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ラスボス退治

 翌朝目覚めると、隣で寝ているミワの大きな目が私を見つめていた。

 昨日は墓参りに行く為に仕事を休んだのでいつもより早く寝た。それで今朝は早く目が覚めたのだろう。


「おはよう。今日も早起きなんだね」

 私はミワにキスをした。その間もミワの目は開かれたままで、私を見つめ続けている。

「おはようございます、ご主人様」

 メイド服はベッドの下に脱ぎ捨てられているが、その中身であるミワは、まだ昨夜のメイドキャラを続けている。まさか今日一日中メイドを演じ続けるつもりではないだろうが……。

「ご主人様は、今日もお散歩に行かれるのですか? ミワもご一緒させていただいてよろしいでしょうか?」

 ミワはそこまで言って吹き出した。私も笑いながらミワを抱きしめた。

「じゃあ、一緒に行こう。どこか行きたい所は有る?」

「ご主人様の行きたい所に行きたいです」

 ミワはまだメイドキャラを続けようとしている。まさかメイド服で散歩に行くとは言わないと思うのだが……。


 ベッドから抜け出したふたりは散歩に出かける準備を整えた。幸いにも、ミワはジーンズにセーター姿でコートを持っている。

「ミワと一緒なら、港の公園に続く巨大な橋を渡れるかなぁ」

「あそこに行くんですか?」

 メイドキャラが消滅した。

「嫌かな?」

「いいえ、行きます! ご主人様と一緒なら、あのラスボス的な橋も攻略出来る気がします。ラスボスを倒したら素敵な世界が待っているかも知れませんね?」

 メイドキャラが復活した。

「ラスボスか、確かにそのくらいの迫力は有るかも知れないね。でも、そのメイドキャラは止めにしないか?」

「キャラ? ミワは心からご主人様にお仕えするメイドです。キャラなどではありません!」

 はぁー、こうなるとミワはけっこう頑固だから、とりあえず無視する事にして港に向かった。途中のコンビニで食料を調達してから、ラスボスに挑む事にした。


 私とミワは橋を目の前にしていた。橋は渡れるものなら渡ってみろと言わんばかりに、その巨大な身体を誇っていた。

「ご主人様、この橋は恋人の聖地だって知っています?」

「恋人の聖地? なんだ、それ?」

「やっぱり知らないでミワを誘ったんですね? もしかしたら知っていて誘ってくれたのでは無いかと思ったミワがバカでした」

「恋人の聖地ってどういう事なの?」

「そこにあるフェンスに南京錠をかけて、この橋をおんぶして渡ったカップルは幸せになれるのです。そう言う伝説が有るんです」

 ミワは橋のたもとにあるフェンスを指差した。確かにフェンスには南京錠が幾つも掛けられている。

 パリのセーヌ川に架かる橋にそんな伝説が有った気がする。橋のフェンスに南京錠をかけるとその愛は永遠に続くと言う……。

 日本人は海外の言い伝えだろうが、なんでも吸収してしまう。何とロマンチストが多い国なのだろう。神社や寺に池などが有ると、たいがいコインが投げ込まれている。イタリアのトレビの泉の伝説を模倣しているのだろう。

 日本人のロマンチックな思考は、平和の象徴みたいなものだから別に良いのだけれど、その為にミワをおんぶしてこの橋を渡る事は勘弁してもらおう。

「伝説って? そんな伝説が有る程古い橋じゃ無いでしょう? 歴史は浅そうだよ。それに私にはミワをおんぶしてこの橋を渡る体力は無いと思うよ」

「仕方ないですね。ハジメさんとミワは父娘に間違われるほど年齢差が有りますから……。それに、伝説だって、数年前に上映された映画がもとですからね。本当にご利益が有るかどうかは解りませんし……」

 ミワは少し不満そうだったが、とりあえず納得はしてくれたみたいだ。ふたりは手を繋いで橋を渡る事にした。


「ご主人様、ミワの足は限界に近付いています」

 ミワは両手を膝に置いて、懇願するような目で私の方を見ている。車で橋のたもとまで来て、そこから歩き始めたのならともかく、私達はミワの部屋から歩いて来ているのだ。橋のたもとまでも三十分くらいは歩いている。私の足にもかなりの疲労が溜まっていた。

「もう、橋の真ん中だよ。周りを見てごらん」

 ずっと足元だけしか見ていなかったミワが顔をあげた。

「わー、良い眺め!」

 ミワの目がキラキラと輝いた。

「こんな素敵な世界が待っていたのですね。ご主人様と一緒に、ラスボスを退治したご褒美ですね」

「まだラスボスは退治出来ていないよ。まだ下りが残っているし、帰りも有るんだからね」

「ひえー、まだまだ続くんですね?」

「ここで少し休もうか?」

「はい、ご主人様」

 私とミワは、橋の上からの風景や下を通る船を見ながら、少し休憩をした。陽の光にキラキラと輝く水面が美しい。とは言っても、その光を集めて輝くミワの瞳には敵わない。

 船が白い引き波をたてながら橋の下を通過する。ミワはその船に向かって無邪気に手を振っていた。

「そろそろ行こうか?」

「はい、ご主人様。この素敵な景色に元気をもらいました。またかんばれます!」

 私はそう言うミワに元気をもらって歩き始めた。


 やっとの思いで公園にたどり着いた私とミワは、芝生に並んで座った。目の前には海が広がっている。コンビニで買って来た菓子パンやサンドイッチで海を眺めながらの食事をした。

 ミワは美味しそうにサンドイッチをほおばっている。

「ラスボスはやっぱり手強いなぁ」

「すごく強かったですね。ご主人様と一緒で無ければ、途中でゲームオーバーになるところでした!」

 ミワはいつまでメイドキャラを演じるつもりなのか? 私としては、すでに飽きているのだが、ミワはまだ飽きないらしい。

「ここは潮干狩り場に成っているから、シーズンになると沢山の人が来るんだろうな」

「もしかして、あのラスボスを簡単に攻略して、その直後に潮干狩りをするんでしょうか?ご主人様とミワは、どれだけ運動不足なんでしょう?」

 私とミワは家から歩いて来ているので、橋に入るまでの疲労が大きかったのだが、私はその事には触れなかった。

「そうだね。私もミワも、普段からトレーニングをしないといけないな! ジョギングとか、水泳とかね。ミワはどんなトレーニングをしたい?」

「うーん、そうですねぇ。出来ることなら、ラスボスに出会わない様にするトレーニングが良いです」

「それって、何もやりたく無いって事だよね?」

「さすがご主人様! 良くわかりましたね」

 ミワは唇の間から舌をチョロっと出して笑った。そんな可愛すぎるミワの表情を見る度に、私は自分の立場や目的を忘れてしまう。


 そう、私は自殺旅行の最中なのだ! ミワと一緒にいる時には、まず思い出す事は無くなっている。ミワが仕事で居ない間には時折考える事も有るが、ミワとの関係が深まるにつれ、そんな機会も減少していた。

 今、その考えが頭の中に浮かんできたのは、この場所のせいだろう。目の前に広がる東京湾の向こう側には、数日前まで妻と暮らしていた東京という街が有るのだ。

 いつまで続くかは解らないが、東京から目と鼻の先に有る木更津で新しい生活を始めている。

 私は本気で妻や娘達の事を忘れて、ミワとの生活を続けようとしているのだろうか?

 隣に座っているミワを見ていると、私の心はミワで埋め尽くされる。

 しかし、私の中でミワの存在が大きく成れば成るほど、妻や娘達の事を真剣に考えなければならないのだろう。きちんと決着をつけなくては……。

「ハジメさん、どうかしたの?」

 私の様子は相当に変だったのだろう。ミワはメイドキャラを止め、心配そうな顔で私の顔を覗き込んでいた。


「いや、何でもない。大丈夫だよ」

 取り繕う私の言葉には、何の説得力も無い。ミワの表情に、不安の色が浮かんだ。

「ハジメさんは、時々何か思い詰めた顔をしますよね。何か悩みを抱えているんですよね?奥さんや以前の生活の事ですか? ハジメさんから見たら、ミワはまだ子供で全然頼りになんかならないだろうけれど……。少しでも力になりたいです。ハジメさんを、少しでも癒してあげたいです」

 ミワが真っ直ぐな目で私を見つめている。

「ミワ……。ありがとう……」

 私の目に、涙が浮かんできた。私はその涙を見られない様に、ミワの身体を抱き寄せた。

 幸い、周辺に人は居なかった。私はミワを抱きしめたまま、涙の収まるのを待った。その間、ミワは何も言わずにいてくれた。


「そろそろ帰ろうか?」

 涙の収まった私は、ミワの身体を放しながらそう言った。

「はい、ご主人様。帰りのラスボス退治ですね! 一緒に頑張りましょう!」

 私の様子が元に戻ったからだろう。ミワはまた、メイドキャラに戻っている。ミワは私の事を、こんなにも注意して見ていてくれる。

 ミワは本当に良い女だ。そう思ったとたん、また涙が出そうになった。しかし、今度は涙を抑え込む事に成功した。


 帰りのラスボス退治は、ゆっくり食事と休憩をとった為か、往路よりは楽に攻略出来た。しかし、ミワの部屋にたどり着いた時には、相当の疲労が貯まっていた。





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