表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/11

Oz(orz)


 千尋が自宅の前で、『レイン・ダーククラウド』を名乗る美女と出逢う1時間前。


 気配も無く、背後から不意を打って投げかけられた声に、部屋の主は聞き覚えがあり過ぎた。

 声の主は、今現在フェンネル社人間工学部門を強襲している部隊のボスだ。てっきり現地で部隊の指揮を取っているものと思い込んでいたが、その彼女はすぐ後ろに居たりする。

「で、『データの吸い出し』って……そんな、監視システムには何も………」

 後ろを振り向こうとするが、身体がそれを拒絶している。油の切れたマシンヘッドのように身体が軋んでいた。

「あんたの腹を探ろうってんだから、そりゃ苦労させられましたとも。ナスターシャ・エレノワ博士」

「それは……ご苦労だったわね、レイン・ダーククラウド、少佐殿(・・・)……」

 部屋の主、ナスターシャ・エレノワが振り返ると、扉の前に陣取った女性が目に入る。

 ルビーのように輝く赤毛の女だ。東洋系の特徴が混じる美麗な顔に、タクティカルジャケットの上から分かる程引き締まった体躯。そして、女性らしさを出す身体の起伏も激しい。

 美女ではあるが、仕事柄か普段は表情に乏しい。今のようにニッコリと笑っているのは、その裏に本心を隠している時だけだ。怒りとか憤怒とか激怒とか殺意とか。

「貴女が大人しく退いて見せた時点で、何か企んでいると想像するべきでした。いや、した(・・)からこそ調べてみて、とんでもない事になってるって分かったんですが」

 ここしばらくは、仕事も放っぽり出して千尋の事に掛かりっきりだった。以前のプロジェクトから外されたので時間が余っていたとはいえ、もう少し身なり(・・・)には気を使うべきだったか。

「『分かった』って……何の事かしら?」

 某二枚目サイボーグのようにはいかないながらも、余裕があるフリで机に腰かけ(しな)を作って見せるナスターシャ・エレノワ。

 自分の身体で手元を隠し、インテリ畑特有の細く頼りない指先を、ジリジリとキーボードに近づけたところで、


 ドカンッ! とキーボードは吹き飛ばされた。


「ヒィッ――――!!?」

 キーボードを破壊したに留まらず、銃声が立て続けに打ち鳴らされる。

 銃弾はナスターシャには当たらず、ディスプレイやスーパーコンピューターの筺体を直撃。機器から光を奪っていった。

「何が分かったって……? 全部ですよ」

 硝煙を吹く銃から空の弾倉マガジンを入れ替え、『少佐』と呼ばれた女は無様に尻もちをついた女科学者へと歩み寄る。

「G・F開発計画がエクソスケルトンモデル一本に絞られ貴女のプランが不採用となり、ご自分で研究を続けたんですね? 自分で被検体を見繕って、AWGの設備と極秘扱いの稀少な資材を無許可で使いまくって、本人が何も知らないうちにひとりの少年をフル・サイボーグに仕立て、フェンネル社に情報を流して飼い犬の傭兵をけしかけさせた。それで、いったい全体………貴女は何を考えてるんです!!?」

 怒声は銃声よりも激しかった。

 元々この少佐は、自分の研究の為に他人を平気で巻き添えにする、人の話を聞かない科学者や魔術師が死ぬほど嫌いだ。好きだという人間も希有だろうが。

 ただこの少佐がヒトと違うのは、人間社会において害悪にしかならないそういった存在を、決して捨て置きはしないと、いう事だ。

「やらかした事の責任は死んでも―――――いや、責任を取るまでは絶対に殺しませんからね、ドクター!! 特にあんたがやらかしたサイボーグにした少年!! 一体どうするつもりです!?」

「あ、あのねレイン? わたしだって私心だけで子供を勝手にサイボーグにしたワケじゃ――――――」

「やかましいわさっさと来いこのバ()学者!!」

 こうしてナスターシャ・エレノワ博士は、首根っこを少佐に掴まれ、千尋の家までノンストップな超快速特急で連行される事となる。


 そして現在。牧菜家、居間。

 

 全ての元凶を前にして、千尋は死んだ目を『バ()学者』、ナスターシャ・エレノワへ向けていた。

 向かいのソファーに座るレイン・ダーククラウド『少佐』と、その背後に控えて直立不動の男二人も千尋に気の毒そうな眼差しを向けている。

 自己紹介と事情説明の最中も、ナスターシャ・エレノワは床に正座させられていた。カーペットの上でも、外国人にこの姿勢は辛い。

「本当に……何と申し上げていいか。お詫びのしようもありません」

 国連軍とAWGは組織としては別物。レイン・ダーククラウド少佐(・・)が謝る筋合いは本来は無い。

 しかし、千尋を特別製サイボーグに変えたのは彼女が(もたら)した技術であり、新兵器開発にも絡んでおり、それで責任を感じている。

「我々がそこのバカの暴走を許したせいで、牧菜さんに取り返しの付かない事をしてしまいました。身体を元に戻せるとは確約できませんが、出来る事は全てやらせていただきます。とりあえずこのバカは殺しておきます? ご自分でやってもいいですよ?」

 そう言ってレインは、ジャケットの内側から黒い例のアレを当たり前のように取り出していた。

 遊底(スライド)を引いて弾を薬室(チェンバー)へ送り込み、正座するバ()学者の後頭部へゴリゴリとやる。

「ままま待ってレイン……! ほ、ほら、彼修理してあげないと――――――――」

「あんたいなくても修理は出来るもん。言ったでしょう? データは全て引き上げ済み。あんたの命は彼次第って事ですわ」

 いつの間にか千尋がとんでもないモノを背負わされていた。

 それに、自分の家の居間でヒトの頭を吹っ飛ばされるのは困る。

「あの、し、少佐? 質問をよろしいですか?」

「牧菜さん、あなたがかしこまる事ないですよ? 『少佐』ってのも………まぁ、私の事は牧菜さんの好きに呼んでいただいて構いませんが」

 千尋への穏やかな対応の一方で、銃口は全くブレていなかったりする。

「それで……な、ナスターシャ、先生?」

「こんなのに『先生』なんて付けなくていいです」

「君みたいに年下の子にファーストネームを呼ばれるのはくすぐったいわね。エレノワって呼んでくれるかしら? あと話をしやすいようにイスを使わせてもらえると―――――――――」

これ(・・)も好きに呼んでください。何ならメスブタでもかまいません。あと、一歩でも動いたらあんた、この世にお別れ(サヨナラ)言わないと」

 見た目よりも遥かにおっかない人だった。バ()学者を見下す目は冷たい。

 何故だか自分が板挟みになっているのを感じながら、千尋はビビりながら言葉を選んだ。

「でー……、結局エレノワさんはオレを使って何がしたかったんです? どうしてオレだったの?」

 千尋の質問は、これに尽きる。

 記憶が改竄(かいざん)でもされていない限り、千尋は高校一年の夏までは、ごく普通の平平凡凡とした人間として生きて来た。それが、ある日突然サイボーグである。

 その後の事件も、謎の天の声の主、ナスターシャ・エレノワが関わっているとするならば。

「言っておくけど、あなたの『先輩』の事件は私の予定には無い事よ。彼女の死に私は関わっていない」

「………」

 一応確認だけはした千尋だったが、あの事件は腐った政治家が引き起こしたモノであると、全貌は明らかになっている。そこを疑ってはいない。

 だが、

「エレノワ博士、何か忘れてない?」

 レインが口の端を吊り上げ、怖い笑みで言う。

 それに押されたように、あるいは脚の痺れが限界に近いのか、ナスターシャの姿勢が前のめりになった。

「………例のお大臣とか警察に、情報を流すくらいはしたけど……」

「だけじゃないでしょう?」

「今回もフェンネル――――――サイボーグの雇い主ね。連中に情報を流して襲わせまし………た」

「その脳みそって必要なんですか?」

「……はい、すいま、せんで、した」

 エレノワの脚はそろそろ限界らしい。

 カーペットに手をつき謝る姿は、ある意味土下座っぽく見えるが。

「もっと誠心誠意謝ってください! その害悪でしかない腐れ脳みその詰まった頭蓋で床に穴を掘るくらい!!」

「ぎヒィィいぃぃぃいイイイィ!!?」

 レインがエレノワを(足で)上から押さえつけて、強制土下座を敢行させた。

 脚の痺れにトドメを刺されたエレノワは、くぐもった悲鳴を折り畳まれた身体から絞り出していた。

 愚者(バカ)をタバコの吸い殻の如く踏み躙るレインは、足の下で起こっている惨劇を無視して千尋へと向き直る。

国連軍(UNPKDF)ではある種の兵器が開発中なんです。その兵器は、身体を覆う装着型エクソスケルトンモデルと、身体自体を形成するサイボーグ(モデル)と二つのプランがありました。このバカはサイボーグ型の開発責任者であり、自身のプランを強固に押していましたんですが――――――」

 装着型(エクソスケルトン)に開発計画が絞り込まれたのは前述の通り。

 サイボーグ型は基幹計画から外れたが、ナスターシャ・エレノワ博士の技術が貴重だったのは変わりない。なのに結局、彼女は計画自体から離れてしまう。

「牧菜さんの前でこう言うのは申し訳ありませんが、サイボーグ型は人間を基礎とする特性上、開発も難しいですし運用もデリケートにならざるを得ません」

 どうやっても人体実験としての側面を孕む上に、リスクは命そのものである。レインでなくても慎重になる。某バ科学者は例外。

「それに、新素材である〝R・M・M〟、〝ネザーリンク〟や〝ジェネレイト・コア〟のような新技術。どれもこれも試作試用の段階で、G・Fの開発だって手探りの部分が多いってのに、それをいきなり生体に使うだなんて……」

 おまけに、千尋に用いられたのは既存のサイボーグ技術ではない。その全てが実験段階の最先端過ぎるテクノロジーなのに、千尋はいきなりその実用サイボーグにされてたりする。

 加えて、新技術によって接続する人間のメンタル面に影響が出る可能性も考えられたが、そこは流石に千尋には言えなかった。

 既にサイボーグ化されてしまった人間に言うのは残酷すぎる。

 それを仕出かしたバカには、どんな残酷な事でも出来る気分のレインだったが。

「それじゃぁ……、オレってどのくらい生きられるんです?」

 次に気になったのがコレ。

 死んだ気にはなれても、生きられるものなら生きていたい。

 サイボーグとは要するに機械だ。機械の寿命という奴は、大体が人間よりも大分短い。家電製品で10年もつ物も稀だろう。特に、今回は随分寿命を縮めた気がした。

 それに、どうもレインの話では、自分はただのサイボーグ(サイボーグな時点でただ事ではないが)ではなさそうだし。

「牧菜さんはご自身の身体の事で、どの程度コイツから説明を受けてます?」

「ぐぉぉおおぉぉおお!!」

 『コイツ』、とレインが足をグリグリとやり、下にいる妙齢の女性(美人)に呻き声を上げさせる。あまり見ていると、千尋がヘンな性癖に目覚めそうだ。

「そ、そう言えば空飛ぶ歩行車(マシンヘッド)と喧嘩した時に、なんか言われた気もしますけど?」

 声が裏返っていた。

「さっきも言いましたけど、牧菜さんの身体は最新技術と特殊素材の塊です。構造素材自体が記憶素子としての性質も持ち、内包するプログラムによって自ら組成を変える事すら可能する〝R・M・M〟と、それを変化させた人工神経とも言える〝ネザーリンク〟。R・M・Mはセル単位で人間で言うDNAのような全体の構成情報が含まれているので、セル同士の連結に構成情報と異なる部分があった場合――――――――――――――――」

「レイン、もっと分かりやすく言ってあげないと彼なんも分らな――――ギャア!?」

「誰が口を開いて良いと言った?」

 千尋から見ると軽く踏みつけただけのようだが、レインのかかとはエレノワの肝臓を直撃していた。身体を傷つけずにダメージを与えるなど、この女には朝飯前である。

「要約しますと、牧菜さんは非常に頑丈で、耐久力も優れている上に人間のように自己修復が可能だという事です。もっとも、今のようにダメージが大き過ぎると修復できないのも人間同様ですが。牧菜さんの身体の保全にはUNとAWGが全ての責任を負いますので、普通の人間よりは長生きできますよ」

「やった! アーセナルの設備が使えるぅうぅゥウぅぅぃいぃぃぃぃぃ!!?」

「………」

「………」

 洒落にならなくなってきたレインの表情に、千尋は本当に自宅の居間で人死にが出る事を心配せずにはいられなかった。いい加減エレノワには黙って欲しい。千尋の為にも。

「じじじじゃあ、オレってこれからどうすればいいですか、少佐!?」

「え………」

 レインの気を引く為(エレノワを助ける為)の質問だったが、それまで氷点下だった少佐の貌に罅が入ってしまった。

 これからどうするか。

 当面の生活のアドバイスを求める程度の意図だったが、根が真面目な少佐殿には、ひとりの少年の一生を問う質問に思えたのだ。

 ひとりの若者の一生を台無しにする所業。

 レインの負うべき所は実のところ、それほど大きなモノでも無い筈なのだが。元凶はナスターシャ・エレノワというバ科学者なのだし。

「………」

「あの………」

 レインはエレノワから足を下ろすと、疲れたようにソファに座る。

 表情はサイングラスに覆われて、半分しか見えない。

「……最初に言いましたが、牧菜さんの身体を元に戻す手段は、『ある』にはあるんです」

「え? うそ!? そうなんですか!?」

 もう戻れないと思い込んでいた千尋に、レインのこの言葉はかなり強い衝撃があった。先ほど聞いた時には、レインの回想を消化するのに忙しくてスルーしてしまっていたし。

 しかし、レインは慌てたように続ける。

「確約は出来ません、申し訳ありませんが。再生医療技術を使って身体全体を作ろうという話になりますから、成功する見込みもかかる時間も全くの未知数ですので……」

「そう、なんです、か………」

 つまり可能なような不可能なような。

 千尋には何とも判断が出来ない。再生医療、という言葉は昨今テレビでも良く聞くし、先進医療の分野では失った手脚を作って継ぐ技術が実用化されていた。

 それでも数年から10数年かかるというし、身体全体を作るとなると。

「そういえば……、オレってどの程度が機械なんです? 手足だけじゃなくて内臓も全部? 頭とか脳ってどうなってんですか?」

「えーと………、聞きたいですか?」

 言い(よど)み、レインは視線を足下に転がっている女に向ける。

 レインが言い辛いのも分かるが、千尋としては身体の事は半分諦めているのだから、いっそどの程度人間やめたのかは聞いておきたい。

 万が一、身体を取り戻せるとしても、身体の何処(どこ)何処(どこ)何処(どこ)が必要なのか、素人なりに知っておけば、気休めにもなると言うものだ。

 本人が望むと言うならば、負い目があるレインとしては、言わないワケにもいかない。

「あのですね……まず脳は――――――――」

 レインは千尋に、少し言い難そうに語り始めようとする。

 そんな所で、


「大脳と性器以外は全部人工のに取り換えてあるわよ?」


 ナスターシャ・エレノワが、空気を読まずに爆弾を放り込んだ。

 千尋には、今の天の声の科白(セリフ)が一部理解出来なかった。

「………え、『脳は』……? え?」

 ナスターシャは、青い顔で脚をくずした三角座り、所謂いわゆる女の子座りになり足を(さす)っている。

 『脳は』と、あとこの姉さん、今なんて言った。

「だから、脳みそとオチ○チンは生のまんまだってば」

「……お前マジで射殺するぞ」

「『ナマ』ッッ!?」

 落ち着いた女性の声で、何てはしたない単語をあっさりと。嫁入り前のオンナノコが(混乱)。

 しかもレインに聞かれた。いや多分様子からして知っていたのだろうが。

 千尋の心の慟哭(どうこく)と、レインの殺意を知らん振りをしたナスターシャ・エレノワはメガネを直しつつ続ける。

「ある意味運が良かったわね。脳も性器も今の生化学じゃ人工的に作れないもの。それが無事に残っていたのは」

「……? ちょっと待て。何その『無事に残っていた』ってのは」

 その言い方だと、他の部分が無事ではなかったようではないか。

 初めて聞く事実にレインが眉を(ひそ)め、千尋が目を丸くする。

 そんな若人二人を前にして、ナスターシャ・エレノワはさも当たり前のように。

「彼の身体、全身がガンにやられていたんだもの。もうちょっと遅かったら、脳も使えなかったでしょうね」

「………」

「………」

 当たり前のように言った所で、当然レインも千尋も看過など出来なかった。

「なんだそれ!? あんたそんな事一言も――――! そもそも彼を選んだ理由とかもデータになかったし! テケトーじゃなかったの!!?」

「え? オレってガンなの!? なんで!!?」

「はいはーい落ち付きなさい少年少女達。お姉さんが順を追って話してあげるから―――――」

「なに上から目線で仕切ってんだこのバ科学者が」

「グエッふ!!?」


 再び正座を強制されたナスターシャ・エレノワより尋問(拷問)で得られたのは、以下のような話だった。

 新兵器のプロジェクトを外れたエレノワは、発注元(UNPKDF)にも雇い主(AWG)にも隠れて独自に研究を続けようとする。

 理論は完ぺきだった(エレノワ曰く)。後は、実機と実働のデータが必要になる。

 エレノワの研究は、結局どうあっても生きた人間が必要だ。そこがサイボーグ(モデル)最大の問題でもある。

 だが、UNPKDFやAWGに協力を得られない以上、自分で献体のボランティアを探すしかない。

 そこでエレノワは、比較的UNPKDEやAWGの目が少ない、人口密集地、潜在的な危険地域、第二次成長期を終えた若者、家族との関わりが希薄、そして不治の病で余命僅か、等々の条件で各地から被験者を探した。

 結果何名か候補は見つけたが、特に健康状態でエレノワの目に留まったのが千尋だった、というワケだ。

「若年性のガンは珍しいし進行もすごく速いしね。彼なんて特に早くて、あんまり迷っている時間も無かったわ」

 いつの間にか湯呑を傾けていたエレノワが文字通り茶飲み話のように語るが、千尋はかなり気分が悪くなっていた。また吐きそう。

 思い起こせば、心当たりがあり過ぎる。

 夏ごろの事、身体はいつもダルく、身体は所々が痛み、ちょっとした事で眩暈と吐き気がおこり、トイレの便器にはいつも血が混じっている、と。

 その体調が急に良くなったと思ったら、体形は変わっていないのに体重だけがバカみたいに激増していた。

「じゃあオレって、エレノワ先生に助けられたんですね……」

「いや落ち着いて牧菜さん。このアマ自分の研究の為に無断で牧菜さんをサイボーグにしてデータ取りに事件を呼び込んでいますからね?」

 そもそもレインは千尋の事情を知らないので、千尋が病魔に侵されていたという話自体を疑っている。

 更に穿(うが)った意見を言うと、病気自体も献体を得る為にエレノワが仕込んだという可能性も。

「わたしはそこまで問答無用じゃないわよ。まったく、レインはわたしを何だと思っているのかしら」

 勿論、研究の為には手段を選ばないマッド科学者だと思っている。

 そして、そんな科学者ほど有能なのが多いのが悩みどころだった。

「……仮に牧菜さんの病気が本当だったとしても、エレノワはただの人間として死ぬ権利を牧菜さんから奪ったんです。まさかエレノワも、彼の命を助けるつもりだった、なんて言わないでしょうね?」

「ま、まぁね……」

 実は言うつもりだった。

 千尋としても、そこは複雑な心境だった。

 実際に、体調は一番悪い時で「死んだ方がマシ」と言えたほどだった。かと言ってエレノワの目的と、その後にエレノワの目論見通りに災難に叩き込まれた事を考えると、素直に感謝出来ないものがあった。

 死を覚悟した事もあるからこそ言える。レインの言う通り、ヒトとして素直に死ぬ選択肢もあった筈だ。

 だが、エレノワの意図はともかくサイボーグ化した事で先輩、美波楓みなみかえでの敵討が出来たのも事実。サイボーグという圧倒的なアドバンテージが無ければ、間違いなく千尋の方が闇に葬られていただろう。

 感謝し辛いが、かと言って千尋はこの女科学者を糾弾する気も起きなかった。

 のだが、

「そもそも……、ホントに無事だったのは脳とかだけだったの? 単に作れなかったから残したってだけで、実は無事だった器官や部位が他にも結構あったんじゃ……?」

「そ、そこはほら、システムデザイン上でバランスを取る為に残すのが問題だった部分を已むを得ず削ったなんて事も全く無かったとは言わないけどぉ――――――」

「……その辺の話もサン・ミゲルに帰ったらきっちり聞かせてもらわんとなぁ、博士(ドクター)?」

「え……? で、でも私は北海道の社に帰らないと――――何でもないです……」


                        ◇


 その日のうちに、千尋はレインに勧められるまま海を渡る事になった。

 幼馴染が聞いたら言うだろう。千尋は美人に弱過ぎる、と。

 だが待って欲しい。

 千尋は決して花に寄って行く蝶のようにフラフラと付いて行ったワケではない。修理とフルメンテナンスを兼ねた精密検査の為に中米まで行くのだ。仕方なかったのだ。レインの事が気になって仕方ないとかそんな事は無い。多分。

 美波先輩に似ていたから、なんて事もない。外見ではなく口調や雰囲気が似ている、様な事が無い気がしなくもない(謎)。

 実際問題、見た目から壊れた機械になってしまっている千尋の修理は必要だ。今後の生活の事でも色々と助けてくれると言うのだから、付いて行かないワケにもいかないだろう。

 羽田に近い所にある、プライベートな滑走路から小型機が飛び立つ。

 時刻は明け方。

 赤く燃える水平線から、未だに光の粒子が瞬く陸地までのグラデーションが美しい。

 飛行機の窓からその風景を眺めていると、何故か心臓が高鳴ってきた。

「あれ? そういやオレの心臓ってどうなってんの?」

 聞いた話が事実ならば、心臓もとっくに無くなっている筈だ。

 なら、今胸で拍動を発しているのはいったい。

「外見上で普通の人間との違いが無いように、色々と偽装してあるのよ。心拍や体温、レントゲンでもきちんと内臓や骨が写るようになってるわ。メスでも入れられない限りはバレない筈よ」

「そりゃ、有難いですけど……、なんだってそんな作りに」

 作ったヒト曰く、飽くまでも普通の人間として日常生活を送る為の仕様だとか。

 ハッキリとは言えないが、何かが根本的に間違っている気がしなくもない。

「中米の〝AWGアーセナル〟へはハワイを経由して約8時間といった所です」

「あ、ど、どうも……」

 レインにミネラルウォーターのペットボトルを差し出され、しどろもどろで受け取る青少年。話の内容は、あまり頭に入っていない。今から8時間も少佐と二人っきり(違)か。

「この女が何を仕込んでいるとも限りませんし、一度全体を検査させていただいて、それを踏まえて最適な改修をしたいと考えています。勿論、牧菜さんの希望が最優先されますけど」

 冗談でも、レーザーが出るようにしてくれ、とか言おうものなら実装してくれそうな勢いだった。レインは日常生活に不足ないように、という意味で言ったのだろうが。

「牧菜さんが普通の生活を送れるよう、出来る限りの事はAWGと我々が行います。昨日のような事も二度と起こさせませんから」

「………ありがとうございます、少佐」

 レインが千尋の向かいの席に座る。同行していた男二人は操縦席にいるらしく、客席には居ない。

 エレノワは千尋の斜め向かいでシートをリクライニングさせてくつろいでいた。反省の色無し。

 レインの方に目が行きそうになる千尋だったが、ジロジロ見るのはマナーに反するし、見ている事がバレると気まずくなる。

 不可視の圧力に追い()られるようにして、千尋の視線は再び窓の外へと向けられた。

 機は既に雲を下に見る高度へと達している。

 濃紺の暗い海と、(あけぼの)のオレンジに色付いた雲が混在する景色が美しい。

 もう二度と事件に巻き込まれる事は無い。そうレインは言った。

 その言葉を有難く思いながらも、千尋はそれを素直に信じる気になれなかった。

 思い出してしまったから。

 返って来るべき平穏なんてない。

 望む望まぬに関係なく、千尋は自分の内外と常に戦い続けなければならない事を。

 自分の命と世界を守る為には、例え生身だったとしても、敵わないとしても、戦わねばならない。

 以前の事件でトラウマになるほど学んでいたのに、この一ヵ月の忙しさで忘却していたなんて。

(何だかんだ言っても必要なんだろうな、戦う力は。相手が何だろうと、政治家だろうが警察だろうがロボットだろうが、軍隊だろうが……)

 千尋は焦れていた。

 もっと強い力が欲しい。備えなければ。

 平穏を求める心と決定的に矛盾する想いは、摩擦を生んでジリジリと、千尋の中を焦がしていた。



 本作品に登場する人物、組織、団体は全てフィクションです。


 ようやく送り出せました第二話。感想をくださった方、お待たせいたしました。某掲示板にサラサラして突っ込み修正突っ込み修正と……


 これで序章終了です。一応次の話も大筋で着ています。あんまり風呂敷は広げませんが、頑張って書きます。なるべく早くお送りしたいと思います。


 世界観を共有します作品、HART/BEAT ExperienceもブログとPixivで連載中ですので、うちの子たちを気に入っていただけた方は、覗いていただけますと幸いでございます。

ブログ<http://satella.blog120.fc2.com/blog-category-4.html>

Pixiv<http://www.pixiv.net/novel/show.php?id=49992>

 ご意見ご感想ご要望ございましたら、是非お便りを頂けたらと思います。でもフルで応えるのは作者の技量が全然足りないので勘弁してください。


 読んでくださった読者の方々に、心の底からお礼を申し上げます。

 ありがとうございました。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ