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Deviation scenario


 スタコラ逃げだす千尋の姿をUAVで追う稀沙羅は、不意に身体から力が抜けてしまい、大スクリーンの下に座り込んだ。

 物凄い物を見てしまった。

 勿論、この状況は稀沙羅がお膳立てした結果によるものだが、事前の想定――――――――想像をブッ千切りで上回るモノとなった。

 千尋が鎖で宙吊りにされ、やられ放題で絶体絶命になった時には、正直自分の仕出かした事の浅はかさと重大さに真っ青になっていた。しかし、済んでみれば最高の終わり方である。

 跳び上がって喜びたい半面、身体は長時間の緊張で消耗しきっていた。脇役も楽ではないようだ。


 『脇役』。


 そう胸の中で反芻はんすうすると、堪らない多幸感が襲ってくる。

 巨大な敵、秘密兵器、脇役と、主役であるスーパーヒーロー。

 いま稀沙羅は、間違いなく物語のただ中にいたのだから。

「うッ……ウフッ…………グフッ! ……ッ――――――――ッ!!?」

 うずくまり、お嬢様にあるまじき何かを垂れ流しにしていても、幸いな事にそれを目撃している者はいなかった。千尋も一端埠頭を出てから周辺の道路経由で帰投中なので、ここにはいない。

 千尋が戻ったら話したい事がたくさんある。労いの言葉は当然であるとして、今後の事も話し合いたい。とりあえずは初戦の祝勝会だろうか。

「ウフフ……も最高です千尋さん。本物のスーパーヒーローですよ……。これから忙しくなりますね………」

 稀沙羅の中では既に、アメリカンコミックヒーローに混ざって稀沙羅のプロデュースするニューヒーローが快哉を上げている光景が脳内で放映中だった。公開は多分来年の夏あたり。全米一位は固い。ところで『全米一位』ってのも最近微妙ですよね。


 それはともかく。


 社会の中では一般人として生活し、その真実の顔は、人々を脅かす悪と脅威と戦うスーパーヒーロー。

 その名は、〝バッグアームズ〟。

 ヒーローを彩るガジェット、脇役、敵。身近な人間さえ正体を隠し、確かに存在するのに誰もその正体を知らない。

 いずれ人々は知る事になる。悪と戦うヒーローは架空の存在ではない。

 それは最も新しい英雄譚の、

「―――はじまりです……フッ……フゥッ! 英雄を渇望する声が聞こえます。ウフフフフフフフフフフフ」

 千尋が聞けば背筋を凍りつかせそうな科白セリフ(こぼ)して、稀沙羅は何かしら心に問題を抱えるヒトのように、身体をよじって笑い続けていた。


 そこに、コトン、と。


「フフフフフ……フッ!?」

 移動司令部(稀沙羅曰く)の外で物音が。

 千尋が戻ったのか、と外部カメラのモニターに目を向けつつ、姿勢を正し(映画やドラマの脇役的)てお出迎えの態勢を取るが、

「……あれ? 千尋さ――――――――――――――」

 モニターを見ても、外には千尋もその他の人影も動くモノは何一つ無い。UAVで見るに、千尋は帰還の途を半分残している。

 何か嫌な感じだった。移動司令部こと改造サロンバスは全面防弾防爆装甲の特別製。RPG(対戦車ロケットランチャー)の攻撃にだって耐えて見せる代物だ。マシンヘッドの携行火器までは止められないだろうが。

「……………」

 それでも映画などでは、こんな予兆を見逃して大抵大変な事が起きるものだ。

 冷静さを取り戻した稀沙羅はインカムを取ると、運転席へバスの移動を指示しようと、した。

「酒井さん、クルマを出してください。港に隣接する道路を俵街方面へ。こちらから千尋さんを迎えに―――――――」

 言い終わる前に、稀沙羅の居る指令室の扉が開いた。

 運転手は指示しない限り運転席を出る事はない。千尋はまだ移動中。

「………誰、です?」

 筋書きに存在しない人物は、稀沙羅へ向かって銃口を向けていた。


                        ◇


 移動には時間を要した。

 何せ千尋は全身これコスプレスーツである。埠頭周辺に人気(ひとけ)が無いとはいえ、万が一にも誰かに見られると(マズ)い恰好。しかも今宵は、警察が周辺を走り回っている。

 多少高い塀や建物など、跳び越えての移動は仔細無い。だが、消耗した所で警察の目を気にして動くのは地味に堪えた。ひと月前の事を思い出す。

 高いコンクリート塀から頭半分だけ出し、やり過ごした警察車両を見送りつつ千尋は移動を再開。回転灯が怖い。お尋ね者の心境である。

 何かの加工工場の屋根を走り、工業地帯の中でポツンと灯りをともすコンビニの屋上を駆け抜け、どうにか誰にも見つからずに、稀沙羅のサロンバスが停まっている場所まで戻って来たのだった、が。

「……は?」

 一瞬、流し見たモノに目を戻す。

 埠頭に向かう前と同じ場所に、そのままの姿で偽装トラックのサロンバスは停まっていた。

 と思ったのだが、どうも少し様子が違う。

 バスの運転席の扉、それが外れていた。開いていたのではない。扉自体が根元から外れてその場に落ちていたのだ。

「…………何このフラグ」

 バスも周辺も静まり返っている。明りといえば、バスを駐車している空き地から道路を挟んだ向こうにある小さな街灯のみ。

 ヒシヒシと嫌な感じを覚えながら、

「先輩……戻りました、けど……」

『………』

 スーツの通信機で稀沙羅に呼び掛ける。返答は無し。繋がっていないのか、それとも稀沙羅が返答出来ない状況なのか、判断ができなかった。

(これは………ダメだ。ダメなパターンだ)

 イベントスイッチと知りながら踏みに行かなければならないのは辛い。

 かといって、稀沙羅を放置するワケにもいかず。

 腰が引けながらもサロンバスのキャビンの扉に手をかける―――――が、開き方が分からなかったので扉の外れている運転席から侵入。

 運転席から何に使うか分からない小部屋を経て、稀沙羅の居たモニタールームに入る。やはりと言うかなんというか、本人は不在だった。

「うぅ……イヤだなぁ……」

 念の為にトイレや他の部屋も調べてみるつもりだったが、千尋には半ば確信めいたものがあった。稀沙羅も運転手も、既にこのバスにはいまい。

 そして、次に来る展開と言えば。

『お譲さまはこちらでおくつろぎいただいてるよ、マキナチヒロ君』

 通信機からは、ほぼ予想通りの科白セリフが出て来た。外れて欲しい予想だったが、どうせこんな事になると思ったよ。

『場所は表示されているだろう? 君にも是非招待に応じて欲しいな。先ほどの戦いも非常に見応えがあった。その話は、キミから直接聞かせて欲しい。では、待っている』

 千尋の返答も聞かず、行くのはもう確定しているようである。

 稀沙羅が人質に取られている以上、千尋に選択肢などありゃしないのだ。

(先輩も災難だな。一週間で2度も誘拐されんでも……)

 今回の誘拐に関しては、若干稀沙羅の自業自得っぽかったが。

 コスプレマスクのディスプレイには、福土市ウォーターフロント付近へ誘導する地図が表示されている。

 詳しい理屈は分からないが、相手は稀沙羅の用意したシステムを容易に利用出来る技術を持ち合わせている。先の科白(セリフ)で相手が(ほの)めかしていた通り、埠頭での事も、ここに来てからの全てが観察されていた、と考えた方が良いだろう。

 対して、千尋の側に相手の情報は皆無。相手の正体も人数も不明。

 通信を送ってきたのは、若さく感じられたが落ち着きも同居している、微かな渋みも含んだ男の声だっ

た。それで何がわかるでも無し。

 相手が何者にしても、完全に主導権を握られた形。コレ今すぐ警察に通報した方がいいんじゃないか、と思わなくもないが、その場合相手がどう動くか分からないのが怖い。

 あっさりと稀沙羅を開放するか、それとも殺すか。アタリすらつけられない状態では、迂闊な事はしない方がいいだろう。監視されてる可能性が高いならば、尚更。

「……行くしかないのか……」

 せめて服は普通のが欲しい。ほとんど死に装束の心境である。

 コスプレする前に脱いだ服は、綺麗に畳まれ何故か紙袋に収まっていた。この短時間でクリーニング済みとは、金持ちパワー恐るべしだが、紙袋には何か意図を感じるのは千尋の考え過ぎだろうか。

 コスプレから普通の服に着替えながら、千尋は考えていた。いや紙袋の事ではなく相手の事、だ。

 稀沙羅を誘拐するのが目的なら、わざわざ千尋を呼び出す理由が無い。

 埠頭の戦闘を見ていたと言うのが事実であれば、相手は千尋の戦闘能力を理解した上で呼び出しているという事になる。

 考えられる相手は、千尋に試作兵器輸送を妨害された企業か、それとも受け取り先である中国か。

(いや……どう転んでもオレひとりにどうこう出来る事態じゃないだろう、これ。やっぱり通報しとくべき……?)

 結局その辺になるのかと、『バカの考え休むに似たり』すぎて、千尋は軽く絶望した。

 黒いブルゾンにグレーのTシャツ、ダークグリーンのカーゴパンツ。金のかかったコスプレスーツに比べれば強度も機能も何も無かったが、精神的には落ち付けた。考えてみれば、一般社会を歩くのならば、都市迷彩よりも普通の格好の方が迷彩効果は高いと思うがどうだろう。

 千尋はポケットの中の携帯電話を確認すると、サロンバスを後に目的地へ向かって走り出した。


                        ◇


 残暑も収まりつつある今日この頃、福土市ウォーターフロントエリアにある屋上ビヤガーデン〝スカイドロウ〟も、昨日を以って来年初夏まで休業となる。

 夜も大分涼しくなった。上着無しでは寒いくらいだ。

 稀沙羅の格好はグレーのビジネススーツのままで、下はタイトなミニスカートスタイル。丈が短く、防寒性能は無いに等しかった。一応パンストもつけているから、素足よりはマシといったレベル。

 吹き晒しの屋上は地上よりも大分寒く、心細さも手伝って稀沙羅が肩を震わせていると。

「どうぞ、お嬢様」

「あ……?」

 目の前に差し出されたのは、波の花にも似た細かい泡を落としたカプチーノだった。

 差し出したのは稀沙羅をサロンバスから連れ去った男。

 高身長で黒いコートで身を固めている。見た目は大学生か、もう少し上の年齢。やや長めの金髪で、二枚目ではあるが美形とは言い辛い隠れた鋭さがある。

「……ありがとうございます」

 冬の染み込む寒さではなく、秋風が体力を奪う寒さの最中(さなか)、温かい飲み物が有難い。冬ならもっと有難く感じただろうが、人生で2度も誘拐されればもう十分である。

「いかがです?」

「……まぁまぁですわね。クリームがもう少し滑らかな方がよろしいですけど」

「それは失礼。すぐに用意できる物の中では一番得意なのを選んだつもりなんですがね」

 カプチーノはビヤガーデンを開いているカフェの物だろう。無論、男が勝手に持ってきた物だ。

 男の方はビールを大ジョッキで持ってきていた。しかし喉を通す様子はなく、男は稀沙羅の向かいに座ると、ジョッキはテーブルに置いたまま目も向けない。

 稀沙羅は男に、決して上品とは言えない中にも微かな品も感じ取る。同時に食えない、危険な男だとも感じた。

「ただの誘拐ではなさそうですわね……。目的はなんですの? お互いの利害の一致をみれば、時間と手間を省く事も出来ますわ」

 稀沙羅の今回の動きを知る人間は、誰ひとりいない筈だ。情報の管理も徹底したのだから。

 だがこの男は、明確に稀沙羅を標的として居場所を捉え、外部からの侵入不可能なサロンバスへあっさりと侵入した。

 銃口を向けられはしたが、それも単なる誘拐の様式美(ポーズ)でしかなかったらしい。誘拐や殺害を目的とした手合いとは明らかに毛並みが違う。

 例えるならば、ヒーローの物語に欠かせない超俗的な悪役ヴィランのような。

 稀沙羅の夢想した展開とはいえ、これは少々展開が速すぎる。こういうのはシーズン2辺りからお願いしたい。

 ヒーローもヴィランも実在した。しかしコレは、今起こっている事態は映画やコミックといった造り物の話ではない現実だ。

 終わり方に保証など無く、どんな結末が待っていてもおかしくないのだ。

 ガチに待った無しな展開に、平静を装う稀沙羅の胃は緊張と興奮でひっくり返りそうになっていた。

 そんな稀沙羅へ内心を見透かすような微笑を、目の前の男は向けてきている。

「目的、というか話を聞かせていただきたいのは私の方ですよ、コウリュウキサラさん。いったい全体どうしてこんな面白い事になっているんです? あんなの……彼は――――――まるでジャパニメーションだ」

「………?」

 稀沙羅は言うまでもなくアメコミ派。日本のアニメはほとんど見ない稀沙羅だが、どうしてここで『ジャパニメーション』の話になるのか分からない。

 男の方は、稀沙羅の微細な困惑を察知しつつ話を続けた。

「どうして黄竜グループのお嬢様が〝AWG〟のサイボーグ(・・・・・)と行動を共に? 共同開発、と言う感じでもなさそうですが?」

「………『AWG』?」

 |アルフォンス・ワークグループ《AWG》といえば、黄竜グループを上回る超巨大複合企業(コングロマリッド)だ。その名は稀沙羅も良く知っている。

 だが、どうしてここで、『AWGのサイボーグ』なんて言葉が出てくるのか。

 先ほどから男が何を言いたいのか、稀沙羅にはさっぱりその意図が掴めなかった。


 答はすぐに得られたが。


「まさか知らずに利用したんじゃないでしょう? ()はAWGとUNの試作したフル・サイボーグの試作躯体だって……」

「………」

「……ホントに知らなかった?」

 そういえば、偶然見つけた逸材に舞い上がっていて、千尋が何由来の超人なのか知らない。

 ヒーローとして肝心な部分を一度も聞いてなかったー、と内心で叫び、稀沙羅は目を丸くしてフリーズした。

 その様子に、男の笑みは微妙な半笑いに。

 稀沙羅は千尋に事情を聴いてないし、勿論千尋から誰かに話す事などありえない。ついでに、稀沙羅は千尋が〝バーストショット〟を炸裂させたシーンを見ていない。と言っても、千尋のように認識速度を底上げしていなければ、とてもその瞬間を見る事は出来ないだろうが。

(サイボーグ? 千尋さんが? 〝スティールソルジャー〟、的な? でも……AWG?)

 初めて、誘拐されて以来ようやく、稀沙羅の足が地に付いた気がした。

「失った人間の機能を補う為のサイボーグではなく、人間を遥かに超える性能を求めたサイボーグ……。彼は人類のサイバネティック技術の粋を集めた最高傑作―――――の筈なんですが、どうしてそれが学生に擬態して、かと思えばコウリュウの不祥事の揉み消しに動いているのか、考えれば考えるほど分からなくなってくる」

「………」

 ここしばらく逆上(のぼ)せていた頭からも血の気が引いて来た。


 江柳稀沙羅と牧菜千尋は違う世界の人間だった。片や世界でも有数の企業グループを支配する一族の末子。片や、ついこの前までごく普通の少年だった千尋。

 稀沙羅は、誘拐事件以前の千尋の事はほとんど(・・・)知らない。千尋と共通の友人から、話を聞いた事がある程度だ。

 自身の準備に追われて、千尋の事などまるで調べていなかったのを、今になって思いっきり後悔した。


「……何故、千尋さんが……」

 何が『何故』なのか、稀沙羅自身よく分かっていなかった。千尋に何も聞かなかったのは稀沙羅の方だし、千尋の言う事もまるで聞いていなかった。勝手に千尋を超人か何かだと思い込んでいただけだ。

「な、何故あなたはその事を―――――――」

 何も知らないのは自分だけなのか。まるで千尋の事情全てを知るかのように語る男の、余裕を含んだ微笑の真実に、稀沙羅も今頃になって気が付く。 

「――――――――狙いは、私ではなく……!?」

「彼の事情は彼に聞かなければ分からないようだ。が、見てて飽きないね、彼は。個人的にも興味が尽きない」

 ビールに手を付けないまま、男はジョッキに浮いた雫を女物のような指先で弄ぶ。

 男は薄く笑いながら『個人的にも』と言った。ならば、私的な興味を脇に置いても、千尋に用があるという事だ。

 徹底して秘匿した自身の行動プランをあっさりと監視下に置き、千尋の秘密を知り尽くしたかのように語るこの男は、つまりそれなりの背後がいるという事。

「……何者です、あなた―――――あなた方……?」

「雇い主はお嬢様のご同業で、私は彼の同類、と言った所ですかね。恐らく」

 男の耳には、『余計な事を話すな』という通信が聞こえていた。

 それには応えず、稀沙羅に背を向ける男。その背中は、稀沙羅への興味が既に失せている事を語っていた。

「さーて……お楽しみだ」

 千尋は現在、ビヤガーデンのある商業ビル内を上がって来ている。

 男の眼には、ビル内監視カメラ映像の千尋の姿が、リアルタイムで映し出されていた。



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