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087  王都探索



わたしはこの間エリオットから見せてもらった本の挿絵を思い出しながら訊いた。


「風竜って……どんな竜なの?」


ちびちゃんたちよりも早く、精霊さんたちが我先にと喋りはじめる。


[ 四大魔素のうち、風を司る竜のことを、風竜と呼びます ]


[ 彼らは総じて気まぐれで、自由気ままに世界を飛び回っているんですよ ]


[ 好んだ土地に居つくことが多い、火や土とは対極の存在ですね ]


[ 季節ごとに ”渡り” をする鳥の群れは、風竜と共に飛ぶ時に大きな恩恵を受けるそうです ]


[ 風竜と一緒にいると、風に恵まれて、遠くまで飛べるのだとか ]


「風そのもののような性質で、空を飛ぶ生き物たちには一番身近な竜なんだね」


わたしがふむふむと頷いたところに、ちびちゃんたちの辛辣しんらつな評が下された。


「風竜はオツムが弱い奴が多い」


「頭だけでなく、強さもたいしたことないな。

ニンゲンが風竜の討伐難易度を上げているのは、奴らが一箇所に留まらないが故に、遭遇するのが難しいからじゃろう」


みんなの話を総合すると、風竜は『ちょっと思慮の足りない、自由を愛する永遠の旅人』って感じ?

あ、ヒトじゃないから、「旅竜」か…。


「独り立ちしている竜ならほっといても良い気がするけど、夢で聞いた声の感じだとちいさな子供みたいだったの。

どんな事情があって、助けを求めているのか解らないけど、泣いて助けを求めていた子供をほうっておけないよ。

できれば、みんなにも協力して欲しいな」


わたし一人の力では、自分の身を守ることさえ危うい。

そのことを改めて思い返しながら、暴走する危険のある守護者たちに重ねて()う。


「ちび竜ちゃんが何処に捕まっているのか……監禁場所を確認して、助けてくれそうな人に通報する。

それだけなら、危なくないでしょう?」


兄やおばあちゃんみたいに優れた力を発揮して、周囲の人たちに認められたい訳じゃない。

誰彼構わず助けを求めて泣いていたあの子を、救出する手助けができればそれだけでいい。


[ 姫さまがそこまで幼竜を気に掛けるのであれば……協力致します ]


[ 本当はお止めしたいところですが、仕方ないですね ]


続いて、金銀毛玉も同意の声をあげた。


「ちぃ姫が望むのであれば、我も力を貸そう」


「放っておけない性分だからこそ、数多あまたの加護を授かっておるのだろうしの。致し方あるまいて」


わたしを守るということだけを最優先にするならば、退けなければならない願いだった筈なのに、怒られもせず、反対もされなかったことを、申し訳なく思いながら頭を下げた。


「我儘を言って、ごめんなさい」


「詫びも遠慮も無用。

我らは小さき姫がやりたいということを、手助けしたいだけじゃ」


「ちぃ姫の願いを叶えてやりたいというのは、我らの望み。

じゃから、そのような顔をせず、笑っておくれ」


[ 姫さまが笑ってくださると、僕らも嬉しくなるんですよ ]


全肯定されて甘やかされて励まされて。

気恥ずかしくて嬉しくてありがたくて。


頬が熱を帯びてゆくのを自覚しつつ、わたしは笑った。


「―――みんな、ありがとう」




わたしたちは湖から王都の中心へ聞き込みをしながら戻る。

ちびちゃんたちは普通(?)の動物に見えるよう、< 擬態 > の術を自分たちにかけてくれた。

ちび竜ちゃんの願いに従って鳥さんたちには緘口令かんこうれいが敷かれているみたいだから、鳥以外の動物に尋ねて歩いた。


「にゃぁ?(最近鳥が集まっている場所…ですか?)」


「うん、そう。

ちいさな風竜がどこかに閉じ込められているみたいなの。

なんとか助けてあげたいんだけど、場所がわからなくて」


「みぃみぃ… (今の王都には鳥たちが集まりすぎています。それだけで場所の特定をするのは難しいですね)」


「ぶにゃあ!(本当に幼竜がニンゲンに捕まっているのだとしたら、犯人は頭がどうかしてますな。狂気の沙汰だ!)」


「にゃんっ (姫さまが自らそのような輩の下に近づくのは、賛成できません。危険ですっ)」


「みぃー (わたくしもそう思いますわ)」


猫がたくさん集まっている袋小路にお邪魔して話を聞いているうちに、リーダー格らしいにゃんこがわたしの足元に擦り寄ってくる。

ちびちゃんたちが唸り声を上げて威嚇すると、彼らは素早く木の上に避難した。


「にゃぁん… (姫様を守って下さっているあなた方を前にして、若い者たちが失礼を申しました)」


どこらへんに目や鼻があるのかわからないほど、まんまるな長老ネコさんの見解によると、ちび竜ちゃんの捜索に協力してくれるのは、人に飼われていない動物の方が多いだろう、とのこと。

王都には野良わんこがほとんどいないし、飼い主がいる子は主人が隠そうとしていることは、たとえ相手がわたしでも話したがらないだろう…と。


忠誠心溢れるわんこたちに無理強いはしたくない。

できるだけ、犬族には声をかけないようにしよう。


わたしは長老ねこさんに王都に住んでいるにゃんこたちが見聞きした噂を収拾してもらい、その中からちび竜ちゃんに関係しそうな情報が見つかった場合、連絡をしてもらえるように頼んだ。




薄暗い路地裏から表通りに戻ると、日差しが眩しくて思わず眼を細めた。

自分の手のひらで目元にちいさな日陰を作り、改めて通りを見渡すと、宝くじ屋さんっぽいお店があることに気がつく。

カランカランという軽快な鐘の音が鳴り響き、五~六歳ぐらいに見える男の子と女の子が飛び上がって喜んでいる。


「五等の景品は……職人街の長老ホワンさんが作った特製のほうきだよ!

見かけは大きいが、軽くて丈夫な素材で作られているから、坊ちゃんや嬢ちゃんでも楽々使えるだろう」


恰幅のいいおじさんが笑顔で箒を差し出すと、男の子と女の子は揃って不満げな表情を浮かべた。


「えー、ホウキー?」


「そんなのやだー!」


「おじさん、もっといいものと取り替えてよ」


「ホウキなんていらないもん」


二人の訴えを聞くと、おじさんは箒を景品が並ぶ棚へ戻し、厳しい声音で答えた。


「他の景品との交換はできないよ、それはルール違反だからね。

景品の受取拒否をするなら、くじ引きのチケットをもどすことはできるけど、君達がチケットをもらってもういちどくじを引いても、他の景品が当たる確率は低い。

……他のお客さんの迷惑になっているから、どちらにするかさっさと決めておくれ」


「「…。」」


ふたりは自分達の後ろに列をつくって並んでいる人々の姿をちらりと見て、その行列の長さと人々の視線に脅えたように身体を震わせた。


「…どうする?」


「…どうしようか?」


「ホウキなんか、プレゼントにならないよ」


「でも、おじさんの言うとおり、チケットに戻してもらっても、なんにも当たらなかったら、プレゼントなくなっちゃうよ?」


「おにいちゃんのお誕生日プレゼント、何もなくなっちゃったら……どうしよう」


涙目になっている二人を放っておけなくて、わたしは歩み寄りながら大きな声で話しかけた。


「―――君達が当てた景品のホウキが欲しいんだけど、お金と交換してもらえないかな?」


わたしの提案に驚いて固まった二人よりも、おじさんの反応の方がずっと早かった。

満面の笑顔でわたしにホウキを押し付けると「価格交渉は他所でやってくれ」と言い、行列を作っていた他のお客さんたちに頭を下げて丁寧にお詫びをしている。


邪魔にならないようお店の脇に身を寄せて、ホウキの価格を相談しながら二人の事情を聞き出す。

二人は双子で、来週のお兄さんの誕生日のためにプレゼントが欲しかったらしい。

ホウキの代金を手渡した後、プレゼントを買うお店まで二人を送っていくことにした。


「二人はお兄さんのことが大好きなんだね」


「「うん!」」


輝くような笑顔で、即答。


うわぁ、眩しい。

わたしもこのくらいの年の頃は、お兄ちゃんっ子だった…かな?


「おにーさんにも、きょーだい、いるの?」


「うん、兄がひとりいるよ」


「おにーさんも、おにーさんのこと、すき?」


「うーん……微妙」


「「びみょー?」」


「嫌いではないけど、好きかと問われると、頷きたくない……みたいな?」


「「?」」


双子に詳しく追求されたくないので、話を逸らすために前方に見えてきたお店を指差した。


「あの赤い屋根のお店が、二人の言ってた雑貨屋さん?」


「あ、うん、そうだよ」


「このあたりで一番品揃えがいいって、お母さんがいってたの」


仲良く手を繋いで駆け出した双子の背を追って、わたしも雑貨屋さんに入る。

ドアベルの賑やかな音と同時に、二人の名を呼ぶ少年の声が響いた。


「ティム! ミリィ! 二人とも、今までどこに行ってたんだ!

母さんに黙って二人だけで出かけるなんて、何かあったらどうするつもりだ?」


「「おにいちゃん……ごめんなさい」」


しゅーんと項垂れる二人の頭に拳骨を落そうとする少年を、わたしはあわてて止めた。


「ちょっと待って!」


「なんだよ、あんた。

ウチの弟と妹の躾に口を出さないでくれ」


「うん、それはよくわかるんだけど、ここお店の中だよ?

他のお客さんもいるお店の中で大声を出して叱って、更にこの子たちに拳骨を落として大泣きさせたら、お店とお客さんの迷惑になると思わない?」


「…。」


弟妹を心配しすぎて怒っていた少年をお店の外へと連れ出して、二人が何の為に外に出ていたのかを話して聞かせる。

わたしが双子と取引してホウキとお金を交換したことも、きちんと説明した。

(双子が出所のわからないお金を使って贈り物を購入した…と、後で怒られるのは可哀想だからね)


冷静になって状況を把握した彼は、わたしに向かって勢いよく頭を下げた。

双子と同じ亜麻色の髪が、わたしの鼻先をかすめる。


「ウチの弟と妹が迷惑かけたみたいで、ごめん!」


「…いや、迷惑なんてかけられてないから、大丈夫。

ティムとミリィのこと、あんまり怒らないであげて。

大好きなお兄ちゃんのためにって、二人とも一生懸命だったんだよ」


「…。」


少年は謎のうなり声を上げながら、しぶしぶ頷く。


「――俺の名前は、ライル。

あんたの名前は?」


「え?

ええと……エディ」


エリオットの顔を思い浮かべながら適当な仮名を答えると、胡乱な眼で見られた。


「まぁ、女なのに男の格好して変装してる時点で、あんたにもなんか事情があるってことは解るけど、口調とかいろいろ気をつけないとバレるぞ」


「あれ、なんで解ったの?」


「――なんでって、さっき俺に抱きついてきたじゃん」


「確かに、ライルの腕にしがみついて止めたけど…?」


それでどうして男装してるってバレたんだろう?

詳しい解説を求めてライルをじぃっと見つめてみたけれど、彼は顔を背けて咳払いをした。


「とにかく、訳アリで変装してんなら、何か俺に手伝えることはあるか?

ウチの弟と妹が世話になったみたいだし、借りは返しておきたい」


「……じゃあ、最近、鳥に囲まれるようになった場所とか家とか人物とか知らない?

噂でもなんでもいいんだけど」


「鳥?

……鳥が特に多くなった場所っていうと、あそこかな」


「あそこって、どこ?」


「貴族街の空き家だったとこ。

十年以上人が住んでなくて、庭木も手入れされていないから、幽霊屋敷って呼ばれてる。

二ヶ月ぐらい前から門の前に見張りが立つようになったけど、相変わらず人が住んでいる様子はない。

でも、深夜に屋敷の中から灯りが見えたって噂があるんだ。

最近、何故か屋敷の周りに野鳥が群がってるって、ギルドのおっちゃんたちが話してた」




わたしはライルから幽霊屋敷の場所を教えてもらい、貴族街を目指した。


移動途中にちょこちょこ屋台で買い食いして小腹を満たしつつ、道すがら出会った動物たちが教えてくれる近道や路地裏を通って移動すると、あっという間に噂の幽霊屋敷まで辿り着いた。


幽霊屋敷の斜めに建っているお屋敷のさくの隙間から小型犬の姿が見えたので、ちいさく口笛を吹いて呼び寄せる。


「くぅん…? わんわんわん! (幽霊屋敷について僕が知っていること、ですか? そういえばお隣のフランさんが、真夜中に立派な馬車が屋敷の中へ入ってゆくのを見たって言ってましたよ!)」


金属製の柵の中から首だけだして、トイプードルみたいなわんこが情報提供してくれた。


「フランさんって?」


「わんわん! (フランさんは、お隣の屋根裏に住んでいるイタチです! 昼より夜のほうが元気になるらしいです!)」


イタチは見たことないけど、フェレットの親戚…みたいなものだっけ?

毛皮もふもふで胴が長いネズミっぽい感じの。


トイプー君にお礼を言い、隣のお屋敷の塀の隙間からフランさんというイタチの姿を探したけれど、見つからなかった。

夜行性なら、昼間は寝ているのかもしれない。


新たな目撃情報の入手は諦めて、幽霊屋敷を取り囲んでいる鬱蒼とした木々を見上げた。

生茂る葉の隙間のあちこちに、鳥さんたちの羽が透けて見える。


「ここが当たり…で、いいと思う?」


ホウキを地面の上に置き、両腕でちびちゃんたちを抱き上げて小声で確認すると、彼らはわたしの頬に擦り寄りながら答えた。


「まだわからんが、調べてみる価値はありそうじゃな」


「本当に幼竜が捕らえられているのであれば、普通に屋敷の中に踏み入っても、見つかるまいて。

ヒトが狂っておらぬ竜に手を出すことは、法で禁じられておるからの。

恐らく、隠し部屋のようなものがあるはずじゃ」


「隠し部屋かぁ…」


こちらの世界には魔法があるし、何かの術で隠蔽されていたら、見つけるのはすごく難しそうだな。

風竜の子供がこの屋敷に捕らえられてるかもしれないって話を皆に伝えても、証拠は何も無いし、証言も動物達の話ばかりだから、家宅捜索礼状みたいなのを取るのも大変そうだし…。


隠蔽されている部屋や通路を見つける…見破る方法……ん?


「罠を見破ることができるこの眼鏡があれば、術がかけられている場所が解ったり、中に入れるかもしれないね」


わたしが女王陛下から借りた眼鏡のつるを両手で押さえながらそう言った瞬間、ちびちゃんたちはわたしの両肩に飛び乗って大きな唸り声を上げた。


「?」


屋敷への潜入捜査を仄めかした私を叱ったり、怒ったりするならまだわかるけど……急にどうしたんだろう?

言語での意思疎通ができない動物のように振舞いだした彼らの様子に、わたしは首を傾げる。

その理由を尋ねようとした時、背後から大きな足音が近づいてくることに気がついた。


後ろを振り返ると、足音の主が笑顔で駆け寄ってくるのが見えた。


「――ヴァルフラムさん、どうしてここに?」




■2021.02.28 接続詞一部修正、ルビ追加

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