092 奇跡の軌跡
「――くだらない戯言を!
行方不明になっているアリオン・リヴァーシュランは、今、生きていたとしても、八つの子供。
お前とは歳がかけ離れすぎているだろうっ」
大声で怒鳴るおじさんに対し、兄はサラリと言い返す。
「異世界と時間の流れが異なるということは、王宮筆頭魔導士のグレアム師も認めている事実。
こちらの世界では三年、あちらの世界では十二年経っていた……というだけの話です」
兄は少しちいさな声で、独り言のように言い添える。
「私にとっては幸運でした。
八歳の子供ではなく、十七歳の成人として、この場に立ち会うことができたのだから」
「――だ、だが貴様は、髪の色も、目の色も、アリオンとは違うっ。
賎しい平民が、異世界から来たと嘘をついて、行方不明の王位継承者候補に成り代わり、王家を、国を、乗っ取ろうとしているんだろう?
その謀、看破ったぞ!」
まんまるおじさんは得意気に笑いながら、大きく両手を開く。
「貴様には残念なことに、この国には儂がいる!
高貴な王族の血と、勇気と、聡明さを併せ持つ、類稀な指導者の才を持つ儂が救世主となって、いずれ来る激動の時代を生き抜いてゆくのだ。
世界から魔法が失われ、七聖王国が滅びても、ルスキニアは滅びぬ。
儂が賢王となり、愚民を正し導けば、容易く成し遂げられる。
その映えある偉業の前に、貴様の稚拙な嘘など完膚なきまでに……」
聞かされているほうが恥ずかしくなる台詞の数々に、呆れを通り越して感心してしまう。
「あんなに偉そうに喋っているのに、喜劇にしか見えないのはなんでだろう?
……まんまるおじさんはお笑いの神様の加護持ちなのかなぁ」
壇上に居る人たちの腹筋が心配になる。
あれを間近で観て、笑ってはいけないって、割と拷問だよね。
視界の端っこでセイルさんが床に手をついて震えているのが見えたけど、わたしは壇上の兄の動きを目で追った。
兄は大きなため息をつきながら、前髪をかきあげる。
「別に認めてもらわなくても構わない……と、言いたいところですが、これ以上貴方の妄想話を聞かされるのもうんざりするので、全部終わらせましょう」
「な、何をするつもりだ?」
「妹に私だと解ってもらえなくなるかもしれないと思い、元の姿に戻ることをためらっていましたが、その恐れは先程消えたので。
―――解放」
兄が呪文を唱えた瞬間、温かいふわっとした風が渦を巻いて吹き上がり、数多の精霊さんたちが光り輝きながら姿を現した。
[ ……かくれんぼは、もうおしまい? ]
[ …へんそうも、しゅーりょー? ]
[ るくれつぃあさまから、まもってねって、おねがいされたんだよ ]
[ ないていた、ちいさなこ ]
[ いのちをねらわれていた ]
[ たくさんのひとが、きみをまもった ]
[ たくさんのひとが、いのちをかけてたたかった ]
[ いのちがけの、ねがい ]
[[[[[ どうかこのこがいきのびますように ]]]]]
[ るくれつぃあさまが、じんきのゆびわをたくして ]
[ じぶんのいのちも、まりょくにかえて ]
[ いせかいの、しんけんをめじるしにして、りりあーなさまのところへにがした ]
[ きみのいのちをまもるために ]
[ りりあーなさまは、きみのきおくといろを、しんけんにふういんした ]
[ きみのこころをまもるために ]
[ きみがおとなになるまで ]
[ こころから、のぞむまで ]
[ ……ほんとうに、もう、いいの? ]
[ …もう、なかない? ]
兄が精霊さんたちの問いかけに頷くと、精霊さんたちの輝きが一層強くなった。
[[[[[[[ ――ふういんがとかれるときがきた ]]]]]]]
[[[ もどって、まわれ ]]]
[[[ くるくる、くるくる ]]]
[[[ きせきのきせきを ]]]
[[[ さかさにまわって ]]]
[[[ ほどけて、きえる ]]]
精霊さんたちの歌声と輝きは、少しづつちいさくなって……消えた。
兄が手に持っていたフライパンは、日本刀のような形に変わっている。
蜂蜜色の金髪と、パライバトルマリンのように鮮やかなネオンブルーの瞳。
王子様のような色合いに変わった兄を、まんまるおじさんが震えながら指を突きつける。
「――アリオン・リヴァーシュラン…?」
「ええ、ソレは私の名前ですが、何か?」
しれっと問い返した兄の顔を、おじさんはじぃっと見つめた後で叫んだ。
「何故、今更、戻ってきた!
この儂が、正しい王が、復権するのを目前にした、この時に!」
「…。」
壇上の皆様が、固まっていた。
珍妙な生き物を目前に、困惑しているような雰囲気が漂っている。
そんな中、女王陛下が凛とした声で命じた。
「この愚か者に最後の引導を渡すのは、王である私が引受よう。
…その他の者たちは、今すぐ戦列に加われ!」
戦列?
王城が攻め込まれているのか?
会議場に残っていた高位貴族がざわめく中、フォイエルバッハ侯と彼の後ろに控えていたローブ姿の二人が、女王陛下の足元に跪く。
「前線の指揮はラインハルト、城内の防衛はディートハルトに任せる。
アデリシアはアリオンと共に、正門へ向かってくれ。
エリオットが苦戦しているらしい」
「「「御意」」」
彼らが全く動揺せずに拝命した姿を見て、浮足立っていた貴族も落ち着きを取り戻し、次々と議会場の外へと出て行った。
(お兄ちゃんの……アリオンの、お父さんとお母さんもこの場に居たんだ。
可愛い八つの子供との再会のはずが、あんなにでっかく…しかも変態になってて、ガッカリしたかなぁ。
うーん、なんか申し訳ない…)
……気がつくと、議会場に残っているのは、女王陛下とまんまるおじさん、そしてエリオットのお父さんだけ。
まんまるおじさんは人が少なくなった議会場を見渡して、不満げに鼻を鳴らした。
彼が口を開こうとした瞬間、女王陛下が王笏を振るう。
「一時的に、そなたの言動を封じた。
これ以上、無駄話につきあうつもりはないのでな」
床に倒れたまんまるおじさんの顔を、女王陛下は立ったまま見下ろした。
「そなたは信じたくないだろうが、伯父上は王笏に選ばれなかったことを喜んでいた」
「…。」
「嘘をつくなと言いたげな目だな。
だが、本当に嘘ではない。
伯父上は……とても優しい方だったから、王の重圧には耐えられないと、子供の頃から公言していたそうだ」
「…。」
「王笏に選ばれなかった者の爵位が一代限りであることの理由を、そなたは調べたか?」
「…?」
「やはり、調べていないのか。
…原因は不明だが、王笏に選ばれなかった元王族の子供は、短命なのだ。
だいたい皆十歳未満で亡くなる」
「…!」
「そなたは、唯一の例外。
何故だか解るか?」
「…?」
「伯父上が私財を惜しげもなく投じて、延命を願ったのだ。
――七聖王国の魔導士に」
「…。」
「そなたが全身に着けている、魔法石の宝飾品。
それが幼くして死ぬはずだったそなたの命を救った」
「…。」
「優しい伯父上はきっと想像もしていなかっただろう。
自分の息子が父の死を隱蔽し続けて、高位貴族として振る舞おうとするとは」
「…!」
「自分の息子が王位を狙い、幼い王位継承者候補の殺害を目論むとは」
「…!」
「子供のうちに亡くなるのだからと、貴族としての教育が免除されていたことの弊害もあるのだろうが……そなたは愚かすぎたな。
主謀者ではないにしろ、いいように操られ、利用され、国内に混乱をもたらした」
「…!」
「そなたの分不相応な野望のために、たくさんの民が死んだ。
その罪、己の命で償ってもらうぞ」
「…。」
「父が全財産を費やして奇跡的に救われた命を、自らの愚行でなくすとは……親不孝にも程がある」
「…!」
女王陛下に飛びかかろうとしたまんまるおじさんを、エリオットのお父さんが杖で殴り飛ばした。
「アーサー・リヴァーシュラン伯爵」
「はっ」
「約束通り、こやつの尋問はそなたの一族に一任する。
方法は問わない。
関与した者たちの情報を可能な限り聞き出すように。
…そなたの母、ルクレツィアの命を奪った黒幕も、必ず捕らえるぞ」
「御意」
アーサーおじさんが拝命すると、会議場の外から黒装束の人たちがわらわらわいて来た。
(あの人たち全員が一族だとすると、他国に逃げ出していなくなったっていうのが表向きの理由で、裏で暗躍していたってのが正解かな。
エリオット、腹芸できなそうだし、七聖王国出身の二人が身近にいるから、秘密にしてたんだろうな、きっと)
「ほら、さっさと立て!」
黒装束の人が床に転がったまんまるおじさんを立たせようとしたら、そのまま階段を転げ落ちていった。
「まるいからよく転がりますね」と、セイルさんに言ったら、彼もまた笑い転げた。
明日はお腹が筋肉痛ですね。
間違いない(キリッ)
セイルさんの腹筋にトドメを指しているのは
優奈さんのつぶやきであることを
本人はわかっていません。
■2024.02.26 誤字と重複表現の修正
■2024.03.12 重複表現の修正