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全力運転



 船は傾いていた。

 崩れたコンテナは、埠頭の方へと向かっている。埠頭からコンテナ船へ入るのは不可能だった。外から応援が来ないだけでも千尋には有難いことだ。

 船の内部は、この事態によって警備どころではない。死人が出ていませんように。

 千尋はビルの如くそびえる甲板室に側面の扉から入ると、とにかく下へ下へと道を探して進む。

『赤外線の映像ではまだヒトが残っています。気を付けてくださいね』

「出来る限りそうします」

 千尋は24時間気を付けている。ただ回避しようのない事態の方が向こうからやってくるだけだ。朝起きたらサイボーグだった、とか千尋に何をどう気をつけろというのだ。他にも得体の知れない美人の先輩に掴まってテロ紛いの事をさせられるとか。

 パイプの敷き詰められた壁や天井。金網の床。コンテナしかなく隠れる場所の無い甲板に比べて、船内は隠れる隙間が多かった。千尋が小型(誤字に非ず)だったのも都合が良かった。赤外線による熱分布の走査も、ここに来てようやく効果的に機能したと言える。

『そこの階段を下って廊下を右へ行ってください。扉が船倉の入口ですわ』

 稀沙羅の道案内も遅れなくなってきた。とはいえ、内容が地獄の一丁目案内なので、あまり喜ばしい事ではない。

 頭の太さほどもあるパイプの列の隙間から周囲を確認し、這い出して水密扉の前に立つ。

『船倉から後部へはキャットウォークを使えば一直線です。その扉のすぐ前がキャットウォークになっています』

 別に自分が何かしなくても、放っておけば後は勝手に解決するのでは。希望を込めて千尋は言ってみたのだが、稀沙羅は(くだん)の試作兵器を確認すべしと譲らなかった。意外と頑固なお嬢様である。

 兵器なんて自分にどうにか出来るのか。クルマやコンテナ引っ繰り返すのとはワケが違うだろう。

 と、不安に思う一方で、その兵器を一目見てみたい気持ちもあった。そんな能天気な事を考えるなんて、千尋も気が緩んでいたのだろうか。

 船内は大混乱。早晩警察は埠頭に押し寄せてくる。自分はこの格好。正体がバレずに逃げ出す事も可能だろう。なにせ千尋は警察から逃げきった実績もある。何か忘れている気もするが。

 重いハンドルを軽々と回して水密扉を解放。開けっ放しは船の安全上NGなのだが、千尋には知った事ではない。開けたら閉めろという親もここには居ない。

 扉を開くと、目の前にあったのはまたコンテナの群れだった。しかし甲板上とは違い、船倉内部のコンテナは整然と列を保っている。ヒトの姿は影も無い。

 情報通り扉はキャットウォークに接続していた。千尋はキャットウォークから眼下にコンテナ群を見て奥へと進む。

「そういやこれだけ大量の箱……いったい何が入ってるんです?」

 こんな余計な事を考える余裕も出てくる。

『内容は色々です。グループ内で製造する電子部品やその資材、工作機器、車両丸ごと、航空部品、食料、玩具、えーと……』

「……つまり何でも運ぶって事ですね」

 箱毎に詰め込めば、それこそ何でも運べるだろう。海運といえば物流の根幹と言える。その底力を見せられる気分だった。

 船倉の中は必要最低限の照明しかなく、奥に行くほど深まる闇が無限にも広がっているかのように錯覚させる。

 鋼鉄(原材料不明)のサイボーグとはいえ硝子ガラスの心臓。機関すら止まって静まり返った巨大な空間を、恐る恐る手摺を伝って先へと進む。

 問題の試作兵器は、船倉の一番奥にある、筈だった。

 だが現実には、まだまだ遠くに闇を残した所で相手の方から姿を現す事となる。


                        ◇


 初期起動を終え、試作兵器の内部モニターが機外の風景を映し出す。

 所々あるオレンジの電燈が、ぼんやりと照らす船倉の様子。試作兵器は各種センサーで、周辺の走査を開始。

 機体のセンサーは、即座にキャットウォーク上の熱源を捉え拡大表示。モニターに全身黒のスーツを纏った人物が大写しになった。

 自身をコミックのヒーローか何かと勘違いした男。どう見てもその報告と一致する相手。そして、20名からの警備を全滅させてここまで来た()

 パイロットの輸送責任者は、船からの脱出の前に障害の排除を決めた。相手を危険と感じたのは、輸送責任者の直観だった。

 試作兵器の概要は輸送責任者には伝えられていない。本来はその必要も無い。だが、この輸送責任者は試作兵器の製造から関わっていた。故に、その性能も動かし方も分かっていた。

 発展途上で日々無数の新技術が実用化される歩行戦車マシンヘッドにあって、その機体はなお異端。何故ならば、その技術の遺伝子は地球とは全く異なる場所から持ち込まれていたからだ。

 歩行戦車マシンヘッドの通常内燃機関。電気制御系。油圧制御。そして、それらとは全く系統の、異なる、本来はあり得ない制御系。

 ヒッグス場干渉制御システム。そう仮称された疑似重力制御システムは、機体から質量を打ち消し狭い船倉へと舞い上がらせた。


                         ◇


 マシンヘッド。歩行車両。

 通常の車両が走破出来ない地形や入り組んだ局地での活動を目的として開発、発展してきた脚のある乗り物。8足、4足、2足と進化する過程で高度なコンピューター制御の方が目的にすり替わり、今では主にマシンヘッドと呼称されるに至る。

 細かな説明を省いてしまうと、それは重心の低い人型をした機械。ロボットだ。そして、その活動範囲はほとんど陸上に限定される。空なら飛行機やヘリを使えば良いし、海なら船や潜水艦か潜水艇を使えば良い。

 目的の試作兵器は、資料ではマシンヘッドとあった。本来付け加える必要のない注釈ちゅうしゃくだが、陸上機である。飛ぶなんて事は、本来あり得ないしそもそも必要ない。

 船倉床面から千尋の居るキャットウォークは高さ約20メートル。5~6メートルの歩行戦車マシンヘッドがどう足掻いた所で届く筈もなかった。

 だが千尋の目の前には確かに、映像資料で見たマシンヘッドが浮いて(・・・)いた。

「……あれ? これ……って―――――――!!?」

 疑問を口に出す事は事は出来なかった。

 全身が泡立つ衝撃。いきなり真っ暗闇に突き落とされた千尋に現状を把握するすべは無い。

 突撃した勢いで千尋の頭を鷲掴みにした試作兵器は、半分壁に埋まった千尋を反対側にブン投げる。

「―――――!!?」

 突如視界の開けた千尋は、直後に背中をコンテナの角で(したた)かに打ちつける事になった。普通の人間ならば背骨が砕けている。

 キャットウォークとほぼ同じ高さのコンテナに叩きつけられてから、真っ逆さまに船倉の床へ落下。ここでようやく千尋は現実に復帰した。途端に身体をプレスされたかのような鈍重な痛みが襲ってくる。

「―――――――ッぅおぅえぁいぉ~~~~~!!!」

 頑丈ではあっても痛みはあるのだ。普通なら死ぬような衝撃を生きて受けるのがどれほどの激痛を被るのか、それを千尋はリアルタイムで体験していた。

 痛みで制御が効かない身体をバタつかせている千尋だったが、その姿を宙に浮くマシンヘッドは半ば呆然と見下ろす。戸惑いも当然のこと。どれほどの耐衝撃性能を持つスーツであっても、マシンヘッドの力で頭を握られコンテナに叩きつけられ20メートルの高さを落下し鉄板に身体を叩きつけられれば、どう考えても死んでなければおかしい。

 空飛ぶ歩行戦車(マシンヘッド)は様子見の意味も重ねてコンテナの列をひとつ崩す。バランスを失い簡単に上から順に崩落するコンテナの塔。

『逃げてください千尋さん! そこは危ない!!』

「……お? あ!? ぅぬアァあァあああ!!」

 意味なんてわからなかったが、とにかくの誰かの声に従ってその場から飛び退いた。その跳躍は足場の鉄板を凹ませ千尋を高く跳ね上げ、そして5段重ねのコンテナ列、その側面に空中激突。再び背中から鉄板の床板に落下。HP(というかMP)はゼロに近かった。

(なに? 襲われてる?? マシンヘッド??? 飛んでる????)

 現状が把握できなくとも、一も二も無く逃走開始。平衡感覚が戻ってないので右に左にコンテナや壁にぶつかり、ピンボールの玉と化して全力で逃げた。初めから低かった戦意もHPと一緒に限りなく底値だった。

『千尋さんまだ来ます! すぐ近く!!』

 しかし試作兵器の方は完全に千尋をる気だった。コンテナの十字路で真横から激突してくる試作兵器に、まさに交通事故のノリで千尋は轢き逃げされる。

 そのままどこかに行ってくれていればよかったものを、試作兵器は氷上を滑るような動きで進行方向そのままに向きだけ千尋の方に反転。推進剤の炎を背負って突っ込んで来た。

『また来ます! 逃げるのは無理……迎え撃ってください!!』

「無茶言うなー!!」

 セダンやワンボックスが突っ込んでくるのとは違うのだ。爆音を響かせ瞬きする間に巨大になる鋼鉄の巨人。身をすくませずに跳び退っただけでも賞賛に余りある。

 混乱のど真ん中にあって思考の9割がフリーズする中、まともに働く1割の脳が千尋を突き動かした。

 相手が動き辛い、狭い所に逃げる。

 質量でも速度でも力でも劣る千尋に唯一勝る所があるとすれば、小回りの効く小さな身体ボディーしかない。深い考えがあったワケではなく、ゲームのセオリーが追い詰められた所で自然に出て来ただけだった。

 崩れたコンテナの下にスライディングで滑り込んだ千尋は、そこから出ると四つん這いで進行方向を変える。ゴキブリ並みの素早さで別のコンテナの隙間に跳び込むと、そこから曲がり角に出る度に進路を変えた。

 一目散に向かうは船倉出口。戦うなんて問題外。これはもう千尋でも警察でもなく、軍隊の出番だ。

(ハナ)っからオレがこんな事に首突っ込む事の方が間違ってたんだ! 何考えてたんだよオレ!?)

 千尋はヒーローなどではない。むしろ、身の程知らずにも事件に首を突っ込んで自爆するポジションだと自認している。

 金輪際こんな事には関わらない。生きて帰れたら。

 入ってきた入口まで後僅か。後ろを見ずに突っ走り、コンテナを足場にして20メートル上のキャットウォークに跳び上がった。


 そこでは、空飛ぶ歩行戦車マシンヘッドが待ち構えていた。


(ヤバッ!? バレバレ――――!!?)

「ギャア―――!!」

 避けようのない空中で、歩行戦車マシンヘッドが拳を振るう。

 反射的に千尋は腕で身体を庇ったが、戦者並みの質量が産み出す衝撃エネルギーが千尋の背中まで突き抜けた。

 そしてまたコンテナの山に激突。進入角度が浅く、ほぼ同じ角度で跳ね上がり、船倉壁面に激突して落ちた。

「………ヤバ……死ぬ……」

 以前の事件では社会的に死にかけたが、今度は掛け値無しに命の危機。ライフル弾程度ならどうという事はなかったが、マシンヘッドの拳に比べればそんなもの豆鉄砲以下だろう。

『大丈夫ですか千尋さん! しっかりしてください!』

 だから無茶を言うんじゃねぇ。

 遠距離の武装が無いのか、それとも千尋の底を見切られたか、試作兵器の空飛ぶ歩行戦車マシンヘッドは今までと同じように千尋へ突っ込んで来る。

 だが、今回は千尋は避けない。

「ッ―――ぅアッ!!!」

『千尋さん!?』

「―――――!!?」

 相手の打撃を紙一重で躱わした千尋は、そのまま胴体に取り付く。なだらかな船の舳先の形をした胸部に、装甲へ痕を付けるほど力を込めてしがみ付いた。

 溶接されたかのように張り付いて動かない千尋を、歩行戦車マシンヘッドは回転して振り落とそうとする。

 噛り付いて離れない千尋は、もはやただ生き残ることを望むのみだった。

 コンテナの列を薙ぎ倒しながら、錐揉きりもみして千尋諸共船倉内を暴走する試作兵器。実戦用塗装を施されていない白い装甲が、コンテナとの摩擦でオレンジの火花を撒き散らす。取り付いていた千尋も高速で行き過ぎる鉄の塊に削られた。

「いッ……ギッ!!」

 焼きつく痛みに手が離れそうになる。だが、離されて空中に距離を取られたら、今度こそ嬲り殺しにされかねない。

 と、思っていたのに、

「ゴガッ――――!!?」

 運悪くコンテナの角が千尋の脳天に直撃。あっさりと振り落とされた。

 また床に叩きつけられる、と思ったが、予想外に千尋は何やら比較的弾力があるものに受け止められる。

(なに――――――――――――――!!?)

 そうして千尋を助けたんだか絡め取ったんだか判断に困る物体は、庫内のコンテナを移動させるのに使うクレーンと、そこから垂れ下がるチェーンだった。いつぞや見た手錠の鎖よりも20倍は極太に見える。

 何がどうなってそうなったのか、まるで千尋を結んで吊り下げた格好。おまけに千尋は上下逆の状態。そろそろ泣きが入ってきた。

「ちょっ―――――何この刑死者(ツルされたオトコ)!?」

 俎上の魚まないたのこいどころの話ではない。死刑の下ごしらえはしておきました。誰が? 運命のクソッたれがぁ!!

 試作兵器は船倉の壁面を足場に使い、流れる動きで千尋の方へ反転してくる。

 慌てる千尋は、ヘタすれば手首くらいありそうな鎖を掴んで力任せに引っ張る。キンキンと音を立てて鎖が変形を始めるが、どう考えても相手の方が早い。

 そして、当然の衝突。

「―――――――――んゴゥッッ!!?」

 鎖と試作兵器の装甲が火花を引く。

 弾き飛ばされた千尋が鎖に引かれて大きく振られ、視界を上下左右に揺さぶられた。トドメに回転が加わる。モニターしていた稀沙羅も混乱し、どう声をかけていいか分からない。

「――――ガッ!!?」

『千尋さん!?』

 今度は背中側から強烈な体当たりを喰らった。距離を取られるどころか相手から距離を詰めて来て結局嬲り殺しコースである。死の運命から逃れようとして逃れられない理不尽な映画を思い出した。

「じ、冗談じゃねーぞこれッッ!!? ふんヌッッ……!」

 千尋の体重のせいでますます絞まる鎖の罠。足掻いているうちに今度は正面から喰らう。クルクルと横回転しているんでもうどっちが前やら後ろやら。

「ど……ぅなっとんじゃこれー! ―――――ガッ!!」

 ぶつけられる度に複雑に絡まる鎖。状況は泥沼だった。

 ヤバイ今度こそ死ぬかも。

 ちょっとサイボーグになって調子こいていました。所詮中身は平平凡凡と生きて来た高校生。素人にだってわかるような、目ん玉飛び出るほどの最新兵器を相手取ろうとか思う方が間違ってたんだ。

「でも死ぬのはヤダー!!!」

 一瞬諦めかけるノリの千尋だったが、グルグルと回りながらも躍起になって鎖を引っ張り回す。

「―――――――んギィイイイイィィッィ!!!!」

 鎖は少しずつ変形しているが、同時に、力を入れるほどに千尋自身を締め上げる為に外れる様子が無い。そんな事をしているうちに、また体当たりを喰らって状況が悪くなっていった。

 最悪の末路が見えて来る、


 そんな泥沼な状況に、流石に沈黙しかねる天の声があった。


『戦闘用の制御システムに切り替えてリアクターの出力リミッタを解除しなさい。補助アクセラレーターで認知速度も上げて。外皮や筋肉組織を形成しているR(リコンビナント)M(メルクリオ)M(マテリアル)のナノスキンサーフェイスは、結合組成を変えることでチタン以上の粘り強さにダイヤ以上の硬度も実現できるのよ。つまり――――――――』

「はぇ――――――――!!?」

 つまりこの程度の状況など、千尋にとって問題にならないという事である。

 耳(?)を疑い、そして直観的に声の正体を看破する千尋。

 同時に、ストン、と何かの底が抜けたような奇妙な感覚。

 今までとは比較にならない力が千尋から噴き出し、その力に負けた鎖が飴細工のように引き延ばされた。引き延ばされる千尋を鎖が締め上げるが、圧迫感どころか先ほどまで感じていた痛みも無い。

『皮膚感覚エミュレーターをオフすれば痛みも感じない。ダメージはデータとして蓄積され、ダメージコントローラーで行動に問題が出ないよう自動で補助されるわ』

 引き千切られた鎖が遥か下の床に落ちた。

 千尋は体操選手のように鎖にぶら下がると、試作兵器と激突する前に手を離す。

 落下した鋼鉄の床板にくっきりと足跡を付けて着地。

 直後に叫んだ。

「そういえば忘れてたー!!!」

『お久しぶり。ひと月ぶりだけど、また楽しい事になっているようね』

 一ヵ月前の事件は、思い出したくなくても忘れる事など出来ない一生のトラウマ級の出来事だった。

 が、それでも、この存在の事だけは綺麗サッパリ忘れていた。

 人間、何かを記憶する場合は、その対象を理解している事が重要な要素となる。その前提に立てば、千尋がその声の存在を忘れていたのも致し方なし。何せ理解不能の存在である。

 先の冤罪事件の(おり)、事あるごとに千尋にアドバイスを与えてくれた、千尋にしか聞こえていない天の声。

 事件当時は、心霊現象か幻聴か自分の歪んだ精神の聞かせる内なる声かと戸惑いもしたが、今となってはその正体にも心当たりも付くというもの。

 千尋の身体に対する的確なアドバイスこそが、その証左である。

 だが、今はそれより。

『向こうさんなかなかユニークな機体だけど、貴方をあんなリサイクルロボットに負けるような軟な作りにした覚えはないわ。さっさと破壊してしまいなさい』

「あんた今『作った』とか言ったか!? やっぱりか!!」

『ち、千尋さん!?』

 当然だが、稀沙羅には千尋と会話している謎の声は聞こえていない。千尋が突然猛り狂ったようにしか見えなかった。

 その千尋に向かって再び雪崩れるコンテナの山。千尋が大声を出したせいではない。空飛ぶ試作兵器が千尋への追い打ちにやらかしたのだ。

「なーうッッ!?」

『天井知らずの屋外ならまだしもこの密閉空間なら十分追いつける筈よ。あなたの最大出力はあのマシンヘッドを余裕で上回る。怖がらずに近距離で殴り合いなさい』

 コンテナは激震と共に隣のコンテナ列を巻き込み、縦に横にと出鱈目に崩れながら千尋へ迫る。

「ッア!? チックショゥ!!」

 コンテナを()(くぐ)りコンテナを飛び越えコンテナを昇って逃げる。その少し斜め上から追走する試作兵器。

 確かに突っ込まなければジリ貧の現状は変わらない。 

 千尋は斜めに倒れたコンテナのひとつを駆け上がると、全力で踏切りキャットウォークへ飛ぶ。しかし目的地はそこではない。

「ッだぁああああああああ!!!」

 キャットウォークの手摺を折れ曲がるほどに蹴飛ばし、その後方へと跳躍。

 三角飛びで相手の不意を突いての強襲。の、つもりだった。

「――――――んなぁあああああ!!!」

 そんな勢いと思い付きが上手くいく筈もなかった。

 試作兵器が()わすまでもなく、千尋は豪快にコンテナの山に墜落。凹凸に足を引っかけ後頭部から鉄の床に落下した。

「ぉおおぉぉおおお……!!?」

『何をやっているの、キミは』

 千尋なりに考えての挑戦だったが、結果は無残に終わった。後頭部から鉄の床に落ちても痛みは無かったが、衝撃だけは間違いなく感じる。全く痛くないのは、かえって気味が悪い。

『削られない限りは形状の復元は可能だけど、無制限に復元出来るワケでもないわ。エネルギーが尽きると復元どころか身動き一つ出来なくなるわよ。その前に倒しなさい』

「簡単に言うな!」

『わ、わたし何も言ってませんけど!?』

 そもそもスペックで上だと言うのが信じられない。殴り倒せと言われても、千尋は空なんて飛べないのだ。多分飛べないと思う。

『両腕部と脚部に〝バーストショット〟を実装してあるわ。上手く使えばこの空間をスーパーボールみたいに跳ね回れるし、文字通り爆発的な破壊力をあのマシンヘッドにお見舞いする事が出来る。攻撃能力、装甲耐久力、機動力、運動性、どれ一つとってもあのマシンヘッドに劣る要素は無いけど、唯一の懸念はそれを使う貴方自身だから頑張って』

「なんか酷い事言われた気がするけど……、その『バーストショット』って何!?」

 急降下した試作兵器が、散らかるコンテナの上を疾走してくる。

 声を信じるのなら、基本性能は千尋の方が上。謎の声は今まで間違った事は言っていない、と思う。

「――――――ッダー!!!」

 今度は千尋から試作兵器に突っ込んだ。何も考えず拳を大きく後方へ引絞り、試作兵器の正面へ跳び上がる。

『前の事件でも無意識に何度か使っていた筈。腕部と脚部のシリンダーに圧縮された空気をレーザーで爆発させる極短距離の射出システム。まぁ使ってみなさいな』

 認識補正システムが千尋の知覚速度を限界まで引き上げる。周囲の空気が酷く粘度を持ち、全ての動きを鈍らせてしまい、


 おかげで、最良のタイミングで殴る事が出来た。


「――――――ッラぁああああああ!!!」 

 千尋の拳が相手の腹を捉えるその瞬間、腕の真ん中と手首の先が分割し、爆発的な勢いで伸びた。モード変更で剛性の跳ね上がった剛拳が、砲弾そのものとなって叩きつけられる。

 試作兵器は錐揉みしてコンテナに突っ込み、突き抜けて船倉の壁に頭から激突した。

 力の反作用で、千尋も大きく後ろに飛ばされたる。

 だが、一撃で大惨事の有様となった試作兵器と違い、千尋は空中で後方一回転を決め、床を擦りながら足から着地する。認識速度が常人の百倍以上になったからこそ可能な芸当だった。

「ぉ……ぅおお……」

 その感覚は、主観で何百時間と経験しても慣れそうもない。何もかもが鮮明すぎて、見ている景色が造り物じみていた。ただでさえここ数日、現実感が怪しいというのに。

 恐る恐る自分の右手に目線を移すと、腕の中頃と手首から千切れたコスプレスーツが、ちょうど破れ目から合わさる所だった。

「あー……これ、この前の……。ゴメン先輩、スーツ破いた……」

『…………』

 一方の稀沙羅はというと、モニターの前で絶句していた。なにがどうなったのかサッパリ分からない上に、色々と想像の上を行き過ぎている。

 このスーツって幾ら位するもんなんだろう、と庶民らしい心配をする千尋だったが、

『まだ終わってないわ。相手は腹部装甲が壊れただけよ。逃げられたくなかったら畳みかけなさい』

「……だからどうして高校生にそんな難しい事を要求するんだよ、どいつもこいつも……」

 千尋の足元の床には、スーツの足裏を擦った跡が二筋。それが10メートルほど続いている。

 思いっきり殴ったせいだろうか。それとも久々に聞く愛想も配慮も無い謎の声を聞いたからか。気持ちは落ち着いて――――――はいなかったが、それなりにモノを考える余裕が戻っていた。

 あるいは、開き直れたのかも知れない。


                        ◇


 正常な動作では発しない、耳障りな金属の擦れる音を立て、ガクガクと頼りない動きで試作兵器が身を起こした。

 腕を使って上体を起こすと、その姿勢で床から浮き上がる。

 機体にもダメージがあったが、パイロットである輸送責任者のダメージも大きい。

 千尋には知りようもない事だったが、試作であるが故にこの機体はパイロットの保護機能が不完全だった。衝撃吸収のフローティングシートにショックアブソーバー、緊急脱出用のイジェクションシートまで全てが不十分。機体の特殊機能が最優先され、他は二の次という事だ。

 錆び臭い口内に顔を顰めつつ、試作兵器のパイロットは機体を上空へと避退させようとする。

 先ほどまでは謎のコスプレ男を目障りな存在程度にしか思っていなかったが、事態は180度変わってしまった。

 危険すぎる相手だった。フル装備のマシンヘッドでも、勝てるかどうか怪しくなるほどの戦闘能力。

 追撃を防ぐ為に潰しておく腹積もりだったが、最早それどころではなかった。

 輸送の責任者として、何としてもこの機体を外洋の潜水艦に届けなければ。最悪でも奪われる事は避けなくてはならない。

 まずは何をおいてもここから逃げるのが最優先。海に出れば追っては来られないだろう。

 だが、最大の問題はそこ。

 輸送責任者は戦力差を(かんが)みて、ほぼ悟っていた。

 あの相手から逃げる事が、不可能であろうことは。


                         ◇


「フンッッ!!」

 千尋が渾身の力を込めてコンテナの一つを蹴飛ばすと、コンテナは鉄の床を滑って試作兵器に迫った。機体正面カメラに鉄の壁が大写しになる。

「―――――――――ッうぉおお!!?」 

 最大排気で上へと逃げる試作兵器だったが、自分の蹴り飛ばしたコンテナを踏み台に使い千尋が跳ぶ。

 空中で両足を揃え、試作兵器へと向けると、全身のバネに両脚部バーストショットを乗せ撃ち出した。

 名付ければ〝バースト・ドロップキック〟。 千尋の体重+ダッシュの加速力+全身の力+バーストショット=破壊力。

 その威力は、パンチ単発の比ではなかった。更に壁面近くだったのが、試作兵器へのダメージを跳ね上げる事になる。

 人間なんかに喰らわせようものなら、消し飛ぶこと間違いなしの一撃。それによって、試作兵器は船倉の壁面をブチ抜き、外の埠頭へと吹っ飛ばされた。

 機体正面はその一撃で胸部が圧壊。電子制御部分が軒並み壊れた。

 壁面に叩きつけられた際に姿勢安定装置スタビライザーが全滅。まともに浮く事も難しくなった。

 飛行を目的とした試作兵器は、二足歩行の機動力は申し訳程度しかない。ある意味で陸上機であるマシンヘッドの存在意義を捨てている。

 故に、千尋によって投げ付けられた(・・・・・・・)コンテナを(かわ)す事は不可能だった。

 軽トラに轢かれる人間のように、コンテナにハネられた人型兵器がビリヤードのボールとなって弾き飛ばされ、巨大なガントリークレーンの根元に激突。

 コンテナにハネ跳ばされた時点で両腕は肩から脱落し、クレーンへの激突で上半身と下半身が泣き別れた。

 コンテナをキューとして試作兵器を突き跳ばした千尋は、試作兵器によって空けられた(または千尋が空けた)穴から埠頭へと跳び下りる。

「……うわぁ」

(やっべ…………やり過ぎた?)

 純白の機体は見る影もなく、擦り傷と流れ出した機体のオイルで汚れている。これが自分のやった事かと目を疑う。

 パイロットはどうなったか。まさか死んだか。想像だけで胃が持ち上がる思いの千尋だった。

 気になるような逃げたい様な。中腰状態で迷っている千尋の前で、パイロットが機体から這い出て来るのが見えた。動きは弱々しく、所々から出血もしているようだが、生きている。

 小心者で心配性の千尋としては、そこで安心はできない。死ぬ前に、出来るだけ早く救急車に来て欲しかった。

「で、例のマシンヘッドは……、完璧に壊したな、これは………。センパイ? こ、壊れちゃったけど……、てか壊しちゃったけど……」

『…………』

 壊しても可、という話ではあったが、普通に生きてて兵器を壊す機会なんて何度あるだろう。やはりお値段が気になる。弁償とかいう話にはならないだろうが、罪悪感はある。怪我をさせたパイロットには同情出来なかったが。

「センパーイ?」

『……あッ!? おおおお疲れさまでした千尋さん! えーと―――――』

「……も帰っていいっスか?」

『は、ハイッ! あっと……』

『ご希望の警察はもう埠頭に入ってるわ。一分もしないでそこにも来るわよ。とにかくそこから離れて、目立たないように隠れるのね』

「……警察ってどっちから来てんです?」

 言っているうちに警察車両の回転灯が景色の端でチラつき始める。

 今の千尋の格好は不審者以外の何者でもなかったが、黒を基調としたデジタル迷彩は、闇に隠れる分には非常に有効だった。


                         ◇


 このひと月、一言も千尋に話しかけなかった謎の声ではあったが、データーのモニターは絶えずに続けていた。

 今回のデータも、彼女の満足いくものとは言い難かった。ようやくまともな戦闘データを手に入れられたとはいえ、所詮相手は異星人の落としモノを、地球の技術でとりあえず動くようにした、()()ぎの試作兵器。とても上の人間は納得させられないだろう。

「……まぁいいわ、本番前のトレーニングになったと思えば」

 ここしばらくの千尋の動きは、彼女としても想定外だった。江柳稀沙羅の誘拐からの全てが、だ。

 だがそれも僥倖(ぎょうこう)だったと言える。実際の所、どう次の段階へ進めるかは悩みどころであったからだ。

 上層部や組織の目がある手前、自由に動くのが難しい彼女は、この流れを利用させてもらう腹積もりだった。

 その為に、組織と競合関係にある〝フェンネル〟の一部門に情報を流し、千尋にちょっかいを掛けさせるつもりだった、のだが。

「あら? ………まぁ、そう来ちゃう」

 またしても、想定外。



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