077 異世界の女子トークには甘さが不足していました
わたしの身支度が整った後、ヴァルフラムさんがタイミング良く迎えに来てくれた。
彼と入れ替わるようにエリオットが慌しく出て行く間、ヴァルフラムさんはポカンと口を開けてわたしを凝視し続け、ドアが閉められた後でおもむろに口を開いた。
「………コレ、本当に姫さん?」
「ヴァルフラム、コレって言い方は失礼でしょう?
正真正銘、間違いなくユーナちゃんよっ」
噛みつくような口調でジュリアさんが言い返しても、ヴァルフラムさんは呆然としながらこちらを見ている。
そういえば、さっき、エリオットも挙動不審だったなぁ。
わたしは急に不安になって尋ねた。
「あの、わたし、どこかおかしいですか?」
「いや、そーゆーんじゃなくてだな…」
ヴァルフラムさんは目を逸らし、言葉を濁しながら口ごもる。
「良く似合ってる、すごく可愛い、見違えるように綺麗だ…とか、ハッキリ言いなさいよ、ハッキリ!
こういう時に気の利いた台詞の一つや二つ、サラっと口にできないような男には、一生恋人なんてできないわよ」
ジュリアさんがそう言うと、彼は拗ねたような口調で言い返した。
「…そんなこと、簡単に言えたら苦労しねぇよ。
苦手なんだから、仕方ないだろ」
「苦手でも、少しは努力しなさいっ。
あんたは昔からいつもそうやって…」
彼女が本格的なお説教を始める前に、わたしは慌てて口を挟んだ。
「えっと、あの、人には向き不向きがありますし…ヴァルフラムさんは今のままでいいと思います。
レイフォンさんみたいになったら、逆にすごく困るというか…」
一応言葉を濁したけれど、ジュリアさんにはわたしの言いたいことが伝わったらしい。
彼女は笑いながらわたしの右手を取って、ヴァルフラムさんの左腕に添えた。
「ユーナちゃんに免じて、今日は見逃してあげるわ。
ユーナちゃん、ウチの愚弟は女の子の扱いが下手だけど、身体だけは丈夫なの。
体重をかけて寄りかかったり、足を踏んづけていいから、遠慮なく頼ってちょうだい。
……お役目が終わったら、二人で舞踏会を楽しんできてね。
いってらしゃい」
ジュリアさんに見送られながら部屋を出た途端、毛足の長いカーペットに躓いて転びそうになった。
身体を支えてくれたヴァルフラムさんにお礼を言うと、すごい勢いで顔を逸らされた。
「――ヴァルフラムさん?」
名前を呼びながら彼の顔を見上げると、チラリとこちらに視線を寄こした。
けれど、またすぐにそっぽを向いてしまう。
わたしにあわせて歩幅を調整してくれているから、歩きにくくはないんだけど……なんか気まずい。
会話を成立させるべく、再度話しかけてみた。
「今夜はいつもの黒い制服とは違うんですね」
「…あぁ、うん。
白のコレは、儀礼服…公式の式典なんかの時のための、専用の制服なんだ」
「そうなんですか。
いつもの黒の制服も素敵ですけど、白の制服も格好いいですね」
「…。」
何気なく褒めただけなのに、ヴァルフラムさんの表情が微妙に歪んだ。
「――あー、もぅ、俺、すげぇ格好悪い…」
大きく頭を振ったせいで、彼の綺麗にセットされていた髪が乱れた。
突然の脈絡のない台詞を不思議に思いながらも黙って歩く。
暫く見守っていると、わたしの視線に気がついた彼は照れくさそうに笑った。
「本当に姫さんとユートはよく似てるよな。
すごく自然に人を褒めるところとか、今みたいに急かさずに待っていてくれるところとかさ」
「そう…ですか?」
正直、兄に似ていると言われても嬉しくないけど、ヴァルフラムさんの話を断ち切らないように続きを促す。
「うん、本当によく似てる。
姫さんやユートの傍にいると、居心地が良くて、楽しい。
…さっきまでは、すごく緊張してたけど、声や見た目がどんなに変わっても、姫さんは姫さんなんだって解ったから、なんかホッとした」
「そんなに変わって見えます?」
「薄化粧だから、別人に見えるって訳じゃないんだ。
けど、なんか…子供に見えなくて困るというか…なんというか…」
「?」
「姫さんが、すごく綺麗な貴婦人に見えて……どう接したらいいのか、解んなくて困ってたんだ。
さっきまで俺の態度悪かっだろ?
ごめんな」
「…。」
貴腐人と脳内変換されてしまって、わたしは一瞬固まった。
ひょっとしたら、さっきのジュリアさんの言葉を気にして、頑張って褒めてくれたのかもしれない。
うん、多分、きっと、褒め言葉なんだろうけど、サラリとお礼を言って流すタイミングを逃してしまった。
反応に困って曖昧な笑みを浮かべると、ヴァルフラムさんの表情がさっと陰る。
あああああ、そんなに落ち込まなくても!
貴婦人なんて言われたの初めてで、咄嗟に褒め言葉だと解らなかっただけなんです。
きちんと言葉にして説明したかったけど、周囲に人が増えてきてる。
それに何故か視線をビシバシ感じるので、聞き耳を立てられているのかも…と思うと躊躇われた。
オロオロするわたしと、凹んでいるヴァルフラムさん。
そんなわたしたちの間に割って入るようにして、短い髪の軍服の女性が現れた。
「なに何? ケンカ? 揉め事? 別れ話?」
「…突然現れて不吉なこと言うなよ」
「ええー?
だってヴァルフラムが珍しく女連れで歩いてるんだもん。
気にならない訳がないでしょう?」
彼女はヴァルフラムさんの不機嫌そうな口調に全く動じずに、笑顔で軽く切り返す。
その後わたしの方に視線を移し、親しげな口調で尋ねた。
「仮面をつけてるってことは、貴女も舞踏会に参加するのよね?
…左手に花がついてないけど、あの話聞いてないの?」
「?」
問いかけられた質問の意味が解らなくて首を傾げると、彼女はヴァルフラムさんの額を素早く小突いた。
「この子が知らないなら、貴方も知らないってことよね?
…ダメじゃない、ちゃんと予防線張っておかないと、横からかっ攫われるわよ」
「メイ、ちょっと待て。
それは何の話だ?」
「決まった相手がいなくて、今夜の舞踏会で恋人を探したい人は、右に白い薔薇を身に着ける。
もう決まった相手がいて、舞踏会で出会いを求めていない人は左に赤い薔薇を着ける。
花をつける場所は男女別々で、男性は胸ポケット、女性は手首。
ひと目見ればどちらなのか解るようにするっていう取り決めが出来たの」
「聞いてないぞ、そんな話」
「誓約の儀式の後に有志が女王陛下に願い出て急に決まった話だから、知らなくても仕方ないわね。
だけど、どちらの花も付けずに出席するのはマズいと思うわ。
…彼女が勇者様目当てで貴方と参加するなら、話は別だけど」
「…。」
ないない、それは絶対ナイです。
わたしが無言で頭を振って否定の意を表すと、彼女は悪戯っ子のようにニンマリと笑った。
「あらあら、貴女がそんなに必死になって否定するのは、ヴァルフラムに誤解されないため?」
「メイ、遊び半分でからかうのは止めろ。
この子はそんなんじゃないんだ」
「じゃあ、どういう関係なの?」
「遠い異国に住んでる遠縁の子で、お忍びでウチの国に遊びに来てるんだ。
保護者不在の間だけ、俺と姉貴が預かってる。
だからお前が期待しているような関係じゃなくて…」
「遠縁の子ねぇ…。
あたしが知らないってことは、今まであんまり接点なかったんでしょう?」
「あ、あぁ、三日前に初めて会ったばかりだからな」
「それにしては、すごーく仲良さそうに話してたわね。
ヴァルフラムは人見知りしないタイプだから、おかしくはないけど……でも、何か怪しいなぁ」
彼女はヴァルフラムさんをねっとりとした視線で眺めたあと、わたしの手を取って高らかな声で宣言した。
「まぁいいわ、これ以上の追求はしないであげる。
その代わり、この子はあたしが預かるから」
「え?」
「これだけ衆目を集めている自分の価値ってものを、全然解ってない辺りが本当にダメよね。
これ以上目立ちたくないのなら、いったん退きなさい。
この子にはちゃんと赤い薔薇の飾りをもつけておいてあげるから、心配しないで。
あんたは自分の分をなんとかしておきなさいよ。
ああ、それから、迎えに来る時には仮面をつけておくことも忘れないようにね」
びっくりする間もなく手を掴まれ、転びそうになった勢いで、メイさんと一緒に足早に歩きだしていた。
「おい、ちょっと待てよ!」
後ろからヴァルフラムさんの焦ったような声が聞こえてきた。
彼女に強く手を引かれていたせいで、立ち上まることも振り返ることもできず、わたしはそのまま連れ去られた。
わたしは火竜討伐に参加する女性たちの控え室の中にある、小さな部屋に連れ込まれていた。
小部屋の中にいた六人のお姉さんたちは、全員治療士選抜試験を好成績でクリアしたらしい。
ドレスや宝石で着飾ったお姉さんたちの姿は、絵本の中に出てくるお姫様みたいで、とても綺麗だった。
メイさんから「遠い異国からお忍びで遊びに来ている客人で、ヴァルフラムさんの遠縁」だという簡単な紹介をされたわたしは、彼女たちの輪の中に笑顔で迎え入れられた。
ほぼ正方形の部屋の真ん中には大きな丸いテーブルが置かれていて、その周りを囲むようにソファーが設えてある。
丸テーブルの上には一口で摘めるようなちいさなお菓子が沢山並べられ、色とりどりのティーカップが各人の席の前に置かれていた。
わたしとメイさんの席にもお茶が用意された。
ティーパーティーのようなテーブルのセッティングと美味しそうなお菓子に心を奪われそうになったけれど、自分の『役目』を思い出して気を引き締めた。
兄に過剰な関心を示さずに『普通』の対応ができる治療士なのかどうか…の、最終確認はわたしに任されているのだけれど、どうやってそっち方面の話に持っていこうかなぁ。
話し運びについて迷っている間に、彼女たちに仮面を模した眼鏡を外すように促される。
断り切れずに従ったところ、メイさんからため息混じりの台詞が飛び出した。
「あのヴァルフラムの様子から、可愛い子なんだろうなぁ…って予想はしてたけど、まさかここまでとはねぇ」
周囲のお姉さんたちがその言葉を皮きりに一斉に喋り出す。
「彼に恋人がいない理由は凄い面食いだからだって話を聞いてたけど、この子が基準だとしたら…あの噂は本当だったのね」
「私もその噂聞いたことある!
恋愛対象に女性は含まれないって話もあったけど、そっちは嘘だったのかしらね」
「え、何それ、あたし聞いたことないっ」
「その噂のお相手は何となく想像できるけど、二人に振られた子たちが仕掛けた嫌がらせだと思うわ。
お相手の方の女好きって噂は確実なんだから、矛盾するでしょう?」
「あら、お相手が男でも女でもいいなら、話は別じゃない?」
「それって、まさか…あの?」
「そう、あの、悪い噂の絶えない次席魔導士」
「うわっ、ありえそうな気がしてきた!
あの二人、すっごく仲良いから、そんな噂が出てくるのも解るなぁ」
「見た目だけでも、あの二人の組み合わせはアリだと思う。
全然似てない辺りが逆にいい感じ」
「うんうん、私もアリだと思う。
で、どっちが積極的に口説く役割が似合うかと言うと…」
キャーキャー歓声を上げて盛り上がっているお姉さん達を、メイさんは呆れ顔で見ながら釘を刺した。
「自分とは関わりのない人の噂話が面白いのは解るけど、その辺りで止めておいてね。
色々問題はあるけど、あの二人の幼なじみとしては、根も葉もない噂が拡散するのを見逃せないから」
メイさんはそう言いながら花瓶から赤い薔薇の花を抜き取り、茎にワイヤーを添えてリボンでぐるぐる巻きにしている。
アレは多分、わたしのために薔薇の花飾りを作ってくれているのだろう。
有り得ないって解っていても面白いのに…というような不満の声が沢山上がったけれど、お姉さん達の和やかな雰囲気は変わらないままだった。
わたしは話の流れを変えるべく口を挟んだ。
「メイさんも、レイフォンさんの幼なじみなんですか?」
「…あら、貴女、アイツの事も知ってるの?
基本的に人間嫌いな奴だから、すごーく態度が悪かったと思うけど、気にしないであげてね。
アイツは誰にでもあんな風なの。
ヴァルフラムが例外なだけで」
レイフォンさんが人間嫌い?
初めて会った時にもそんな風には感じなかったけど……そういえば他人を家に入れるの嫌だって言ってたっけ。
内心の疑問を隠しながらこくこく頷いていると、わたしの横に座っていた金髪のお姉さんにぎゅっと抱きしめられた。
「貴女、本当に可愛いわねぇ。
反応が素直だし、仕草が小動物ぽくって、連れて帰りたくなるわぁ」
「ちょっと、ルルゥ?
冗談で済むうちに、その子離しなさい。
レイフォンの悪評も酷いけど、あなたの悪い噂もかなり広まってるんだから、煽るようなことしないの」
メイさんの諭すような言葉を聞くと、ルルゥさんは肩をすくめてわたしから手を離した。
「別に親しくもないその他大勢に何を言われても気にしないけどぉ、メイとこの子を困らせたい訳でもないから従うわ…。
ってゆうかぁ、あたしの噂はだいたい本当の事だけど、次席魔導士の悪い評判は逆恨みの産物だから、似て非なるものよ?」
「逆恨み?」
思わず口から飛び出したわたしの疑問に、ルルゥさんはおっとりとした口調で答えてくれた。
「彼に弄ばれて捨てられた…なんて被害者ぶっている子が多いけどぉ、自分たちだって…あわよくば魔導士の血が手に入るかもって計算してたに違いないのにねぇ」
「…。」
「ウチの国では婚姻前の受胎の場合、母親に親権が与えられるの。
魔導士の血を欲しがっている家になら子供と一緒に嫁入りできるしぃ、親権を売っても良い持参金になるしねぇ」
「持参金って…そんなに高く?」
「お屋敷ひとつ、ポンっと買えるほどの大金が貰えるらしいわよぉ?」
「…。」
「付き合う前にちゃんと『お互いどちらかが嫌になったらすぐ別れる』とか『身体だけの関係でそれ以上は求めない』って証書を交わしている以上、振られても文句の言える筋合いじゃないと思うのよねぇ。
それに、誰かとつきあっている間は他の子に手を出したりしてないって話だしぃ。
あたしには、噂ほど次席魔導士が悪い男だとは思えない…っていうかぁ、噂話を鵜呑みにして、人を判断する輩が大っ嫌い~」
わたしが彼女の言葉に驚いていると、メイさんが横からルルゥさんの額を小突いた。
「ちょっと、こんな擦れてなさそうな子に、そんな話聞かせないでよ。
あたしがヴァルフラムに怒られるじゃない」
「えー…だってぇ、悪い噂だけ耳に入れるのも不公平だと思ってぇ…」
メイさんは苦笑いしながら言った。
「まぁ、その気持ちも解るけど……でも、レイフォンに全く責任がないって訳じゃないから」
メイさんの言葉に、他のお姉さんたちも次々と口を開いた。
「そうそう、『大人の付き合いができる女限定で』なんて言ってても、結局、後でゴタゴタしてるしー」
「本人が全く気にしてない辺りが問題っていうか、振られた子にとっては彼が平然としているとシャクに障るんじゃない?」
「あー、そうかもねぇ。
『魔導士の血を無料で手に入れたい』子よりも、『私だけが彼の孤独を解ってあげられるの』っぽい子のほうが、逆恨み度が高い感じだしさぁ」
「でもそれって、自分の勝手な勘違いっていうか、自惚れでしょう?」
「それを自覚できないからこその、逆恨みな訳よ」
「「「あ、なるほどー」」」
話がどんどん盛り上がっていく中、メイさんが冷静な声で言った。
「大人の付き合いしかしないと約束しているって理由をつけて、相手の気持ちを全て切り捨てているレイフォンも馬鹿だけど、鈍感すぎて寄せられている好意に全然気がつかないヴァルフラムも相当な馬鹿だと思うわ。
…傍にいたあたしがどれほど苦労してきたかなんて、二人とも全然解ってないだろうし」
重い溜息と共に吐き出された台詞に、わたしの胸は高鳴った。
ひょっとして、よくある王道パターンの『幼馴染や仲のいいクラスメイトがモテモテで、ただの友達であっても嫉妬され、ファンクラブや親衛隊の女の子に嫌がらせを受けた』という話なのかもしれない。
わくわくする気持ちを抑えながら、メイさんに尋ねる。
「レイフォンさんとヴァルフラムさんって、昔から女の子に人気があったんですか?」
メイさんは即答せずに、暫くしてから口を開いた。
「違うとは言わないけど、肯定もし辛いわね。
あの二人に対して過剰に熱を上げていた子のほとんどが、『現実』を見ないタイプの子ばかりだったから」
「?」
「ああ、解りずらい言い方をしてごめんなさい。
ええと…本当の彼らを好きになっていたようには見えなかったというか…」
メイさんの説明を補うように、ルルゥさんが言葉を足した。
「確かに夢見がちっていうか、恋に恋しているタイプの子が多かったわねぇ。
自分の理想や憧れをそのままあの二人に押付けて、そのことに自分でも気がついていない感じの」
「そうそう、そんな感じの子が多かったから、本当にあの二人がモテていたかと言われると、ちょっと微妙なの」
メイさんは苦笑いしながらわたしの顔を真っ直ぐに見た。
「あたしには、勇者に群がっている子たちも同じように見えるの。
ユート本人が喜ぶどころか、迷惑そうにしている様子を見ていると余計に…ね」
メイさんは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべている。
そんな彼女の肩をルルゥさんがポンポンと叩いた。
「あのユートの不機嫌な顔を見ても、『彼は照れているだけ』だって言い張る人たちだものぉ。
自分の見たい夢しか見えてない人たちには、何を言っても無駄だと思うわぁ」
「「「あー、確かに」」」
「…あれ、ひょっとして、私たち、ユート狙いの子たちに妬まれる立場?」
「え、それ、今気がついたの?」
「遅いから、遅すぎるからっ」
「嘘、みんな解ってた?」
「当然。
ていうか、選ばれた面子を見る限り、『勇者狙いじゃない』ってのは、選考条件のひとつだったんでしょうね」
とめどなく流れてゆく話の中に切っ掛けを見つけた。
わたしはタイミングを見計らいながら質問を投げかける。
「皆さんが『勇者狙いじゃない』理由を、お聞きしても良いですか?」
わたしの唐突な質問に対して、真っ先に答えてくれたのはルルゥさんだった。
「あたしはねぇ、すごーく年上のオジサマかぁ、年下の可愛い美少年と美少女にしか興味がないのぉ」
「…。」
わぁ、濃ゆぃ回答が来た。
ひょっとして他のお姉さんたちも似たりよったり?
わたしの視線に気がついたメイさんが苦笑して言った。
「…ルルゥみたいなのは特殊だから。
あたしや他の子たちは、もう決まった相手がいるとか、今は仕事が最優先で恋愛は二の次って感じだよね?」
「そうねぇ、火竜討伐に成功したら、昇進と昇給は間違いなしだから参加を希望した訳だし…」
「危険だけど、見返りが大きいからね」
「婚約者がいるのに、口説き落とせる可能性の低い相手に手を出そうなんて思わないわよ」
「ユートは故郷に残してきた妹さんのことが、心配で心配で仕方がないって感じだったしね」
「あれじゃぁ、どんな美女が相手でも無理よ」
「それが解ってるから、こっちも無駄なことはしない…って感じかなぁ」
「うんうん、そんな感じ~」
「あんな美形を落としても、後で他の女の子に奪われやしないかって心配になりそうだし…」
「自分より顔の綺麗な男は恋愛対象外よね」
おねえさんたちはにこやかに笑いながら次々と答えてくれた。
その様子から、回答に嘘偽りが無いことを確信する。
(この人たちなら、きっと大丈夫)
治療士選抜試験の最終確認の任務を終えて、わたしはホッと一息ついた。
安心と解放感で緩んだ気持ちのまま、拭い去れない疑問を口にする。
「皆さんは、彼の…妹さんのことを過剰に気にしている言動について、奇妙だ…とか、不快に思ったりしないんですか?」
「えー、別に?」
「うん、特に何とも思わないかな」
ヴァルフラムさんの時と同じ反応が返ってきた。
この国では男女問わず、同じ考え方なのかなぁ。
わたしのどこか腑に落ちない様子に気がついたのか、ルルゥさんがちょこんっと首を傾げた。
「貴女の常識とは違うのかもしれないけど、ウチの国では割と普通よぉ?
妹を大事にしている人なら、将来自分と子供も大切にしてくれる筈…って考えるから」
「…あぁ、なるほど…」
ルルゥさんの言葉で、違和感が一気に薄れた。
確かにそう言われると、良い人みたいに思える…かもしれない。
「なぁに?
貴女のお兄さんもユートみたいな過保護なタイプなのぉ?」
「はい、そうなんです」
ルルゥさんの質問に頷くと、お姉さんたちが一斉に喋り始めた。
「あぁ、それでこの控え室に来る前から仮面を着けていたのね。
素顔を知られないようにするため?」
「それともお兄様に見つからないようにするためかしら?」
「お兄さんに見つかったらマズいの?
ヴァルフラムが一緒でも?」
「…そうだとしたら、相当な箱入りのお嬢様として育てられているんでしょうね」
「ひょっとして、お兄様に内緒で今夜の舞踏会へ参加するの?」
矢継ぎ早に繰り出される質問の全てがクリティカルヒットだった。
返答に困っていたわたしの耳にメイさんのきびきびした声が飛び込んでくる。
「この子を質問責めにしている時間はもう無いわよ。
ほら、時計を見て」
「やだ、もうこんな時間?」
「楽しい時間はあっという間ねぇ」
「舞踏会の会場に行く前に、お化粧直しをしなくちゃ」
「そうね、誰も狙わないのと、身だしなみを整えるのとは別の話だから」
「早く行かないと、いい場所なくなっちゃう」
「いい場所って?」
「適当に寛いでいても、目立たない場所のことよ」
「貴女のお話をもっと聞きたかったのだけど…残念だわぁ。
会場で会ったら、またお話しましょうねぇ」
「今夜の催しが、貴女の旅の良い思い出になりますように」
「舞踏会、楽しんでいってね」
治療士のお姉さんたちは次々と小部屋を出て行き、最後にわたしとメイさんだけが残った。
急に人が少なくなった部屋は、なんだか広く感じる。
わたしがぼんやりと部屋の中を見回している間に、メイさんは赤い薔薇の花のブレスレットを完成させていた。
「ありがとうございます。
…メイさんって、すごく器用なんですね」
左手に薔薇のブレスレットを着けてもらいながらお礼を言うと、彼女は小さく笑って頭を振った。
「ううん、どちらかというと、あたしは不器用な方よ。
花嫁修業の一貫として、フラワーアレンジメントを習っているから、一応それなりには出来るけど…っと、コレで良し」
わたしは左手を軽く動かしてみた。
薔薇の茎とワイヤーに巻かれたリボンのお蔭で、肌触りも悪くない。
「どう?
少し緩めに作ったけんだけど、痛い場所はある?」
「いえ、大丈夫です」
「そう?
じゃあそろそろ、あたしたちも行きましょうか。
控室の外で、ヴァルフラムが待っている筈だから」
「はい」
わたしは再び仮面を模した眼鏡を装着して、メイさんと一緒に控室の外へ出る。
廊下で待っていてくれたヴァルフラムさんと合流し、仮面舞踏会の会場へと歩を進めた。
リア多忙の為、大変更新が遅れてしまい、申し訳ありません。
話数&文字数短縮のため、治療士のお姉さんたち5名が名無し状態ですが、
ガールズトークの盛り上がりにはあまり支障がないので押し通しました(ぉ
(書けなかったけど)メイさんの恋人は、セイルさんです。
ヴァルフラムが団長をやっている騎士団には、あえて入りませんでした。
リリアさん含む治療師のお姉さんたちとの絡みがあるルートでは、
他に楽しいイベントも予定していたのですが、
最短ルートではこんな感じになりました。
■2014.09.28 人名変更 リリア → ルルゥ
その他、諸所微修正。