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082  待ち人来たりて



レイフォンさんの話によると、魔獣は人語を解する知能の高さだけでなく、普通の動物と比べると寿命も桁違いに長いのだという。

格別の力を得た魔獣は、魔術を使うこともできるらしい。

魔術を使えるようになった魔獣は、長く生きているうちに更に賢くなり、人と会話をすることすら可能になる…と教えてもらった。


「魔獣は、大気中の魔素を吸収するか、他の生き物を捕食することで、体内の魔力を増やします。

…私の身体にはわずかな噛み傷がついているだけですが、魔力はだいぶ喰われてしまいました」


レイフォンさんは具合が悪そうにしながらも、わたしに懐いている二匹の魔獣の仔に危害を加えようとはしなかった。


魔導士の塔のレイフォンさんの部屋から貸別荘へ【転移】した後、いきなり昏倒してしまったのは、やはり相当無理をしていたのだろう。


倒れた彼をソファーの上へ運んでくれたのは、ちびちゃんたちだった。

二匹が可愛らしい声で鳴くと、彼の身体はふわりと宙に浮き上がり、あっという間にソファーの上に移動した。


レイフォンさんの頭の下にクッションを差し入れたり、毛布をかけたりしている間、二匹は邪魔にならない距離を保ちながら、短い足をちょこまかと動かしてわたしの後をついてくる。


(可愛い!

すごく可愛い!

この仔たちを思う存分撫で回して、頬づりして、抱きしめたいっ)


この後のもふもふタイムを想像すると、つい口元が緩んでしまう。

うふふふふふ、楽しみだなぁ。

今夜はちびちゃんたちと一緒に寝よう。

もふもふ天国~♪


ソファーの側のテーブルに、水差しとコップ、すぐにつまんで食べられる果物を用意した。

彼が喉の渇きや空腹で目を覚ましても、これで大丈夫。


自分とちびちゃんたちの分も確保して、そそくさと自室に戻る。


一人で脱ぎ着ができるワンピースだったことに感謝しつつ、パパっと脱いでササっと部屋着に着替えた。

必要なものを揃えてから床にちょこんと座っている二匹を抱き上げて、バスルームへと連れ込む。


洗面器にぬるま湯を入れ、微量の石鹸を溶かし、ちびちゃんたちをそっと入れた。

洗面器のなかで一匹づつ丁寧に洗う。

怖がったり嫌がったりするかと心配していたけど、おとなしくわたしに身をゆだねている。

汚れと泡を丁寧に洗い流し、バスタオルで拭こうとした時、二匹は初めてわたしの手から逃れた。


バスルームの床の上に降り立ち、ぷるぷると体を震わせて水滴を飛ばす。

続けてちいさな鳴き声を上げ、今度は逆にわたしの腕の中へ飛び込んできた。


「…?」


びしょ濡れだったちびちゃんたちの毛皮は、完全に乾いてふわっふわになっている。

この急激な変化は、魔法を使ったのだとしか考えられない。


「うわぁ…いろんな術が使えるんだね。

すごいなぁ」


代わる代わる二匹に頬づりして、ふわもふな毛並みを堪能させてもらう。

極楽極楽♪


洗面台のボウルの中にバスタオルを敷いて、ちびちゃんたちをそっと下した。

二匹が物言いたげな表情でわたしを見上げたので、頭を撫でてやりながら話しかける。


「わたしがシャワーを浴びる間、ここで待っていてね。

すぐに戻ってくるから」


わたしがそう言うと可愛い返事がすぐに返ってきた。


「…にゃ」

「くぅん」


会話はできてないけど、こちらの言っていることを完全に理解しているように見える。

もう一度ちびちゃんたちの頭をなでなでしてから、シャワーカーテンを閉めた。


できるだけ急いでシャワーを浴び、バスタオルを身体に巻いてからカーテンを開けた。

洗面台のボウルの中から二匹の姿が消えていることに気がつき、あわててバスルームの外へ出る。


するとそこには、ちびちゃんたちに睨まれて固まっているエリオットがいた。

二匹はエリオットを牽制するかのように、低い唸り声を上げている。


「…何してるの?」


思わず声をかけると、エリオットの視線がわたしの姿を捕らえた。

大きく見開かれた瞳を見返した瞬間、自分が人前に出れるような姿ではないことを思い出す。


「す、すみません!」


エリオットは真っ赤な顔のまま、くるりと背を向けた。


あー、うん、こちらこそ、ゴメン。

でも水着に比べたら、今の状態のほうが布面積広いから、そんなに気にすることないと思うよ。


唸り声を上げていたちびちゃんたちが、エリオットの背中に勢いよく飛びかかった。


ガンっ!

エリオットはそのまま床に激突し、ものすごーく痛そうな音が部屋の中に響く。

動かなくなった彼の身体の上で、二匹は満足そうに勝利の鳴き声を上げている。


「……。」


とりあえず着替えてこよう。

それから対処しても遅くないよね?

うんうん、だいじょーぶ、だいじょーぶ。


わたしは少しだけ現実逃避しながら、バスルームへと戻り、パジャマに着替えた。




気絶していたエリオットは、目を覚ました後もしばらくの間挙動不審だったけれど、彼の話を聞いてわたしを心配して駆けつけて来てくれた事を知った。


「――ユートから、レイ先輩に、ユーナを…ヴァルフラムさんのパートナーを任せて来たと聞いて、慌てて飛んできたんです。

こちらに来てみたら、先輩は魔力切れで気を失ってるし、ユーナの姿は見えないし……何者かに襲われた可能性を考えたら、気が動転してしまって。

ユーナを探してあちこちのドアを開けて回って…まさかユーナが入浴中だとは考えもつかなくて、ええと、その、本当にすみませんでしたっ」


「いえいえこちらこそ。

心配させちゃってごめんね」


お互いに謝りっこした後で、話題はちびちゃんたちに移った。


「ところで、この魔獣の仔たちは…?」


わたしはエリオットに手早く説明した。


今朝、わたしの推測があっているかどうか、実験をした森の中で出会ったこと。

一瞬目を離した隙に消えてしまったちびちゃんたちが、王城の中庭に突然現れて、レイフォンさんの足に噛みついて魔力を奪ったこと。


「――レイ先輩の魔力を?」


エリオットの表情が急に険しくなった。

わたしは二匹が人を襲った罪に問われる可能性に気がついて、恐る恐る尋ねた。


「うん、レイフォンさん本人がそう言ってた。

噛み傷はたいしたことないみたいだけど、この子たちも討伐対象になるの…?」


「レイ先輩が訴えればそうなりますが、ユーナと一緒にここへ連れて来たということは、害がないと判断したのでしょう。

…多分、大丈夫だと思いますよ」


その答えを聞いて、ホッとする。

わたしの膝の上で寛いでいるちびちゃんたちの頭を優しく撫でた。


「――あの不埒者に訴えられる筋合いなどない。

我らは小さき姫をお守りしただけのこと」


「左様。

あやつが(いとけな)い姫に不埒(ふらち)な真似をしておったから、少し灸を据えてやっただけじゃ。

我らが本気であれば、あやつなど一撃で(ほふ)っておるわ」


「「……。」」


わたしはエリオットと顔を見合わせて、お互いが腹話術で喋ったのではないことを確認した。


だとすると、この声の主は、ふわもふな魔獣の仔たち?


「あやつの魔力だけでは到底足りなかったが、ちぃ姫の側で類い稀なる香気を嗅ぎ続けて、ようやっと話せるようになった」


「姫は、リリィと同じ香気を発しておる。

…愛しく、懐かしい香りじゃ」


「界を渡れぬ我らは後を追うこともできず、待つことしかできなかったが…」


「こうして、リリィの血と加護を受け継いだ姫と出逢えたのだから、我らの選択は誤りではなかったということだ」


この子たちがリリィと…友達だと言っているのは、わたしのおばあちゃんのことだよね?


おばあちゃんがコチラの世界を去ったのは、十五年前。

十五年前から、ずっと待っていた…?


あれ…最近、どこかでそんな話を聞いたような気がする。

どこで聞いたのか思いだそうとしていると、エリオットの震える声がわたしを思考の海から引き戻した。


「――まさか、君たちは…いえ、貴方たちは…」


エリオットは酷く驚いた表情を浮かべながら、ちびちゃんたちへ手を伸ばしている。

二匹はエリオットに触られることを嫌がるかのように、前脚でその手を叩いた。


「…ふむ、この小僧は我らのことを知っているようだな」


「だからといって、馴れ馴れしく触ろうとするな、鬱陶しい」


エリオットは叩かれた右手のことを全く気にせずに、輝くような笑顔を浮かべている。


「ああ、やはり、貴方たちが、リリアーナ様の無二の友なのですね。

伝え聞いていた大きさと随分違うので、すぐに気がつかず、失礼致しました。

十五年前、叔母上と共に火竜と戦ってくださったこと……そして今、ユーナを守ろうとして下さっていることに、心からお礼を申し上げます」


エリオットの感謝の言葉を、ちびちゃんたちは一蹴した。


「――礼を言われるようなことは、何もしておらぬ。

友を独りで火竜と戦わせたくなかったから、共に戦っただけのこと」


「我らがちぃ姫の守護につくことは、リリィの最後の頼みであり、我らの望み。

他の者に感謝されるいわれなどない」


「…おばあちゃんが、わたしのことを?」


思わず口を挟んで訊くと、二匹は可愛らしい鳴き声で肯定した。


「あやつは、『気が向いたらよろしく頼む』などという言い方をしていたが」


「孫娘が自分と同じ目に遭うかもしれないことを危惧していたのだろう」


「――自分と同じ…?

あなたたちは、おばあちゃんがどんな目に遭ってきたのか、知っている?

他の人は、おばあちゃんに口止めされているからと言って、教えてくれないの」


「「…。」」


「おばあちゃんが話さないで欲しいと望んだことを、知りたがるのはいけないことだと思う。

……でも、また同じことが起きるかもしれないのなら、知っておきたい。

わたし自身と、わたしを大切に思ってくれる人たちのためにも」


ちびちゃんたちはわたしの手に身体をすり寄せながら応えた。


「――ちぃ姫が望むなら、我らが知る全てを話そう」


「小さき姫よ、全てを知っても、幼子のようなそなたの優しい心根が濁ることのないように。

……憎しみの連鎖を断ち切り、次代に負の遺産を引き継がせないという、リリィの願いを忘れないで欲しい」




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