三話
(くそっ動けない!)彼は壁に打ち付けられた身体を攀じるが全く微動だにしない。
彼はその漆黒の翼を水晶のような透き通った刃により壁に打ち付けられていた。正確に関節部分を狙った攻撃はオリガと共にいた女性の魔法だった。
「オリガ様、お急ぎを」彼女は恭しく彼に膝間付くような体勢で進言する。服が汚れ髪が乱れていたが、苦しそうな様子は一切ない。先ほどの回復魔法により癒えたようだ。
一方のオリガも彼女の魔法により鉤爪による傷は治っていた。
「ああ」オリガは目の前で倒れている銀髪の女性を見つめる。
腕は奇妙な方向に曲がり目や耳からは血が流れ出ていた。しかし肺は、心臓は生きることを諦めず動き続けている。
そんな一見して瀕死状態のソフィア。その程度の人間はいくらでも殺してきた。
彼の覇撃のオリガの名は決して名前負けなどしていない。容赦ない行動。圧倒的な魔法力。戦争の経験。それらを持ってしても彼は今彼女のことを図りかねないでいた。
そのせいか魔法にムラが生じてしまう。先ほどの攻撃も真っ直ぐ頭部を狙ったはずだった。しかし意図に反して腕を狙い失敗してしまっている。
彼は今歴戦の経験から何が最善かを思考していた。
「アルデリア、お前が止めをさせ」オリガはボソリと呟く。
「は、はい!」彼女は突如そう言われ上ずったような声を上げソフィアの元へ駆け寄る。
この状況でそう選択したのは用心かそれとも恐怖かそれは彼にもわからない。
だがアルデリアには恐怖が無い。物理的に攻撃を受ければそれに対する対策ぐらいは立てるだろうが、こと戦績において恐怖に尻込みしたという話が一切ないのだ。
そして彼女は容姿端麗で魔法の才も秀でており忠誠心も強い。
オリガはそんな理由から彼女を奴隷にし調教してきたのだ。まさしく道具として。
「我が息を溢れる冷気に換えよ...........」アルデリアが詠唱を始める。
それを聞いたオリガはホッと安堵の息を吐く。これでやっと終わる。期せずして魔法を使用する犯罪者と出会ってしまったが散々踊らされてしまった。この教会もじきに倒壊するだろう。そうすれば本来の任務につける。オリガはそう思っていた。
しかし
「きゃああああああ!」突如響き渡る甲高い叫び声。それは間違いなくアルデリアのものだった。
すぐ様振り返るオリガ。
そこで彼は自分の見た光景が信じられなかった。
苦しむ長身の女性。居場所を刻むような杖は地面に落とされその腕は必死にもがいていた。脚は宙に浮き必死の抵抗か、無闇矢鱈と相手を蹴るような動作をしていた。
だが彼が目を奪われたのはそれが原因ではない。奴隷の、最早道具としてしか見ていないような者にわざわざ心配などしない。
彼が目を奪われた理由。それは彼女の胸ぐらを片手で、さらに宙に浮かせている銀髪の女性のせいだった。
「う...........くそ...........離せ!」アルデリアは必死の声で叫び、杖を捨てた腕でソフィアの細い白い腕を叩く。
しかし彼女の両腕は、まるで金属製のスクラッパーのように微動だにせず彼女を苦しめ続けている。
「馬鹿な...........」しかしオリガの目には苦しむアルデリアの顔など入ってはいない。彼が驚いたのは銀髪の少女の異常さだった。
魔力を他人に流し込む。それは間違いなく自殺行為に近いだろう。対象者と実行者の魔力はいわば適合していないことが殆どだ。それこそ遺伝子レベルで一致する確率とほぼ同じ程に。
そのためこの方法は非魔法使いが魔法を使用した際の拷問としてしか使われない。
他人の魔力が侵入する。すると自身の魔力はそれに抗うように攻撃を開始する。その結果身体は炎症を起こし血管は裂け細胞は破壊される。さらに流し続ければ脳細胞が死に、廃人同然となる。
少なくともオリガは廃人になる一歩手前までは流し込んだはずだった。
普通なら意識がある方がおかしい。たとえあろうとも身体を動かすなど不可能なはずだ。
だが目の前の光景はその常識を覆すのに十分な現実を彼に突き付けてきた。
「化け物め...........」彼は忌々しげに呟く。
するとそれに反応したのか彼女がオリガの方を見る。銀色の目。先ほどと同じ、同一のもののはずなのに明らかに違う。
それと目が合った瞬間彼の背筋に寒気が走る。
「君がベルラリアを殺した人か」そう言う彼女の声はさっきとはまるで変わっていた。
そして彼女はアルデリアから手を離す。床に落ちたアルデリアは喉元を抑え苦しそうに咳き込んでいた。
「僕にとっては何も知らない無垢な彼女を、同じ種族であるはずの彼女を、そうやって殺すことのほうが十分化け物の行動に思えるがね」
そういうと彼女はチラリとオリガの後方を見る。そこには真っ黒な巨大な鳥が氷の刃によって壁に打ち付けられていた。
彼女の視線に気づいたのか巨大な鳥は真っ直ぐ彼女を見据える。
彼女は人差し指で合図を送る。まるで歴戦のコンビにしかわからないような小さな動き。
「何者だ...........」オリガは尋ねる。その声は僅かに震えていた。
「何者か...........強いて言うなら」そう言って考えるようにオリガから視線を外す。見るのは先程合図を送った相手。
黒い巨鳥はゆっくりと頷く。
「この子を」そう言うと自らの胸に手を当てる。「助ける者だよ」
その瞬間彼女は淡い白い光に包まれる。月の光を何百倍と強大にしたような神々しく猛々しい命の光。
「く...........なんだ?!」
慌てて腕で目を抑えるオリガ。その間際に彼の目に映ったのは、銀色に光り輝く人とは思えない何か。
やがて光は消えていき薄暗い僅かな月光が彼と彼女を照らす。
まるで変化が無かったかのように元に戻っている。しかし一つだけ変わったところがあった。
「久しぶり...........だなこの感覚」そう言って彼は手に持つそれをクルクルと指の間で回し始める。慈しむように優しげな視線をそれに送る。
それは銀色の光沢を放つ朱銀色のペンだった。穂先は硬い白銀に輝く金属。そして柄はベルの好きだったマリーゴールドのようなオレンジと赤色。持ち手の一番上には花柄が刺繍されたような綺麗な突起がついている。そしてそれは常人ですら畏怖の念を覚えるほどの皇貴な雰囲気が溢れていた。だがその雰囲気はペンそのものというより寧ろ、彼女自身の力を支えているようだった。まるで熟年の夫婦のように。
「なんだと...........」オリガは驚愕を隠せないでいた。それは明らかに魔法の力を帯びた物だったからだ。
「魔法具なのか...........」
「魔法具?」だがそんな彼の驚きの言葉とは裏腹に彼女は呆れたような声を出す。「そんな人間が作った魔法を帯びただけのただのガラクタと一緒にしないでもらいたいね」
そう言うと彼女は自分の目の高さまでペンを持ち上げる。
「...........よかった、まだインクが残ってる」彼女はホッと一息つくとペンを再びクルッと一回転させる。
「...........何であろうと逃しはしない」オリガは気を取り直し槌矛を彼女に向ける。
〈地開の嘆き(ガリアス)(ガリアス)〉
黄金の槌矛から放たれた衝撃波は真っ直ぐ彼女を狙う。
「おいおい、味方がいるって言うのに」彼女は少々動揺したようだがすぐに気を取り直す。
彼女はペンの頭にある突起を押さえる。するとカチリという音とともにペン先からインクが漏れ出る。鮮やかな真紅の液体。
彼女は慣れた手付きでペンを動かしていく。
円を描き五芒星を描き中心に不可思議な鎖模様を描いていく。すると彼女が描いた通りにペン先から真っ赤なインクが空中に形を作っていく。
「そうだね、魔法名は確か...........」
彼女は思い出すように呟く。
〈32番目の魔法(サードトゥーマキナ)〉
その瞬間彼の目の前が爆発する。
立ち込める土煙。
「...........どうなった...........」オリガはその白い煙の中を目を凝らして見つめる。普段の彼ならここまで警戒したりはしない。しかし彼女の異常性が彼をそうさせていた。
そして煙が消えた先には不敵に笑う彼女の姿があった。
「...........魔法で防いだのか」オリガは言う。先ほどの動き。彼はそれを見たことが無かったが明らかに魔方陣が発生していた。
「ん...........違うよ」しかし彼女はことも投げに否定する。
「なんだと...........ならどうやって」
「あんたの部下」そう言って彼女は右下を指差す。
そこには真っ赤な血を吐きながら気絶しているアルデリアの姿があった。
「まあ盾があったから有効利用ってことだよ」
「貴様...........」オリガは怒りで震えていた。しかしそれは決して仲間が傷つけられたことに対するものではない。
「この私の傑作を!」
〈地開の嘆き(ガリアス)〉〈地開の嘆き(ガリアス)〉〈地開の嘆き(ガリアス)〉〈地開の嘆き(ガリアス)〉
彼は魔法を連続で詠唱破棄する。普通の人間ならば簡単に魔力切れとなる程の攻撃。しかしそれを成し遂げる彼はまさしく覇撃の名に相応しかった。
だが彼女は彼が魔法を発動させる直前にこう言った。
「じゃあさっきの魔法はなんだったんでしょうか」
そしてその瞬間。
「グハァ!」
吹っ飛ばされたのは彼女ではなかった。
彼女は魔法が直撃する瞬間横っ飛びに飛び回避を図る。
その瞬間アルデリアから骨が砕ける嫌な音がしたがそんなことは気にしない。
オリガが吹き飛ばされたのを確認すると彼女は扉に、否、壁に打ち付けられた巨鳥に向かい走り出す。
そしてその間に再びペンで魔方陣を描き始める。今度は大小様々な円が重なり合った形。
〈78番目の魔法〉
すると巨鳥を拘束していた氷の刃が消え去る。
「助かったぞ、ミタラディア」巨鳥はそう言うと解放された自由を示すように翼を大きく広げる。
彼女は慣れた手付きでその巨鳥の背に飛び乗る。
巨鳥はそれを確認すると翼を羽ばたかせ始める。羽が空気を切るとともに粉塵が舞い上がり彼らの姿を隠していく。
「う...........く」飛び立つ背の中で彼女は苦しそうに息を吐く。
だが今主導権を変わるわけにはいかない。彼女は平気でいるが実際は常人では発狂してしまうほどの激痛が身体に走っているのだ。
巨鳥が飛び立つ。
残された教会はグラグラと倒壊し、やがて土煙に包まれ見えなくなった。
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思えばほんの少しだったのかもしれない。結局は短い物語の1ページにも満たない小さな小さなサイドストーリーだったのかもしれない。
でもそこに登場する人物にも一般人Aにも、兵士Bにも、きっと感情があり人格があり葛藤も苦しみも幸せもたくさんあったに違いない。
そして人はそれを伝えるべきだったのかもしれない。
でも人は省略する。忘却する。捏造する。
だから大事なことがわからなくなる。
彼女は暇だった。
真っ白な精神世界とか言うところに連れてこられよくわからない男に主導権やらなんやら言われ結局は一人で待ちぼうけしている。
「ああ、暇だ」彼女はそう口に出すと伸びをしながらゴロンと地面に寝転ぶ。
硬いはずの地面は彼女が背中をつけた瞬間心地いい硬さとなる。
「外はどうなってるんだろ」彼女は天を仰ぎながら不安そうに呟く。
真っ白な空はなんの変化もなしにただ存在するだけだった。
「...........」どうしたのだろうか。自分の心に問いかける。
恩人 育ての親 かけがえのない人
言い方は幾らだってある。どんな言葉も相応しくどんな言葉も足りない。
なのに自分の心は動かない。動揺しない。悲しまない。
最初はきっと余りに複雑な悲しみのせいでそう感じないだけだと思っていた。いつかは直視すると思っていた。
逃げているだけ...........とは少し違う気がする。
「ああ、考えてもしょうがないか」そう言って転がりうつ伏せになる。
ひんやりした地面がお腹を心地よく冷ましていく。
でもきっと冷たいのではなくて冷やして欲しいのだろう。
心臓の音が規則正しく心に響く。
「そう言えばうつ伏せになったら胸が苦しくなるってベルさん言ってたっけ」彼女は思い出す。昔そう言ってた。
彼女は自分の心に念じるように目を閉じる。
「別に苦しくない」一体なんの事だったのだろうか。問い質したくてもその人はもういない。
「なんの事なんだろう」そう言って再び目を閉じる。
(うーんベルさんはどういう時に胸が苦しくなるって言ってたっけ)
そう思い色々と過去を思い出していく。
まだ私が幼い時。ベルさんと買い物に行った時だったかな。
「ベルー!早く早く!」
確かその日は朝からセールをしていてそれに遅れないように走ってたんだっけ。
「ちょ、ちょっと待ってよ?ソフィアちゃん」彼女は必死で余り整備されていない道路を走っていた。
「ちょっとベル。早くしないと終わっちゃうよ」見かねた私は立ち止まり上から目線に彼女に声をかけていた。
彼女は立ち止まった私に申し訳なさそうにこうべを垂れる。
「ごめんね、ちょっと胸が痛くて」
(あの時は胸が痛いって言ってたっけ)
普通走ったら胸が苦しいとか言わないだろうか。
いや待てよ。確かあの時はベルさんは息が上がってなかった。
「うーん、わからない」彼女は顰めっ面になりながら唸る。
「そう言えばあの時も...........」
確かあれは私がもう少し成長した時だったような。
私はベルさんに頼まれたお使いを済ませ帰宅した時だった。
何時ものように教会の隣にある掘建小屋のような小さな部屋に入った。
するとベルさんは机に上半身を乗せるような、一見して悪い姿勢で窓を眺めていたのだ。
「ベル、姿勢悪いよ」見かねた私は呆れたように彼女にそう言う。
するとベルさんはビックリしたように飛び上がる。それとほぼ同時に窓の近くで鳥が羽ばたく音がする。
「ソソソソフィアちゃん何時からそこに?」大袈裟なほど驚いた彼女は噛みながら尋ねてくる。
「ついさっきだよ」そんな驚きなど意に返さないかのような声。これが何時ものベルさんだったからだ。
「そ、そう」ベルさんは安心したかのように椅子に座りまた元のような姿勢に戻る。
別に潔癖性の私ではなかったがこの時はやけにその姿勢がムカムカきた。
「ベル、姿勢が悪いよ」
「んーでもねえこうした方が胸が楽なのよ」
そう言っていた。胸が楽という事はそうでないと苦しいという事だろう。
「うーんどういうことなんだろう」彼女は仰向きになり腕を組む。
(胸が苦しいうつ伏せ胸が痛い走る胸が楽悪い姿勢...........)
彼女はじっと目を瞑り考えを巡らせる。
ここでは時間という概念がないのかもしれない。
彼はここは夢ではないと言っていた。しかしつまるところ人間で認識する夢と言うものこの精神世界はほとんど同じことのように思える。
何分か、それとも数秒か、ここではそんなことどうでもよくなってくる。
するとまさしく電撃のように脳内に信号が走る。脳細胞が理解したことを示すように神経細胞を興奮させる。
「ま、まさか...........」そう言う彼女の声はとてつもなく沈んだ声だった。
彼女はむくりと起き上がる。そしてチラリと下を向く。
「...........」
彼女は後悔していた。こんなことにまさか過去編まで取り入れた長い話にしてしまったことを。こんなことに全力で思考してしまったことを。
「...........」ならばこの小さなサイドストーリーはまさしくこの言葉で締めくくるにふさわしいと彼女は思う。
「...........乳製品...........食べようかな..........」
ソフィアがベルに勝てなくて悔しいと思う唯一のことだった。
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〈おい、ソフィア!ソフィア!〉身体が揺さぶられる。
「うるさいなぁ」どこかで聞いたような、同じようなセリフとともに彼女は手を払うように振る。
〈はぁ、真面目な話だから聞いてもらってもいい?〉彼はため息をつきながらそう言う。そして立ち上がると手を広げる。
霧が球体となっていく。
「...........それで?どういう状況?」
いつの間にか起き上がっていたソフィアが尋ねる。
〈うん?まあ周りの状況よりも危惧することがある〉
彼は球体が完成したのを確認すると彼女に近づいていく。ソフィアの記憶を集めたものと違い薄暗く暗褐色に鈍く光っていた。
〈君は魔力っていうのはどういうものかわかっているかな〉唐突に問いかける。
「はあ?今そんなこと」
〈いいから答えて〉
厳しい目で見据えられ思わず黙ってしまうソフィア。
そしてめんどくさそうに言う。
「魔法を使用するためのエネルギー、って教えられてきたんですが」
〈うん、人間にとってはそうなのかもしれないね〉
ソフィアはその言い方が気になった。これではまるで自分が人間でないと言っているようだ。
〈でもね、魔力というのはそんな単純なものじゃないんだよ。一言で言ってしまえば魔力は遺伝子と同じように人それぞれ形が違うんだ。だから当然他人の魔力が流れ込めば体内で自己と非自己が争う。そうなると当然身体にダメージが入る〉
そして彼は今の君みたいにねと言い加える。
〈魔法を使用する時人間は体内の魔力を何か物に通して一般化させる。まあ普通の、無色なものにするって感じかな。それから魔法を詠唱することにより魔力に色を乗せて放つ。これが魔法なんだ〉
ソフィアはその話に頷きを返す。しかし彼が何を言いたいのか未だにわからない。
〈じゃあなんで一般化何てことをするのか。それは体内で流れている魔力は既に《生命エネルギー》として動くための魔法として働いているからなんだ〉
そう言うと彼はここで言葉を切る。そしてソフィアに促すような目線を送る。
「それを私に言って何の意味があるんですか?」彼女は思ったより意味のない話だったのでつまらなそうに少しイライラしたように言う。
〈知っておいて欲しいんだ。今言ったことはこれから必要になる。
それからまた別の話になるんだけど、今から君の状況を説明するよ〉途端に彼は深刻な顔つきとなる。
〈君は今、はっきり言って非常に危険な状態だ。血管は裂け全身打撲、筋繊維は断絶し、身体中に激痛が走り続けてる〉
「へえ、またそれは大サービスにもほどがあるわね」
〈それから右腕は粉砕骨折。これは利腕だったから適当にくっつけておいた。まあ応急処置程度だが。それから右足が壊死し始めてる〉彼はそう言うと自分の右足首辺りを触る。
〈あのよくわからないオリガの部下の女の人。あの人に逃げる間際に足首を掴まれて氷雪系魔法を叩き込まれてね。早く治療しないと足を切断しないといけなくなる〉
そして彼は手に持った球体を差し出す。
〈これからは君の番だソフィア。もうすぐ主導権が強制的に君に返還される。しばらくは移せない。だから魔法を使ってもらう、もちろん君にね〉
「え?」彼女はここで初めて驚きの表情を見せた。
「いや私にそんなことできないって」
〈やったじゃないか。まあ君の精神じゃなかったけど〉
「それはあんたが」
〈違うよ〉彼は片手を挙げてそれを制す。〈精神は違ってた。それは事実だ。でも逆を言えばそれ以外何もしてないんだ。だから君にもできる〉
彼は断言する。
〈これは今保持している分の魔法の知識。これで君も魔法が使えるはずだ〉
「...........まあいいわ。それで何か口頭からの講義は無いの?」彼女は球体に触れる寸前の所で聞く。
〈まあそうだな。じゃあ一つだけ〉彼は彼女の手に自分の手をそっと重ねる。
〈君が今から使うのは魔方陣魔法。魔方陣さえ書けば魔法は発動するものだけど、これだけは覚えてて。魔法は想いの力だって事を〉
そして彼は導くように彼女の柔らかい手を球体に乗せる。
〈心が伴わなければどんな魔法も《意味がなくなる》。...........嘗てそれで国が滅んだことがあった〉
最後の言葉はほとんど聞き取れないほど小さな声だった。
「あっそう」光が彼女の意識を失わせていく。
「でもまあ、いたいけな乙女の手の甲を触る何てことをしただけであんたは滅びる運命ね」
〈ふふ、そうだね。ごめん〉彼は微笑みながら彼女の目を見る。
〈それじゃあ最後に〉彼はそっと手を離すと呟く。
〈自分を見失わず、自分のために生きるんだよ〉