったから? だから美和ちゃんは不機嫌になっているのかな?」

「そんなのじゃ……」

「僕は美和ちゃんや美和ちゃんのお母さんが好きだ。けれど、美和ちゃんからお母さんを奪ったり、お父さんとの想い出を壊したりしないから……」

 美和が急に立ち上がった。涙で潤んだ瞳をオレに向けている。

「そんな事じゃ無いの!」

 いきなり叫ぶ様に言って、走り去ってしまった。

 オレは美和の気持ちを解っていながら解らない振りをしている自分が嫌になっていた。


 その夜も柏木家に招かれていた。家に居たのは美幸だけで、美和の姿は無かった。

「美和ちゃんは出掛けているの? 帰りが遅いね」

「何だか、友達と食事に行くって言って……、昼過ぎに出掛けて行ったわ」

「そうなんだ。午前中に土手で会ったんだけど、ちょっと気になる事が有ってね。変わった事無かった?」

 オレは美和の涙か気になっていた。

「あら、そうなの? あの娘、何も言って無かったわね。いつもなら嬉しそうに話すのに……。特に変わった様子は無かったけれど、何か有ったの?」

「最近の美和ちゃん、何だか不機嫌だったり元気が無かったりするだろう。だから、君と美和ちゃんの関係とか、美和ちゃんとお父さんの思い出を壊す様な事はしないから。そんな話をしたんだ。そうしたら、突然泣きながら帰ってしまってね。心配していたんだ」

 美幸はオレを見つめてため息をついた。

「タダシさん、美和の気持ちは解っているわよね? あの娘にとってのタダシさんがお父さんじゃ無いことくらい……」

 美幸の言葉はオレの一番痛い所を突いていた。

「解ってはいるけれど、こればかりはどうにもならない。この前話した通り、僕は君と結婚したいと思っている。僕の中では、美和ちゃんはムスメなんだ」

 オレは先日、美幸にプロポーズをしていた。美和の事が有るからと、返事は保留されている。けれど、美幸と結婚する事を前提とする限り、美和の気持ちを優先する事は出来ない。

 美和がオレの事をどう思おうが、オレにとっての美和はムスメで無ければならないのだ。

「美和ちゃん、どこに行ったかわかる?」

「たぶん駅前辺りだと思うけれど……」

「そう、今日はもう帰るよ。美和ちゃんが帰って来たら連絡してくれないか? 心配だから……」

「わかったわ。帰って来たら連絡します」


 柏木家を後にしたオレは、駅へと向かった。美和に限って、妙な考えを起こす事は無いと思うけれど、涙の件が有るから心配だった。

 それに『美和に限って』の部分には、何の根拠も無かった。





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