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ブレイク・ギア



 1階、イベントスペース。

 一週間の期間で、ここでは自動車メーカーによる展示が行われる、予定だった。

 次世代ハイブリッドカー、スポーツカー、ファミリーワゴン、SUV。鏡のように磨かれたクルマが何台も陳列されている。

 だが、エレベーターに近いクルマは少々悲惨な事になっていた。ガラス製のエレベーターシャフトが砕け、高速で飛び散ったガラス片がクルマの車体(ボディー)に無数の傷を残している。企画担当が見たなら発狂するだろう。

 そんな傷だらけとなったスポーツカーが、車体のフロント側を沈ませていた。

(予想された性能よりも……と思ったら今度はこれか。これではマシンヘッドを相手にしているのと変わらない。いや、彼はマシンヘッドにも勝利していたな)

 詐欺に近かった。

 見てくれは兵士でも戦士でもない小柄な少年。戦い方も、およそ戦闘として洗練されたものではない。

 しかしその本質は、どんな武器よりも強力な攻撃力を搭載した人型兵器。

 人間以上(アドバンスド)の性能を持ったサイボーグ。既存のサイバネティック技術よりも、千尋は遥かに進んだ存在。とレブロン達は考えていた。

 その考えは、やや改めねばなるまい。

 サイボーグは飽くまでも人間だ。

 しかしマキナチヒロという存在は、恐らくは初めから人間としてはデザインされていないのだ。

「……恐ろしいな。素人なのに……、いや、素人も|玄人も無いか。彼そのもの(・・・・)そう(・・)なんだろう」

 レブロンはコートの内側に手を入れ、新たなロケット弾を腕の発射機に装填する。

 端正な顔には深い切り傷がいくつも付き、笑みを壮絶なものにしていた。

『左(手)以外、お前の機能に問題は出ていない。だがマキナチヒロの性能は情報とは大違いだったな』

「そうかな? 情報通りだと思うが。彼も使い方(・・・)が分かってきたのだろう」

『ならば、まだ慣れてないうちに手足を潰していれば確保出来ていた』

「そうかな……?」

 レブロンはスポーツカーのボンネットを椅子代わりにし、ブーツを脱いで入り込んだガラス片を捨てていた。高級車のフォルムが無残に変形している。


 今回の仕事は、本社へ何者かが情報を流してきた事に由来する。

 本社は〝AWG〟に技術力で後れを取っており、同時にその技術を喉から手が出るほど欲していた。しかし、都合が良過ぎる情報提供には、当然の如く裏も感じる。

 そこで、いざという時に切り捨て易いように飼っている、外注(アウトソーシング)の戦力を用いる事にしたのだ。

 この世界には吐いて捨てるほどいる、裏のなんでも屋の一組。何かと便利に使え、何より有能。

 それがレブロンと、そのパートナーだった。


『既に能力を見る段階ではないぞ。破壊して残骸を持ち帰るつもりでやれ。接近は――――――――』

「言われるまでもないさ。彼を子供扱いするのは失礼だからね。それに、まだまだこんなものじゃないだろう、彼も」

『キサマまだそんな事を――――――!?』

 有能だが、少々趣味に走るのが危ういところ。そんな部分も含めたのが、その二枚目の性質(タチ)ではあった。

「――――――――ぅぉぁあァァアぁあァアア!!」

「――――――――キャァああァあァあああ!!?」

 上から悲鳴が落ちてくる。

 どこまでも飽きさせない敵に、レブロンは胸が湧くような懐かしい気持ちを思い出す。

 出来る事ならいつまでも、この相手と遊んでいたい。

 こんな最高のオモチャを、壊さないといけないのは残念でならなかった。


                        ◇


 稀沙羅の手が、千尋の手を()り抜けていく。

 加速された認識速度は、呆けたような稀沙羅の表情をスローで捉え。


 バーストショット。


 ヒトに向ければ凶器になるそれを、千尋は稀沙羅へ撃ち出した。

 弾き出された千尋の手は、稀沙羅のスカートの裾を掴まえる。仕方なかったんだ一番掴まえやすかったんだ。

 もっとも稀沙羅は、そんな些細な事で悲鳴を上げている余裕は、まだなかった。

 落下重量はファスナーの耐久力では賄えない。認識速度の上がっている千尋には、布地と金属部分がプツプツと千切れる音まで識別できた。

「ッ戻れ!!」

 強引に腕を戻せば、それだけで稀沙羅のスカートが切れる。だから同時に、千尋からも迎えに行く。

「――――――!!?」

(良し!!)

 スカートのファスナーは壊れたが、間一髪で稀沙羅を腰から抱え込む事が出来た。

 ただし、稀沙羅の方へ重心を傾けた為に千尋も落ちる。

 一階までを貫く吹き抜けに、二人揃って投げ出される事に。

(衝撃を殺さないと死ぬ!!)

 千尋が、ではなく稀沙羅が。

 落着するまでもう一秒も無い。空中には掴むわらも無い。

 せめてどこか、着地の衝撃を殺せる所に。

 下を目視し、同時にすぐ横を高速で流れる壁を蹴っ飛ばした。

 落下位置を修正。蹴りの勢いで千尋は空中半回転。稀沙羅を自分の上へ持ってきて。


 背中から、展示品のライトバンへと着地した。


「ぐぅフッ!!」

「ひぅ―――――!?」

 120キロ(プラス)秘密の重量に上から押し潰され、バンは紙袋のように破裂した。

 破裂音は紙袋の比ではない。衝撃波だけで、周囲にあったクルマはウィンドウガラスが砕け散った。

 クルマの上に落ちるのは前に一度経験している。その経験が役に立つとは想像もしなかったが。

 あの時は千尋が腐れ警官を下敷きにしたが、今回は千尋が下。クルマと千尋を緩衝材にしても、華奢な少女の身体が落下の衝撃に耐えられるかは賭けだった。

(……生きてる、な)

 気絶はしていたが、息はしていた。後は念の為に、病院に連れて行かねば。

「ったく……結局オレが巻き込んでんじゃねーか!」

 稀沙羅を残して、千尋はバンの横へ転がり落ちる。

「―――――っと……?」

 足に違和感。安定しない。

 そこで警告表示が出ているのに気が付いた。

 左脚部距腿関節リグ、破損。

 左脚部膝関節コントロールライン、破損。

 修復完了は220分後を予定。

(壊れ……!? 落ちた時にか)

 バンにめり込んだ時に、足首に変な力が加わったとは思ったが。それに、落下中に壁を蹴ったのも原因になっていた。

 先に落ちた(落とした)二枚目は、当然のように健在だった。黄色のスポーツカーに寄りかかり、ドタバタとする若者を余裕の表情で眺めている。

 ちょっと腹が立つ。 

 目の前に敵がいる状況では、2時間という時間は長過ぎる。

 当然、敵は待ってくれないだろう。

 何故か脱いでいたブーツを履き直すと、二枚目サイボーグは大股で千尋へ接近してくる。

「さっきはなかなか良かった。でも、もっと必死な、何振り構わないキミの姿を見たいなぁ」

「…………!?」

 そう言ってリアクションに困る科白を吐く二枚目サイボーグは、どこからともなく黒光りする武器を取り出す。

 今更あんな武器がどうだと言うのか。いや、それとも何か意味があるのか。

「こういうのは大変申し訳ないし、趣味ではないのだが………」

 示された答えは最悪だった。

 銃口は千尋とは別の方へ向き、至極簡単に発砲。

 パンっと軽い音が鳴る。

「………は?」

 銃弾は、稀沙羅が寝ている車体で跳ねかえり、金属の弾ける音を立てた。

「同僚に曰く、君を確保した後は、あちらのお嬢様は処分しなければならないらしい」

 驚いて固まる千尋を他所に、レブロンはガンマンよろしく銃を回して弄ぶ。

「君たちが生きてここから出るには、私を破壊する以外になさそうだね」

 再び握り(グリップ)を握ると、分かり易いアクションで稀沙羅へと狙いを付けた。

 ニィッと口の端を吊り上げ、不敵な笑みを見せる二枚目。顔が良いのは、そんな表情も似合う。


 基本的に温厚ヘタレの千尋でも、そのツラには、ムカついた。

 

「フゥッッ!!」

 バーストショット。

 破損した脚をお構いなしで爆発させ、前へ飛び出す。

「ッしゃぁああぁあァ!!」

「フハッ!!」

 壊れた脚で、腰も何も入ってない勢いだけのパンチ一発。ただし圧縮空気を爆発させて、勢いを付けた120キロのウェイトごとぶつける一撃。

 余裕(に見える)の二枚目も流石に引き()るが、闘牛士(マタドール)のように紙一重で躱わす事が出来た。

 代わりに、後ろのスポーツカーがフック気味の一撃を喰らい、屋根(ルーフ)を抉られ殴り飛ばされた。

 自分の打撃の反動を堪え切れず、千尋は殴ったクルマと逆の方向へ跳ね返る。

「ベッ――――!!」

 ワンボックスカーへ頭から突っ込んだ千尋だが、既に痛みは感じていない。

 動かない肩でワンボックスを突き離し、腹が立つやら怖いやらの敵に勢い込んで向き直った。


 向き直った千尋の目の前には、黄色のロケット弾が。


                       ◇


 相手は秒速100メートルで飛翔するロケット弾を、見て(・・)、回避する様なバケモノ。発射はタイミングを計り、確実に()てて見せた。

 流石に千尋も反応し切れず、後ろにあったワンボックスカーごと爆発する。

 レブロンには手応えもあり。直撃は間違いない。

 なのに、背筋がゾッした。

「――――――!?」

 本能的に一歩退くと、爆煙の中に二つ、ぼんやりと赤い光が灯る。

 攻撃色だ、と感じたレブロンの勘は、またしても正しかった。

「ぬぅうッッ!!」

 爆発音をさせ、煙を引き裂きながら千尋が突撃してくる。腰溜めに構えられた拳。

(これは――――――――!!?)

 今までで最も早い。

 だが、予め回避行動に入っていたレブロンには、それでも躱わせる攻撃。

 千尋の踏み込みを見切り、射程距離外まで退がる。

 大振りのアッパーを回避し千尋の背中側へ回り、もう一度至近距離からのロケット弾を喰らわせる、

 つもりだった。

「グッ―――――!!?」

 千尋の攻撃を躱わした、と思った次の瞬間にはアゴに衝撃を受け、レブロンの身体が宙返りしていた。

(何が―――――間合いが……!? 拳では――――――!?)

 サイボーグであるレブロンは、(アゴ)を掠めたくらいで脳が揺れたりはしない。単純なパワーでフッ飛ばされていた。

 そして、宙を舞う無防備な二枚目のコートを引っかける(・・・・・)と、千尋は今度こそのフルパワーで腕を振るう。

「ゥるるるるるらァァァアぁぁァァァアああ――――――――!!!!」

 メジャーリーグの投手もかくやという豪快なフォームで、普通の人間よりも遥かに重い存在をSUVに叩き付けた。

 落雷に匹敵する音と衝撃が炸裂する。

 この日最大の破壊のエネルギーは、一撃で頑強なSUVをバラバラにし、一体のサイボーグを天高く打ち上げた。

 この時点で、レブロンは右肩部が全壊で右腕全体が使用不能。

 右背部に歪みと亀裂。

 内部の機構に致命的な障害が起こっていた。

 だからどうした。

 レブロンは空中で姿勢を制御すると、左手をコートの内側に突っ込む。発射システムがイカレていても、ロケット弾を掴む事は出来る。

 ロケット弾の尻を壊れた右肩に叩き付けると、落下速度と膂力を乗せて真下に投げ付ける。

 しかし投げ付けた直後、ロケット弾は千尋が真下から投げたライトバンの扉の直撃を受け爆発した。

 ロケット弾を迎撃するというより、レブロンを追撃する為の攻撃だったのだが。

 完璧に予想外のカウンターで、レブロンは自分のロケット弾の爆発に巻き込まれる事になった。

「ぅ……ぐ……!?」

 真っ正面から来る炎と衝撃が、無防備な二枚目を襲う。眼球は片方が壊れ、左腕は肘から先が破損。センサー類が軒並み潰れ、姿勢制御も出来ないまま地に落ちた。

 人間とは違い、頭から落ちても失神したりはしないが。

(キネマティック・ミキサーが動かない……。いや、モーションコントロール自体が死んでいるか……)

 環境と目的に合わせ、身体の動きを予測生成するシステムが動いていない。電子脳の機能自体が落ちている。

 それでも立ったのは、危うい二枚目に残っていた人間の部分の力か。あるいは、涼しい仮面の下に隠す、人並の意地の成せるワザか。

 あるいは、心底飽きさせない面白い同類の姿を、最後まで見届ける為だったのかもしれない。

 双眸に赤光を燃やし、重たい足音で地面を揺らしながら、見る影無くボロボロのレブロンへ千尋が接近する。

 この時初めて、千尋の左腕がレブロンの目に入った。

(アレは……。あの時、やはり直撃していたか)

 千尋の左腕は、前腕の甲部分が酷く壊れていた。右肩と同じく、焼け焦げた痕に表皮が剥離し、内部の筋肉構造が見えるようになっている。

 稀沙羅を抱えて落ちて来た直後、ロケット弾を喰らった際のダメージだった。

 この為に、千尋は手を握り込む事が出来ず、結果として開いた手の平の分僅かに攻撃の間合いが広がった。

 ただ、指先だけとはいえ、そこは千尋の力。千尋以上に重いレブロンの身体さえ、宙に浮かせる力を持っていた。

 僅かな間合いの差。それを招いたのはレブロン自身の攻撃だったが、不利を敵ごと引っ繰り返して見せたのは、紛れも無く千尋の自身の力だ。

「ッう……フー……フー……!!」

 脚を引きり、腕を揺らしながら千尋がレブロンへにじり寄る。目の色同様、極度の興奮状態で頭の方がまともに働いていないのは明らかだ。

 優男は最早動けない。それでも、その姿に追い詰められた様子は無い。

 破裂寸前の爆弾と化した千尋を目前、レブロンはぎこちない動きで許しを乞うようにしてかしずき、


 ズボンの脛を突き破り、最後のロケット弾が至近の真下から千尋を襲う。


 先端が黄色ではなく赤の弾頭。速度も威力も黄色の物とは違う、相手を内側から爆破する化学エネルギー(HEAT)弾。レブロンの隠し札にして、切り札。

 千尋の喉元へ喰らい付こうと伸び上がる、最後の一撃。秒速300メートル(300m/s)を超えるロケット弾。

 千尋はその一撃に、腕を後ろに引絞りながら自ら突っ込んだ。

 ロケット弾を首の皮一枚で躱わしたのは、狙ってやったワケではなかった。

 千尋は『敵』を、『破壊する』事しか考えておらず、

「フゥウぅうゥあッッ!!!」

「――――――――!!?」

 最大出力のバーストショットを二枚目の顔面へとブチ込んだ。


                           ◇


 深い溜息をつき、戦いの決着を受け入れた。

 いや、実験の顛末、と言った方が適当か。

 多少の紆余曲折はあったが、終わってみれば(おおむ)ね満足できる結果だった。


 AWGと機械分野で競合―――――あるいは必死で追いすがる〝フェンネル社〟へ千尋の情報を流す。

 フェンネル社は予想通り、自社とは直接関係性の無い、傭兵に近い子飼いの戦力を千尋の確保へ向かわせる。それも、万が一を考えて戦闘能力の高い手駒を、だ。

 自社製兵器の違法な実戦テストや、競合他社への非合法な情報収集で、自分達に累が及ばないよう外の人間を使うのは、何もフェンネルに限った話ではない。

 後は千尋が抵抗して、フェンネル製のサイボーグとやり合ってくれればデータは得られる。

 性能差で千尋が劣るとは露ほども思ってなかった為に、押されていた時は少々慌てたが。

 千尋と同じ学校の生徒の誘拐から、その生徒が千尋を巻き込んで戦闘状態に突入したのは予定外だったが、データは得られたし、黄龍グループ内部の問題だから何も困らない。

 日常生活、そして戦闘時のデータ、両方が揃った。

 計画は次の段階へ。

(その前に、と………念の為にそっちの情報も後で消しておこうかしらね、港の監視カメラとか。とりあえず、先ずはフェンネルに送ったデータを削除して証拠を、と………)

「………あら?」

 自分が暗躍したという証拠。フェンネル社へ送ったデータを削除する為、データサーバーに侵入しようとした。

 だが、侵入経路として利用する予定のノードには、既に外部から入り込んでいる先客が。

「このコードにこの書き込み速度って……〝ソフィア〟!? まさか―――――!!?」

 それも、自分の知る相手だった。

 同一ネットワーク上にある比較的セキュリティーの甘いクライアントに侵入すると、目に付いたWebカメラのアプリケーションを開く。

 フェンネル社、人間工学部門(違法)のオフィスの様子がリアルタイムで映し出されると、ちょうど武装した集団が突入している真っ最中だった。

 それも、見た覚えのある連中だった。

 プロテクターが仕込まれた武骨なタクティカルジャケット。知っている人間でないと分からないほど、地味にハイテク装備を仕込んでいるバックパック。彼等が手に持つ、専用にカスタムされた正式採用SCHR-H(Mk.17)アサルトライフル。

 そして、彼らが腕に付けているワッペンの意匠は、葉の一枚一枚が剣と盾になっているオリーブが地球を囲んだ図柄。

 そこに上書きされているのは、『ASS-1st』の表記。

 これらが指し示す戦闘集団は、


 国連平和維持派遣軍環太平洋方面軍団太平洋方面艦隊第一強襲大隊。

 通称〝センチネル〟。


「これは…………ヤバイ、なぁ…………」

 これまで傍観者であった女の顔が、初めてハッキリと青くなった。冷や汗が頬を伝う。

 ハッと気が付き、目の前のキーボードを操作してネットの回線を切断した。並みの相手なら侵入などされないだろうが、この世で最高のシステムが相手となれば話は別だ。

「………………」

 回線を切断したので、千尋の様子もフェンネル社の現状も把握できない。

 無数のLEDライトが瞬く暗い部屋で、彼女はひとり。

 あるいは証拠を消すどころか、自分の跳梁した証を掴まれたかも。

 自前のスパコンの監視システムを呼び出し、アクセスログとアクセス元の履歴を確認するが。

「フゥ………、覗かれてはいないみたいね。レインもこっちは後回しにしてくれたって事かしら?」

「いや、もうデータの吸い出しは終わったから」

 ホッと一息ついた所に、背後からかけられた声で、今度こそ完璧に凍りついた。


                        ◇


 家に帰るまでが遠足、ではなく冒険でした。

 謎のサイボーグの二枚目を台無しにした千尋は、そこでようやく我に返る。

 鉄火場が極まると千尋が我を失うのは仕様か、それとも本能か。


 現場は、またひどい有様になってしまった。

 展示用に磨き抜かれていたクルマは、残らずキズもの―――――程度ならまだ良い方。ほとんどが原形を留めていない。

 最後のロケット弾で展示ホールにあった大画面スクリーンが爆発し、2階部分までが大きく抉れてる。

 屋上と19階、18階には、千尋ともう一人が大暴れした痕も残っているだろう。

 静けさの戻った無人の商業ビルへ、少しずつざわめきが近づいて来ていた。いつの間にか、シャッターの外に警察が集まりだしているらしい。千尋が連絡したからか、それとも派手な騒ぎで誰かが通報したのか。

 稀沙羅を保護してもらうつもりで通報したのだが、まさか千尋も勝てるとは思わず、今となっては少々困った事に。生きて事情聴取を受けるなんて予定外。

 千尋の今の姿は、どう見ても普通の(・・・)負傷者ではない。不特定多数の人間に、自分の身体の事を知られるのはイヤ過ぎる。

 結果、またしても逃げる事になる。

 気絶したままの稀沙羅を抱えた千尋は、地下食料品売り場から従業員用の入口に飛び込み、搬入出用の出入り口を探し当て、横にあった人間用の扉を蹴破り商業ビルから脱出した。

 片脚を引き摺っていても、普通の人間よりは大分早い。

 ビルが警察に囲まれる前に出られた千尋は、どうにか稀沙羅のサロンバスまで戻る事が出来た。

 ここで目を覚ました稀沙羅がまた、泣きじゃくって大変だった。

 稀沙羅にしてみれば安心したやら、千尋が酷い有様になって申し訳ないやら。

『千尋さんの身体は絶対に! どんな手段を使っても直して差し上げます!』

 えらい事に巻き込まれたのは事実だが、千尋の身体が壊れたのは稀沙羅のせいではない。直接の原因は、千尋の身体に因る所が大きい。じゃあ誰が悪いんだろう。答えはこの後。

 実際問題として、壊れた部分をどうしていいか考えると途方に暮れる。表示を見る限り、どうにも完全な自己修復は不可能なようだった。

 稀沙羅の気持ちは有難いが、そうなると恐らくは黄竜グループの力を頼みにするワケで、千尋の身体の事が不特定多数の人間に知られる可能性がある。

 だったら壊れたままでも良いかなぁ、と千尋は思った。


 地元、浜崎市への戻るサロンバスの中、知り合いの検事に事のあらましをザッと説明する。

 歯抜けだらけの怪しい説明なのに、以前からお世話になっている検事さんはあっさりと納得してくれた。

 おかしいとは感じるが、疲れ果てた状況では深く考えたくなかった。その後の現場の状況に関しては、怖くて聞けなかった。

(死んだかな……、あのヒト)

 壊れかけた手を力任せに叩き付けた、その瞬間の感触を覚えている。人間とは違う固い手応え。

 殺した、という実感は無い。殺すつもりなんかなかった、とか言うと、そのまんま殺人犯っぽいが。

 しかし冷静になってみると、しっかりトドメは刺しておくべきだったのでは、とも思う。精も根も尽き果てた今、襲われたらどうしようもない。

 高級そうなソファは、サイボーグのような重量物が座ると思いっきり沈み込んでしまう。なので、千尋はバーカウンターの足元に座り込んでいた。

 これほどの疲れを感じた事は、これまでの人生で一度も無い。まるで電池が切れてしまったかのように、身体全体が重く、鈍かった。

(ほんとに電池切れだったりして)

 その辺の事も、天の声様とはきっちり話を付けねばなるまいなぁ。

 とは思うが、そう易々と話してはくれないだろう事も想像に難くなかった。

 正直なところ、事実を聞くのも怖い。恐ろし過ぎる想像ばかりが思い浮かび、心臓と心が消えてしまいそうだ。

(ブリキのロボットはハートを………)

 物凄く、心細い気持ちになってきた。

 自分の身体、結局何者だったのか良く分からなかった敵、稀沙羅。

「グスッ………」

 ワケも分らない高難易度(VERY HARD)初回プレイで、千尋の手に余りまくる事態で、よくもまぁ稀沙羅と二人生きて切り抜けられたものだ。

 一手間違えたら酷い事になっていた。それを思うと怖いやら吐き気がするやら。

「千尋さん、とりあえず何か召し上がり―――――――ど、どどうしましたですか!?」

 キャビンに入ってきた稀沙羅は、膝を抱えて泣きべそをかいている千尋を見て語尾をおかしくした。同世代の異性の泣き顔を直接見るのは初めてだった。

「あ゛ー……、すいません、なんか、あの……」

 千尋とて男の子である。ひとつ上のお姉さんに泣き顔を見られるのは、男子の矜持が少々痛い。

 今の千尋は右腕は肩から動かず、左手は前腕から先が壊れている。最後の一撃で手首と指も壊れたので、涙を拭うのも一苦労。

 稀沙羅が駆け寄り、ハンカチで顔を拭かれるのも地味にダメージが大きかったが、所詮千尋に抗う術なし。稀沙羅の成すがままだった。

「怪我……、痛いですか?」

「いえ、ダメージが大き過ぎるとなんか感じなくなるみたいで……」

 肩と腕の亀裂は、破断面が結晶状に変質している。自己修復中だ。

 壊れた時は血も流れていたが、早々に止まった。単なるカモフラージュのようだった。

 破損個所からは、皮膚の層と中の筋肉層が見える。形状はハッキリと分かる造りだったが、どう見ても人間の物ではなかった。

 稀沙羅はいつも間にかそれ(・・)に触れていて、思った。少しデリカシーが無かったかもしれない。

「……絶対に、直しますから。あんな兵器を作ってるんですから、千尋さんの身体だって……」

「あ、だ、大丈夫ですよ、そんなに心配しなくても。なんか人間みたいに自然治癒するみたい……」

 実は、完全修復は無理ですよ、とステータスには表示されているのだが、そこはあえて言わなかった。

 稀沙羅は見た感じ決壊寸前。ここで稀沙羅にまで泣かれたら収集が付かなくなる。

 それにしても『人間みたい』とは、それじゃ自分が人間ではないみたいではないか。

 そんな事を考えたら、また泣けて来た。


                         ◇


 今日は私の家に泊ってください。と、強固に主張する嬢様は、当然のように千尋の家庭事情を把握していたりする。両親は海外赴任中で、千尋は家にひとり。

 こんな状態の千尋をひとりにして置けない、という稀沙羅の考えは至極当然ではあるのだが、千尋自身は少しひとりになりたかった。話を付けねばならない相手もいる事だし。

(聴きたい様な聴きたくない様な……。でも、こんな気持ちでいるよりは……。オレが機械仕掛けだってのはもう間違いないんだし)

 なんか色々あって片づけて、後の疑問はただ一つだ。

「で、結局オレって何なの……?」

 千尋はもう疲れ切っていた。

 地球は丸い天体である、と教科書にはあるが、それが事実であると見て来て確認した人間は、数えるほどしかいないのである。

 人間だって、自分の脳や内臓を直に見た事など無いだろう。某無免許医のヒトは、何度か自分で自分の腹をかっ捌いていたが。

 自分の存在が曖昧であるという事実は、一瞬たりとも安息の時間を与えない。

 疑い出せばきりがなく、自分の見ている世界すら怪しくなってくる。

 〝牧菜千尋〟であるという自己認識はプログラムによる錯覚であり、自分は単なる機械である。

 とか、

 隅から隅までが機械に変えられているので、過去と現在の牧菜千尋の自我同一性(アイデンティティ)が怪しい。

 とか、

 誰かに知られたら、人間(マキナチヒロ)としては扱ってもらえなくなるのではないか、とか。

 考えるだけで、怖すぎて吐きそう。

 昔の偉い人は言いました。『我思う故に我あり』と。

 しかし、実社会はそんな単純ではねーのである。人権とか戸籍とかDNAとかなんか色々。人間的社会的に問題がてんこ盛りであった。


 自宅に向かう通りの前で稀沙羅のバスを降り、千尋はぎこちない足取りで歩きだす。

 帰ったら何が何でも、謎の声から全てを聞き出すつもりだ。

 話の流れによっては、家を出るつもりだった。

 今回狙われたのは千尋だ。狙われ続けるのなら、家族も友達も稀沙羅のように巻き込みかねない。

 何度もこんな事件があってたまるか、と思いたくても、二度ある事は三度ある。

 また面倒が向こうからくる前に、逃げる。もう逃げる。とことん逃げる。

 どうせ生きているかも怪しい身体なんだから、死ぬまで逃げる。誰かを巻き込んで死なせたり殺したりするよりは100倍マシだ。千尋が殺さねばならないような事態も、二度と御免蒙(ごめんこうむ)る。

 なんにしても先ずは、例の声と話すのが先だ。

 コンテナ船以降、天の声は全然話しかけてこないが、どうせモニターしているのだろう。

 それから、どうするか。

 どうひねっても、明るい未来予想にはならなかった。

 せめて一晩くらいはゆっくり眠りたい。これが最後の安眠になったりして。

 ようやく辿り着いた我が家の前で、何故かその隣のお宅に目が行く。

 もしもホントに最後ならば―――――だけでも―――――と、その先を考える前に思考を閉じた。考えてはならない。絶対に、考えてはならない、気がする。

 頭を空っぽに。

 明りの漏れるお隣から真っ暗な我が家の方へ目を戻し、


 その背後に、黒塗りのSUVが走り込んできた。


「………………」

 もはや言葉もなく。

 千尋は荒みきった目をそちらに向ける。

 SUVからは、4人の男女が降りてきた。

 男二人は格好こそ普通だが、身体つきが普通ではない。纏う気配は、ついさっきやりあった危ない金髪のサイボーグに近かった。

 女の方は、1人は妙齢の理知的なメガネの女性。美人なのだが、何故か微妙な笑みを千尋に向けている。

 もう1人は、どこかで見た覚えがあった。

 腰まで届きそうなストレートな赤毛に、表情を隠すサングラス。だが、美麗な顔立ちは隠しきれていない。

 3日前の朝に、通学途中で見た女性だ。

(…………あの時からロックオン済みだったか)

 驚く元気は、もう無かった。

(オレの体ってのは相当価値があるらしい。まぁ……そりゃそうか)

 やっぱり、今後もこんな事は続くのだ。千尋や周囲の都合などお構いなし。

 認めざるを得ないのだ。本当は、ひと月も前に気づいていた事を。


 自分の命と、生きている世界を守る為に。

 不正や理不尽が自分を脅かすならば、死ぬまで戦い抜く以外、千尋に選択肢など無いのである、と。


「いいですよ、それじゃぁ………、次は誰からブッ殺して欲しい?」

 千尋の双眸が赤く変わった。躯体(ボディー)のシステムが臨戦体制に移行する。

 生きるか死ぬか。負ければ自分ひとりが死ぬだけ。これほど気楽な事もない。

 つい一時間前まで、千尋はガチの殺し合いをしていたのだ。気合を取り戻すのには0.1秒もかからなかった。

「あ……、ヤバイ」

 妙齢の女性の頬が引き()る。

 彼女は誰よりも知っている。戦闘体制に入った千尋が、どれほど危険な存在になるかを。

 そして、自分の横にいる女はそれ以上にヤバイ。もしも二人がぶつかろうものなら―――――――――。

「待ってください、牧菜千尋さん!!」

 だが、その考えは取り越し苦労だった。

「酷い目に遭って警戒するも仕方ありませんけど、私はあなたに謝りに来たんです。危害を加える気はありませんから」

「…………?」

 赤毛の女性は見た目の冷たさとは違い、人間味を感じさせる声をしていた。それに声を聞いてみると、第一印象よりも若く感じる。千尋とそれほど歳も変わらないのかもしれない。

「全て説明します。牧菜さんが知りたいでしょう事全部」

 千尋の目から、赤い輝きは消えていた。

 それにどうした事か、この相手に対しては、警戒する気が全く起きない。ここ2カ月で、それなりに猜疑心も強くなっていた筈なのに。

 彼女の言う『知りたい事』も、千尋の中で微妙に方向がおかしくなっていた。

 今一番知りたいのは、自分の身体の事より赤毛の女性の事だったりする。

「…………あんたは?」

「………レイン・ダーククラウド。レインで結構です」

 とりあえず、名前は分かった。



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