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090  貴族弾劾裁判

長い間更新を待っていて下さった皆様に心からお詫びと感謝を。


【今までの簡単なあらすじ】


異世界から小動物っぽい親戚エリオットがやってきた。

血族しか使えない神器は調理器具になっているし、火竜殺しの英雄のおばあちゃんは亡くなってるし…で、代わりに兄が異世界へ。

異世界からSOS? 

……ラスボス戦にヒーラー不在とか無理ゲーでしょ。

兄が拒否反応を示さないヒーラー選びのために、渋々異世界転移。

エリオットとその師匠グレアム兄弟子レイフォン次姉の姻族(ヴァルフラム)と隠密行動。

兄に見つからないようにしながら、ヒーラー選抜試験内容を提案。

試験の合間、精霊さんたちを視認・会話が可能になったよ。

おばあちゃんと一緒に火竜と戦ってくれた魔獣もふもふが仲間になったよ。

黒龍の加護=動物と意思疎通ができる…を使って、鳥さんたちの謎行動を追う。

よくわかんない悪い人たちに囚われていたちいさな風竜を助け出したよ。

裁判ってクライマックス?

兄の挙動が面白そうだからこっそり見たい ← 今ココ



――ヴァルフラムさんの予想通り、貴族弾劾裁判は既に開始されていた。


裁判の場となっていたのは、議会場。

もともと今日は議会の開催日で、裁判に必要な人物が全て登城しており、女王陛下の命令で急遽(きゅうきょ) 弾劾裁判の開催が決定。

議会に参加する予定で登城した貴族には、そのまま裁判への参加が命じられた。


午前の部では国内で行われていた悪行を女王陛下が自ら列挙し、有罪判決が下った人を次々と投獄し続けて、王城の牢屋を埋め尽くす勢いだったらしい。

小休止後に開催される午後の部では、高位貴族が裁かれるのではないかと噂されていた。


逃亡防止のために会場の扉は閉め切られ、大勢の兵士が見張りに立っている。


着飾った貴族同士の小声の会話は大きなざわめきとなって、会場に異様な空気を生み出していた。

お祭り前の子供のように浮かれている人や、顔色を悪くして頭を抱えている人もいる。

彼らは逃げ場のない嵐に巻き込まれることを予測しながら、それを楽しみにしていたり、少しでも良い立ち場所を探して右往左往しているように見えた。


ヴァルフラムさんに案内された王族専用の隠し部屋(会場の中からはこちらが見えないけど、こちらからは会場の様子が窺えるし、声も聞こえる)から、わたしはのんびりと会場の様子を眺めている。


ヴァルフラムさんは自分の副官であるセイルさんを隠し部屋に呼び出し、わたしがこの世界へ秘密裏に招かれた事情や黒の加護のことを簡単に説明すると、ちび竜ちゃんと一緒に証人控え室へと向かった。


突然わたしの世話を押し付けられたセイルさんは、重いため息を吐いた後、気持ちを切り替えるように頭を振った。


「…僕も君のことを ”姫さま” と呼ばせてもらっていいかな?」


「あ、はい、それは構いませんけど?」


「神々や精霊の怒りを買う前に、君の名を呼んでいるところをユートに聞かれたら、大変なことになりそうだからね」


「あぁ…はい……ご配慮ありがとうございます。

うちの兄ともども、ご迷惑をおかけしてすみません」


わたしはセイルさんの説明にしみじみと納得して、頭を下げた。


うん、確かに、ソレは大変マズイですよね。

認識阻害をかけて、髪と瞳の色と声を変え、香水をつけていても、妹と同じ名前で呼ばれている人物を兄が見逃すとは思えない。


「いや、謝らなければならないのはこちらの方だから……とか言い出すと、君の一族の次代…エリオット君への批判にも繋がるし、延々と謝りあいっこが続きそうだから、お互い止めようか」


苦笑しながら自分の前髪をかき上げたセイルさんを見て、わたしも笑った。


「はい。

お気遣いありがとうございます」


セイルさんの柔らかな物言いに、ホッと心が和んでゆく。


彼と言葉を交わしていると、エリオットとヴァルフラムさんを足して二で割ったような…親しみが沸くと同時に頼りがいのある年上の人…って感じがする。


仮面舞踏会の直前にお世話になったメイさんの恋人だということを思い出していた時、閉鎖されていた会場の扉が開かれた。

入室してきた人の姿を見ていると、会場のあちこちから驚きの声があがった。


「フォイエルバッハ侯も召喚されて来たのか…」


「ディートハルト・フォイエルバッハ侯爵は、お母上の罪に連座して臣に下ったとはいえ、女王陛下の弟君だぞ。

まさかそんな…血の繋がった実の弟を、このような場で裁くなど…」


「フォイエルバッハ侯の黒い噂は絶えたことがなかったが…」


「この裁判は王弟派が仕掛けたのか?

裁判の結果によっては、改革派の勢力がどれだけ削られるのか計り知れないな」


その人物は衆目を一切気にせず、前だけを見て歩いていた。

背がスラっと高く、細身ではあるが軟弱な印象はない。

黒にも見える紺色の長い髪を銀色の髪飾りで一つにまとめていて、端正な顔立ちを(いろど)る淡い紫色の瞳からは怜悧(れいり)さが透けて見える。


女王陛下の印象を『真夏の太陽』に例えるなら、彼は『真冬の三日月』のようだった。

外見の印象からすると、三十代後半から四十歳ぐらいだろうか。


人波を割るように歩く彼の後ろには、フード付きのローブで身体を覆い、目鼻を隠す仮面をつけた人物が二人付き従がっていた。

彼ら三人は周囲からの声掛けに一切応じないまま、最前列の席に腰を下ろす。


「あれが噂の粘着質…じゃなくて、おばあちゃんに振られた話を吟遊詩人さんたちに歌われてしまった人なんですか?」


わたしがセイルさんに尋ねると、彼は一瞬息を止めてから大声で笑いだした。


「…ちょ、待って、ヤバい、ツボった」


「――セイルさんもヴァルフラムさんと同じで笑い上戸なんですね」


部屋に用意されていた水差しからコップに水を注いで差し出すと、セイルさんは涙を拭いながら受け取った。


「いや、凄く真剣な顔をしてフォイエルバッハ侯を見つめているから、僕には見えない精霊や魔獣と秘密の話をしているのかなと思って、君たちの邪魔をしないように気配を消していたんだけど……まさかのゴシップネタを振られたから可笑しくて」


彼は一気に水を飲み干すと、微笑みながら答えてくれた。


「リリアーナ様に求婚して振られた話を広められたのはフォイエルバッハ侯だけじゃないけど、その内の一人であることは間違いないね」


「そう…ですか」


「何か気になることでも?」


「ええ、少し」


わたしはセイルさんの問いを苦笑いで(かわ)すと、残念な侯爵様に近づいてゆく人物に注目する。


数多の宝石が埋め込まれた貴金属で身を飾り、ふんぞり返りながら大きなお腹を突き出すようにして歩き、口元のちょび髭を指先で整えている姿は滑稽(こっけい)で、劇に出てくる道化師のように見えた。


「――フォイエルバッハ侯爵」


「…。」


「フォイエルバッハ侯爵、聞こえないのかね」


「…。」


「ヴェルヘルミュント公爵家の儂が声を掛けてやっているのに、無視をするとは無礼な!」


道化師のようなおじさんの怒鳴り声には聞き覚えがあった。

仮面舞踏会の日、レイフォンさんと盗み聞きした会話の主であることを確信する。


(確かあの時は「火竜の準備ができてない」ことに対して怒っていて、「討伐隊の出発」が早まるかもしれないって心配していた)


「――貴方の呼びかけの通り、私は侯爵です」


凍てつくような冷ややかな声が、会場から全ての音を消した。


「王家の血継神器(リヴェラート)『王笏』に選ばれなかった者の爵位は、一代限り。

ヴェルヘルミュント公爵のご子息であっても爵位を継げない……公がお亡くなりになれば平民になる貴方と、フォイエルバッハ侯爵家の当主である私。

――どちらが上なのか、おわかりになりませんか?」


「…。」


「下位の者は、上位の者から声を掛けられるまで発言してはならない。

幼子でも知っている社交界のマナーはもちろんご存じでしょう?

私に話し掛けないで下さい」


「ぐ…ぅ…」


残念な侯爵様に言い負かされた道化師のおじさんの顔が真っ赤になっている。


(怒りすぎて頭の血管ぷちっと切れそう…大丈夫かなぁ)


わたしがおじさんの血管を心配していると、静まりかえっていた会場が再びざわめき始めた。

視線を上げるとそこには、議長席へ女王陛下をエスコートしている兄の姿があった。


女王陛下は普通のドレスではなく、黒一色の法服を身にまとっていた。

兄も学生服のような…黒の詰襟を着ている。


わたしが二人の様子をじっと見ていると、セイルさんが遠慮がちに話しかけてきた。


「黒は何色にも染まらないことから、公平に裁きを下すという意思表示をこめて、裁判官の法服の色に採用されているけど、女王陛下まで黒を身にまとうのは極めて(まれ)なことだよ」


「ということは、あの黒衣は陛下の強い意思を示しているんですね。

公明正大なる君主として、罪ある者を決して見逃さず、裁きを下し、償わせる…と」


言動だけではなく視覚にも訴える装いを提案したのは誰なのか考えていると、道化師みたいなおじさんが独り言にしては大きな声で呟いた。


「これからまた裁判で罪を暴かれた貴族が、爵位も、名誉も、命も失ってゆくのだろうなぁ。

…そうやって偉ぶっていられるのも、今のうちだけだぞ……ふははははっ」


「うわぁ、小者くさい台詞。

残念侯爵に聞こえるようにわざと大きな声で言っているんだろうな、アレ。

全く相手にされてないけど」


わたしの口から思わずもれてしまった呟きに、セイルさんは口元を押さえて身体を震わせている。

笑いをこらえようとしているのは解るんだけど…全然意味ないような…。

精霊さんたちや魔獣(ちびちゃん)たちに怒られるのがそんなに怖いのかな?


ああ、でも確かに、自分には見えない、得体の知れない何かが傍に居るのは怖いかも…。

私自身がセイルさんと初対面だからか、この隠し部屋に入ってからは話し掛けられていないことに気が付いた。



カンカンカン。

木槌の音が三回鳴り響く。


兄のよく通る美声が、裁判の再開を告げた。


「――皆様、静粛に。

これから、午後の部の貴族弾劾裁判を開始いたします」



■2022.01.09 道化師みたいなおじさんの描写を追加

■2022.01.23 フォイエルバッハ侯の従者の服装描写を修正



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