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4話

冷たい風が頬を撫でる。藍色の空に蒼い若々しい星が大小様々に瞬いている。だがその光も白銀の一際大きな光の陰に埋もれていく。この空はそれのために存在しているようだった。

潮風を運ぶ空と同色の海も満月に照らされ光の道を創り上げていた。

そしてその光の道を進む陰が一つ。


漆黒の翼は空より暗く、深い黒い瞳は月よりも輝いていた。


彼は背に一人の女性を乗せている。銀色に光り輝く髪を波風に揺らせお伽話のお姫様のように美しく眠っていた。


だが彼女は決して姫ではない。囚われの姫でも眠れる姫でもあるいは幸せなお城の姫でもない。

彼女の姿はボロボロだった。それはまるでガラクタのように、曲がった右腕は所々出血し白い骨片が皮膚を破いて浮き出ていた。


ピクリ


彼女の指先がわずかに動く。


「目が覚めたか?」彼は問いかける。

心配そうな口調だった。


「...........ここは?」彼女は少々寝ぼけた様子で周りをキョロキョロと見回す。


「...........ソフィアの方か...........ここは海の上、我の背の上だ」


見ると雄大な大海が銀色と藍色を優しく包み込んでいた。


「...........取り敢えず状況はわかったか?」


彼は問いかける。しかし帰ってきたのは沈黙だった。


「まあ無理はない」彼は、いや彼も気遣わしげな口調で言う。

「言いたいことはたくさんあるだろうが今はお前の事の方が優先事項だ」


白銀の光が陰る。彼女を照らした唯一の光源が消え、彼女を闇と同化させる。


「ペンは手にあるだろう。使う魔法は91番目だ。まあ彼女の記憶があるから大丈夫だろうが」彼は意味ありげにそう言うと上昇気流に乗る。羽ばたくのをやめ彼女の足場が安定するようにする。


彼女はそんな彼の小さな思いやりなどには気付かず、手にあったペンを見る。


彼女は最初それが手に握られていると認識できなかった。


自らの存在を主張するように鈍く輝く朱銀色のペン。たとえ月が影ようとその力は計り知れないものだった。


彼女はペンを手の中でクルクルと動かす。なぜだかわからないがこうしているとしっくりくる。


「いつっ」口から小さく漏れるかすかな声。


ペン先が手のひらに刺さったようだ。


「...........」彼女は朱銀色のペンをじっと見つめる。


ハッキリ言ってこの装飾は汚い。灰色に近い銀色と明るいオレンジ色が合わされば汚い色になるのは目に見えている。


だが、だからこそ、これが誰のものかはよりハッキリとわからせる。

これが誰のために創られたのかがよりハッキリと彼女に意識させる。


それが彼女の手にあることが、ただそれこそが今は亡きあの人の意思なのかもしれない。



光が差し込む。銀色の光が朱銀色をキラキラと光らせる。


ふと赤い光沢が目に入る。


先ほどペン先が刺さった時に切ったのだろうか、彼女の親指の付け根からペンに負けないほど輝く真紅の液体が流れ出ていた。


ピリっ


刺さった時と同じ感覚の痛みが走る。


しかしそれはさっきとは明らかに違う痛みだった。


「くっ!...........う!」まるで導火線のように腕に走る電撃的な痛み。それは直線的なものから、火であぶられるようなものに変わっていく。


「...........ぐっ!、うう」痛む腕を抑え蹲る。しかし決してそれはおさまらず彼女の身体を侵食していく。


「う、うあああぁぁ!」ついには肩、胸、首、頭と爆発的に一気に痛みが広がる。四肢の末端から身体の奥底まで、全身の神経が焼かれ、切られ、ズタズタにされる。


「どうした!ソフィア!」

彼は必死になって呼びかけるが彼女は返さない。


しかし彼女は、唇を血がにじむほど噛み、爪が食い込む程拳を握りしめても、決して涙を流さない。


「ソフィア!魔法を使え!」


声が辺りに響き夜の闇に吸われていく。


「ソフィア!起きろ!このままだと」


彼は必死だった。しかし翼を揺らしても何度呼び掛けようとも彼女にそれが届くことはない。



声が遠くに聞こえる。何も見えず、何も感じない。


ーああもう良いのかな


彼女の目から生気が消える。

視界が虚ろになる。闇へ闇へ、彼女は誘われていく。

怒鳴り声も、胸の焼けるような痛みもない世界。


だがその時。唐突に手に持つペンが暖まっていく。



「ソフィアちゃん、生きてね」


ーえ?


その中で心の中に直接語りかけるような声。彼の時とも違う。まるで元々あった言葉が都合良く再生されているだけなのかもしれない。


「ソフィアちゃんはこんな事に負けたりしないよね」


彼女は依然痛みの奔流に呑まれている。



「だって強気で勝気で、とっても頼りになる、ツンデレ可愛いもの好きな、私の娘だもん」


意識が引っ張られる。闇が明けていく。目の前の景色が鮮明に、感覚がより鋭敏に、そして身体から湧き上がる何かが力を与える。


ペンを握りしめる。するとそれに応えるかのようにペン先からインクが漏れ出る。


「...........わかった、ベルさん」


ペン先を動かし図形を描いていく。放物線、円、それに内接する五角形、外接する四角形。

ただの形でしかないそれに想いを込めて。


不思議と痛みが気にならない。


〈91番目の魔法(ナインファーストマキナ)


優しい鶯色が溢れ出る。


それが靄のように皮膚にピッタリと纏わり付いていく。しかし決してそれは不快ではない。


痛みが引いていく。負荷が取り払われた五感が潮風を優しく皮膚に感じさせる。


ーベルさん。ベルさんは...........私にどうして欲しい?


翼が大きく揺れる。いい加減彼も全く反応しないベルに焦れてきたようだ。


ーベルさんはいっつも私がしたいようにしろって言ってたよね。


「ねえ、あなた...........鳥さん?」


「タキだ。彼女にもそう呼ばれていた」


「そう。じゃあタキ。私は...........」


「それよりどうなったんだ?」彼はソフィアの話を遮って話す。

「魔法の発現はわかったが、成功したのか?」


「...........さあ?この魔法の効果はよくわからないけど、一応は痛みは引いた」彼女はそう言いながら手をプラプラと揺らす。


「そうか、ならいい。その魔法は回復魔法。傷を治す効果があるが...........余り多用しないほうがいい。寿命を縮めることになる」彼の声は言葉とは裏腹に楽しそうな口調だった。


「へえそう」彼女はことも投げに答える。どうでもいいと思っている口調だった。それよりも自分が言おうとしたことを遮られ少しイライラしているようだ。

「じゃあいい加減にこっちが聞きたいことを聞いてもいいかしら。あの銀髪にいちゃんにも散々一方的に話されてイライラしてるものでして」


彼女がそう言うのを聞くと彼は面白そうに苦笑する。


「ああ、そうだな...........何から聞きたい?」


「そうね、取り敢えずベルさんに関するすべてのことを洗いざらい吐いてもらうわ」



-------------------------------------------------


瓦礫を押しのける。


服についた土埃を払いながら、槌矛を持ち上げ背に背負う。



ここはベレビア教の教会、いやその残骸と呼ぶに相応しいだろう。倒壊した壁、抉られた床、今にも落ちてきそうな天井、花びらが舞い、鮮やかな装飾が黄土色に染め上がっていた。


彼は自分から少し離れた所にある、二人の床に倒れた女性に目を向ける。


一人は知らない女性。ベージュ色の暖かな髪を持った、背の低い、どこにでもいるであろう女性だ。


彼はゆっくりとその女性に近づいていく。


もう動かないとはわかっていた。確認するまでもないとはわかっていた。誰でもない、彼自身の手で殺したのだから。


だが彼は確かめる必要があった。


あのもう一人の女性の異常さ、それを目の当たりにした彼が抱いた感情、それは間違いなく純粋な恐怖だった。


彼はその女性の側に立つと、しゃがみ込み、彼女の首筋に手を当てる。


脈はない


人は心臓が止まれば10分程で回復不可能となってしまう。という事はもう彼女が立ち上がることはない。


彼はため息をつくと立ち上がりもう一人に顔を向ける。

ここにきた本当の目的を遂行しなければならない。


「おい、起きろ」


しかし彼女は反応しない。


彼は先程したのと同じように首筋に手を当てる。


「...........我が手に宿るは緑命の欠片」


〈緑の息吹(グリーンクリーチャー)


すると彼の手から緑色の柔らかな煙が彼女を包み込む。


それはゆっくりと彼女の傷口に入り込み、それを塞いでいく。


「我が手に宿るは蒼命の欠片」


〈青の息吹(ブルークリーチャー)


今度は先程と同じ煙が、濃い青色を帯びて彼の手から放出される。



「う...........」彼女はピクピクと指を曲げ伸ばしする。


「気が付いたか」彼は抑揚のない声で言う。


すると彼女の返事を聞くまでも無くゆっくりと目を開けた彼女に背を向ける。


「オリガ様.........」彼女はまるで主人に怒られる犬のような声を出す。

「申し訳ございませんでした...........」

その謝罪は自分が足を引張たことに対するものだけでなかった。


「術の準備も整ったからには直ぐに始める。触媒にこの女を使おうかとも思ったが...........予定通りのモノを使うとしよう。」彼の声には咎めるような口調はない。だがそれは彼女にとって責められているのと同義だった。


「申し訳ございません...........」彼女はもう一度弱々しく謝る。

その雰囲気は謝罪と言うより詫びていると言うより、何かに怯えているという言葉の方が相応しかった。


「...........スペアは幾らでもある。お前が死のうがこれと言った問題でない」

彼はアッサリと言い捨てる。


だが、その言葉を聞かされた瞬間彼女は、晴れ晴れとした顔を上げ彼を見つめる。

彼女にとって大事なのは、価値がないという事よりも役に立たないということの方だった。


「はい!」彼女は救われたような力強い返事をすると、杖を拾い上げ呪文の詠唱を始める。


彼女の紡ぐ言葉と共に彼女は淡い光の衣に包まれていく。


一方彼もブツブツと言葉を発する。


「転送呪文、サーレル」


その瞬間彼と光になっていく彼女が一瞬白い光に包まれる。


そしてその光が収まった後、そこには誰もいなくなった。少なくとも生きているものは。

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