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うちのお兄ちゃんがハーレム勇者にならない理由  作者: 椎名
三章  治療士選抜試験
53/94

053  問題には優先順位をつけて対処しましょう 



わたしと違って異世界(こちら)の三人は『家族が殺される』という言葉に反応していた。

彼らは兄から夢の中の話を聞き出し、情報を次々と整理してゆく。



・ 夢の中の目線が低い(ドアノブの位置が自分の目線よりも上) → 幼い子供の視点の夢

・ 自分の短剣を枕の下に忍ばせて眠っている → 元の世界(あちら)ではありえない習慣

・ 家族は、四人。父・母・祖母・妹 → 今生(いま)の家族とは違う

・ 夢の中の『家』には家族以外の人間も一緒に住んでいた → 彼らは血族ではなく、他人

・ 家族の『死』を間近にした体験 → 血の匂いや徐々に失われてゆく体温等の生々しい記憶が鮮明



「――俺が育った国はルスキニア(ここ)とは全く違う。

普通に生きていれば『死』を身近に感じることなんてないし、誰かに襲われる危険もほとんどない。

武器を常に携帯する必要もないし、人を殺傷できる凶器(モノ)を所持することは法律で禁じられている。

血溜まりの中で死んでゆく家族を見取るなんてことは、よほどの事件や事故に巻き込まれでもしない限りありえない。

…少なくとも、『今』の俺の体験ではないことは確かだ。

俺の祖父母は亡くなっているが、他殺ではなく老衰死だし、両親と妹は健在。

(ウチ)には使用人なんて居ないし、他人が下宿していたいう話も聞いたことがない」


エリオットはためらいながら兄に疑問を投げかける。


「ユートの世界には、現実に起きている出来事と見間違うほど上手に作られた『てれびどらま』や『えいが』があるのでしょう?

それらの影響を受けて、何度も似た夢を見るうちに、自分がいつかどこかで体験したことだと思い込んでしまった…という可能性もあるのでは?」


「ああ、それは俺も何度も考えた。

でも、夢を見るたびに、夢の中で『これは現実に起きたことだ』と思うんだ」


兄は言葉を捜しているかのように、視線を伏せた。


「夢の中ではいつも、自分が夢を見ていることに気がついている。

でも、起きているときの自分が何故疑うのかわからないくらい、現実感(リアリティ)がある。

五感のうちの四つ…視覚・聴覚・嗅覚・触覚がハッキリと解る。

そんな夢は、コレだけなんだ。

他の夢も同じだったら、こんなに気に病むこともなかったんだろうな」


兄の言葉が途切れたタイミングを見計らって、ヴァルフラムさんが口を挟んだ。


「その夢の中での『自分』は、ユートの意のままに動くのか?

例えば、いつもの夢とは違う行動をすると、その変化に連動して夢の内容が変わる…とか」


「いや、それは無い。

何度か試してみたけど、ダメだった。

いつも同じ内容を繰り返し見ている。

それなのに、夢から()めると全てが曖昧なイメージに変わってしまうんだ。

夢の中の自分は自由に動かせないし、目が覚めた後は断片的な情報しか思い出せない」


「――そんな夢を毎日見て、何度も家族が死んでしまう体験を味わっている…というわけですか。

家族想いの貴方が不眠症になってしまうのも、無理のない話ですね」


レイフォンさんは兄に労わりの言葉をかけたあとで、悪夢を見ずに眠ることができる術を調べておくと約束した。


「目線の低さや家族構成に違いがあることから考えると、ユートが毎晩見ている夢が『予知夢』である可能性は低いようですね。

過去世の夢かどうかはともかく、『今』と関わりがない夢ならば焦る必要は無いと思います。

現時点では、火竜との戦いに備えて体調を整えておくことが最も重要なこと。

この件で悩むのは火竜討伐の任務を終えた後で…ということにしましょう。

よろしいですね?」


確認形な問いかけで言質(げんち)を取ろうとする辺りに、レイフォンさんの腹黒さが垣間見えた。

うちの兄も自分が主導権を握ることが多いし…二人の相性が微妙なのも分かる気がする。


即答しない兄にヴァルフラムさんがにっこりと笑いかけた。


「――予知夢じゃないのなら、少なくとも最悪の事態ではないな」


「最悪の事態?」


「あちらの世界でユートの家族に危険が迫っていても、三の月(ウルク)が満ちるまでまだ日があるから…どうやっても帰ることはできない。

ユートにとっては最悪の事態だろう?」


「確かに。

妹や両親の心配をする必要がないなら、自分の寝不足を解消する方が先だな」


兄が承諾すると張り詰めていた空気がふっと緩み、全員の表情が明るくなった。


そのタイミングを計ったように柱時計が鳴り、時を告げる。

時計の針は二十時を指し示していた。


「…お師さまはまだ戻ってきませんが、僕たちは席を外したほうがいいですか?

それとも同席したほうが良いお話ですか?」


エリオットの遠慮がちな質問に、兄はサラリと答えた。


「昨日、南西の森の魔獣を退治しに行ったとき、ちょっと気になることがあったんだ。

皆に聞いてもらったほうがいい話なのかどうか、俺にはわからない。

時間があるならつきあってくれ。

他にやるべきことがあるなら、そちらを優先してくれていい」


兄の返答を聞くと、レイフォンさんは静かに席を立った。


「――私はユートが安眠できる術を探し、早ければ今夜…遅くても明日の夜までには、何か有効な手立てを講ずることができるようにしたいので、ここで失礼します。

ああ、そうそう、エリオット。

貴方が抱えている例の案件(・・・・)は私が引き受けますからご心配なく。

魔獣の件は貴方たちに任せますから、よろしくお願いします」


「え?」


レイフォンさんの言葉にエリオットは目を丸くして驚いている。


例の案件って、何のことだろう?

なんかすごく意味ありげな言い方だったけど。


「レイ先輩、それって…」


「レイフォン、まさか…」


エリオットとヴァルフラムさんが同時に口を開き、発言が被った二人が躊躇(ためら)った隙を突いてレイフォンさんは優雅に一礼した。


「明日の朝も早いのですから、あまり遅くならないようにして下さいね。

…それでは、失礼します」


言葉と共にレイフォンさんの姿は風のように掻き消えた。

それと同時に、鏡から映像が消え、音声も一切聞こえなくなった。


わたしは不思議に思いながら鏡から視線を外し、窓の外に見える灯りを眺めた。

城下町の灯りは地上に散らばる星のように煌めいて見える。


「そういえば、おじいちゃんが魔術書と魔導書は(ここ)に危険物として封印してあるって言ってたっけ。

レイフォンさん、そのお部屋に調べものをしに行ったのかな?」


ふと思い出した事柄を声に出して呟くと、背後から予期せぬ返答が返ってきた。


「残念ながら、ハズレです。

以前、夢を通じて人を操る魔術士の捕縛を要請されたことがありまして、その際に夢に関するめぼしい術式は自分の魔導書に書き写しておいたので、まずはそちらを見て……使えるものが無ければまた改めて書庫へ調べに行きます」


「…っ!」


振り向くと、そこにはわたしの旅行鞄を持ってにこやかに笑っているレイフォンさんが居た。


「さあ、姫、参りましょう」


「…え、何処に行くんですか?」


というか、アナタ何処からわいて出たんですか?

後ろから急に声をかけられるとびっくりする…って言っても、無駄なんだろうな、きっと。


「その鏡を通して私たちの会話を聞いていたのなら、今夜ユートとエリオットが王城に泊まることになったのはご存じですよね?

城の客室ではなく塔に泊まる、エリオットの研究室でいい…と、ユートが言い出すかもしれません。

ここでユートと鉢合わせしたくはないでしょう?

そうなる前に、私の家へおいで下さい。

さあ、早く」


わたしはゆっくりと考える暇もなく、レイフォンさんに急かされるまま、彼と共に魔導士の塔から姿を消した。




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