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嫌われ者の恋愛事情

とにかく彼は嫌われていた。


顔も背格好もお世辞にも良いとは言えず、墨をこぼしたような真っ黒で重い髪と、時代遅れの大きな黒いフレームの眼鏡、猫背で歩く姿は気味悪く、いつも腫れぼったい唇からブツブツと独り言を唱えている。

極めつけは教室を移動する際、教科書と一緒に持っている彼の愛読書、「黒魔術入門」と「UFOの不思議」、それに「妖怪大百科」「都市伝説は今」という異様な組み合わせ。


入学当初から彼は一人で学校生活を過ごし、それが当然になっていた。


無論、彼を友人と呼ぶものもおらず、第一印象だけで誰もが彼に近づくことを生理的に拒否をする。


とにかく今時の高校生とはかけ離れた容姿を持ち、誰もが予測できる孤独な生活を送っている彼――元木歩人(もときあゆと)はそこに居た。


教室で一人、オカルト系の本を愛読する彼に近づく人はおらず、かといって彼を悪く言う人も居ない。

存在自体が無に等しいもので、たとえ彼の悪口を呟いたところで何の利益にも暇つぶしにもならないからだ。正直なところ悪口を言って何か呪いでもかけてきそうな雰囲気をかもし出す歩人だからこそ、誰も相手にしないのだが。


ある昼休みのことだった。


いつも騒がしく雑談をするクラスメイトの中に、相変わらずポツンと一人で読書にいそしむ彼の姿があった。

ふと、何を思ったのか歩人は本に栞を挟んで閉じると、自分のポケットを漁った。


ただそれだけの行為なのに、周囲は敏感に彼に視線を向ける。


本来ならば、彼は昼を健康ドリンク飲料で済ませ、休み時間が終わるまで延々と読書をしている。それがクラスの中では当たり前の光景であったし、自分に被害か来ないならばそれで充分だと思っていたのだ。


以前、何を思ったのか、彼が突然クラスメイトに話し掛けたことがあった。


その内容は単に次の授業が一体何だったかを問うものであったが、突然話しかけれたクラスメイトは次の日から学校を三日間も休んだのだ。


実際はただ偶然に風邪をこじらせただけではあったが、歩人が何か呪いをかけたのではないかという疑惑が浮上して以来、彼は瞬く間に呪いの扱える変人と化した。

だから周囲は困惑したのだが、歩人はその事実を知らずに黙々と自分の行為を進めた。


自分のポケットを漁っていたかと思えば、古びた携帯が出てきたことに周囲は驚いた。スマホが主流の昨今、未だに二つ折りのガラケーを愛用しているのは彼らしいとも思う。友人らしき相手が一人も居ない歩人が携帯を所持していたことに対しての驚きだが、周囲はすぐに視線をそらしヒソヒソと彼の携帯機能について話し出す。


もしかしたら悪魔を召喚するのではないかとか、実は呪われた携帯ではないかとか、現実にありもしないことを口々に話してはチラリと彼の様子を見つめる。

ありもしないことなのだが、彼が携帯を持つとどうも本当にそういう気がして仕方がない。

今までの歩人の言動からしたら当然なのだが、とにかく教室内はハラハラとその様子を見守った。


歩人は携帯の画面を見つめ、手馴れた仕草で操作をすると、画面に浮かび上がってきた文字を見てフッと唇の端をあげた。


その瞬間、クラス全体が静まり返り、誰かが固唾を呑んだ音が響いた。


それほどまでに異常なのだ。――彼が気味が悪くも笑みを浮かべたことが。


一体何を見て彼が笑みを浮かべたのか、当然のように周囲の興味がそちらに注がれる。誰か勇気を持って彼の携帯をのぞき見ることは出来ないかと誰もがあたりを見渡すも、視線で会話を繰り広げるだけで誰も首を立てには振らない。

歩人は周囲の静まりを何とも思っていないようで、教室の端にある自分の席に座ったまま携帯を耳に当てて静かに話し出した。


「……何?」


ボソッと呟くような歩人の声が聞こえた。


たったその一言に周囲の神経が研ぎ澄まされ、針で刺すようなほどにまで鋭利に歩人の会話へ一点集中する。生憎電話の相手の声は聞こえなかったし、男女の区別すら付かなかったが、それでも歩人の会話は続いた。


「……別に……嫌だよ……昨日も来たじゃん……」


何が嫌なのか、何が来たのか、とにかく何でもかんでも彼の話す一言一言が気になって仕方がない。理解できない会話を目の前で繰り広げられ、恐る恐る一歩近づいては聞き耳を立てているが、電波状況か一向に音声が良くなる傾向はない。

ジリジリと歩み寄っても、電話に集中して気づいていない歩人の姿を見て、歩みを一層速める人も居たのだが。


「……わかったよ……じゃあね」


あまりにも早すぎる突然の終話に、近くまで寄っていたクラスメイトは慌てふためいた。歩人が携帯電話を切って耳から離した途端、真横にいたクラスメイトと視線がかち合ってしまった。後退気味だったクラスメイトの体がその場でピタリと止まり、歩人の視線に捕まったという気まずさからその状態のまま全く動けないで居る。

周囲から見ると、まるで金縛りにあってしまったかのようなそのクラスメイトの姿に、何人もの生徒が心の中で成仏を願った。


「……何?」


歩人が猫背の状態のまま視線の絡み合った生徒に言った。


クラスメイトの男子は今まで動かなかった体をビクッと震わせ、額にジンワリと冷や汗を浮かべさせる。きっと明日のこの教室に彼の姿はないのだろうなと誰もが予想をしている中、歩人だけは珍しく自分に近寄ってきたクラスメイトに興味を示し、クラスメイトの男子は半ば自棄になりながら――恐る恐る歩人に尋ねた。


「あ……のさ、珍しく、その、電話してるから……相手は誰かなぁーとか……たははっ、よ、余計なお世話だよねー」


もはや自分で言っていることがどういうことなのかすら理解できないほど内心パニックを起こしているクラスメイトに対し、歩人は少し考えたように眼鏡の奥にある瞳を細めて静かに答えた。


「電話の相手……? 僕の彼女」

「あ、あははははっ! そ、そうだよねー! 彼女だよ彼女――って」

「「「「「えぇぇえぇっ!?」」」」」


見事なノリツッコミと共に美しきハモリが奏でられた。


誰もが予想しなかった回答をした歩人本人は、周囲の反応がごく当然かのように相変わらず何を考えているのかわからない表情で教室内を見渡している。クラスメイト達は皆驚きを露にしつつ、歩人の恋人が一体どういう相手なのかを見極めようとまたヒソヒソと仲間内に想像しあった。

ある人は歩人と同じくオカルト系を好み、暗いイメージを持つ女ではないかと予想し、ある人は実は漫画のような絶世の美女が相手ではないかと予想する。

周囲の考えとしてはやはり前者の方が多く見受けられ、歩人の恋人という代名詞で一人の女性が大体のイメージで固められたところで、また歩人に視線を戻して詳細を聞こうと心臓をドキドキさせた。


このような状況にある中、一番最初に歩人に声をかけられた生徒が誰よりも歩人に詳細を聞きやすい立場であることは明確で、彼もまた呪いを受ける覚悟はすでに出来ているらしく、今度は気兼ねなく歩人に聞いた。


「元木君の彼女って……どんな人?」


答えてもらえるかどうかは分らないが、とりあえず聞いてみようと試みる。


興味津々に目を輝かせている周囲のクラスメイト達を横目に見つめながら、歩人は気兼ねなく携帯を握り締めたまま答えてくれた。


「そうだな……口裂け女に似てる」


――どういう解釈をしろと言うのだ。そんな情報で。


口裂け女とはあの都市伝説に出てくる口裂け女だと明確に分るが、仮にも自分の彼女を化け物呼ばわりするのはいかがかと思う。


確か口裂け女は「私、キレイ?」と尋ねてきて「キレイです」と答えると「これでも?」と自分のマスクを取って裂けた口を見せるという、極めて露出狂めいた迷惑な女の話だ。


「ブス」と答えるとその場で殺され、「キレイだ」と答えても玄関先まで追いかけてきて結局殺されるという自分勝手な(やつ)であることでも有名だ。


元は美しい女性だったという説もあるが、結局どれも信憑性が乏しく流行り廃れた都市伝説である。


で、歩人は一体この情報でどういう風に解釈して欲しいのだろうか。


むしろ「口裂け女に似ている」ではなく「自分の彼女は口裂け女だ」と言い切ってくれた方が納得がいくのは、相手が歩人だからなのだが。


普段しゃべることがない相手の意思を汲み取るというのは何とも難しい行為だったことに今更ながら気が付いたクラスメイト達は、必死に彼の横に自分達が個々でイメージした「口裂け女に似た彼女」を並べてウーンとうなった。

いただく情報が複雑だと、思考回路も複雑になってしまうのはいただけない。

頭から煙があがりそうなほど考え込んでいたクラスメイト達であったが、そのうちの女子生徒の一人が、意を決して小さく挙手をし歩人に尋ねた。


「あの、出会いとか聞いちゃってもいい?」


怯えが生じて声が震えた。


しかし歩人はそれを悟りながらも何の反応もせず、質問だけに意識を集中させ静かに語りだした。


「あれは二ヶ月前のことでした――」



 ◇◆◇



帰宅部の歩人は放課後の時間を持て余していた。


愛読書であるオカルト系の本はすでに何度も読み返しているため、ハードカバーの表紙が擦り切れてボロボロになっている。裏表紙はいまにも千切れそうになっているのをセロハンテープで止めなおすという安易な方法で応急処置を施しているが、さすがにこれを持ち歩くにも限界がある。

元々中古で仕入れた本であるため、痛みが激しいものではあったが、持ち主が歩人に移るとその痛みは一層酷いものになる。

それはそれで歩人が本をどれだけ大切に扱い、その面白さに魅了されて持ち歩いているかを物語ってくれるのだが、本の内容が内容だけにその痛みは奇妙さを増す演出になっているのだ。

幾度となく本屋に立ち寄り、同じ本がないかと探すのだが、どうやら絶版になっているらしくなかなか見つかることがない。

古本屋を寄っても希少価値の高いその本は見当たることがなく、半ば諦めていた時のことだった。


探し疲れて、日も沈んだ頃に歩人はようやく帰路についた。


人通りの少ない線路脇の細道を、本を読みながら一人で黙々と歩いていると、先の電柱の下に一人の女性が立っている。

口元には大きな白いマスクを着用し、黒くストレートの髪を少しだけ乱しながらジッとその場に立っている。マスクで覆われた場所以外を見ると、見目麗しく美しい女性であることは確かだ。


女は赤いコートを身にまとい、ポケットに両手を突っ込んだ状態で自分の目の前を通り過ぎようとしていた歩人に声をかけた。


「ねぇ……私、キレイ……?」


静かな声が暗闇に響いた。


――が、歩人は本を読むのに夢中になっていて、自分が声をかけられたことに気づいてはいない。


声をかけた本人は当然焦った。


まさかこんな形で無視されるとは思っても見なかったのだろう。


慌てて歩人の跡を追いかけて、半ば早足で彼に近づくと肩をトントンと叩いて歩人を振り返らせた。


「あ、あのね――」

「……何?」


自分の読書の時間を邪魔されたとあって、歩人のこぼした言葉は自然と不機嫌だった。その反応に女は一瞬たじろぐも、小さく咳払いをして改めて歩人の目の前に立って同じ質問を繰り返した。


「ねぇ……私、キレイ……?」

「どっちでもいいです」

「なっ――!?」


折角雰囲気を作り直したのに、アッサリと即答されて、しかも自分の知ったことではないといった回答を頂いた女は見事に拍子抜けし、大慌てで聞き返した。


「ど、どっちでもいいって……その、せめてどっちか答えてくれてもよくない? ほ、ほら、私キレイ? ブス?」

「だからどっちでもいいってば」

「こ、答えてくれたっていいじゃない……」

「何で?」

「その……人の目って気になるでしょ? 自分がどう思われているか知りたいじゃない」

「じゃあ別の人に聞いてください。僕の意見、参考になりませんから」

「えっ、えっと……じゃ、じゃあ続きしてもいいかしら?」

「駄目」

「うっ……」


有無を言わさない歩人の言葉に、女は思わず口ごもる。


どうしてもこの先を続けたいらしい女ではあったが、生憎歩人は勧誘やキャッチなんかは一向に無視するタイプだ。

これでもまだマシな対応をされた方だと気づかない女が非常に哀れに思えてきたが、歩人は考え込んでしまった女に見向きもせずに言った。


「じゃ、僕帰るので」

「ちょっ、ちょっ、お、お待ちシナサイ!」

「日本語変ですよ」

「あぅっ……」


結局のところ、彼女が何をしたいのか理解した歩人は、本に視線を落としながらため息混じりに呟いた。


「人の目線気にしたところで何にもならないと思いますよ。貴方は貴方で個性があるんですから、その個性を活かしていけばいいんじゃないですか?」


本当を言えばどうでもよかったが、こうでも言わない限り彼女がしつこく付きまとう気がして仕方がなかったのだ。歩人の言葉に女はハッと息を呑み、次の瞬間には目を潤ませてボロボロと泣き始めた。


「そ、そんなこと……初めて言われました。う、うれしい……」

「そりゃあよかった」

「コレでも個性だと言ってもらえるだなんて……」


そういって女は泣きながらゆっくりとマスクを外したのだった――。



 ◇◆◇



「……こんな感じの出会いだったかな」


歩人が話し終えたのを、誰もが目を点にして、次の瞬間には声を揃えて叫んだ。


「「「「「ち……中途半端っ!」」」」」


確かに出会いを聞かせろとは言ったが、結局彼女の正体が何だったのか分らずじまいなのは歯がゆさがある。クラス中がどうしようもない(わだかま)りを抱えてしまったのは言うまでもなく、しかしながらクラスメイトが本来何を尋ねていたのか質問の意図が見失われかけていることには誰も気づかなかった。


これほどペラペラと長い時間、歩人が話しているところを誰も見たことがなかったが、話し方も非常に面白く好印象を持てたのは、誰もが内心にひっそりと思ったことで口にするものはいない。


混乱を始めたクラスの中を見渡しながら、歩人は黒板の上にかかっている時計を見つめ、昼休みが終わりに近づいているのを悟って静かに呟いた。


「……冗談だけどね」


最後の最後で呟いた歩人の言葉に、周囲はまた絶叫した。


結局は質問の内容をはぐらかされたという結論にいたったクラスメイト達も、肩を落としながら、けれど満足した表情で昼休みを終えたのだった。



 ◇◆◇



放課後になり、歩人はいつものように本を読みながら線路脇の細道を歩いていた。


黙々と歩きつつも、道端に停めてある自転車を器用に避けて歩く姿は異様であるが、彼の姿を目に留めるものは誰もいない。昼過ぎから振り出した雨のおかげで路地は濡れてどんよりとした色をしていたが、現段階ではその雨も上がったことがあって歩人は特に気にも留めていなかった。


道端にある小さなくぼみに水溜りが出来ていたが、歩人は本に集中するあまりその水溜りに足を突っ込んでしまう。


制服のズボンの裾が濡れてしまったことにようやく歩人が顔を上げると、先にある電信柱の下で赤いコートを着た女が大きなマスクをつけて立っていることに気が付いた。その姿を確認した途端、歩人はヤレヤレといったように本を閉じ、抱えていたカバンにそれを入れると、猫背で歩いていた背をウーンと伸ばしながら彼女に歩み寄る。


「迎えに来たの……」


ボソッと頬を赤めながら呟いた女性に、歩人は苦笑してずり落ちかけていた眼鏡を中指で持ち上げながら言った。


「来ちゃ駄目だって言ったじゃないか、口裂け女」


歩人がそう言うと、女は申し訳なさそうにマスクを外しながら歩人に歩み寄った。


――マスクを外した女の顔は誰が見ても異常だった。


その名のごとく、こめかみの下あたりまで口が裂け、美しい顔が台無しになっている化け物のような――否、化け物の姿がそこにある。けれど歩人はそれに驚くこともなく、自分より少しだけ身長の低い彼女の頭を撫でながら呟いた。


「それで? 今日は誰からの依頼?」

「あ、あのね、白爺が……トイレの花子との仲を取り持ってくれって」


頬を赤らめながら口裂け女がそう言うと、歩人はふぅっと気合の混じったため息を漏らして静かに口裂け女を見つめた。


口裂け女はその様子をみて申し訳なさそうに歩人に謝罪する。


「ごめんね……私が貴方と付き合ってるってことをアヤカシ達に公言しちゃったものだから……皆、歩人を頼りにしちゃって……」

「別にいいよ、暇だし。アヤカシ達の恋愛を取り持つなんて僕くらいしかできないでしょう」


本当に仕方なさそうに歩人が呟いたのを見て、口裂け女は嬉しそうに笑って歩人の腕に自分の腕を絡ませた。


「さすが歩人。アヤカシ恋愛の仲人ね」

「そのほめ言葉は嬉しくないな」


歩人が眼鏡を外しながら歩みだしたのを見て、口裂け女も並んで歩みだす。

決して本気で嫌がっているわけではない歩人を見つめながら、口裂け女は小さくこぼした。


「ねぇ――私、キレイ?」

友人より要望があり掲載していますが、未完のまま完結します。

全四話予定です。

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