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061  神剣と精霊



貸別荘からおじいちゃんの研究室へ < 転移 > すると、ジュリアさんはレイフォンさんを引きずって女王陛下の私室へ向かった。


レイフォンさんは女王陛下のお叱りを受けた後、『王錫(おうしゃく)』を使って行う < 誓約(ギアス) > の儀式の準備で手一杯になる予定だそうだ。

本当ならそれは宮廷筆頭魔導士(おじいちゃん)がやるべき仕事なんだそうだけど、「神剣を元に戻す方法を探す方が面白そうだから」という理由で弟子に全部丸投げするらしい。


わたしは内心呆れながら、コメントは差し控えた。


レイフォンさんもおじいちゃんの無茶振りに対して相応の仕返し(?)をしている様子から考えると、似た者同士というか…ある意味対等な関係だと言えるのかもしれない。

エリオットが師匠と先輩(このふたり)の悪影響を受けずに育ってくれることを心の中で祈りつつ、机の上に置かれているフライパンを見ながら訊いた。


「――コレを剣に戻すなんて、本当に可能なんですか?」


何か変わった仕掛けがあるわけでもない、どこからどう見ても普通のフライパンだ。

元の剣を鋳熔(いと)かしてしまった時点で、もう修復不可能だと思うのだけど…。


わたしの疑いの眼差しを、おじいちゃんは不敵な笑みで受け止めた。


「わしのよく知るリリアーナ姫ならば、官吏の目から隠すためだけに『神剣』を壊すような真似はせぬと思ったのじゃよ。

現にエリオットは『神剣』の魔宝石を頼りに『界渡り』を成功させた。

エリオットの『腕輪』とも反応して光ったということは、『神剣』の魔宝石の力が失われていない証し。

魔宝石が無事ならば『神剣』も失われていないのではないか…と」


おじいちゃんは指を鳴らしてどこからともなく椅子を出し、わたしに座るように勧める。

わたしが座ると、おじいちゃんも机に備え付けられた椅子に腰を下した。


「姫はコレが…リヴァーシュラン伯爵家に贈られた剣が、何故『神の剣』と呼ばれているのかご存じですかな?」


「いいえ、知りません」


「コレは、使い手に最も適した剣の形に姿を変えるのです」


「……は?」


おじいちゃんの台詞に驚いて、わたしはポカンと口を開けた。


「わしがこの目でその形状変化を目撃したのは、リリアーナ姫が『神剣』の継承者となられた時。

姫が受け継ぐ前は湾曲した刀身の曲刀じゃったが、姫が鞘から剣を抜いた瞬間…目がくらむほどの眩い閃光を放ち、姫が愛用していた剣と同じ形状の両刃の直剣へと姿を変えた」


実際に自分の目で見なければ信じられぬのも無理はありませぬ…と言い添えて、おじいちゃんは微笑む。


「この血継神器(リヴェラート)には元々、形を変える機能が備わっておりました。

その変化が(つるぎ)の形ではなかっただけのこと…と考えると、魔宝石の力が失われていないのも道理至極」


わたしは自分が今かけている眼鏡のつるを、そっと指で触る。

装着した途端、コレはわたしのサイズにあうように変化した。


使う人にあわせて自動的に形状を変える魔法があることは疑いようもない。


「――でも、その剣の形が変わる変化は、剣を継承する際に起きることなんですよね?

それが本当なら、戦時中におばあちゃんの剣を国に徴収されないようにするために…という話が嘘で、おばあちゃんから兄へ『神剣』を譲渡した時に、何か特別な事情が発生した…ということなんでしょうか?」


思いつくまま疑問を次々と口にした後、自分でも答えを探す。


「わたしの国では許可なく刀剣を所持することを禁じているので、兄が剣の形で受け継ぐことを望まなかった可能性はあります。

でも、自分の目の前で剣がフライパンに変化したのなら、兄がそれを覚えていない筈がありません。

祖母が亡くなったとき、兄は七歳で…記憶もしっかりしている年頃でしたから」


おじいちゃんは自分の長い髭をいじりながら目を細めた。


「姫のおっしゃる通り、あのユートが覚えていないというのは、普通では考えられぬ。

彼からそれとなく聞き出した話によれば、このフライパンが『とこのま』に飾られるようになったのは、リリアーナ姫が亡くなった後からじゃというしのぅ」


「…。」


そう、だったんだ?

わたしの記憶の中では、このフライパンはいつも床の間に在ったけど…。


「恐らく姫が亡くなる間際、『神剣』とユートの記憶に何らかの術を施したと考えて間違いはないと思うのじゃが…」


おじいちゃんの言葉はまだ終わっていなかったけれど、わたしは聞き逃せない情報に反応して尋ねた。


「何らかの術って、おばあちゃんも魔術士か魔導士だったんですか?」


おじいちゃんは(すみれ)色の目を見開き、口元を押さえる。

その反応が、答えを雄弁に語っていた。


「――そう、リリアーナ姫は魔導士と名乗っても差し障りのない知識と技を修得しておりました。

わしが姫にお教えしたのですよ」


おじいちゃんの返答から複雑な想いが伝わってきた。

教え子を誇りに思いながらも、教えたことを後悔しているような感じがする。


わたしはあえてそのことには触れず、別の感想を口にした。


「精霊さんたちの加護がある上に、火竜を一人で倒せるほどの武勇があり、更に魔導士だと名乗れるほどの実力があったなんて、おばあちゃんは本当にすごい人だったんですね」


チートが遺伝するものだとしたら、間違いなく兄に隔世遺伝しているに違いない。


ひょっとしたら、おばあちゃんも兄と同じように、男の人にモテまくって逆ハーレム状態だったのかな?

女王陛下の異母弟(おとうと)さんの件は、吟遊詩人のネタになっているという話だったけど…。


「ユーナ姫も十分『すごい人』じゃが、ご自分ではその自覚がないようですのぅ」


おじいちゃんはそう言って高らかに笑った。


「わたしが?」


首を傾げると、おじいちゃんは下手なウィンクをしてみせた。


「姫はご自分にも『黒の加護』があることをお忘れかな?」


「あ、そういえば…そうでしたね」


ぼんやりと首肯するわたしを見て、おじいちゃんは苦笑する。


「『はじまりの魔法使い』を除けば、『黒の加護』を得ることのできた人物はたったの三人。

ユーナ姫が貴重な四人目であることは間違いありませぬ」


「…。」


そんなに少なかったんだ。

もっとたくさんいるのかと思ってたけど。


「ユートが異世界(こちら)に来た夜から、わしはこの『神剣』に施された術の解析に時間を費やし、ようやく術式の片鱗が視えてきたと思ったら……精霊たちが邪魔をするのじゃよ」


「精霊さんたちが?」


「わしの視界を塞いだり、『神剣』を大勢で持ち上げて外へ持ち出そうとしたり…と、まぁ、方法はいろいろなんじゃが、こうも毎日くり返されるとただの悪戯だとは思えなくてのぅ」


「どうして精霊さんたちが妨害するんでしょう?」


「それを、姫から精霊たちに訊いてもらいたいのじゃ。

エリオットでは、下級精霊に『はい』か『いいえ』で答えられる程度のことしか訊けぬゆえ」


「…わたしなら可能なんですか?」


魔導士(わしら)は精霊の姿を視ることはできても、精霊と意思疎通できるほどの力はありませぬ。

『精霊術』はこちらが一方的に願いを口にし、術者の魔力と引き換えに願いを叶えてもらっているだけのこと。

言語を介して精霊と意思の疎通ができるのは、彼らから格別に愛されている者のみ。

精霊たちが何故わしの邪魔をするのか、ユーナ姫になら彼らも理由を話してくれるじゃろうて」


「…。」


自分が本当に精霊さんたちにとって特別な存在なのか解らないし、その自覚もない。

返答できずにいるわたしの肩に、おじいちゃんは手を置いて語りかける。


「リリアーナ姫が何のためにどんな術をかけたのか解らない状態で強引に術式を解除した場合、ユートにどんな悪影響が及ぶのか…想像もつきませぬ。

火竜討伐にこの『神剣』を(もち)いないとしても、ユートから次の代へ継承する際に元の剣に戻るのかどうか…施された術式の解析だけでも行っておかねばなりますまい」


おじいちゃんはそう言うと、深々と頭を下げた。


「どうか、わしに協力してくだされ。

この通り、お頼みもうす」


「――わかりました。

できるか解りませんが、やってみます」


わたしがそう答えるとおじいちゃんは頭を上げて喜色満面の笑顔で頷き、早速精霊さんたちを意識的に視る方法を教え始めた。



左右の足を肩幅にあわせて広げ、目を閉じてまっすぐに立つ。

おへその下辺りに意識を集中させながら深い呼吸をくり返す。

呼吸と共に大気中の魔素(マナ)が私の身体の中へ満ちるまで続ける。


頭の天辺から手足の指先…身体の隅々まで魔素で満たされている感覚が解ったら、身体の中央に真っ直ぐな芯があることをイメージする。


その真っ直ぐな芯は、(そら)と大地に繋がっている。

天と大地の間では、キラキラと輝く魔素が循環している。

わたしの足の裏は大地に繋がり、わたしの頭は天へと繋がっている。


自分が大きな樹に変身しているような感覚に身を(ゆだ)ねた。

天から降り注ぐ魔素を浴び、地から注ぎ込まれる魔素を吸収する。

同時に自分の身体の中の魔素を、深い呼吸と共に天と地に還してゆく。


全身が活性して熱を感じるようになった時、目を開けるように指示を受けた。

身体の中央に芯があることを感じたまま目を開けると、驚くほど視界が明るくクリアになっている。


ずっと目蓋を閉じていたせいで明るく感じるのかと思ったけど、すぐに違うことが解った。


「この明るさは…精霊さんの光なんですか?」


わたしの身体の周囲にふよふよと漂う光の波のようなものが視える。

何度も(まばた)きをしてそれを注視していると、おじいちゃんが姿見をわたしの前にもってきてくれた。


全身を鏡に映すと、たくさんの光の(たま)が連なって、天女の羽衣のようにわたしの全身を包んでいた。

風にたなびくように揺らめいているそれらをじっと見つめる。


「精霊の姿は見る者によって違う姿に映るが、光を(まと)って視える…という点だけは共通しておる。

ある者の目には『幻獣の姿』に映り、別の者にとっては『(はね)(つの)が生えている人間』に視える。

視る者の願望や期待、こうあるべきだという思考に影響され、精霊は千差万別の姿で顕現(けんげん)するのじゃ」


わたしはおじいちゃんの話を聞きながら、右手の甲に停まった光の珠に意識を集中させた。


「…姫、呼吸を忘れてはなりませぬぞ。

人ならざる者を視るときは、目に頼りすぎてもいけませぬ」


目を凝らせば視えるような気がしていたわたしは、慌てて視線をゆるめた。

すぐに目を閉じて、呼吸を整える。


再び万全の態勢を整えてから目を開けると、パっとチャンネルが切り替わったかのように、光の珠の中に人影が見えた。


「…あ!」


わたしの口から驚きの声がこぼれ落ちるのと同時に、たくさんの声が聞こえた。



[[[[[[[ 姫しゃま! ]]]]]]]




■2013.05.22 グレアムの台詞を修正

■2013.05.31 地の文章を修正

■2013.06.28 グレアムの台詞追加、優奈の台詞修正

■2015.10.04 誤字修正

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