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069  新たな謎が増えました



ジュリアさんは頬を染めながら早口で「あたしは夫一筋の貞淑な人妻なんだから、人に誤解されるような距離まで近づくのは止めて。……()ったのは悪かったわ、ごめんなさい」と言って謝った。


もしかしたら、ジュリアさんは兄の美声か美貌に動揺して、そんな自分自身にびっくりしたのかな?

幸せそうな人妻を惑わした兄の魅力は、わたしが持っているという『魅了』の力よりも性質(たち)が悪そうだ。


打たれた当の本人は痛みで正気に戻ったのか、距離を空けてジュリアさんの様子を見守っている。

誰も喋らない重苦しい沈黙を、軽やかなドアチャイムの音が破った。

鉄琴に似た涼やかな音と共に、聞き覚えのある声が飛び込んでくる。


「ユート、探しましたよ。

こんなところに居たんですね。

至急王城に戻れ…と……ラウエル子爵夫人?」


「あら、お久しぶりね、エリオット君」


突然現れたエリオットがあたふたしている様子を見て、ジュリアさんは微笑みながら挨拶をした。


他人が動揺しているのを見ると、逆に自分が落ち着くことってあるよね。

きっとジュリアさんもそんな感じなんだろうな。


あの様子から考えると、エリオットはわたしとジュリアさんが一緒に行動していることを知っているに違いない。

そうだとすれば、この危機的状況を回避する手伝いをしてくれるはず。


わたしはエリオットの活躍に期待しながら、ズボンのポケットの中に入れておいた魔宝石の指輪を探した。

< 心話 > の魔法が込められてる指輪を指で探っている間にも、表舞台では会話が進んでいる。


エリオットは兄にジュリアさんが親しい親戚…二番目のお姉さんの旦那さんの妹であることを説明し、信頼できる人物であると保証した。

兄からこの店に居た理由を聞くと、ビクっと大きく身体を揺らす。


「――ユーナの匂いを辿(たど)って、ここに?

ラウエル子爵夫人…ジュリアさんが、その匂いの(みなもと)だと?」


「ああ、間違いない」


兄の自信たっぷりな返答を聞くと、エリオットは眉を八の字にしながらスンスンと鼻を鳴らして辺りの匂いを嗅いだ。

その後、ジュリアさんにゆっくりとした口調で尋ねる。


「ジュリアさん、不躾(ぶしつけ)な質問で申し訳ありませんが、今日、香水の(たぐい)をつけていらっしゃいますか?

僕の嗅覚はユートほど優れていないけれど、この辺りに漂っているいい匂いは、確かに貴女に近づくほど強く香ってるように思えます」


「…っ!」


ジュリアさんはハッとしたように目を見開き、大きく頷いてみせた。


「ええ、つけているわ。

今日、調香師の友達のお店に行って作った、オリジナルの香水をね」


「その香水の香りを確かめたいのですが、お借りすることはできますか?」


「いいわよ、ちょっと待ってね」


わたしがアクセサリーと靴を見せてもらった時から、香水が入った手提げ袋はガラスのテーブルの上へ置いたままになっていた。

ジュリアさんは手提げ袋から淡いピンク色の水蓮を(かたど)ったボトルを取り出し、エリオットに手渡す。


エリオットは兄と一緒に店の隅まで移動すると、ボトルを空中へ向けた。

シュッ…と微かな音が空気を震わせる。


短い沈黙の後、兄の口から呟きが漏れた。


「――優奈の…妹の匂いと同じだ」


それを聞くと、エリオットとジュリアさんの表情がパッと明るくなった。


(わたしの匂いがあの香水と同じ?)


念のため自分の手の甲の匂いを嗅いだり、小さく息を吐いてみたりしたけど、あの香水と同じ香りはしない。


わたしや他の人…普通の人には嗅ぎ分けられない。

だけど、兄と精霊さんたちには解る香り。


精霊さんたちが作った香水を『わたしの匂い』だと言う兄は、精霊さんたちと同じ香りをわたしから感じているということだよね。

どうして…?


何か大事そうなことが閃きそうな予感がするのに、答えが出てこない。

思わず唸り声をあげそうになった時、エリオットとジュリアさんの会話が続いていることに気がついた。


「ジュリアさん、貴女はその香水をつけて市場の中を歩き、このお店まで来たのですか?」


「ええ、そうよ。

調香師の友達のお店は、市場の外れにあるの。

そのお店を出るときにこの香水をつけて、このお店まで歩いてきたわ」


「ユートは貴女が通った道の残り()を辿って、こちらのお店まで来たのでしょうね。

この香水の香りをユーナの匂いと間違えたんだと思いますよ」


エリオットが話をまとめて兄を見上げる。

兄は大きく息を吐いた後、まばゆいばかりの笑顔を浮かべた。


「――そのようだな。

間違いだと解って、本当に良かった。

そう言われてみれば確かにコレは香水の…強すぎる香りだ。

あちらの世界では、優奈の匂いがこれほど強く香っていたことは無かったよ。

もっと微かな…注意していないと解らないくらいのものだった」


「「「…。」」」


兄は自分の顔を見て固まっている三人に気を留めず、淡々と心境を語り続ける。


「俺やエリオットが知らない内に優奈もこちらの世界に来ていて、何かのトラブルに巻き込まれて困っているんじゃないかと……俺たちに助けを求めているんじゃないかと気になって、心配で心配で仕方がなかったんだが、そうじゃなかったんだな。

やっと安心できたよ」


穏やかな口調で話す兄の顔を、エリオットが申し訳なさそうな表情で見つめている。


いやいや、そこで(ほだ)されちゃダメだよ、エリオット君。

バラしたら最後、兄は間違いなく超絶過保護モードになるからね?

火竜退治よりもわたしの保護を優先しちゃうから、絶対に話しちゃダメだよ?


わたしはエリオットに念を送りつつ、カーテンから一歩離れて身体をぐいっと伸ばす。

緊張して息を殺していた影響か、身体がカチコチに強張っている。

簡単に身体をほぐした後、ポケットの中から見つけ出した魔宝石の指輪を右手の薬指にはめて、心の中でエリオットに語りかけた。


[ エリオット、聞こえる? ]


[ ―――はい、聞こえてます。

やはりジュリアさんと一緒に行動していたんですね。

この香水の匂いが貴女の匂いと同じかどうか僕には解らないけれど、ユーナがこちらの世界に居ることがバレずに済んでホッとしました ]


[ うん、そのことについてはまた後で話そう。

…わたしもまだ、話すべき内容を整理できていないから ]


再びカーテンの隙間から覗いて兄の様子を窺うと、お針子さんと何か話をしていた。

ジュリアさんはそんな二人から少し距離を置いた場所にいる。


[ とりあえず、兄を連れて王城に戻ってくれる? ]


[ はい、そうします。

ユーナはこの後何か予定があるんですか? ]


[ ううん、多分無いんじゃないかな……何も聞いてないし。

そっちの話、わたしも聞いておいたほうが良さそうなの? ]


[ どうしても…という訳じゃないけれど、できればユーナの見解も聞かせて欲しいんです。

火竜と魔獣は共闘したりはしない生き物ですが、魔獣が異常行動を起しているのなら、火竜も同じく常とは違う動きをする可能性があります。

危険をできるだけ少なくして、討伐隊に参加してくれる人たちの生還率を上げるためにも、できる限りのことはしておきたいんです ]


[ うん、解った。

ジュリアさんと馬車で王城まで戻ったら、魔導士の塔の…エリオットの部屋で待ってるね ]


[ お願いばかりですみません。

よろしくお願いします ]


エリオットの丁寧な口調にはどことなく疲れが(にじ)んでいた。

朝早くから討伐隊の隊長として…そして試験官として立ちまわっていたんだもの。

疲れるのも当然だよね。


うちのお兄ちゃんが全然疲れているように見えないのは、基礎体力の違いかな?

単に神経が図太いだけかもしれない。


わたしは二人がお店から出て行く後ろ姿を見送りながら、そんなことを考えていた。


精霊さんたちからもう安全だと教えてもらってから、更衣室のカーテンを開ける。

ジュリアさんと目が合うと、感謝と労りの気持ちを込めて頭を下げた。


お針子さんに「厄介ごとが起きたようだったので、隠れていました」と言い訳をしたら妙に納得されたけど、「あんな美形を間近で見られる機会を逃すなんて、もったいないです」等と力説されて困った。


(長年一緒に暮らしているので、あの顔はもう見飽きています。

それにアレは顔が良くても中身にいろいろと問題があってですね…)


心の中でこっそりと反論を述べていると、ジュリアさんが生温かい目をしながら熱く語り続けているお針子さんの言葉を遮った。


「――お話の途中でごめんなさい。

そろそろあたしたち戻らないと……ね?」


「あ、はい」


わたしは返事をして、綺麗にラッピングされた荷物を手に取る。

肩にかけることができる大振りの紙袋の中には、香水の袋もまとめて入れられていた。


「ずいぶんと長居してしまってごめんなさいね」


ジュリアさんは(あで)やかな笑顔でお針子さんに別れの挨拶をして、店の外へ颯爽と歩を進めた。

わたしも彼女に軽く頭を下げて、ジュリアさんの後を追う。



その後、ジュリアさんに頼んで食材と調理器具を売っている通りに連れて行ってもらった。

そこで必要なものを買い揃えてから、彼女と一緒に馬車で王城へ戻った。




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