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066  香水を作ってもらいました



――精霊さんたちの申し出を「香料を選ぶのを手伝ってくれる」のだと思って、軽い気持ちで頷いてしまったのだけど、彼らは嬉々として香水を作りを開始した。


このお家の庭に住んでいるという下級精霊さんを指南役に任命し、手分けして香水作りに必要なものを集め始めている。


[ シェラしゃんが使っている道具は、しょこの棚に仕舞ってあるです。

姫しゃま、しょこの棚からビーカーと撹拌棒(かくはんぼう)を出しゅてくだしゃい ]


「はいはい」


わたしは精霊さんに言われるがまま、棚の扉を空けて道具一式をテーブルに並べた。

香料が入ったちいさなガラス瓶は、精霊さんが自分たちの手であちこちの棚から運んできている。


家主さんが居ないのに勝手に開けていいのか…とためらう気持ちもあったけれど、精霊さんたちの楽しそうな様子を見ているうちに、彼らのやる気を水を差すようなことは言えなくなっていた。


ジュリアさんとシェラさんが戻ってこない内に仕上がるよう積極的に手伝った甲斐があって、驚くほど早く精霊さんたちの香水作りは終了した。


[ 完成でしゅ! ]


指南役の精霊さんの言葉に、中級精霊精霊さんたちが歓声を上げた。

全員で輪になって空中を舞い踊っている。


[ この香水なら、姫さまの香気(こうき)を損なうことなく調和します ]


[ 姫さまの(かぐわ)しい香りを、できるだけ再現してみたのですよ ]


[ 姫さまの香気には及びませんが、かなり近いものができました ]


[ どうぞ香りを嗅いでみてください ]


わたしは試香紙を手に取り、ビーカーから撹拌棒を持ち上げ、紙に香水を一滴落とした。

香水が紙に浸み込むのを待ち、自分の鼻先で試香紙を軽く振ってみる。


ふわっと漂ってきた香りを嗅ぐと、甘やかな香りの花が咲き誇る情景が浮かび、次いで新緑の森の中に居るような清々しさを感じた。


「――素敵な香りね。

本当にわたしの呼気(こき)からこんな匂いがするの?」


自分では全然解らない。

精霊さんたちにだけ嗅ぎ取れる特別な香りなのかな?


わたしの素朴な疑問に、彼らは身振り手振りを交えて答えてくれた。


[ 大気中の魔素(マナ)(かて)にしている生き物ならば、僕らと同じように姫さまの芳しい香りに反応すると思います ]


[ ドッキドキで、わっくわくな気持ちになるのです ]


[ 心が浮き立つような感じだと言えば、お解りになるでしょうか?

じっとしていられず、姫さまの御前に馳せ参じたい衝動に駆られます ]


[ 私たちにはこの上ない芳香(ほうこう)に感じられますが、魔獣たちにとっては真逆のようです。

彼らは『精霊の(いと)()』の香りを忌避(きひ)します。

リリィ様は魔獣討伐に赴く際、ご自身の匂いを封じる術をかけていました。

そうしないと逃げられてしまうから…とおっしゃって ]


「逃げられてしまうって……かなり遠くからでも解るものなの?」


[ わたくしたちの大好きな香りですから、ほんのわずかでも嗅ぎ分けられますわ ]


[ 魔獣たちにとっては、好き嫌い以前に自分たちの命に係わりますから、ほとんど条件反射で逃げ出していたような感じでしたね ]


「…。」


おばあちゃん、どれだけ魔獣を狩りまくっていたんだろう。

条件反射で逃げ出してしまうって、天敵というか…むしろ天災?


匂いが届く距離やおばあちゃんのことについて詳しく訊こうとした時、ジュリアさんとシェラさんの話声と足音が聞こえてきた。


シェラさんは魔術士だから、彼女には精霊さんたちの姿は見えない筈。

でも、ジュリアさんが本当に優れた剣士なら、生き物の気配を読むことができるかもしれない。


ジュリアさんには精霊さんたちの存在を隠す必要はないと思うけど、シェラさんはわたしの本当の素性と『黒の加護』を得ていることを知らない。

多分、女王陛下かジュリアさんが話さないと決めたのだと思う。

その事をシェラさんに知られてしまったら、彼女の身を危険に晒すことに繋がるかも…?


「みんな、隠れてっ」


わたしが小声で指示を出したのと同時に、部屋のドアが開かれた。


「――あら、ユーナちゃん…貴女ひとりだけ?

他に誰か居なかった?」


ジュリアさんから開口一番に問われて、わたしは平静を装いつつ答える。


「ええ、わたしひとりだけです。

誰も来ませんでしたよ」


「そう…?

そう…よね、出入り口は全て見張っていたんだもの」


怪訝そうな顔をしながらも頷いているジュリアさんの横で、シェラさんが目を丸くして驚いている。


「姫様、それ…ご自分で探し出したんですか?」


彼女の視線を追って、テーブルの上にビーカーや香料の瓶をあることを思い出す。


「勝手に使ってしまってごめんなさい。

香料の一覧表を見ているうちに、実際にどんな香りなのか嗅いでみたくなってしまって。

棚を開けたら、香料だけでなく道具もあったから、つい作り始めてしまったんです」


実際に作ったのは精霊さんたちだけど、そのことは話せない。

全部わたしがやったことにしないと。


わたしはソファから立ち上がって、シェラさんに向かって深々と頭を下げた。


「シェラさんが居ない内に、家探しするような真似をしてしまって、本当にごめんなさい」


「…この部屋には調香に使う物しか置いていませんから、そんなに謝らないで下さい。

元々はわたくしが姫様を置いて、私事を優先させて頂いたのが原因なのですから」


シェラさんが優しく笑いかけてくれたので、ホッとして肩の力が抜けた。

彼女はわたしの傍まで歩み寄り、わたしをソファに座らせてから試香紙を手に取った。


「姫様が作った香水の香り、嗅がせて頂きますね」


「あ、はい…どうぞ」


シェラさんは綺麗な真紅の瞳を閉じ、鼻先で試香紙を揺らす。

ジュリアさんも彼女の隣でくんくんと鼻を鳴らした。


「――あら、いい香りね」


ジュリアさんの明るい声と同時にシェラさんは目を開けた。

そして、勢い込んだ口調で訊いた。


「姫様、この香水の配合を覚えていらっしゃいますか?」


「え、あの…ここに出した香料を割と適当に…」


入れてましたよ、精霊さんたちが。


「そうですか…残念です。

すごく素敵な香りなので、香料の配合が解ればと思ったのですが」


がっくりと項垂(うなだ)れたシェラさんの肩を、ジュリアさんが笑いながら抱いた。


「そんなに気落ちすることないでしょう?

調香師になっても研究熱心なところは相変わらずなのね」


「…あぁ、申し訳ありません、姫様。

わたくし、気になることがあると夢中になってしまう癖があって」


顔を真っ赤にして恥らうシェラさんを可愛いと思いながら、わたしはおじいちゃんとレイフォンさんのことを思い出していた。

あの二人にも同じような癖があるけど、魔術士や魔導士の人たちの共通点なのかな…?


「この香りは確かに素敵だけど、女の子向けだってことがすぐ解る香りよね」


「…?」


ジュリアさんの発言の意味が解らなくて首を傾げる。


「あの女たらしの眼鏡が作った香水よりはずっとマシだけど、今のユーナちゃんの恰好には似合わない香りだな…ってこと」


「あ、そうですね。

男装しているってこと、すっかり忘れてました」


男の子に見えるようにヴァルフラムさんのちいさい頃の洋服を借りてるんだっけ。

着替える時以外はほとんど気にしてなかったけど、女の子向けの香水じゃ駄目なんだ。


「庭でシェラと話して盛り上がっていたんだけど、男装しているユーナちゃんには、中性的な香りの中に微かな甘さが感じられるようなものがいいと思うの。

薔薇の(つぼみ)の先端が色づきはじめた…そんなイメージで」


ジュリアさんが拳を握って熱く語り始めると、シェラさんも追従(ついじゅう)した。


「わたくしが姫様に似合うと思う香水のイメージは、限りなく白に近く…でも、ほんのりと薄い色が見え隠れしている感じです。

無垢であっても、無邪気ではなく。

大人ではないけれど、子供でもない。

紙一重の境界を移ろうようなあやふやさの中に、冬から春へ移り変わる直前の(きら)めく光の強さを秘めているような…」


早口で語り続けるシェラさんの瞳がキラキラと輝いている。


わたしは二人の勢いに押されて、僅かに身を引きながら言った。


「そ、それじゃあ、『男装をしているわたし』に似合う香水の作成は、お二人にお任せしてもいいですか?」


「あら、いいの?」


「よろしいのですか、姫様?」


「はい。

お二人のイメージに合う香料の組み合わせとか…わたしには解りませんし。

見学させて頂いているだけでも楽しそうです」


わたしがそう答えると、二人は向かい側のソファに並んで座り、嬉々として香料の選定を開始した。

レモン・ライム・グレープフルーツ…馴染み深い果物の香料が選ばれ、ローズ・ゼラニウム・ラベンダー…と花の名前のついた香料が続く。


ネロリとムスクが何なのか解らずにいたら、ネロリはビターオレンジの花の香料で、ムスクは動物から採取する香料なのだとシェラさんが教えてくれた。

想像がつかなかったムスクの香りを嗅がせてもらうと、ちょっと甘くて粉っぽいような…石鹸の香りによく似た匂いがした。


「ベースにサンダルウッドも追加しましょうね」


シェラさんは慣れた手つきで香料を計り、ビーカーの中の植物性アルコールの中に次々と加えてゆく。

全ての香料を撹拌棒でよく混ぜたあと、試香紙に一滴垂らしてジュリアさんに渡した。


「んー…もうちょっと爽やかさが欲しいわ」


「それなら、カルダモンも入れてみましょうか」


二人が相談しながら次々と香料を追加してゆく様子を、わたしはハラハラしながら見ていた。

精霊さんたちもたくさん香料を入れてたけど、こんなに入れていいのかなぁ。


「あの…もう十種類以上入っていますけど、大丈夫ですか?」


わたしが恐る恐る尋ねると、シェラさんは笑って言った。


「大丈夫です。

香料の濃度が上がるだけで、害になるわけではありませんから」


「そうなんですか?」


「はい、香料濃度が高いほど豊かな深みがある香りとなり、持続時間がかなり伸びます。

ただ…香料を多く使うと、その分お値段が高くなってしまうんです。

ですから通常は先程ご案内した通り『十種類』選んで頂いて、持続時間が三時間程度の濃度の香水をお作りしているんです」


シェラさんの返答に、ジュリアさんが言い添える。


「今回のお代は女王陛下が持って下さるから、思いっきり贅沢な配合の香水を作っても大丈夫なの。

ユーナちゃんはお財布の心配をしなくてもいいからね」


「最高級の香水を作れる機会なんて滅多にありませんから、とてもありがたく思っていますわ。

姫様のような可愛らしい方の『お忍び用の香水』という注文(オーダー)も面白いです」


わたしは二人の言葉に頷いて、それ以降は大人しく見学していた。

程なく完成した香水を、シェラさんがガラス製のボトルに移し替えてくれた。


精霊さんたちが作ってくれた香水は、水蓮を(かたど)った淡いピンク色のボトル。

シェラさんとジュリアさんが作ってくれた香水は、円錐型の透明なボトル。

可愛い香水瓶に入れてもらうと、売り物みたいに立派に見える。


「香水は作った直後から使えますが、一ヶ月程寝かせておくと、香料とアルコールが馴染んでより良い香りに変化します。

日々少しづつ変化してゆく香りを楽しむのも良いと思いますわ」


「解りました。

シェラさん、今日はいろいろとありがとうございました。

とても楽しかったです」


わたしがソファから立ち上がって御礼を言うと、シェラさんは「こちらこそ、とても楽しい時間でした」と言って微笑んだ。


彼女が二つの香水瓶を袋に詰めようとしたとき、ジュリアさんが横から手を出して、精霊さんたちが作った香水のボトルを掴んだ。


「こっちの香水の持続時間が解らないから、あたしがつけて確かめてみるわ。

ユーナちゃんは今、あの馬鹿の香水をつけているから試せないでしょうし」


「…あ、そうですね。

すみません、お願いします」


ジュリアさんは自分の左手首と膝の裏に香水をワンプッシュしてつけてから、瓶をシェラさんの手の中に返した。


「多分そちらの持続時間も五時間前後だと思うけど…つけている本人は鼻が慣れて解り難くなるから、香水をつけていない人に訊いてみてね」


「うん、そうする」


シェラさんはジュリアさんに助言しながら二つの香水瓶を袋に入れ、それを更に手提げ袋に入れてくれた。

ジュリアさんが受け取ろうとしたけれど、わたしに持たせてくれるよう頼んだ。

「わたしを護って戦わなくてはならない時に、荷物があると邪魔でしょう?」と言うと、彼女は渋々ながら手提げ袋を渡してくれた。


玄関先まで見送ってくれたシェラさんに改めてお礼を言って別れを告げ、わたしたちは再び市場のある方角へ歩き始めた。



「――さて、と。

ユーナちゃんにヒッタリの香水は手に入れたし、あとはお楽しみの時間よ」


「お楽しみの時間、ですか?」


わたしは何のことか解らず言われた言葉をくり返した。

ジュリアさんは得意げに胸を逸らし、いたずらっ子のようにニヤリと笑う。


「ユーナちゃん、お腹はもう落ち着いてる?

デザートを食べられそう?」


「…はい、昼食を食べてから時間が経っていますし、大丈夫ですけど?」


何でデザートの話が出てくるんだろう?

さっき、市場の食堂には警備上の問題で入れないって言ってたのに…。


「そう、よかった。

それじゃあ、これからお買い物に行きましょう。

お店には入れないけど、屋台でも美味しいデザートを沢山売っているのよ。

デザートを買い食いをしながら、お土産でもお洋服でも、ユーナちゃんが買いたいものを一緒に見て回りましょうね」




いつもご愛読ありがとうございます。

8月8日、うち兄は連載一周年を迎えました。


このお話は8日に更新をする予定だったのですが、大幅に遅れて申し訳ありません。

読者様からリクエストいただいた番外編はぷらすに二話更新してあります。

よろしければそちらもお楽しみ下さい。


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