表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/33

自殺決行、そして延期

 睡眠導入剤を用意して雪国を目指した。

 人生最後のイベントとして雪国で終焉しゅうえんを迎えるなら、青森県や北海道まで行く方が良いのでは無いかとも考えた。しかし、元来面倒くさがり屋の私は、上越新幹線で上毛高原駅を目差した。


 上毛高原駅は、群馬県のみなかみ町に近い。私の中では、『雪国=みなかみ町』という公式が成立している。もしも私が標準的な人間で有ったとしたら、『雪国=越後湯沢』となるのだろう。

 なぜならば、あの有名なノーベル賞作家、川端康成氏の名作『雪国』の舞台は新潟県の越後湯沢であるからだ。

 小説を読んだ事は無くても、冒頭の『国境の長いトンネルを抜けると雪国であった』の一節くらいは知っているだろう。長いトンネルとは、水上駅と越後湯沢駅の間に有る清水トンネルのことらしい。自分の事ながら、トンネルをひとつ越えて越後湯沢まで行かずに、『雪国=みなかみ町』にしてしまうところが私らしいと思う。


 その上、みなかみ町と言えば水上温泉と考えるのが普通であろう。しかし、上越線の水上駅までは、三時間以上かかる。高崎駅まで上越新幹線を使ったとしても二時間半はかかるだろう。それが、上毛高原駅ならば東京駅から一時間ちょっとで着くのだ。そして、上毛高原駅と水上駅は十キロくらいしか離れていない。

 また、上毛高原駅付近の地名は『月夜野つきよの』というらしい。どんな場所かも知らないし、地名の由来なども知らないが、『月夜野』と言う地名はちょっと良い。

 真っ白に雪化粧された大地を月明かりが照らしている。私の頭の中に描かれた風景はとても幻想的で美しい風景だった。


 そんな理由で人生最後の場所を、東京から一時間ちょっとの所にある月夜野という雪国に決定したのだ。



 東京駅の新幹線ホームには人影がまばらだった。今日が月曜日で有る為なのだろうか、出張と思われるサラリーマンらしき人と、定年退職後と思われる夫婦らしき旅行者くらいしか居ない。

 これが週末だったら、スキーやスノーボードを楽しむためにゲレンデを目指す若者や、雪山登山を目的としたリュックを担ぐ山男・山女とか、温泉を楽しみにしている家族連れなどで賑わうのだろう。そのどれもが私の旅行目的にはそぐわない人々だ。

 しかし、今日ここに居る人達は、なんとなく私の決意を後押ししてくれる様な気がした。


 上越新幹線『たにがわ』がホームに滑り込んできた。私は周囲に人の少ない場所を選んでシートに座った。

 出張らしきサラリーマンは問題ないのだが、定年退職後と思われる老夫婦は要注意だ。隙を見せると、いきなり話し掛けてきたりする。

『どちらまで行くのですか?』

『お仕事ですか? 大変ですねぇ』

『良かったら、これ食べませんか?』

 などと話し掛けられ、しまいにお菓子までもらってしまう。そんな状況に陥る事は、今の私にとっては苦痛だ。

 まさか、『ええ、これから自殺をしようと思っていまして……。どこかでゆっくりした後に、降り積もる雪に埋もれて死んでゆこうと思っているのです』などと話す訳にはいかない。

 縁もゆかりも無い人達を納得させる為に、架空のストーリーを作成しなくてはならないのだ。


『たにがわ』は東京駅を出発し、しばらくは地下を走る。地上に出ても、しばらくは都会を走行する。私は車窓から見える都会の風景を目に焼き付けるように眺めていた。

 次第に建物の高さが低くなり、山々が近付いて来る。やがて車窓からの風景も田園を思わせる風景へと変わって行く。

 山間部に入ると線路脇にも雪が積もっていた。テレビの情報番組で、今年は例年に比べて雪が多いと言っていた。きっと月夜野周辺にも雪が積もっているだろう。私の人生最後の旅行にもってこいの年のようだ。

「良い旅行に成りそうだな」声に出して言ってみた。

 自分の決意が変わらない事が確認出来たと思った。

 東京駅を出発してから一時間十五分ほどで上毛高原駅に到着した。



 駅舎を出るとそこは雪国だった。

 駅前ロータリーは雪に埋もれ、周辺の車道にまで雪が積もっている。上毛高原駅が一面銀世界の雪国であったことは理想的な状態なのだが、周囲を見渡して多少の不安を感じた。

 この上毛高原駅が新幹線用に作られた駅の為だろうか? 駅前には店らしい店も無い。見渡せる範囲に有るのは、観光センターとレンタカー屋、そして交番。それ以外は何も無いと言っても良いくらいの駅だった。


「やっぱり横着せずに越後湯沢か水上駅を目指すべきだったかな?」

 そう思ったものの、すでに駅を出てしまっていた。これからどうするかは何も決めていない。今更ながら自分の無計画さが嫌になった。

 駅前ロータリーには、雪のせいなのだろう、客待ちのタクシーさえ居ない。タクシーで水上温泉へ向かう事すら拒否されてしまったようだ。

 今夜泊まる宿も決めていなかった私は、とにかく月夜野橋方面に向かって歩く事にした。

 しかし東京仕様の靴で雪の積もった道を歩く事は困難を極めた。ものの五分も歩くと、靴の中には雪解け水が溜まった。

 寒い! とにかく寒い。その時になってやっと気付いた事があった。

『私は寒いのが嫌いだ!』

 人生最後の地に雪国を選んだ男の台詞とは思えない。


 数十分の間、終焉の地として雪国を選択した自分を責めた後、上りの新幹線に乗っていた。ついさっき雪国を目指した道程を逆走しているのだ。

 新幹線は雪国を後にして、田園風景から住宅が立ち並ぶ街を通り、次第に建物の高さが増してゆく風景の中を駆け抜けた。

 雪国を脱出して一時間余り、東京駅の地下ホームに到着していた。ホームに降り立った私は、これからどうしたものかと思案する羽目に陥った。


 友人達がメールを見て、あれが遺書である事に気付くかどうかは判らない。けれど、今まで通り東京での生活に戻る事は出来ないだろう。

 寒いのが嫌いならば沖縄にでも行く計画に変更したら良いだろうと思ったが、以前聴いた話が頭をよぎった。

『沖縄は旅行に行くには良いけれど、意外と外からの人を受け入れないらしいよ』友人から聞いただけの情報なので真偽のほどはわからない。

 私の中での沖縄の人は、おおらか・・・・で人懐っこいイメージが有るから、全くのデマなのかも知れない。しかし、もしデマでは無かった場合の事を思うと、そんな人達の間で最期の時を過ごすのは気が引ける。


 行き先を決めきれずに電車を乗り継いでいると、いつの間にか千葉県の木更津に来ていた。電車だとかなり遠いが、アクアラインを使えば東京の目と鼻の先だ。特に暖かい場所では無いし、二月の木更津は結構寒い。それでも雪国の様に著しく寒い訳でも無いし、雪も積もってはいない。

 私のような中途半端な者にとっては丁度良い場所なのかも知れない。だけど、この中途半端で丁度良い木更津という街で自殺をするなんて……、実感がわかない。だいたい遺書の言葉と矛盾してしまうではないか。


 しばらく駅前で悩んだ末、私の出した答えは、『何処か適当な店で酒でも飲もう。今日中に自殺を決行しなくてはならない訳ではないし、資金的には一ヶ月ほどの猶予が有るのだ』だった。





評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ