088 ホウキの間違った活用法
ヴァルフラムさんの話を聞くと、わたしがこれからやろうとしていた事は、全て終わってしまっていることが解った。
昨日、兄はエリオットと王都を歩き回っていた時、この屋敷の前を通りかかって『何か』を察知していたらしい。
この屋敷の持ち主の名前と出入りしている人の調査を、ヴァルフラムさんの副官であるセイルさんに依頼していたのだという。
セイルさんは仮面舞踏会の開始には間に合わなかったものの、所有者と使用者の情報を掴んで戻った。
その情報を元に、兄とヴァルフラムさんたちは早朝から強制捜査に乗り出した。
兄は易々と人除けの結界を解除し、隠し部屋を次々と暴きながら、中に潜んでいた不審者を発見。
降伏勧告に従わない人を容赦なく叩きのめすと、鬼気迫る勢いのまま首謀者と目される人物をひっ捕らえて、さっさと王城へ戻って行ったらしい。
わたしは兄と遭遇しなかった幸運を心の底から喜びつつ、ヴァルフラムさんに質問を投げかける。
「ヴァルフラムさんはどうして兄と一緒に戻らず、ここに残ってるんですか?」
「その理由が、姫さんに頼みたいことなんだ……まぁ、中に入ってみてくれ」
「?」
わたしに頼みたいことが、帰らなかった理由って…どういうことなんだろう?
わたしは首を傾げつつ、ヴァルフラムさんの先導に従って幽霊屋敷の中へと足を踏み入れた。
屋敷の中は想像していたより荒れ果てていなかったけれど、歩くたびに舞い上がる埃が気になる。
汚れた床に近い位置にいるちびちゃんたちへの悪影響が気懸かりで、ヴァルフラムさんに窓を開けてもいいかと聞くと、即座に却下された。
「窓を開けられない理由も、姫さんに頼みたいことと関係あるんだ」
ごめんなと謝られてしまっては、こちらも承諾するしかない。
わたしはヴァルフラムさんにホウキを預け、ちびちゃんたちを両腕に抱えて歩く。
「姫さん、このホウキ……何のために持ち歩いてるんだ?」
「ああ、それはですね、別にホウキじゃなくても良かったんですけど、学校で習っている神道夢想流…」
わたしが説明しはじめた時、精霊さんたちが一斉に警告の声を上げた。
[ 姫さま! ]
[ 姫様、お気をつけください! ]
[ この先の部屋で、強力な術が発動しました! ]
[ これは……従魔の術? ]
[ 風竜の気配がします! 血の匂いも! ]
頭で考えるよりも先に、身体が動く。
両腕に抱えていたちびちゃんたちを床に下ろし、ヴァルフラムさんにホウキの分解を頼んだ。
「ヴァルフラムさん、それ、分解して、棒だけにして、わたしに返してくださいっ」
「…ちょっと待ってくれ」
わたしの勢いに押されるまま、彼は短剣で素早くホウキを分解してくれた。
乾燥した蔓で幾重にも留められていた穂先が解かれて、芯の棒だけとなり、わたしの手に戻る。
「ありがとうございます」
ヴァルフラムさんにお礼を言いながら、棒の長さや重さを確かめ、片手で振り回してみた。
自分の世界で杖術の稽古に使っていたものより少し短くて軽いけど、これなら代用品として使いこなせる。
「――行きます!」
彼に説明している時間はない。
宣言だけを残して、わたしは全速力で駆け出した。
精霊さんたちの先導に従って長い廊下を走る。
わたしのすぐ後ろに迫る足音は、多分、ヴァルフラムさんのものだろう。
わたしを呼び止めたり、問い質したりせず、黙って見守ってくれていることに感謝しつつ、意識はまだ見ぬ風竜に向けていた。
兄が首謀者をひっ捕らえて王城に戻ったのだと聞いていたから、風竜も無事に保護されているのだと思っていた。
窓を開けることが許されなかったのは、未だ風竜を見つけていなかったからに違いない。
わたしに頼みたいことがある、と言われて時点で察していれば……。
[ 姫様、そこの壁の向こうから、風竜の気配が! ]
精霊さんたちが指し示しているのは、廊下の突き当たりの土壁。
わたしは女王陛下から借りた眼鏡に左手を添え、走り続けながら望みを言葉にした。
「お願い、教えて! 力を貸して!
この壁を消し去るには、何をすればいい?」
一瞬、視界が大きく揺らぐ。
足を止めぬまま、視えた答えを叫ぶ。
「壁中央の天辺に火の精霊さんの力を!
火の左斜め下には、水!
火と水を結んだ右の対角は、土!」
[[[ はい! ]]]
わたしの要請に、精霊さんたちが即座に応えてくれた。
火と水と土の精霊さんの力が壁に注ぎ込まれると、はじめから壁に埋め込まれていた木と金の彫刻が瞬く間に崩れて粉々になった。
それと同時に土壁が四隅から少しづつ消えてゆく。
…でも、遅い。
この速度じゃ、わたしがたどり着いても、まだ壁は消えないままだ。
のんびり消えるのを待っている時間なんて、ない。
一瞬で心を決めると、わたしは走る速度を上げた。
目の前に見える壁は、幻。
本当は、そんなもの、ない。
このまま、まっすぐ、押し通る!
「風の精霊さん、幻術の残滓をぜんぶ吹き飛ばして!」
突風が唸り声のような音を立てて壁に激突した。
落雷の轟音に似た震動が、建物全体へ広がってゆく。
目を開けたまま速度を緩めず走り抜けると、幻の壁の向こうには学校の教室ぐらいの広間があった。
「―――っ、見つけた!」
広間の床には複雑な紋様の魔方陣が浮かび上がっている。
その魔方陣の中央には、空色の鱗のちいさな竜が囚われていた。
ほのかに光る球体の檻の中に浮かぶ幼い竜の頭上へ、自分の腕に傷をつけて血を注いでいた男の人がこちらを振り返って叫ぶ。
「な、なんだ貴様!
魔術士見習いが、何故ここに……うぐぅ!」
わたしは彼の言葉を最後まで聞かず、問答無用で鳩尾に棒を叩き込んだ。
わたしがちび竜ちゃんの解呪と浄化にかかりきりになっている間、ヴァルフラムさんと部下の皆さんは不審者の残党その一をひっ捕らえて尋問していた。
残党の言によれば、この屋敷にはもう誰も残っていないし、他に隠しているものもない…とのこと。
念のため、隊員の半分を屋敷に残し、引き続き監視させるという結論に達したらしい。
任務を果たして王城へ帰還する彼らと共に、わたしも強制連行されていた。
現在馬車の中で、ヴァルフラムさんから延々とお説教されています。
他に同乗者がいないので、とりなしてくれる人もおらず…。
「――ユートが四六時中姫さんのことを心配している理由が、嫌っていうほどよくわかったよ」
大きなため息と共に、ヴァルフラムさんがしみじみとした口調で言った。
反論するとお説教が更に延長されそうなので、黙って頭を垂れる。
「…。」
「姫さんが自分から危険に飛び込んで行ってしまうんだから、側で見守っていないと…ってユートが思うのは、仕方のないことだよな。
それだけ姫さんがユートに心配をかけるような出来事があったんだろう?」
「…。」
「捕らえられていた幼竜を急いで救出しなければならない…と、焦っていたという姫さんの事情はよくわかった。
だけど、容認はできない」
「…。」
「今回は相手が一人だったから良かったものの、魔導士を複数人相手にして勝てるという勝算があったのか?」
「…。」
「誰に対しても優しいのは姫さんのいいところだと思う。
けど、自分自身を守ることに対する意識が欠けてる…足りなすぎると思うぞ。
姫さんが大怪我をした場合、姫さん自身は気にしなくても、周りの奴等はそうじゃない。
少なくとも、俺とユートとエリオットは、姫さんを守りきれなかった自分を責めて、そんな自分を許すことはできない」
「……心配をかけて、ごめんなさい」
しょんぼりしながら顔をあげて謝ると、視界が少し歪んでいる。
目元をこすると、涙が指先を濡らしていた。
ふと気が付けば、対面の座席に座っていたヴァルフラムさんが何故か遠ざかっている。
わたしと目線をあわそうとしない挙動不審な様子に首を傾げていると、ちびちゃんたちが不機嫌そうな声音で喋りだした。
「こやつの様子をちぃ姫が気にかける必要はないぞ」
「うむ。
男が女子を守るのは、当然のこと。
それをさせてもらえなかったと長々と愚痴る者など、姫にふさわしくないからの。
捨て置くが良い」
「――喋る動物……魔獣か?」
ヴァルフラムさんが立ち上がり剣に手をかけて警戒する様子を、ちびちゃんたちは鼻で笑い飛ばす。
「我らの擬態に気がつけぬ己の未熟さを棚に上げて、ちぃ姫を責めて立てておったのか」
「あの銀髪の男は、直ぐに気がついておったのにのぅ」
「未だに我らがリリィと共に火竜と戦った魔獣だと察しがつかぬのか」
「実力も不足し、勘働きもできぬとあっては……ちいさき姫のお目付け役が務まらぬのも道理」
「そもそも、火竜と戦って生き残った我らと、中級精霊がちぃ姫の守りに付いておるのじゃ。
そう易々と我らの守りを突破できる者などおらぬわ」
ちびちゃんたちにやりこめられて項垂れているヴァルフラムさんを、どうやって励ませばいいのか考えていると、ずっと気を失っていた風竜の仔がちいさな鳴き声を上げた。
「きゅぅ…? (ここは…?)」
『魔法少女はじめました』の再掲載を開始しました。
(http://ncode.syosetu.com/n9910dq/)
シリーズリンクからも飛べます。
優奈の幼馴染の葵が主人公となるお話。
こちらは現実世界が舞台で、異世界の説明回を設けることもできそうもなかったので、
その解決策として「うち兄」を短編で書き上げる、というのが当初の計画でした。
長編化した挙句、ここまでたどり着くのに相当時間かかってしまいました。すまぬ。
「魔法少女はらぶこめ!」と唱えつつ、またシリアス病にかからないよう頑張ります。押忍。
■2021年3月11日 優奈の台詞、行動、描写、ルビ等を加筆