051 二次試験終了とゲームみたいなお約束?
レイフォンさんが魔法で『空飛ぶ絨毯』を出してくれたので、わたしたちは階段を登らずにエリオットの研究室へ戻ることができた。
空飛ぶ絨毯に乗ってはしゃぐわたしの様子を見たレイフォンさんから、「先ほどはどうやって降りたのですか?」と不思議そうに尋ねられた。
わたしがおじいちゃんに手を引いてもらい、一緒に階段を一段づつ降りたという話をすると、彼は苛立たしげに舌打ちをした。
(おじいちゃん、レイフォンさんは「悔しがる」を通り越して「怒っている」みたいだよ…?)
レイフォンさんの話によれば『魔導士の塔』の階段に手すりがないのは、飛ぶことのできる魔導士や魔術士にとっては邪魔だから…という、ちゃんとした理由があったらしい。
空中を移動できる人の立場で考えるなら、確かに手すりがない方が便利だよね。
好きな場所から飛んだり降りたりできるほうが良いに決まっている。
わたしは心の中で『はじまりの魔法使い』さんにこっそりと謝った。
さっき、性格悪い人に違いない…なんて思ってごめんなさい。
(祟りとか無いですよね?)
目的の階に着いて扉を開けると、エリオットが明るい笑顔で迎えてくれた。
「――ユーナ、お帰りなさい」
あー、いいなぁ…この笑顔。
エリオットが女の子だったら、ぎゅうっと抱きつきたいくらい和む。
「ただいま帰りました」
わたしもエリオットに笑いかけて、二人でほんわりとした雰囲気を醸し出した。
「レイフォンさんから二次試験の採点が終わったって聞いたけど、どんな感じ?」
「採点の結果、一次試験のときほど不合格者が出ませんでした」
全員で窓際のソファへと移動し、わたしとヴァルフラムさんはテーブルの上に置かれていた『二次試験の受験者名と点数が一覧になったリスト』を眺める。
それを見ると、ほとんどの人が問題を起こさずに過ごしていたことがわかった。
「これって、点数が低い人ほど『良い』態度だったってことだよね?」
わたしが念のために訊くと、レイフォンさんとエリオットが頷く。
二人は交互に口を開いた。
「ええ、姫の言うとおりです。
一部の『悪い』方々は別として、ほぼ横並びの結果になりました」
「良識のある人たちが多く残っていることが、この結果ではっきりとわかりました。
そのこと自体は嬉しいのですが、不合格者が少ないと後々の試験に差し障りがあるかもしれないし…。
ユーナの意見を聞きたいと思って待っていたんです」
ヴァルフラムさんはリストから視線を外してわたしを見た。
「ということは、二次試験を受けた五十四名中、不合格はこの…点数が飛びぬけて多い九名。
二次試験の合格者を四十五名にするか、こちらの希望する人数まで更に削るか…が問題なわけだな。
どうする、姫さん?」
「――その前に、最終的に『治療士』は何名必要なんですか?」
質問に質問を返すのは失礼なことだけど、わたしはこの試験に関する基本的なことを知らない。
ちゃんとわかった上で答えたいから、知識の補完を優先させた。
「隊の編成によって必要な人数も変わってくるな。
…その辺り、エリオットはどう考えているんだ?」
ヴァルフラムさんの質問の矛先がエリオットに移る。
エリオットはわたしの顔をチラリと見ながら答えた。
「本当なら討伐隊は僕の一族の人間を中心に構成するべきなのですが、親族が他国へ移住してしまっているという事情があり、女王陛下直属の兵や軍所属の志願者の方にも参加してもらいます」
「それって、ヴァルフラムさんの…?」
わたしの問いに、ヴァルフラムさんは頷いた。
「俺はエリオットに直接頼まれていたから、最初からメンバーに入っていたんだ。
俺が居るなら、俺のところの奴らを使ったほうが動かしやすいだろう…という陛下の判断で決まった。
軍属からの志願者は、火竜が暴れている地域の出身者が多くいるみたいだな。
どれくらいいたっけ?」
「二十九名ですよ。
剣士と魔術士が多いようですね。
成人していて、尚且つ独身である…という条件が無ければ、もっと多くの者が集まったでしょうが…」
レイフォンさんの回答にわたしは首を傾げた。
「独身の人だけ集めているんですか?」
「命を落とす危険が高い任務ですから、守るべき妻子がいる人にはご遠慮頂いています」
エリオットの表情が陰ったのを見て、ヴァルフラムさんが大仰に肩をすくめた。
「火竜討伐を成し遂げたら、参加者全員に多額の報奨金が出るし、名声も高まる。
これを出世の足がかりにしようって意気込んでいる奴も多いんだぜ?
みんなが命がけの任務に参加するのは、お前の…リヴァーシュラン伯爵家のためじゃないんだ。
参加を強制された奴なんて一人もいないんだから、お前が気に病む必要はない」
「……はい、ありがとうございます」
エリオットはぎこちない笑顔でヴァルフラムさんにお礼を言ったあと、討伐隊の編成の構想を話してくれた。
小隊の編成は『前衛三名、中衛二名、後衛二名』が基本。
前衛には攻撃力や防御力が高い人、中衛は離れた場所からも攻撃ができる人、後衛は前衛と中衛を支援・回復することに専念する魔術士や治療士。
リーダー格となる人物を二組に分け(兄とエリオット、ヴァルフラムさんとレイフォンさん)、それぞれの小隊に五名づつ加えて攻撃を担当する。
セイルさんをリーダーとした近衛の人たちの隊は、臨機応変に動く遊撃隊。
討伐隊全体に負傷者が増えたときは回復と支援、余裕があるときには攻撃に転じる。
竜と戦う場合、単純に人数が多ければ良いとは言えないらしい。
統率のとれた精鋭だけで挑むほうが成功の確率が高く、直接火竜と戦うのは二十人ぐらいになるという。
「馬鹿な味方は抹殺できない分、凶暴な魔獣より厄介ですから」…とレイフォンさんが呟いたとき、部屋の中の気温がぐっと下がったように感じた。
(冗談ではなく本気で言ってるのが解るだけに)
「王都から竜の巣へ向かう際、魔獣に苦しめられている街道の周辺の民を救いながら進むのが『普通』というか、不文律の『しきたり』みたいなものがあるんです」
「…。」
『ボスキャラと戦う前にザコキャラを倒しまくり、全員レベルアップしましょう』…みたいな流れだよね、コレ。
「ユートの希望で、今回は竜退治と巡察使の任務を完全に二つに分けることにしました。
近衛騎士と軍所属の方々を五つの隊に編成し、彼らには国道に沿って魔獣退治を行いながら、巡察使の役割も果たしてもらいます。
僕らは火竜の巣があるディアマント山へ真っ直ぐに向かい、火竜討伐が終わり次第分散して彼らに合流します」
…兄は先に火竜を殺っちゃうつもりなんだ?
流石チート、お約束な段階をすっ飛ばすなぁ。
「本来、魔獣退治はその地を治める者の貴族の務めなんです。
領民たちの救いを求める声を放置している貴族を見つけ出し、責任を追及して相応の罪を償わせる『巡察使』の役割はとても重要で…」
ソレって時代劇でいうと、あちこちに出歩いて悪い役人や悪徳商人を見つけては成敗して回っている、暴れん坊な将軍様や水戸のご老公みたいな? …ってツッコミを入れたかったけど、異世界の人たちには理解してもらえないネタだろうからぐっと我慢して別のことを訊く。
「――ひょっとして、ソレ、強制的に捜査…じゃなくて、視察ができる権限を与えらえるの?」
わたしが質問すると、レイフォンさんが満足そうに目を細めて頷いた。
「ご名答。
普通の巡察使は基本的に正体を隠して活動しますが、討伐隊の巡察は大々的に行われます。
王と討伐を命じられた貴族が主導する自浄活動を通じて民の声を拾い上げ、国内各地へ赴いて書類からは読み取れない実情を把握する。
こちらには『女王陛下から勅命を得ている』という大義名分がありますから、相手が誰であろうと巡察を拒否することはできません」
「自らの保身のために、兄やエリオットを…討伐隊に参加してくださる方々を懐柔して、罪を逃れようとする人もいるんでしょうね」
わたしのため息交じりの呟きに、全員が苦笑いを浮かべた。
誰も否定しないってことは、やっぱりそうなのか…。
凶暴化した竜や領内の魔獣を退治して欲しいけれど、痛い腹は探られたくない。
そんな風に考える人たちにとって、討伐隊は目障りで厄介な存在なんだろうなぁ。
「近衛騎士の皆さんと軍人さんたちはともかく、治療士選抜試験を受けに来た人の中には密偵がいるんじゃないですか?」
「その問題の解決には、王家に伝わる血継神器…『王笏』の力を借りて解決します。
討伐隊に加わる者は全員、出立前に陛下の前に跪いて < 誓約 > を唱えるのです。
『我が命と一族の名誉に懸けて、悪事を見逃さず、悪事を許さず、悪事に加担しないことを誓う』…と。
この誓約に背いた場合、本人は即死しますし、一族も罪に連座させられることになります」
「…それは…」
レイフォンさんはわたしの言葉を遮るように説明を続けた。
「厳しいようですが、巡察使は王の絶対的な権威を借りている存在ですからね。
自分の全てを懸ける覚悟が求められるのは当然のことですし、できない者が引き受けるべきではない。
親しい友人や家族を人質にとられたとしても、悪事を見逃すようなことは許されないのです。
どんな魔法を使っても、王笏の < 誓約 >を解くことはできません。
任務の終了を王に報告するまで、全員誓約に縛られることになります」
「……大変なお仕事なんですね」
今更ながらに、重大な任務なんだということを思い知る。
息が詰まるような空気をヴァルフラムさんの声が和らげた。
「本人が知らぬ間に利用される事がないように、対策を考えるのは俺たち自身の仕事だ。
姫さんは治療士を選ぶ試験のことだけ考えてくれればいい。
それだけでも、すごく助かる」
言外に、余計なことまで背負いこまなくてもいいんだよ…と言われた気がした。
わたしは笑顔を作ってこくりと頷く。
「――わかりました。
話を元に戻すと…小隊が八つということは、必要な治療士の人数は十六人ぐらいですよね?
参加することが確定している方々の中に、治療士はいるんですか?」
「俺のところの治療士は全員既婚者だから、ゼロ」
「軍から志願してくれた治療士の方には、平等を期するために治療士選抜試験に参加してもらっています。
その他の志願者の方の試験も別途行う必要があるのですが、そちらはまだ手付かずで…」
ヴァルフラムさんの単純明快な答えとエリオットの答えを聞き、わたしは自分の考えをみんなに話した。
「それなら、二次試験の合格者は四十五名で。
二次で人数を減らさない代わりに、三次試験と最終試験の実施を提案します」
わたしはできるだけ解りやすく簡単な言葉にして伝える。
「まず、三次試験は今日これから実施。
治療士が任務中に『自分で運ぶ荷物』と、同じ重さの荷を背負って長距離を走ってもらう。
あ、もちろん、薬や杖なんかも必要であれば、その重さも追加してね。
この試験で、『実戦』のときの彼女たちの体力と持久力がどれくらいなのか試す。
完走できるまでの時間を計測して平均値を算出し、上位の人ほど高得点とし、最終試験の評価の際に加点。
途中でリタイアした人は失格、完走まで時間がかかりすぎた下位の人も不合格」
ここで一拍置いて、最終試験の内容も説明する。
「次に、最終試験は王都周辺に出没する魔獣を退治する実地訓練。
この試験で討伐隊の任務とほぼ同じことをして、実技…実力と協調性を確かめる。
長時間にわたる団体行動が苦手な人や、野営に慣れていない人もいるかもしれないから…二泊三日以上の日程を組んだほうが、その人の『本性』が解りやすいかも。
可能なら軍からの志願者の人も…ある程度人数を絞った上で、治療士と一緒に試験をしたほうが手間が省けるんじゃないかな?
採点や合否の判断は、参加が確定している人たちに主体となって決めてもらうのがいいと思う。
相性とか、連携のしやすさなんかも重要でしょう?
あ、あと、兄をあちこちに出没させて、兄が居るときと居ないときで、実力や態度に異なる人は不合格にする……ぐらいかな」
こんなんでどうかな?
わたしは小首を傾げてみんなの反応を窺った。
「治療士に体力や持久力を求めるのか?
異世界人の発想は面白いな」
ヴァルフラムさんはクスクスと笑っている。
「魔術士と魔導士、そして治療士は…体力面で劣る。
私もそれは当然のことのように考えていましたが、確かに無いよりはある者のほうが良いですね。
火竜との戦いは、すぐに決着がつかない持久戦になるでしょうし…」
レイフォンさんの言葉にエリオットは頷く。
「そうですね。
僕もそれは当たり前のことだと思っていたので、ユーナの着想にはびっくりしました。
…すぐに次の試験の準備に取り掛かりますね。
二次試験ほど大掛かりではないですし、三次試験の試験官は僕一人で大丈夫です。
レイ先輩とヴァルフラムさんは最終試験の隊の編成と、派遣場所の選定をお願いしますっ」
部屋の外へと駆け出してゆくエリオットに、二人は穏やかな笑みを向けて手を振った。
「はい、任されました」
「おお、任しとけ」
「…。」
わたしの提案をそのまま採用しちゃって本当にいいの? …と問い質したかったけど、皆が全然気にしていない様子を見て口を閉ざした。
まぁ、最終試験が一番重要なわけだし、実際に行動を共にする人たちが採用を決定するんだから、ちゃんと実力のある人が選ばれるよね?
わたしはエリオットの後姿を見送りながら、ちいさく息を吐いてソファに身を委ねた。
わたしができる『協力』は、これでほとんど終わった。
最終試験に合格した人がすごく多い場合は、また出番があるかもしれないけど…。
引き受けた役目がほぼ終わったと思った途端に緊張がゆるむ。
身体から力を抜いて目を閉じ、自分の今後のことを考えた。
次の満月まで…わたしが自分の世界に戻るまで、あと五日。
最終試験がわたしの提案通り二泊三日になるのだとしたら、結果がでるのは三日後。
試験が終わった後には、旅の準備や休養をするための時間が与えられるハズ。
きっと、一日ぐらいはお休みをもらえるよね?
それに、さっき聞いた < 誓約 > の儀式もあるらしいし…。
女王様が関わる儀式となると、時間もかかりそうだから…一日潰れるんだろうな。
そうなると、出発は六日後。
この予想が当たっていたら、みんなが出発する時には、わたしはもう異世界には居ない。
――お兄ちゃんに見つかる前に早く帰りたい…けど、最後まで見届けられないのは少しだけ淋しいな。
レイフォンさんとヴァルフラムさんの話し声を子守唄にして、わたしはいつの間にかウトウトと眠りについた。
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創作意欲が減退している時などに、とても励まされています。
先日『うち兄 ぷらす』に五話目を投稿しました。
よろしければそちらもお楽しみ下さい。
■2012.12.15 エリオットの台詞に説明を追加