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086  助けを呼ぶ声



レイフォンさんが借りてくれた別荘から王都まで、馬車で移動しても結構な時間がかかる。

気合を入れて歩いて向かおうとしていたわたしを、ちびちゃんたちが止めた。


「――ぅわぁ、すごい…本当におっきくなれるんだね」


ちいさな毛玉から小型馬(ポニー)ぐらいの大きさに変化(へんげ)した二匹は、どちらがわたしを背に乗せるかで揉めていたけど、わたしが抱きつきたくてうずうずしているのに気がつくと、膝を折って地に伏せてくれた。

それぞれ触り心地の違う極上の毛並を全身で堪能していると、精霊さんたちがわたしの顔の近くに集まった。


[ 姫さま、楽しそう ]


[ 姫さまの笑顔、大好きっ ]


[ 姫さまが楽しそうだと、僕たちも嬉しい……だけど…ちょっとだけ、淋しいです ]


[ 姫さま、姫さま、わたくしたちもお側におります ]


[ 僕たちも、姫さまと遊びたいです ]


精霊さんたちが恥らいながらおねだりする姿がとても可愛い。

移動しながら複数人で楽しめる遊びっていうと……しりとり?


ちびちゃんの背中に抱きついて山の急斜面を駆け降りつつ、全員で互いの世界の食べ物の名前をあげてゆく。

色や形や香り、味や食感などの説明を交えながら進む。

精霊さんたちは花の蜜や果物、ちびちゃんたちは獣や魚のことをいっぱい教えてくれた。


時折ちいさな諍いを起こしながらも、道中揺れや風圧をほとんど感じることなく、あっという間に麓までたどり着いた。

空を見上げると、陽が中天へ昇っている。

人目を避けて森の中を進み、王都の町並みが見えた辺りで快適もふもふ号の背から降りて、自分の装備を確認した。


「姿と声変えのペンダント、良し。

匂い封じのイヤリング、良し。

認識阻害の眼鏡、良し。

お財布もあるし、ハンカチも持ってるし……うん、大丈夫だよね?」


ひとつひとつ確認しながらも、何か忘れているような気がしてならない。

首を傾げながらてくてく歩き出したわたしの足元に、再びちいさくなったちびちゃんたちが擦り寄ってくる。

彼らが短い足をちょこまか動かし、しっぽをふりふりしながら歩いている姿に和みつつ、改めて忘れ物について考えた。


「また王城の中に入ることになった時のために、学院のケープを着てきたし…髪と瞳と声は変えてあるし…香水もちゃんとつけてきたし、何を忘れてるんだろう?

………あ、指輪を忘れてきちゃった!」


エリオットから貰った、離れていても会話ができる指輪。

昨日はジュリアさんと離れて会話した時にしか使わなかったし、その後ドレスに着替えた時に外してしまったから、昨日のズボンのポッケの中に入れっぱなし…かも?


レイフォンさんが借りてくれた別荘へ指輪を取りに戻るかどうか、少し迷う。

だけど、このまま進むことにした。


王都の治安が悪いなんて話もきいていないし、わたしにはちびちゃんたちや精霊さんたちがついてるから、なんとなくだけど、なんとかなる気がする。

仮に悪い人に襲われたとしても、火竜より弱いのは間違いないし…うん、きっと大丈夫だよね。


自分の根拠のない自信に苦笑いしながら、鳥さんの姿を探しながら歩く。

一羽も見つけられないまま、石畳の敷かれた大通りを道なりに進んでゆくと、大きな噴水のある広場に辿り着いた。


広場の端には大小様々な露店が並び、大勢の人で賑わっている。

真ん中にある噴水の傍には、座って休んでいる人にエサを投げてもらっている、小鳥たちがいた。

二十羽ぐらいの群れのようで、人を怖がらずに路面へ広がったエサを追っている。


「あの子たちに “王都に集まっている理由” を訊いてみる。

魔獣の気配に脅えちゃうといけないから、あなたたちは離れた場所から様子を見ていてね」


足音は殺さず…でも大きな音を立てないように気をつけながら、わたしは早足で小鳥さんたちに近づいて声をかけた。

まずは基本の挨拶から。


「こんにちは」


周囲の人に不審に思われるリスクを想定し、ちいさな声で話しかけた途端、彼らは一斉に大空へ向かって飛び立った。

その羽ばたきの音にびっくりして、わたし以外の人たちも空を見上げている。

三歳ぐらいの女の子が涙目でしょんぼりしているのを、お母さんらしき女の人が慰めていた。


「せっかくことりさんたちのごはんかったのに」


「小鳥さんたち、きっとお腹いっぱいになったから飛んでいってしまったのね。

またの機会があるまで、小鳥さんたちのごはん、大事にとっておきましょうね」


「…うん」


ちいさな子がうなだれている姿に罪悪感を抱きながら、わたしはそそくさとその場を後にした。

離れた場所で待っていてくれたちびちゃんたちと合流し、別の場所へと歩き出しながら尋ねる。


「念のために訊くけど、< 威圧 > かけてないよね?」


「――ちぃ姫に嫌われたくはないから、かけてはおらぬ」


「我も同じじゃ」


「…じゃあ、どうして逃げちゃったんだろう。

昨日はちゃんと仔猫の助けを求める声が聞こえたから、他の動物たちとも話ができると思ってたのに。

猫とは会話できるけど、鳥はダメ…とか、そんなくくりがあるのかな?

それとも、ただ単に、わたしが声をかけたタイミングが、鳥さんたちがお腹いっぱいなっていただけ…とか?」


わたしがぐるぐると考えていると、精霊さんたちが弾んだ声で話しかけてきた。


[ 姫さま、姫さま、ご提案がありますっ ]


「?」


[ 飛んで逃げてしまう鳥ではなく、飛べない鳥に訊いてみてはいかがでしょうか? ]


「ああなるほど……っていうか、飛べない鳥って、ペンギン?

この国、ペンギンがそこらへんにいるの?」


[ ? ]


ペンギンとは何ぞや…という会話をのんびりと交わしながら、わたしたちは王都の外れにある湖に向かった。

精霊さんたちが言うには、その湖ではペンギンとは違う水鳥が子育て中らしい。

親鳥も飛べないし、雛の子供たちも歩くのが遅いから、逃げられる心配はない…とのこと。


それは妙案ですね!

(でもちょっとだけ腹黒さを感じますよ)


子育て中の鳥さんのところに魔獣を連れて行くと、余計な心労をかけてしまいそうなので、湖に到着するすこし手前でちびちゃんたちと別れる。


細い獣道を歩いて湖に辿りつくと、カルガモっぽい親子が岸辺で日向ぼっこをしていた。

親鳥が一羽、ふわふわな羽毛の子ガモが五羽。


子ガモちゃんを一羽確保してから、親鳥さんに話を聞くのが一番いいかな。

そんなことを考えながら歩いていると、わたしが声をかける前に子ガモたちが突進してきた。


「ぴぃ!(姫しゃま!)」


「ひぃぴぃ!(姫しゃまだ!)」


「ぴぴぃ、ぴぃ!(姫しゃまが来てくれた!)」


「ぴっぴ?(助けてくれる?)」


「ぴぃぴぃ?(助けられる?)」


わたしは足元に走り寄ってきた子ガモたちの言葉が解ることに、感動と衝撃を受けていた。


この子たちは、わたし(・・・)のことを知っている。

じゃあ、どうして、さっきの…広場の小鳥さんたちは、わたしから逃げたんだろう?


「クェ!(お黙り、子供たち!)」


お母さん鳥が一喝すると、子ガモたちは一斉に口を閉ざした。

子ガモたちは、わたしの足元から親鳥の後ろへと素早く移動する。


わたしはゆっくりとしゃがんで、お母さん鳥に尋ねた。


「―――あの、もし知っていたら、教えて欲しいことがあるの」


「クェ?(何でしょう?)」


「あなたたち…翼を持つ鳥さんたちが、王都に集まっているというのは、何か理由があるの?

それと、誰が “助け” を必要としているの?」


「クー…(さぁ、あたしにはわかりませんわ)」


ふるふると首を振りつつ「知らない」と言われてしまった。

子ガモたちは何か知っていそうだったのにな…と視線を移すと、子ガモたちが一斉に喋りだした。


「ぴぃ!(ぼく、しってるよ!)」


「ぴぃ!(あたち、しってるわ!)」


「ぴぃぴぃ!(あのこ、ないてた!)」


「ぴっぴぃ!(たすけてほしいって、ないてたのよ!)」


「ぴぃ!(たすけてあげて!)」


彼らの必死な口調に驚きつつ、詳しい話を聞こうとしたわたしの手を、お母さん鳥が軽く突いた。


「クェ…(姫様、何も聞かなかったことにしてくださいませ)」


「どうして?」


「クェクェ(あの御方が、姫様に助けられることを望んでいないからです)」


「…。」


「クー…、クククェ(先代の神子様に続き、今代の神子様にまでご迷惑をおかけしたくない、と)」


「……でも、わたしにも、聞こえたの。

あの子の助けを呼ぶ声が」


「クェ、クェッ!(お忘れになってください。さぁ、子供たち、行くわよ!)」


「「「「「ぴぃ(はぁい)」」」」」


カルガモお母さんの厳しい声に、子ガモたちは声をあわせて返事をして、みんなでお尻をふりふりしながら草むらの中へ歩いて行ってしまった。

追おうと思えば追えたけど、もう何も聞き出せないと察して、ちびちゃんたちの元へと引き返した。


精霊さんたちの慰めの言葉を聞きながら足取り重くとぼとぼと歩いていると、前方からちびちゃんたちが駆けてくるのが見えた。

背を預けるのにちょうどいい大きな木の根元に腰を下ろして、彼らが到着するのを待つ。


「――ちぃ姫のその様子では、うまくいかんかったようじゃな」


「うん…そうなの」


ちびちゃんたちを左右の太ももの上に抱えあげて、頬づりした。

あー、もふもふ気持ちいい……癒されるなぁ。


わたしが和んでいる間に、精霊さんたちがカルガモ風親子との会話を話して聞かせていた。

彼らは気持ち良さそうに喉を鳴らしたり、しっぽをぶんぶん振りながら言った。


「翼あるものたちをそれほどまでに動かす存在とは、アレしか考えられんな」


「うむ、我もそう思う。

しかしアレが助けを求めていたとなると……ちと厄介なことになるやもしれん」


すごく深刻そうな口調に反して、ご満悦な様子にしか見えない。

わたしは金銀毛玉を撫でる手をピタリと止めた。


「ちぃ姫?」


「何故、我らを愛でるのを止めたのじゃ?」


「うん、ちょっと真面目に話を聞かないとな…と思って。

―――アレ(・・)って、なぁに?」


もふもふは大好きだけど話をきくまで誤魔化されないぞ、という意思を匂わせながら尋ねた。

沈黙の時間を笑顔でやり過ごしてじっと返答を待っていると、彼らはおもむろに口を開いた。


「アレとは、竜のことじゃ」


「翼のあるものらの敬愛を集めているのなら、風竜で間違いなかろう」




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