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080  他人のフリをするのも大変です



恐慌状態に陥っているわたしの心とは裏腹に、身体は華やかなワルツの曲にあわせて軽やかに踊る。


兄のリードは完璧だったけれど、お互いの身体が近すぎて落ち着かない。


手袋越しに兄の体温を感じる。

長手袋の着用を薦めてくれたジュリアさんに深く感謝しながら、自分を励ました。


(香水をつけてるし、髪の毛も瞳の色も違うし、声も変えて、認識阻害の術がかけられている眼鏡を着用している。

こんなに沢山対策をしてきているんだから、大丈夫。

絶対にわたし(・・・)だとバレるはずがない)


繰り返し自分に言い聞かせ、なんとか気持ちを落ち着けてから、『今日初めて出会った他人』としての振る舞いについて考えた。


親戚であるヴァルフラムさんの友人だけど、わたしにとっては親しくない人。

自分は親しくないけど、信頼している人の友人だから、それなりの敬意と愛想を振りまいてもおかしくはない…よね?


第三者の視点で今夜の兄の挙動を視ると、それほど常識から逸脱した行動はとっていない。

どちらかといえば好意を抱いているような感じかな?

一応、絡まれているところを助けてもらったわけだし。


そうやっていろいろと考えていたけれど、バレる危険を冒しながら他人を装って友好関係を築くよりは、礼儀がなっていない世間知らずの小娘だと思われたほうが安全な気がしてきた。


このまま一曲だけ踊って、終わったら直ぐにこの広間から出てしまおう。


ヴァルフラムさんには申し訳ないけど、兄から遠ざかる事を優先する。

どこか人気のない場所まで避難したら、指輪に宿っている『遠話』の魔法でエリオットに連絡をとって、それから……。


自分の考えに没頭していると、ちいさな呟き声が聞こえた。


「――初めてだ」


「?」


聞き返すべきなのか迷っているうちに、兄は嬉しそうに笑いながら話しを始めた。


「今、上の空で踊っていたでしょう?

最近、積極的な女性に迫られることが多かったので、すごく新鮮に感じました。

『この場に居ないように』扱われたのは、この世…この国に来て、初めてです」


「あ……ごめんなさい」


うっかり直ぐに謝ってしまった自分にあわてる。

無礼者とかなんとかいって、怒ってダンスを止めて、逃げ出しても良かったのに。


「こちらこそ貴女の意向を聞かないまま彼らから引き離してしまいましたが、ご迷惑でしたか?」


「いえ、そういうわけでは…」


わたしは言葉を濁しながら視線を逸らした。


結果的には、助けてもらったというよりは、崖っぷちに追い込まれているこの状況。

お礼の言葉を言った方が自然かもしれないけど、心のこもらない棒読み台詞になってしまったら…それに気が付かれたらかなり面倒だ。


兄と視線をあわせないようにしつつ、曖昧な笑みを浮かべて沈黙を保った。


「貴女は不思議なひとですね。

予測がつかない反応が多くて、面白い。

もっとよく知りたいと思ってしまいます」


「…。」


何か不穏な言葉が聞こえたような気がする。

今の台詞を深追いしたら危険だとわたしの第六感が警鐘を鳴らしているので、ここは社交辞令として受け取ったフリをしてスルーしよう。


薄い笑みを浮かべたまま、無反応を貫いてくるりとターンする。

引き寄せられる瞬間、ぐいっと力が込められた。


兄の胸元に飛び込むような勢いを、足を踏ん張ることで殺して激突を避ける。

ふぅ…危なかった。


香水をつけているお陰で、わたしの匂いは解らなくなっている筈だけど、安心はできない。

匂い封じの魔道具の効力が切れないように、極力接近は避けないと…。


「レイフォン、一体何の真似だ?」


え?

レイフォンさんは魔導士の塔で休んでいる筈じゃ?


振り返って彼の姿を確認しようとしたけれど、兄はわたしを自分の身体の後ろに隠した。


「それはこちらの台詞ですよ」


あ、本当にレイフォンさんの声だ。


「そちらの姫君はお忍びの旅の途中で、できるだけ人目を避けなくてはいけないのに……貴方のような目立つ人が側にいては台無しです。

さあ、姫をこちらへ」


兄の背中の後ろから、レイフォンさんの姿を垣間見る。

いつもの白い服とは違う、黒のタキシード。

青みを帯びた銀髪は少し乱れていて、紺色のマスクの奥には青灰色の瞳が瞬いていた。


「俺と一緒にヴァルフラムを待つより、彼と一緒のほうがいいですか?」


「……。」


どう答えても角が立つような質問をこっちに振らないで欲しい。


わたしが答えに窮していると、レイフォンさんが兄を押しのけながら誘いをかけてきた。


「メイの見合いに巻き込まれたヴァルフラムが解放されるまで、しばらく時間がかかりそうです。

待っている間、私と一緒に中庭を散策しませんか?」


そう言われて二人がいる方角に目を向けると、凄い人だかりができていた。


「セイルも一緒なのか」


「それは当然です。

メイはセイルの恋人なのですから」


「恋人がいると聞いてはいたが、どの娘なんだ?」


「あの中心にいる、短髪で軍服を着てる子ですよ」


「へぇ…あの子か。

幼なじみなんだろう?

何が問題なんだ?」


「一言で言えば『身分違いの恋』ですね。

ルスキニアでは珍しい問題ですが、彼女の父親は改革派寄りの方なので…」


「…ということは、七聖王国由来の選民思考に染まっている人なんだな。

セイルは貴族じゃないから、自分の娘の相手にはふさわしくないと?」


「ええ、そんな風に二人の仲を認めず、隙あらば他の男と見合いをさせているんですよ。

今夜は複数人と同時に…だったようですね」


「それでヴァルフラムがセイルの応援に駆けつけているのか」


「さあ、どうでしょう?

私が最初に気がついた時には、ヴァルフラムしかいませんでしたよ」


「「…。」」


それは、ヴァルフラムさんがメイさんを助け出そうとしていた事に気がついていながら、自分はまるっとスルーして今ここに居る…ということだろうか?


レイフォンさんは、兄とわたしの視線に気がつくと、口の端だけで笑った。


「他人の恋愛絡みのゴタゴタに、自分から巻き込まれる趣味はありませんから」


「「…。」」


レイフォンさんらしい物言いに驚きはしたけれど、自分の恋人とのゴタゴタも嫌がる人だということを思い出すと、なるほど納得の理由だった。


「親に反対されても別れないのは、二人の自由意志です。

そのことで生じる喜びも悲しみも、全て彼らのもの。

…願わくば、私から遠いところで幸せになって欲しいものです」


最後の呟きにはしみじみとした疲労感が滲み出ていた。


思い出しただけで疲れてしまうほどの事があったのかな…?


「セイルが出遅れたのは、多分、俺のせいだ」


「貴方の?」


「ああ、ちょっと頼み事をしていたから。

…ということは、俺も助けに行くべきだろうな」


「止めはしませんが、正体を隠したままの貴方が介入しても、労力に見合った効果は得られないと思いますよ」


「俺だと正体を明らかにすれば、それなりに場を乱せるだろう?」


「それは間違いないでしょうが……本気ですか?

貴方が自分を餌にして、セイルとメイを今夜の苦境から救い出しても、根本的な解決にはなりません」


「一時しのぎでしかなくても、『今』この瞬間を…二人にこの場で楽しく過ごしてもらえたら、それでいい」


「…。」


「生還できないかもしれない者たちが、親しい人と最後に楽しく過ごす。

この催しの本来の意義は、そういうことだろう?」


レイフォンさんは兄の顔をしばらく見つめた後で、破顔一笑した。


「貴方という人は、必要とあらば自分のために他人を利用できる人だと思っていましたが、今の発言で解らなくなりました。

……だが、面白い。

本当にあなた達は興味深い存在ですね」


「――レイフォンが俺と誰をひとくくりにしているのか解らないが、どう反応すればいいのか迷う台詞だな」


「おや、そうなのですか?

こんなに誉めているのに通じていないとは…」


笑いを含んだレイフォンさんの台詞に、兄が何か言い返そうとした時、人だかりの中から男性の怒鳴り声が上がった。

若い人の声ではない。

ひょっとしたらメイさんのお父さんかもしれない。


「彼女の事は私に任せてください。

急いだほうが良さそうですよ」


「…。」


「そんな疑わしい目で見ないで下さい。

彼女と私は、以前からの知り合いです。

今までに何度も同じ食卓について、食事を共にしたこともある。

今夜初めて出会った貴方と比べると、私のほうがずっと彼女と親しいのですよ」


真実を取り混ぜた嘘を感心しながら聞いていると、兄から質問が投げかけられた。


「レイフォンの言葉は事実ですか?

本当に、貴女を彼に任せても大丈夫ですか?」


「…。」


本人が側で聞いているのに「ダメです」なんて言えるわけがないし、そもそも断る理由なんてない。

わたしはレイフォンさんの隣に移動することで肯定の意を示した。


こちらの動きをじっと見守っていた兄は、何故か気落ちしたように肩を落とし、小さな声で会場の外へ出たほうがいい…と言った。


自分が姿を現すことで大きな騒ぎとなり、人混みに巻き込まれてケガすることのないように…という説明に、レイフォンさんが大仰に頷く。


「そうですね、万が一にも彼女が怪我をするようなことがあってはなりません。

貴方の言う通りにしましょう。

さぁ、姫、私と共に参りましょう」


わたしは彼に促されるまま、中庭へと続く階段へ向かって歩き出した。

バルコニーへと続く硝子の扉を開ける前に後ろを振り返ると、兄はまだわたしたちを見送っていた。


「姫、行きましょう。

私たちが避難するのが遅れるほど、事態が悪化するかもしれません」


レイフォンさんの言葉に従って、わたしは再び歩き出した。

階段を下りている途中で、会場の方からわぁっという大きな歓声が上がる。


「どうやらユートが仮面を取って、会場の注目を集め始めたようですね」


「…。」


わたしは半分上の空で頷いた。


うーん、なんだろう?

なんか、もやもやするんだけど…この気持ちはどこからくるのかな?


正体がバレずに兄の傍から離れることができた嬉しさよりも、どこか後ろめたい罪悪感に包まれているような感じが…。


もやもやの源を突きとめようとした時、何処からか複数の人の声が聞こえてきた。


「――まだ『火竜』の準備ができてないとは、どういうことだ!」


「…様、お声がっ」


「ええい、黙れ!

会場があんなに盛り上がっている今、こんな処で人の耳目を気にする必要があるものか」


……火竜の準備?

それって、どういうこと?


レイフォンさんの顔を見上げると、彼は厳しい表情をうかべたまま、自分の唇の上に人差し指を立てる仕草をした。


彼らに気づかれないように声を出さず、このまま盗み聞き続行ですね?

了解ですっ。


わたしたちは階段の柱の影に隠れながら、そっと耳を澄ませた。




■2015.06.14 一部加筆修正

■2012.02.07 誤字修正

■2021.02.16 脱字修正


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