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恋愛仲人のお仕事

東浦町の墓地は白爺の住む林からさほど遠くない場所にあった。


墓地といっても決して寺が隣接しているわけではない、夜になれば人間なら誰も足を踏み入れたくはないほど不気味な場所でもあった。


以前、心無い人間が墓地荒らしを行い、多くの墓石を破壊されたということで一時期ニュースで取り上げられたのだが、その犯人は未だに捕まらないままそのニュースは廃れた。


元々それほど新しい墓地ではないのだ。江戸末期に戦で負けた武士達や、随分昔の先祖がそこに眠っているというだけで、人は滅多に参りにもこない。

そこにある墓が、一体誰の所有物で誰が眠っているかという詳しい情報が何一つないのが原因だ。ニュースで取り上げられたのも、たまたま通りかかった町の住人が破壊されている墓石を発見し、警察に通報したことから発覚した事件だ。


当然、壊れた墓石を修理する来る者もおらず、その事件に憤りを見せた者もほとんど居ない。


荒れたまま放置された状態の墓地は、人の間では面白半分に幽霊スポットとして以前よりも度々人が寄り付くようになった。

憤りを感じていたのはそこに眠る人間の御霊(みたま)ではなく、そこをねぐらにしていた妖怪達だった。


闇が深く、人が寄り付かぬところに妖怪達はよく集まる。


その墓地ほど居心地のいい場所はないと妖怪達の間ではいい物件として妖怪新聞で取り上げられていたほどだ。


人間で言えば“高級マンション”に近いイメージを持っていただけるとよいだろう。


この墓地が破壊されたという事実を“耐震偽造”と考えて頂けると、皆さんお分かりいただけるのではないかと思う。


それほどまでにその場所は重宝され、妖怪達の憧れの物件だったのに――。


報いは当然受けるべきだ。


妖怪達はもちろん犯人を特定できていた――というよりも実際、破壊活動がおこわなれた現場に居合わせていたと言った方がよいのだろうか。

人間を脅かす必要がないときは自分達の姿を人間から見えないようにしているのが普通だ。

当初はなぜ犯人達が自分達の住処を破壊しているのか意味が分からずパニック状態になっていたが、ことが終了してから妖怪達は報復へと意欲をぶつけた。


残念ながら、ここから先の話は皆もお分かりだろうから、あえて説明を割愛させていただく。


人に語るには少々残酷過ぎる部分もある為、語りきれぬのだ。


浦島太郎がかつて竜宮城へ行った際、そこが絵にも描けない美しさであったと語り継がれているが、それと同等の意味だと思っていただければ幸いだ。

同等の意味ではあるが、決して美談ではないことは――言うまでもない。


結局、東浦町の墓地は妖怪にも見放され、その場所はますます荒れている状況だった。


そのような場所に花子が居るなど、珍しいこともあるものだと歩人は思った。

けれど彼女は決して墓地ではなくトイレに住む妖怪である為、墓地は関係ないのだろうかという結論に至る。

どちらにしろそこへ向かわなければ白爺の依頼を投げ出すことになり、反感を買ってしまうため仕方なしにそこへ赴いた。


先ほど長々と説明したように、東浦町の墓地は廃れており、人間が近寄ることはほとんどない。ということは当然、そこにあるトイレだって使用されている形跡もないだろうと歩人は予想する。

せめてトイレの芳香剤を買ってくるべきだったかと悔いていると、目の前に見えた花子が居るであろうその場所に少しだけ驚いた。


想像していたよりもさほど酷いものではなかった。


もしかしたらわらぶきの屋根なんかで出来ていて、穴がほってあるだけの状態のトイレとは呼ばない(かわや)と呼ぶものではないかとすら想像していた歩人であったが、ちゃんとした建物の形をしていた。

元々は白かったと思われるコンクリートの壁は砂埃で茶色や灰色といった汚い色に染まっているが、洗い流せば何とかなりそうな雰囲気があり、蜘蛛の巣が数多く張っているものの、はるか頭上の電灯の場所にその住居を構えているため、特に問題はなさそうだ。


ジージー、チカチカと音を立てながら点滅を繰り返す入り口の電灯に、大小合わせた蛾等の害虫が羽音を潜めながら周りに集まっているのが目に見える。

その中で何匹かは蜘蛛の巣にひっかかり、もがきながらその罠から脱しようと試みているようだ。

地面は湿っぽく、ところどころコケが生え、電灯の光が当たらない裏側の壁にはツタがべっとりと張り付いている。


口裂け女と白爺はそんなトイレの外装を気にも留めずに歩み寄っていったのだが、歩人は近づくにつれて鼻を突き刺すような悪臭に顔をゆがめた。


外観が想像していたほどではなかったにしろ、悪臭は想像以上だったのだ。


近づいただけでこの悪臭だから、中に入らなければいけないとなると心底嫌だと歩人は躊躇して先を行く口裂け女と白爺を見た。


妖怪達は鼻がないわけではないのによく平気で居られるなと感心していたのだが、次の瞬間、白爺が歩人を振り返って照れくさそうにニヤリと笑って誤魔化したように見え、歩人はすぐさま早足で白爺の元へ行き問い詰めた。


「白爺……」


歩人の怒りを含んだ低い声に、白爺はゲヘヘとえげつない笑みを浮かべて自分の禿げた頭を皺だらけの指でボリボリとかいた。


その様子を理解できなかったのは口裂け女だ。


なぜ歩人が白爺に対してあれほど怒り含めた呼びかけをしているのか理解ができていなかったようだ――が、様子の可笑しい歩人と白爺に近づいた瞬間、口裂け女も異変に気づいたように大きな口をゆがめ、赤いコートのポケットから慌ててマスクを取り出すと、ソレを装着して大きく息を吐いた。


「白爺、“やった”わね!」

「すまんすまん。昼間に芋を食ったのを忘れておった」

「思いっきり吸い込んじゃったよ僕……うぇ……吐きそ……」


本当に気持ち悪そうに口元に手を当て、もう片方の手で自分の顔の前をパタパタとあおぐ歩人を見て、口裂け女は振り返りながら反省の色一つ見せない白爺を睨んだ。

とりあえず匂いの滞っている場所から早く脱しようと、歩人は早々に足を速めてトイレへ向かう。

トイレに近づいたほうが匂いが薄れていることに気づいた歩人は、自分の口元から手を離し、女性トイレの入り口に立ったときだった。


外灯はついていたがトイレの中は真っ暗だった――が、突然明るくなったかと思うと、普通よりも美しい女性の姿をした妖怪たちが複数、そこに突然現れたかと思うと、訪れた歩人に笑顔を向けた。


『いらっしゃいませー! 妖怪キャバクラ《ウォシュレット》へようこそ!』


……さて、どこからツッこむべきか。


歩人は酷い頭痛を覚えてふらふらと足をふらつかせながら、額に手を当てるとようやく思いとどまったところでため息混じりに言った。


「なんつーネーミングセンス……」


とりあえずキャバクラの名前からツッコミを入れた。


妖怪は以前より説明している通り、人間と対なる生命体であるが、人間の中には妖怪の存在に興味を示す者が居るだろう――もちろん妖怪の中にも人間の存在に興味を示すものが居る。

それは人間の存在だけではなく人間が作り出した文化や技術に興味を持つ妖怪もおり、そして間違った知識のままそれを利用するのだ。

外国人が日本の漢字の魅力に触れ、「日本の文化だぜ」と日本のイメージを大切にしたまま漢字のタトゥーを腕に入れたが、その漢字が「座薬」という文字だったという、まあそういう後には戻れないような残酷な間違いだ。


たぶん「正座」と間違えたのだろうが、どちらにしろカッコよくはないのでアウトだ。

歩人が普段使わない頭を悩ませていると、迎え出てくれた女妖怪達のうちの一人が、いきなり歩人に抱きついてきた。


「きゃー! あゆあゆ久しぶりー! 《ウォシュレット》№1キャバ嬢、花子でーす!」


抱きついてきた花子は歩人に頬ずりしながら挨拶をする。


その姿は今時の若い女性とさほど変わらず、容姿は二十歳くらいだろうか――少しだけ焼けた小麦色の肌に、胸元が開いた黒いキャミソールドレスはスカートの部分と胸元がヒラヒラとしていて、スカートの丈は下手をすると下着が見えてしまうほど短くなっている。

ピンク色のピンヒールミュールを履き、茶色のウェーブのかかった髪をアップにしている、まさにキャバ嬢らしい姿をしている。


顔も美しくほっそりとした手足も人間としては魅力的であるが――これが噂のトイレの花子である。


「トイレの花子」は学校内のお化けとしても有名だが、その存在は学校によって様々な説がある。


本来ならばこのようなキャバ嬢の姿ではなく、幼いオカッパの赤いスカートをはいた幼女だ。


一番有名どころで言えば、校舎三階のトイレで三回ノックをして「花子さんいらっしゃいますか」というのを一番手前から一番奥まで三回ずつやると、三番目のトイレからかすかな声で「はい」と返事があるらしい。

そして返事が返ってきたトイレを開けると花子が引きずり込むという方法だったのだが、最近はその方法にも飽きたらしく、キャバ嬢を演じている。


若い今時の女の姿をし、花子の姿に魅了された男がトイレに立ち寄り引きずり混まれるという方法に変えたようだ。


こちらの方が効率的で結構な数の男をおどかしたのは、人間の浅はかな欲望の裏返しだと思うと少し残念な気もする。


歩人も花子と初対面はこの行為の被害者であった。


実際のところ、花子の様な妖怪に魅力を感じて欲望のままついていったわけではない。

いつものごとく本を読んで歩いていた歩人を見つけた花子が、無理矢理トイレにひきずりこんだのだ。

女子トイレに初拉致された歩人は、とてつもない不快感を花子にぶつけ、花子の魅力に惑わされなかった人間としてその後はなぜか気に入られてしまった。


確かその時のキャバクラの名前は“妖怪キャバクラ”という安直なものだったのに、彼女もまた知識をつけたようだ。


「……なんでウォシュレットなの?」

「可愛い感じだったから!」

「どこが?」


やはり完璧に認識が間違っているらしい。


花子に抱きつかれながらも引き剥がそうともせず、その場に立ち往生してしまった歩人から花子を引き剥がしたのは他でもない、口裂け女だった。


「あゆちゃんから離れなさいよ、この便子!」

「あーら、誰かと思ったら口がでかいだけの女妖怪じゃないの。便子って言わないでちょうだい、この食欲魔」

「口がでかいからってよく食べると解釈すんじゃないわよ! 何よ! 香水使いなさいよ! 芳香剤使ってんじゃないわよ!」

「煩いわね! 芳香剤を馬鹿にしないでよ! 森の香りはあゆあゆが一番好きな匂いなんだから!」


花子がそう叫ぶと、口裂け女はそれは知らなかったとばかりにショックな表情を浮かべて歩人を見る。

勝ち誇ったように花子が鼻をふふんっと鳴らしているのを見て、歩人は否定も肯定もしないままため息を漏らしてゲンナリとした表情を浮かべた。


開き直って言ってしまえば、匂いなど悪臭でなければなんでもいいのだ。


これほど白熱して議論される内容でもないはずなのに、そこまで白熱した議論が繰り出される意味がわからない。どうでもいい議論をギャンギャンとわめくように繰り返している二人を、ただボーっと眺めていると、痺れを切らした白爺が歩人に歩み寄り眉を潜めて文句を漏らした。


「おい歩坊。ワシはさっきから蚊帳の外なんじゃが?」

「蚊みたいなもんだろう」

「き、貴様……」

「僕、早く帰りたいから紹介したら帰っていい?」

「カワイ子ちゃん達はワシに任せろ」


歩人の失言に一旦は怒りを露にしたものの、邪魔者がこの場からすぐにでも立ち去りたいという願望を聞いた途端、自分のパラダイスが頭に浮かび、白爺はすぐにそれを了承する。

白爺の扱いをしっかりと身につけている歩人は、口元に小さく笑みを浮かべて、未だに議論中の花子に声をかけた。


「花子」

「はぁい」


先ほどまで口裂け女と、般若の形相で議論していた花子だったが、歩人に名前を呼ばれた途端、顔の周りに花を浮かべてすっかりとキャバ嬢らしい反応を見せて振り返る。

口裂け女は呼ばれたのが自分ではないことに、若干ショックを受けていたのだが、ここに来た本来の目的を思い出したために、あえて口を噤む。


歩人に呼ばれたのがよほど嬉しかったのか、最上級の笑みを浮かべながら花子が歩み寄ると、歩人は少しだけ自分の位置をずれて、白爺と花子が真正面に向き合うような形を取った。


「花子、この(ひと)知ってるよね」

「……あら、いらしてたの? ええ、知っているわ。白狐様でしょう」

「最初の一言余計」


歩人がピシャリとそう言ったが、花子は自分が何を言ったかすでに覚えていないらしく、不思議そうな顔をする。白爺はと言えば、花子の余計な一言も耳に届いていなかったようで、嬉しそうに――若干いやらしい目つきで花子を舐めるように見つめていた。


「遊んで欲しいんだって」

「違う! 嫁に欲しいのじゃっ!」


とりあえず用事を早急に済ませようと歩人が呟くと、白爺はすぐさまそれを否定して、自分の真意を伝える。

実際、自分よりも妖力が遥かに上を行くものに見初められるのはアヤカシの世界では願ってもいない申し出だ。

赤子の力量に等しい花子を娶りたいと申し出た白爺は、それでこそ力を持つものとして異端視されるだろうが、アヤカシとは元々異端そのものであると認識しているので、痛くもかゆくもない。


誰に何を言われたところで、突如として言い放ったであろう言葉でさえ、撤回することはなかった。花子は少し視線をずらして歩人を見つめると、今までになく真剣な面持ちで白爺を見据える。腰も曲がり、自分よりも背丈の低い白爺を見下ろした花子ははっきりとした口調で告げた。


「私は強い人が好きですわ。白狐様もお強い方と存じてます。でも、貴方より遥かに強い人を私は知っていますから……」


そう言って遠慮がちに歩人を見上げた花子に、白爺は仕方がないとでも言いたげに目を細めて苦笑いをする。

歩人にいたっては眠たげに欠伸を噛み締めているだけで、当事者になっていることに気がつきもしなかった。

出てくる町名等は適当に付けているため、実在する町名とは一切関係ありません。

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