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9話

薄っすらと瞼の裏に映る赤い光。周囲はいつも寝ているベッドとは程遠く硬い、そしてゴツゴツとしている。


身体の節々が痛む。治っていたと思っていた右腕は再び感覚が無くなり直ぐにでも壊れそうだった。頭には激しい頭痛と眠気が襲ってくる。


その強さは生半可なものではなく、例えるなら徹夜明けの月曜日の夜のように何も構わずひたすらに寝たいと言う感じ、或いは、もっと言えば麻薬中毒者が薬を求めるのと同じ程の欲求だった。


だが彼女はそんなこと御構い無しに起き上がる。


〈91番目の魔法(ナインファーストマキナ)


手に持ったペンで図形を描き身体を回復させようとするソフィア。


だが魔方陣から生まれた鶯色の霧が彼女を包み込んだその瞬間、身体から力が抜ける。


「え?...........なんで」


地面に膝をつき訳がわからないと言う表情で自分の足を見つめるソフィア。


いくら力を込めようとも自らの足は、全く言うことを聞かない。



「そうか、ならいい。その魔法は回復魔法。傷を治す効果があるが...........余り多用しないほうがいい。寿命を縮めることになる」


タキが彼女に言った言葉、脳裏に走る忠告じみた言葉が彼女の胸に突き刺さる。


「ご忠告をどうも」だが彼女にとってそんな事は殆ど関係のないことだ。少なくとも今、復讐の対象が目の前にいるというのに立ち止まっているわけにはいかなかった。


今、金色の槌矛を持った魔法使いは目の前に倒れている。

気を失い髪がだらりと垂れ、荘厳な服装は土に汚れ、槌矛を握る手はすぐに解けてしまいそうなほど弱々しかった。


彼女はそんな彼を一瞥するとゆっくりと立ち上がる。


途端に襲いかかる頭痛と、そして激しい立ち眩み。思わず脚を出し何とか踏ん張る。


一歩一歩彼女は彼に近づいていく。


痛む足を堪え 激しい頭痛を我慢し 眠気は頭痛が吹き飛ばしていた。


「これで終わりよ」


彼女は彼から2メートル程の範囲で立ち止まりペンを突きつける。


「ベルさんを殺した事を冥界の奥底で、死ぬほど悔やんでね」


そして彼女は、真っ赤なインクでゆっくりと図形を描き始める。


八芒星 勾玉のような不可思議な図形がその周囲を囲み、立体的なリングが、さらに八芒星を囲んでいく。

それはやがて回転していき人の目には球のようにも見えてくる。


さらにそれに図形を付け足していく。

五角形五芒星六角形八角形さらには計算式のような物までも。


そして最後には流れるような手つきで描かれていく人間のものではない言語。それが入っていくたびに球体は光り輝きより強さを増していく。


だが、彼女は気づかなかった。余りにもそれに集中し過ぎたせいかもしれない。激しい頭痛により感覚が鈍っていたのかもしれない。


どちらにせよ結果彼女はそれに気づかなかった。


〈3番目の...........


だが魔法が完成した瞬間、突然冷気が立ち込める。

いや、気温が変わったわけではない。彼女の背中に走る悪寒がそう感じさせたのだ。


ソフィアは首が取れると思うほどの速さで後ろを振り返る。


その瞬間、球体はまるで溶けるように宙に消えていく。


身体中から熱中症の時のように玉のような汗が噴き出し、心臓は全力で走った後のように激しく胸板を叩き続ける。


そして彼女の瞳に写ったもの、それは白だった。


「え?」


そこに立っていたのは人、いや、《人のようなもの》だった。


全身は真っ白。衣服など一切を身につけていないただの真っ白な人。まるでペイントでそう装飾したような人工的な皮膚、髪の毛など一切生えていない頭、そして人とは明らかに違うところ、それは、目も口も鼻も、顔を作るパーツが一つもないということだった。だが逆に言えば一切の表情がないことを除けばそれは限りなく人に近いものだった。


それは一切の動きを見せずただ突っ立ている。

だがそれが放つ雰囲気、それは紛れもなく、純粋な一切の汚れも濁りもない、真っ直ぐな殺意だった。


ガラッ


突然背後から瓦礫が落ちる音がする。


緊張していたソフィアは慌てて飛び上がるように背後を、オリガがいる方を見る。


白い人のようなもの。まるで彫刻のような、生き物特有の不完全さ、皮膚のざらつきや爪の形、指の長さ、普通なら同一個体でも何かしらの身体に刻まれた生活感というものがこの生き物には一切無かった。

まるでそれは今この瞬間、この姿で生まれてきたようだった。


「なんで?」それが目の前にいる。オリガのすぐ側に立ち真っ直ぐこちらを、もし目があればこちらを凝視しているのだろうか。


するとそれは彼女から興味を無くしたようにゆっくりとオリガの側にひざまずき、彼を抱きかかえる。優しく、壊れ物を扱うように丁寧に持ち上げる。


それを見てもソフィアは動き出すことができなかった。たとえ復讐の対象が連れて行かれるという状況であってもそれが放つ独特の雰囲気が彼女を地面に根が生えたかのように動かさない。


そしてそれはゆっくりと歩き始める。一歩一歩丁寧にまるで高貴な貴族が民衆の前で歩くように、とてつもなく人間に酷似した動きだった。


そしてそれが15メートルほど離れた時やっと彼女は息をつくことができた。しかしまだそれが消えたわけではないしそれがさっき見せた一瞬の動きがいつ来るかもわからない。

だから彼女はペンを持つ手に力を加え油断なくそれを見据える。


そして脳が緊張以外の考え事ができるようになったその時、彼女の脳裏に一瞬だけ、疑問が浮かぶ。


ーーどうして、いやどうやってあれは移動したんだ?


彼女の背中に再び嫌な汗が流れ出し始める。


ーー私が後ろを振り返るのにコンマ1秒も無いし、それ以前に最初の瓦礫の音ってもしかして


彼女はより一層ペンを持つ手に力を込める。自分の予想が当たってれば脅威は去ったわけなんかじゃなくむしろその脅威のど真ん中にいる。


彼女は三度目の後ろを振り返る。

だがそれはコンマ1秒遅かった。


「〜〜〜〜〜〜っっっ!!!」


突然身体が持ち上がる。冷たい、どこまでも冷たい冷酷で無慈悲な手がソフィアの首元を掴み締める。


「ぐ....ごのはなぜ...........」力無き声で必死に訴えるソフィア。


しかしそんなことなど聞く相手ではない。声帯が震えたことを、抵抗と考えたのかより一層首が締まる強さが増していく。


意識が朦朧としてくる。酸欠で顔が紅潮し心臓が酸素を運ぼうと必死で拍動する。両手は必死でそれの無機質で硬く冷たい手を解こうとする。

しかしそれもやがて力が入らなく、弱々しいものへと変わっていく。


その中でも彼女の瞳は真っ直ぐ前を見続けていた。

オリガ=マナフェクス

あの人の仇。それが白い人のようなモノに運ばれていく。

最初からそれは二体いた。高速移動などなんの予備動作もなく少なくとも人間と同じくらいの質量があるものができるはずがなかった。


(くそっこんな、こんなの)


せめて彼を道連れにできたら、仇を少なくとも終わらせて死ぬことができたら、そうやって死ぬことができたら、どれほどまでに良かったか。

そうしてベル似合うことができたらどれだけ幸福だったか。


彼女はいよいよ死を意識し始める。手には殆ど力が残っていない。瞳はだんだんと色を失い、光を失い始める。


ーーこんな所で、まだ、まだ終わってないのに


彼女の必死の思いも届かない。そして瞼を支える筋肉でさえ力を失う。

ゆっくりと視界が暗く、そしてついに瞼が閉じられる。


だがその時、瞼の裏目を閉じた時に見える外の光が、黄色く金色に輝き始める。

これが天国への入り口かな、とぼんやりした意識で考えるソフィア。 だとしたら彼女にとっては地獄以外の何者でもないということだ。


しかし彼女が意識を手放そうとしたその時、現実の余りにも久しぶりに聞いたような、人間の声が聞こえる。


「斬り飛べ、レイ・オールライト!」


その瞬間、まるで石像が砕けたような音が響く。

するとソフィアの首を掴む腕の力が無くなる。

宙に浮いた身体が重力に任せて下に落下する。


しかし彼女の身体は堅い地面に叩きつけられることなくふわりとクッションのような柔らかい何かに支えられる。


「生存者...........」先程叫んだ男とはまた別の声が泣きそうな声でそう言う。「団長!まだ生きています!」


「おいこら副団長君!まだ油断するな複数いるぞ」先程の声で言葉が返される。しかし叱咤した声でもどこか嬉しさが滲み出ていた。



そんな騒がしい状況の中でも彼女は目を覚ますことなく瞳を閉じていた。その閉じられた瞼からは一筋の涙が溢れて頬を伝い流れ落ちていた。




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