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ボインなお姉さんは好きですか?

依頼という呼び方は決して正しいものではない。


人間とアヤカシは本来、光と闇と別々の場所を好み、その姿かたちから互いを忌み嫌う習性がある。

アヤカシは人より遥かに長い歴史を刻んで人よりもその存在を長く留めている。

人がこの世に繁栄をもたらしたのは、繁栄能力がアヤカシよりも少しだけ長けていただけのことで、アヤカシにとっては短命な動物が必死にこの世に生き残ろうとする様が滑稽だと言うものもある。


簡単に言ってしまえばアヤカシは人よりも優れた能力を持ち、人を脅かす存在としてのプライドが一等高いのだ。

そんなプライドの高いアヤカシが人間である自分に依頼をするとは到底思えない――そう、歩人は心内で毒づいた。


口裂け女は歩人の気持ちを配慮して人間らしい言葉を使用したが、実際は依頼というより「やれるものならやってみろ」という挑戦状に近い形であると思う。

実際にそれが成功したら「まあ当然だ」と言って感謝の言葉も述べないのだ。


現代語で言えばアヤカシはツンデレ(・・・・)なのだろうな、と歩人は思った。


口裂け女が迎えに来たからには逃げ出すことは考えないほうがいいだろうと、歩人は仕方なしに口裂け女が導く方向へと足を進めた。別にアヤカシ自体に恐怖や嫌悪感を抱くことはないのだが、人間でないアヤカシの相手は結構疲れるものなのだ。


あるアヤカシはよくしゃべり、あるアヤカシは人を馬鹿にし、あるアヤカシは無言で、とにかく自分の気持ちを伝えることを苦手としている。

意思疎通が下手なのは何もアヤカシに限らず人間にも同じことが言えるのだが、人よりもひねくれた性格のアヤカシが非常に多い為、相手をするには骨が折れる。


ソレ達は皆、人間を脅かすことを最高の喜びとしている部分もあるので、感情などそれ以外に必要ないと言ってしまえばおしまいだ。


夕暮れの太陽もいつの間にか姿を消し、歩人は制服のまま誰も近寄ることがない林の奥へと足を踏み入れていた。

膝の高さまである雑草を掻き分けながら雨で緩んだ泥濘(ぬかるみ)に足を取られ、何度か転びそうになっては近くにあった木に手を付いて難を逃れる。

元々それほどキレイではなかった運動靴は泥だらけになり、酷いときには泥が跳ねて歩人の頬を汚した。

ゆるい上り坂になっている林の中は、獣道さえ見当たらない人が踏み入ってはならない領域のように思える。闇に奇妙なほど低いカラスの鳴き声が響き渡り、生温い肌にまとわり付くような風が小さく吹いた。

目の前には自慢の赤いコートを揺らしながら目的地へ向かう口裂け女の後姿が目に映った。時々、後ろを歩く歩人に振り向いては裂けた口を微笑ませてまた前を向いて歩き、を繰り返す。苦労して歩いている歩人とは反対に、口裂け女は意気揚々と歩みを進めているのに歩人はさすがだなと大きなため息を漏らした。


「あゆちゃん、もう少しだよ」


口裂け女はまた少しだけ振り返り、歩人の愛称を呼ぶと頬を染めて嬉しそうに微笑んだ。


歩人はソレを聞いて特に表情も変えずに小さく頷いて反応してみせ、それから癖のように眼鏡を持ち上げる仕草をするも、先ほど眼鏡を外したことを忘れていて、歩人の中指は無常にも自分の眉間を押した。


特に視力が悪いわけでもないが、あの眼鏡は特別な思いがこもっている。


自分に合わせて作られた眼鏡ではないため、すぐにズレ落ちてしまうから、こういった林の中を抜ける時は落とすことのないように眼鏡を外して歩くのだ。

歩人たちが目指す目的地は、歩人が幼い頃によく来ていた場所でもある為、林の中で迷うことはなかったが、最近は滅多に近寄らなかったため、いささか方向が分らなくなっていたらしい。

目の前を歩く口裂け女は木々が茂る林を抜け、それほど広くはない場所へ出た。


ほんの六畳ほどのスペースには相変わらず雑草が生い茂り、その中央には人の背丈ほどある大きな岩があった。


岩には大きな縄が何重にも張り巡らされ、古びたお札のような紙切れが何枚も張り付いていて、まるで何かを封印しているような岩山に、歩人はようやくたどり着いたかとため息を漏らしてその岩に手を付いた。


白爺(びゃくじい)


静かな声で歩人がそう言うと、どこからともなく笛の鳴るような鋭い風が吹いた。

口裂け女はその大きな口を閉ざしたまま歩人の後方で静かに依頼主が現れるのを待っていた――が。


「ぎゃあぁああぁっ!!」


突然、口裂け女が勢いよく絶叫した。


品のないうめき声を含めたその声に、歩人は岩山から手を離し驚きながら振り返るが、視界に入った光景を見た瞬間おもいきり呆れた表情を浮かべてソレを見た。


「若いオナゴの尻はいいのぉ」

「何すんのよエロジジイ!」


それは背丈もそれほど高くはない、腰の曲がった骨と皮だけの老人が、口裂け女の尻を撫で回しているところだった。

口裂け女は顔を真っ赤にして激怒し、その老人に拳をふりあげるが、老人は見た目とは裏腹にそれを身軽にかわしたかと思うと、ヒラリと舞い上がりながら歩人の触れていた岩山にトンッと下駄を鳴らして降り立った。


ただの人間であれば、ビックリ身体能力を持つ老人という肩書きで終わるのだが、老人は更に変化を見せた。


ゆっくりとその背中から白く大きな毛に覆われた尾が三本生え出したのだ。


風に揺れるようにユラユラと動く白い尾は、正しく言えば二本ある。

そのうちの一本は途中で無残にもちぎれてしまったような形をしており、他の二本とは比べ物にならないほど短いものだ。

老人は満足そうに笑みを浮かべながら、髪のないシワのある頭をボリボリとかいて、自慢の長い白ヒゲを撫でると、目の前に居る歩人を見下ろして目を細めた。


「久しいなぁ歩坊(あゆぼう)

「白爺も相変わらずだね」


歩人は怒り狂う口裂け女をなだめながら岩山の上に居る老人にそう挨拶すると、老人はまた愉快そうに声を上げて笑った。


人の形をしているが、この老人もまたアヤカシの一種だ。


アヤカシの中でも高貴とされる部類で、人間界で一番有名な呼び名として「コックリさん」があげられる。


「コックリ」とは「狐狗狸」と書き、その漢字の通り狐の霊を呼び寄せる儀式のことを差している。

目の前に立つ老人も狐狗狸を親類に持つアヤカシであり、本来はお稲荷さん、または妖狐(ようこ)という名が一般的だ。

妖狐の中でも良い狐とされている善狐(ぜんこ)の代表である白狐(びゃっこ)がこの老人の呼び名となっている。


今回、歩人に依頼をしたのはこの白狐こと白爺なのだ。


歩人はようやく口裂け女を落ち着かせ、泥濘のない場所を選びながら岩に寄りかかるようにして座った。


それから静かに自分の隣の地面を軽く叩けば、今まで白爺のセクハラにイライラとした表情を浮かべていた口裂け女が、一瞬にしてパッと表情を明るくさせ、喜び勇んで歩人の隣に座る。

ただ普通に座るだけでいいものを、口裂け女はわざわざ座った歩人に腕を絡ませ、肩に寄りかかって嬉しそうにしていた。口裂け女のベタ惚れな様子を見て白爺は面白いものを見たと手を叩いて喜び、岩の上に胡坐をかいて座ると、どこからともなく徳利(とっくり)とお猪口(ちょこ)を取り出し、酒を飲み始めた。


トクトクと透明な液体がお猪口に注がれ、揺れる液体の表面に月が浮かび上がる。


木が岩を避けて生えているせいか、その場所から見る月は美しい白を奏でていた。


白爺は目を細めてその揺れる月を見つめ、グイッと一気にその酒を飲み干した。


それを横目に、歩人はのんびりと空を見上げて直接白い月を見つめる。

サワサワと揺れる木々の鳴く音が、先ほど通ってきた林と同じものとは思えないほどすがすがしい空気を運んできてくれる。

歩人は溢れ出てくる欠伸をかみ締めながら本題に入ろうと白爺に声をかけた。


「それで……白爺、トイレの花子と仲良くなりたいって聞いたけど」

「おう、そうじゃそうじゃ。是非ともあのボインなねーちゃんと仲良くなりたいんじゃ」

「相変わらずだね、ボイン好き」

「歩坊も好きじゃろ? ボイン」


呆れた表情を浮かべながらも月から視線を離そうとしない歩人に対し、白爺はすでに自分の手に持っている酒に意識を集中させ、何度も何度もお猪口に酒を注いでは口に運んでいる。

仕舞いにはお猪口で飲むのが面倒になったらしく、そのまま徳利に口をつけてグビグビと勢いよく飲み始めた。


「別に興味な――」

「私Cカップ!」

「聞いてないから」

「あぅ……」


歩人が白爺の質問に対して返事をしようとしたところ、口裂け女は即座に自分のバストの大きさを暴露して撃沈する。それに食いついたのは他でもない白爺で、岩の上から身を乗り出して目を輝かせながらコートの下に隠れているであろう口裂け女の胸を見た。


「何!? Cとな!?」

「見んなよエロジジイ! 私の胸はあゆちゃんのモノなんだからっ!」

「別にいらない」

「ひ、酷い……」

「じゃあワシが顔をうずめてやろう」


キヒキヒと表現できないほど気味悪い笑みを浮かべた白爺に照準を定められた口裂け女は、その大きな口をクワッと開いて不恰好に抵抗する。

歩人にしがみついて助けを請う口裂け女の姿に、歩人はようやく月から視線を外してヤレヤレと、半泣きになっている口裂け女に視線を向けながら白爺に言った。


「白爺……知ってた? 花子の胸はFカップ」

「ボイン最高! すまんな口裂け女! やっぱり浮気はいかんじゃろ! よし歩坊! 今すぐ花子のところにワシを連れて行け!」

「ちょ、あゆちゃん!? なんで花ちゃんの胸の大きさ知ってるの?!」

「花子と初めて会ったとき、自己紹介で勝手に言ってきた」

「は、花子のやつぅ!」

「ワシのときはスリーサイズだなきっと」

「その気楽なプラス思考は一体どこから出て来るんだよ白爺」

「ほっほっほっ。伊達に八百年も生きとらんわ」


自慢げにそう話す白爺だが、歩人はその意味を別の方向でとらえていた。


アヤカシは長命であり死を知らぬ生き物ではあるが、八百年も生きてると豪語するエロい白爺は、実際アヤカシの世界では年を重ねているほうだ。

そして花子はまだ百にも満たぬ若いアヤカシであり、人間で言えば九十歳を超えるの男が、今時の高校生と付き合いたいと言っている様なものなのだ。

日本人が同じことを言おうものなら犯罪になりうることなのだが、アヤカシの世界では結局なんでも許されるのが当然だ。


アヤカシとしてはどうかは分らないが、女として花子はまだ遊びたい盛りで白爺など眼中に入らないだろう。


年の功とはよく言ったものでアヤカシの世界では年を重ねたアヤカシの方が断然に偉いという縦社会でもある。

眼中に入らないからこそ自分が仲を取り持つのか――と、歩人は自分の存在意義を確認したように頷くと、横に投げ出していたカバンから携帯電話を取り出して連絡を取り始めた。電話帳の中から目当ての電話番号を見つけ出すと、迷いもなくそこに電話をかけはじめる。

呼び出しのコールは一度も鳴らず、ただザワザワとした気味の悪い音が響いたかと思えば、電話をかけた相手が意気揚々と口を開いた。


『もっしもーし。トイレの花子ちゃんです』

「あ、花子? 僕……」

『きゃぁっ! その声はあゆあゆだぁっ!』

「うん、まあ……今どこ?」

『東浦町の墓地の横にあるトイレだよぉ? 何々? 花子ちゃんに会いに来てくれるのぉ?』

「まあ……連れが居るけど、そっち行っていい?」

『いーよぉ。誰連れてくるの? あ! 言っちゃ駄目よっ! 楽しみに待ってるんだからぁ!』

「ん、じゃあ今から行く」

『待ってマース! ちゅっ☆』


電話を終えた途端、歩人は肩を落として小さくこぼした。


「テンション高ぇ……」


げんなりとした表情を浮かべる歩人に対し、電話から漏れている会話に聞き耳を立てていた白爺は飛び上がるように喜び、口裂け女は顔を歪めてムッとした表情を浮かべる。

相変わらずテンションの高い花子の話し方は、静かな空間を好む歩人にとっては騒音以上に迷惑なのだが、昔からお世話になっている白爺の頼みとあらば聞かないわけにはいかない。


あの電話の向こうでのテンションを、今度は間近で感じなければいけないと思うだけで気が重く、口裂け女もその歩人の憂鬱さを理解しているようで不機嫌な表情を浮かべながら、岩の上で踊り喜ぶ白爺を睨んだ。


正直に言えば口裂け女は不安でたまらなかった。


自分の胸のサイズを言ってまで歩人の気を引こうとしたテンションの高いギャル系の花子と、この何をしでかすか分らないエロ白爺。

それに自分の恋人である歩人と、自分の四人が揃ったときを想像したらとんでもない方向へ行ってしまうのではないかと気が気ではないのだ。

歩人はそんな口裂け女の心情も知らずに携帯を握り締めたまま意を決したように立ち上がり、傍に置いてあったカバンを手に取ると携帯をしまう。

それからまだ不機嫌そうに――否、不安そうにしている口裂け女を見下ろして猫背の状態のまま静かにため息混じりに呟いた。


「花子より口裂け女の方が静かでいいね」


瞬間、口裂け女はパッと表情を明るくさせ、即座に立ち上がると歩人に勢いよく抱きついたのだった。

この作品ではさまざまな要素を合わせて、独自の設定で書いています。

狐系の妖怪のみならず、妖怪の情報には諸説ありますが、これ! と決まった情報を利用しているわけではないため、妖怪好きの方は大変申し訳ありませんが、この小説に限り「こういう設定なんだ」という認識でお読み頂く事になりますが、ご了承ください。

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