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070  ないしょ話は二人で



――わたしはジュリアさんと別れた後、一人で魔導士の塔へ戻った。


誰に、何を、どこまで話すべきか。


ちゃんと自分の考えをまとめてから指輪の魔法の力を借りて、エリオットに「二人だけで話したいことがある」と伝えた。

一人で部屋に戻ってきた彼に、昨日の夜から今日の昼までの出来事をかいつまんで話した。


「精霊たちがユーナの呼気から嗅ぎ取っている香りは、人間には解らない。

けれど、ユートだけは精霊たちと同じ匂いを嗅ぎ分けることができている…ってことですよね?

一体どうしてそんなことが起きているんでしょう?

人は…魔導士と魔術士は魔素(マナ)を利用していますが、それを糧に生きている訳ではないし、そもそもあちらの世界はこちらの世界に比べて魔素が非常に少ないから…」


話を聞き終えると、彼は眉根を寄せて考え込んだ。


(真剣に考えてくれているのは嬉しいけど、あんな表情をしてたら可愛い顔が台無し…)


わたしはテーブルの上にロールケーキと紅茶を置き、彼に勧めた。


「疲れた時には甘いモノを食べるといいよ。

エリオットを待っている間、この部屋の台所を借りて、精霊さんたちに手伝って貰いながら作ったの。

どうぞ召し上がれ」


「…。」


目を見開いて驚いている彼を見て、わたしは首を傾げた。


「エリオットは甘いモノ好きでしょう?

大福を気に入ってたし、ミルクティーにもお砂糖入れてたから、甘党だと思っていたんだけど…違った?」


甘いモノ好きだけど実は今ダイエット中なの~☆ …なんて、女の子にはよくあるオチを想像していると、彼は頬を赤く染めてぶんぶん頭を振った。


「いえ、その、甘いモノ…お菓子は大好物です。

僕の好きなものを作ってくださって、どうもありがとうございます」


エリオットははにかみながらお礼を言い、フォークを手に取る。

最初はケーキを一口大に切ってゆっくりと食べていたけど、段々と食べる勢いが早くなり、あっという間に彼の胃袋の中へ消えた。


「すごく美味しかったです。

ふわふわで柔らかい生地と生クリームが口の中でとろけるような…こんなケーキは初めて食べました」


笑顔になった彼の表情の変化につられてわたしも笑う。


「そう?

気に入ってもらえて良かった。

こちらの世界にはしっかりと焼き上げたお菓子が多いみたいだったから、違うものを作ってみたの」


本当はシフォンケーキを作りたかったんだけど、市場で型が売ってなかったから天板に生地を流して焼いた。

砂糖は使わず、メープルシロップのみで甘みをつけた生地に、メイプルシュガーと一緒に泡立てた生クリームを入れて巻き、しばらく冷やしてから切り分けた。

巻いている途中で生地が割れやしないかと心配したけど、綺麗な「の」の字のロールケーキになったので、作った私も大満足の出来栄えだ。


精霊さんたちの協力が無ければ、多分、作れなかったと思う。

彼らにメレンゲを作ってもらったり、オーブンの温度を調整してもらったり、生クリームの泡立てや成形後の冷却を手伝ってもらったお蔭で、電化製品がなくてもなんとか作りあげることができた。


自分の世界ではいつでもどこでも使えるから忘れてたけど、電化製品無しで…全て人の力だけで家事をこなすのって、結構大変な事なんだということが解った。

そのことに思い至ると、こちらの世界から『魔法』がいつか失われることの大変さが少しだけ身に染みた。


わたしの世界で『電気』が使えなくなるのと同じか、それ以上の混乱が起きるに違いない。

その時に備え、準備はいろいろと進んでいるようだけど…。


わたしは重苦しい想像を抱えたまま、エリオットの顔をじっと見つめる。


「――ユーナ?

どうかしたんですか?」


彼は静かにティーカップをソーサーの上に戻した。

その動きを目で追いながら言葉を紡ぐ。


「うん、あの…ね。

エリオットには全部話したけど、他の人には黙っていて欲しいの。

精霊さんたちが、わたしの…『黒の加護』を受けている人の呼気の香りを好んでいて、わたしの傍にいると彼らの成長が早まるって話。

誰にも言ったりしない、魔導書にも書き残したりしないって、約束して」


「…え?」


「このことは、『黒の加護』を受けていた他の三人も、解っていたと思う。

少なくとも、おばあちゃんだけは間違いなく知っていた。

それなのに、レイフォンさんとエリオットはこのことを知らなかったでしょう?

それなら、二人の師匠であるおじいちゃんもきっと知らない。

この話がずっと秘密にされてきたのは、多分、『精霊術』に悪用されないためだと思うんだ」


わたしはゆっくりとした口調で話しながら、グレアム師のことを心に思い浮かべる。


わたしのおばあちゃんに術を教えたというおじいちゃん。

おばあちゃんに関わる記憶を嬉しそうに話すおじいちゃん。

わたしをおばあちゃんと同じ…何か悲しい目にあわせたくなくて、レイフォンさんと喧嘩をしていたおじいちゃん。


「わたしのおばあちゃん…リリアーナ姫とおじいちゃんの関係がどんなものだったのか、約束があるから聞けないけど、でも、仲が悪かった筈がないと思う。

それなのに話していなかったのは、おじいちゃんが『魔導士』だからなんじゃないかな…って」


「それは…」


エリオットが何かを言いかけたけど、気まずそうな表情で口を噤んだ。


「わたしの呼気に似た香水を使っても、精霊さんたちを自由自在に使役することはできないと思うけど、でも、そのための『道具』の一つにはなるかもしれないでしょう?

精霊さんたちの力を使って大きな術を使いたいと考えている人が全員悪い人だとは思わないけど、精霊さんたちの自由意思を捻じ曲げるような(こと)に使われたら…って考えると、怖いの」


「ユーナの心配も解ります。

でも、精霊術を使うことができる術者自体がとても少ないし、研究する人も…」


わたしは強引にエリオットの言葉を遮って、強い口調で訊いた。


「それは、レイフォンさんからも聞いた。

でも、この世界から『魔法』が消えてしまった後は?」


「…え?」


「はじまりの魔法使いが創った『魔法』はいつか使えなくなるんでしょう?

その時に備えて、こことは違う世界からいろんな技術や知識を取り入れている。

でも、それらは『魔法』の代わりにできるレベルには達していないんじゃないの?」


「…。」


「私の世界には『魔法』はないけど、『科学技術』が発達しているわ。

でも、その科学技術でも、広い範囲の天候をコントロールすることなんてできない。

呪文ひとつで目や髪の色を変えたり、瞬時に遠くの場所へ移動することもできない」


あるのが当たり前。

使えて当然。

そんな『力』が突然消えてしまったら…?


「生活に無くてはならないものなのに、無くなってしまったら、どんな手を使っても取り戻そうとすると思う。

便利だった時のことを覚えているなら、尚更。

そうなったとき、一番『魔法』に近いのは、『精霊術』なんじゃないかなって思ったの。

魔法が使えなくなったら…精霊術を使える魔導士さんの力が今よりもずっと必要とされて、研究する人も多くなる。

より多くの成果を求める声が高まれば、精霊さんたちを『同じ世界に生きている隣人』ではなくて、『活用すべき資源』…使い捨ての消耗品みたいに扱っても何とも思わなくなる人が増える……そんな気がする」


単なる想像でしかないけど、杞憂だと笑ってすませたりなんて、できない。


わたしが確信をこめて話している間、エリオットは硬い表情のまま黙って聞いていてくれた。

わたしが口を閉じると、深い溜息と共に呟く。


「――ユーナが僕だけにしか話せないことがある、と言った意味がようやく解りました。

確かに、お師さまやレイ先輩に聞かせていたら……口止めは難しかったと思います。

二人とも研究が一番大事、という人たちですから」


彼は苦笑いしながら大きく頷いた。


「今の話を誰にも話さない、書き残したりしないとお約束します。

僕も精霊たちが酷使されるような未来を望んではいませんし…それに、そんな風に精霊たちを扱ったら、この世界は神々の加護も失うことになるでしょうから」


わたしはエリオットの言葉に首を傾げた。


「神々の加護って……この世界にはそんなものが本当にあるの?」


そう訊くと、逆に驚かれる。


「え、ありますよ、普通に」


「普通に?」


「ええ、この世界で生まれた者は、誰もが何等かの神の加護を与えられています。

加護が先か、生まれ持った才能が先かは不明ですが、得意な技能に影響するので、それを生かした職業に就く人が多いんですよ。

ユートのあの(・・)加護はちょっと特殊なので、あれを生かした職業というと…遺跡の発掘調査ぐらいしかないかもしれませんが」


「?」


「お忘れですか?

ユートが、鍵や封印の術式を無効化してしまうことを」


「…。」


すっかり忘れてたけど、そういえば確かに初日にそんな話を聞いた。

王城の宝物庫や遺跡の封印も難なく開けてしまうという…。


わたしは記憶を遡りながら尋ねた。


「ええと…うちの兄には泥棒の神様の加護があるんだっけ?」


「はい。

ルスキニアには『盗賊の神 イシュト』の神殿が無いので、確認はできていませんが、恐らく間違いないと思います。

ユートの加護できちんと確認できているのは、『剣の神 ハーディア』『智恵の神 クルト』『美の女神 ミュリエル』。

まだ他にもありそうだったんですが、神殿巡りをする時間が惜しいとユートが言うので、調べていません」


「…。」


兄に剣と知恵と美の神様の加護が与えられているという話を、違和感なく納得できてしまった自分がちょっと嫌だった。

兄の能力の高さと美貌を認めているだけで他意は無いけど、でも、知らない人から見たら私もブラコンだと言われそうな気がする…。


(うぅ……人前では疑われないように気をつけないと)


わたしが内心黄昏(たそがれ)ている間も、エリオットの説明は続いている。


「神々の加護は多ければ良い、という訳ではないと云われています。

人より優れている特技が多くあっても、全てを極めることができず、どれも中途半端に終わってしまうらしくて…。

でもユートなら、そんな心配はなさそうですけどね」


ふむふむ、与えられた加護が多すぎると、器用貧乏になる傾向があるってことか。


「エリオットの加護は何…って聞いてもいい?」


「はい、大丈夫ですよ。

ある程度親しい間柄であれば、失礼にあたる話題ではありません。

僕は『太陽神 エリク』と『智神 クルト』の加護を得ています」


「智恵の神様の加護の恩恵は聞かなくても解るけど、太陽の神様のは…?」


「太陽神の加護は多種多様で人によって大きく異なるんですが、僕の場合は『天気』と『良縁』ですね。

大事な用がある日には必ず晴れるし、周囲の人に恵まれています」


「晴れ男は解るけど…人に恵まれてるってどういうこと?」


「家族や友人…身近な人たちが、皆、とてもいい人たちばかりなんです。

困ったときにも、必ず手を差し伸べてくれる人が現れますし」


そう言って無邪気に笑うエリオットの笑顔には後光が差して見えた。

その眩しい笑顔にほっこりと和みながらも、一応ツッコミをいれてみる。


「それは神様の加護のお蔭じゃなくて、エリオット自身の人徳なんじゃない?」


「そんなことないですよ。

僕自身の力なんて、全然……」


急に落ち込んでしまった彼の様子に気がついて、わたしはあわてて話題を変えた。


「そういえば、わたしの『黒の加護』って…髪の毛と瞳の色が黒いって意味からきてるの?

『精霊の加護』って言ったほうが解りやすいと思うんだけど」


「ああ、そういえばまだちゃんと説明していませんでしたね。

歴代の方々は全員、神々の手厚い加護も与えられていました。

だから『精霊の加護』という言葉だけでは、言い表せないんです」


「…え?」


なんですと?

わたしにも何か特殊技能がついてるの?


「『黒の加護』というのは、加護を与えられる者だけでなく、加護を与える神々の色をも意味しています。

特に有名なのは、『月の三女神 アエラ・イリス・ウルク』と『黒龍』」


「…こくりゅう?

それって、黒い竜のことだよね?

竜の種類は四種類じゃないの?」


以前教えてもらったのは、火竜・風竜・水竜・地竜。

四種の竜の生息場所や属性は名前から想像がつくけど、黒竜って…?


わたしの質問を聞くと、エリオットはソファーから立ち上がり、本棚から大きな図鑑を抜き出して戻ってきた。

テーブルの上に広げられたページには、細長い身体で天を舞う…東洋風の黒い龍の姿が描かれていた。


「黒龍は神獣であり、四竜とは全く違う存在で、姿形も大きく異なります。

黒龍の頭部には真珠のような光沢(こうたく)の角があり、口元に長い髭をたくわえ、左の前脚に黄金の宝玉を握っているそうです。

神々によって『はじまりの魔法使い』がこの世界に召喚された後、黒龍はこの宝玉の力を用いて彼を幾度となく助けたという伝承が残っています」


彼はそう言いながら、パラっと乾いた音を立ててページをめくる。

次のページには、見開きで四種類の竜の絵が描かれていた。


溶岩流の傍で咆哮(ほうこう)を上げる火竜。

大空を飛ぶ風竜。

滝壺の傍で寝そべる水竜。

森の木に実った果実を食べている地竜。


(ウロコ)の色や形は違うけれど、お腹がぽっこりしていて、翼がついている。

四竜の姿は、西洋風の竜にとてもよく似ていた。


「――蛇っぽいのが『龍』で神獣、蜥蜴(トカゲ)っぽいのが『竜』で魔獣…という理解であってる?」


エリオットはわたしの言葉にふふっとちいさく笑った。


「姿形についての理解は間違ってはいませんね。

ですが、全ての竜が凶暴な魔獣だという訳ではありませんよ」


彼は図鑑を閉じて静かに立ち上がり、本棚へと戻した。

西日が差しこんでいる窓辺へと歩み寄り、外の景色を見ながら説明を続ける。


「竜は人里から離れた自然の豊かな場所に住み、(おも)に大気中の魔素(マナ)を食べて生きていると云われています。

伝承によれば、神獣である龍は天界の魔素を、四竜は地上の魔素を、食べることによって浄化しているそうです。

凶暴化する竜は総じて老齢であることから、魔素に何等かの毒が含まれていて、それが長い年月をかけて体内に蓄積されたことが原因で、竜の理性や知性が失われるのではないか……というのが、今、最も支持されている推論です」


「それって、竜は病気で苦しんでいるってこと?

魔素を浄化してくれていたのに、そのせいで病気になって…最後は殺されちゃうの?」


「そうとも言えますね。

でも、治してあげる(すべ)は無いんです。

非力な人間の僕たちには、狂った竜の凶行を殺すことでしか止められない」


逆光でエリオットの表情は見えない。

少し震えている声から彼の心情を察して、わたしは話を元に戻した。


「龍と竜の違いを丁寧に教えてくれてありがとう。

…月の女神と黒龍の『加護』はどういうものなのか教えてくれる?」


「月の女神の加護は、ツキ(・・)に恵まれることだと云われています。

ユーナは三人の月の女神の加護を受けている筈なので、一生最高の幸運が約束されているといっても過言ではないかと」


「…。」


(元の世界に戻ったら、宝くじを買うべき?

あ、でも、この世界の神様の加護なんだから、違う世界では効力切れになるのかな?)


「黒龍の加護は特殊能力の付与…動物と高度な意思疎通が可能になるのだそうです。

黒龍が動物の頂点に立つ存在である事と関連してるのかもしれませんね」


「…それって、ドリトル先生みたいになれるってこと?」


「は?」


わたしは驚きのあまり、思わずエリオットには解らないネタを振ってしまった。

笑って誤魔化しながら話の先を促す。


「ううん、何でもない。

話の邪魔をしちゃってごめんね。

続きをどうぞ」


「リリアーナ様が火竜にたった一人で挑んで勝つことができたのは、神剣と術を自在に操る能力の高さと、神々の加護を余すことなく生かしたお蔭なのだそうです。

決して人に慣れぬはずの魔獣を従えて戦いに赴くお姿は、子供向けの絵本の中でも特に人気のある場面で…」


滔々(とうとう)と語り続けるエリオットを、わたしは慌てて止めた。


「ちょ、ちょっと待って」


「はい?」


「おばあちゃんの竜退治の話が、絵本になってるの?」


「…はい、そうですけど?

それが何か?」


すごく不思議そうな顔で問い返されてしまった。

わたしは彼の視線から逃れるために、ソファの上で身じろぎをする。


うわぁ、家族の話が絵本になって世間に知れ渡っていても、全然平気なんだ?

ホームビデオがネットに流出! っぽい事態に似てると思ったんだけど。


こういうのもお育ちの違い……貴族と平民の差なのかなぁ?


あー、今なら吟遊詩人に歌を禁じた、粘着質の人の気持ちがちょっと解る。

何ていうか、こう、私事(わたくしごと)はそっとしておいて欲しいというか…。


わたしが他所を向いて現実逃避していると、小さな物音が聞こえた。

そちらを見ると、エリオットが本棚から本を取り出していた。


「――お師さまとの約束があるので、ユーナには押絵しかお見せすることはできませんが、リリアーナ様のお話はいろいろ出版されているので…」


エリオットは取り出した本を抱きかかえながら喋り続けている。


「そんなにたくさん一度に持たなくても……危ないっ」


隙間なく入れられていたのか、引き抜こうとしていた本だけでなく、その両側の本も同時に動いて彼の頭上へと落下する。


ドサッ。

本が床に落下する鈍い音とともにエリオットの声が聞こえた。


「痛たた…」


「大丈夫?」


慌てて傍へ駆け寄る。

彼の周囲には本が無残に散らばっていて、足の踏み場も無い。


「大丈夫です、ちょっと頭が痛いですけど」


苦笑いを浮かべるエリオットの顔をじっと見つめる。

血も出てないし、怪我は無いようだ。


「良かった」


わたしが安心して微笑むと、エリオットは一瞬固まって、勢いよく顔を逸らした。


「…どうしたの?」


「いえ、何でもないです」


「そう?」


何でもないように見えないから訊いたんだけど……まぁ、いいか。


わたしは床に散らばっている本に手を伸ばして、一冊づつ拾い集めた。

皮張りや布張りの装丁の分厚い本ばかりで結構重い。


ふと、そのうちの一冊の本に目が留まった。

開かれているページには、色つきの押絵が描かれている。


中央には白銀の甲冑を身に着けている女の人。

彼女の長い黒髪は風に吹かれているかのようにふんわりと棚引(たなび)いていた。


その両脇には二頭の大きな獣。

金色の(ヒョウ)に似た姿形の獣が右に、青みがかった銀色の狼のような獣を左に従えて、颯爽と歩く姿が絵に写し取られている。


「――コレが、おばあちゃん?」


わたしが指さして訊くと、エリオットは本の絵を覗きこんで頷いた。


「はい、そうです。

この挿絵は…十五歳頃のリリアーナ様を描いたものですね。

両側に居る二頭の獣が『魔獣』です。

魔獣は普通の獣と違い、身体が大きく人語を解す高い知能がありますが、人や家畜を襲うため、害獣として忌み嫌われています。

この二頭は討伐に来たリリアーナ様との戦いに敗れた後、人や家畜を襲わないと誓い、恭順の意を示したのだとか。

共に在ること許された彼らは常に彼女の傍につき従い、火竜討伐の際にも一緒に戦ったそうです」


「敵だった魔獣を味方にしちゃうなんて、おばあちゃんは本当に凄い人だったんだね」


そう言いながら、何かが心にひっかかるのを感じていた。


キーワードは三つ。

魔獣、敵、討伐。


何かの解決の糸口になりそうな気がするんだけど……なんだっけ?


わたしは内心首を捻りつつ、エリオットの話に耳を傾ける。


「リリアーナ様が異界へ旅立たれた後、彼らは忽然(こつぜん)と姿を消してしまったそうです。

リリアーナ様以外の人には慣れず、他人が近づくことすら嫌がる彼らが、王都に留まっていたら…お互いに困ったでしょうから、居なくなったのは寧ろ当然のことかもしれません。

その後の彼らがどうしているのか……ずっと気になっているんです。

再び魔獣として自由気ままに生きているのか。

それとも僕と同じように、リリアーナ様がいつか帰ってくることを夢見て、人や家畜を襲わないという約束を守りながら、何処かでずっと待っているのか…と」


「…。」


わたしは再度押絵を見て、彼らが忠犬ハチ公っぽくおばあちゃんの帰りを待っている様子を想像してみた。

十五年間ずっと毎日会いたいと願い、今日こそ戻ってくるかもしれないと期待して…叶わずに毎晩しょんぼりとしている姿を思い浮かべたら、可哀想で涙が出てきた。

もふもふ動物好きとしては、泣かずにはいられない。


「ユーナ?

どうしたんですか?」


わたしが泣いていることに気がついたエリオットがあわてた様子で声をかけてくれたけど、今は気遣いよりもティッシュが欲しいです。


「うん、ちょっと…」


わたしが涙声で事情を説明しようとしたとき、背後から冷やかな声がかけられた。



「――二人きりで何をしているのか見に来てみれば……姫を泣かせているとはね。

エリオット、どういうことなのか説明しなさい」




リアル事情&体調不良で更新が大変遅れてしまい、申し訳ありませんでした。


盗賊の神の加護の話は、31話「カレー臭が招いた危機」に出てきます。


■2024.01.03 リリアーナ作画年齢を修正


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