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うちのお兄ちゃんがハーレム勇者にならない理由  作者: 椎名
三章  治療士選抜試験
50/94

050  みんなどこかしら似たところがあるみたいです


兄の厳しい誰何(すいか)の声に、わたしの身体はビクっと震えた。


ど、どうしよう。

どうすればいい?


猫の鳴き真似をして誤魔化そうか…なんてベタな案が浮かんだけど、即座に却下した。


『声』を変える魔法をまだかけてもらっていないから、墓穴を掘る可能性がある。

兄がわたしの声だと気がつかなかったとしても、他の人が猫の姿を確認しに戻ってきたら困るし…。


気持ちだけが焦って考えがまとまらない。

迷っているうちに、遠ざかっていった足音が再びこちらへ近づいてくる。


「…っ!」


透明マントと匂いを外に漏らさないペンダントを装備してるから大丈夫…と、自分に言い聞かせてもダメだった。

言いようの無い不安が次々と湧きあがってくるのを押し留められない。


ヴァルフラムさんは狼狽(うろた)えるわたしの肩を抱き寄せ、ちいさな声で(ささや)いた。


「落ち着いて。

俺が出るから、姫さんはここに隠れていてくれ。

大丈夫、うまくやるから」


「…はい、よろしくお願いします」


わたしはそう答えて、もう一度その場にしゃがみ込む。

彼は音を立てながら繁みの外へ出ると、わたしが隠れている場所の正面に立った。


「――お前らこんな処で何してるんだ?」


「ヴァルフラム?

…女王陛下に呼ばれていたんじゃないのか?」


「ああ、その件はもう済んだ」


ヴァルフラムさんは兄の質問にサラリと答え、疑いの眼差しを笑顔で受け流す。


セイルさんが横から口を挟んだ。


「そういえば、空中庭園と繋がっている『隠し扉』は、この辺りにもあったな。

ヴァルフラム、陛下がお前を呼んだのは、騎士団に関係あることだったのか?」


「いや、騎士団とは関係のない話だ」


「そうか、それならば情報を共有する必要は無いな。

俺たちはこれから『学院』の訓練場へ行くんだが、お前はどうする?」


「俺はちょっと…やらなくちゃいけないことがあるから、一緒には行けない」


ヴァルフラムさんは言葉を濁しながらそう答えて、目線を宙に泳がせる。

兄はそんな彼に身を寄せ、スンスンと鼻を鳴らした。


「微かだが、ヴァルフラムから甘い匂いがするな。

陛下は香水をつけるような方ではないし、侍女か女官と遊んできたのか?

それともここで誰かと会っていた…とか?」


「「団長、ここで女の子と逢い引きしてたの?」」


兄と双子の台詞を聞くと、セイルさんはおどけた仕草で手を振って否定の意を表す。


「無理無理。

職場で仕事の合間に女を口説くような真似、ヴァルフラムにできるわけがない。

たぶん、陛下付きの侍女か女官の移り香(うつりが)だろう。

……というか、ユートの嗅覚は凄いな。

俺には香水の匂いなんて全然わからないぞ?」


セイルさんはそう言いながらヴァルフラムさんの背後に回り込み、わたしが隠れている繁みの中をひょいっと覗きこんだ。


わたしは息を潜めて気配を殺す。

わたしは石、路傍の石です。


ここには誰もいませんよ~。

何のニオイもしませんよ~。


セイルさんはすぐに頭をひっこめた。


「――ほらやっぱり、誰もいない」


「「…なぁんだ、がっかり~」」


「俺に何を期待しているんだ、お前らは」


双子のブーイングの声にヴァルフラムさんが苦笑した。


「だってー、あの眼鏡のヒトよりも、団長のほうがずっとカッコイイのに~」


「そうだよー、あの眼鏡のヒトよりも、団長のほうがすっごく優しいのに~」


双子はヴァルフラムさんに抱きつきながら声を揃えて訴える。


「「団長があのヒトよりモテないなんてヤだもん!」」


ヴァルフラムさんは一瞬目を丸くして、破顔一笑した。

双子の頭に手を置いて、二人の頭をぐりぐりと撫でまわす。


「ばぁーか、つきあった女の数で男の価値が決まるわけじゃないだろう?」


「「でもぉ…」」


「嫌いな奴を好きになれとは言わないが、よく知らない奴の悪い噂を鵜呑みにするのは止めておけ。

確かにいろいろと問題のある奴だけど、尊敬に値する良いところもたくさんあるんだ。

あいつは誰よりも努力家だし、寝食を忘れて研究に没頭する集中力も凄い。

レイフォンは口も態度も悪いが、それに見合うだけの実力と地位を、自分一人の力で手に入れた。

ひょっとしたら、あいつのそういう(したた)かさが、女性の目には魅力的に映るのかもしれないな。

親兄弟の庇護の下でぬくぬくと育てられた俺たちには、まだ身に着いていないものだから」


「「「…。」」」


ヴァルフラムさんの話を聞くと、双子は神妙な表情を浮かべて口を(つぐ)んだ。

そんな双子の横で兄は楽しそうに笑っている。


「ユートはどうして笑っているんだ?」


ヴァルフラムさんの問いに、兄は笑うのを止めて答えた。


「いや、ヴァルフラムが本心からレイフォンを高く評価しているのは解るんだが、あいつがここに居たら『何の嫌がらせですか』…と言いそうな気がしてさ。

そんな想像をしていたら、可笑しくなって」


「確かに、あいつは嫌がりそうだ」


「腹芸が得意なくせに、下心のない賛辞を素直に受け取るのが苦手なところを『歪んでいる』と思うか、『案外可愛いところもある』と思うのかは、人それぞれだと思うが……レイフォンは誤解されるのを解っていても、あえてそのままにしておくような偽悪的な面があるから、扱いがすごく面倒くさいだろう?

アレと友達でいられるヴァルフラムのほうが俺は凄いと思うぞ」


「ユート、それって…俺を褒めてるのか?

それとも、物好きな奴だと呆れてるのか?」


「称賛する気持ちと呆れる気持ちが、半分づつぐらいってところかな」


兄は満面の笑顔を浮かべてそう答えると、くるりと(きびす)を返した。


「――治療士選抜試験の件では迷惑をかけてすまない…と、レイフォンにも伝えてくれ。

俺が試験に顔を出すと逆に迷惑をかけるから、必要だと言われるまでは表に出ないように気をつける」


兄はヴァルフラムさんに背を向けたまま手を振ってゆっくりと歩き出す。


「わかった、ちゃんと伝えておく。

セイル、俺の代わりにユートの相手を頼む」


「ああ、任せておけ」


セイルさんは快諾しながら双子の手を引いて兄の後を追う。


「「団長、早く帰ってきてね~」」


双子の声に応えてヴァルフラムさんは大きく手を振った。


「おう。

お前たちも、鍛錬をサボるんじゃないぞ」



複数の足音が次第に遠ざかってゆく。


わたしは張り詰めていた緊張の糸を解いて、ほっと一息ついた。

もう大丈夫…だよね?


痺れている足に気をつけながらゆっくりと立ち上った瞬間、兄が足を止めて振り返った。


え、なんで?

どうしてまたこっちを見てるの?


わたし、ちゃんと『透明マント』着ているよね?

見えていないはずだよね?


わたしは走って逃げ出したい衝動をぐっと堪えた。


逃げちゃダメだ。

動いたら、きっとバレてしまう。


わたしの心臓の鼓動がどんどん早くなってゆく。

全身を揺さぶられているような感覚が、錯覚なのかそれとも現実なのか…わからない。


兄はセイルさんと双子に道を譲り、一人で元の位置まで引き返してくる。

彼らの姿が見えなくなった後でおもむろに口を開いた。


「――ヴァルフラム」


「な、何だ?」


ヴァルフラムさんは必死に動揺を隠そうとしていたけれど、表情には驚きの色が浮かんでいる。

きっと、わたしと同じように、もう大丈夫だと思って油断していたんだろう。


兄は穏やかな笑みを浮かべながらヴァルフラムさんに語りかけた。


「お前が何かを隠そうとしているのは解っている。

その作り笑いと、定まらない目線、それに口調がいつもと違うから、すぐに解った。

女王陛下がお前に何かを秘密にしろと命じたのなら、最初から『何も話せない』と言えばいい。

そうすれば、誰も無理に聞き出そうとしないし、お前も下手な隠し事をしなくて済む」


「…あ、あぁ、そうだな。

逆に気を遣わせたみたいで、悪い」


「いや、気にしないでくれ。

お前のそういう…頭に『馬鹿』がつきそうなほど真っ直ぐなところ、俺はけっこう好きだから」


「全然褒められてる気がしないぞ。

…まぁそれはいいとして、お前、『好き』とかサラっと自然に言うのは止めておけ」


「どうして?」


「どうしても何も、この国では『好き』とか『愛してる』なんて言葉は女相手に言うものであって、男同士では普通は言わないんだよ」


「…ああ、なるほど?

ルスキニア人が親愛の情を言葉にして伝えることが苦手なところは、日本人と似通っていて面白いな」


「他人事みたいに面白がるなよ。

というより、何でユートは苦手じゃないんだ?

そういうところ似てるよな、ひ…」


ちょっ、ヴァルフラムさん、今、『姫』って言いそうになりました?


「俺が誰と似てるって?」


「…いや、言い間違えた。

ユートの家では、普通のことなのか?」


「ああ、割と。

爺さまと婆さまは典型的な日本人タイプだったけど、俺と優奈は父親の影響もあって、そういう面では日本人離れしているみたいだな。

人の長所を褒めたり、好感を持っていると伝えることに対して、恥ずかしいと思う気持ちがよく解らない」


あ、「同列に語られると嫌だ」って気持ちが、今、すごく良く分かった。


わたしはお兄ちゃんほど羞恥心を捨ててないよ! …と、声に出して否定したい。

(アナタ)とは同類項で(くく)られたくないです。


「そうか……ユートの親父さんは、ユートみたいに真顔で恥ずかしい台詞を口にする人なのか」


「…。」


兄はヴァルフラムさんの言葉に対して、同意も否定もせずにくすっと笑った。

ちいさな子供のように瞳を輝かせて言い返す。


「ヴァルフラムとレイフォンは、共通点が少ないと思っていたけれど…結構似ているんだな。

今の台詞、レイフォンが嫌味を込めて言いそうな内容だ」


「…。」


ヴァルフラムさんは数秒間沈黙した後、深い深いため息を吐いた。


「…もぉ、俺の負けでいいや。

俺がユートに口で敵うわけがないし」


「なんだ、もう降参か?

残念だな、俺はもっとヴァルフラムと遊びたかったのに」


「お前…ストレス溜まってるからって、俺で遊ぶなよ」


ヴァルフラムさんは兄の額を軽く小突(こづ)いた。

兄は「バレてたか…ごめん」なんて謝りながら、にこにこと笑っている。


「――俺が甘えられるのなんて、ヴァルフラムぐらいしかいないだろう?

グレアム師とレイフォンは…知識と知能はともかく精神年齢が低めだし、エリオットは年下だから」


「何、その…自分全肯定で、俺一人が諦めるしかないみたいな話の展開は」


「何って、事実?」


「…。」


ヴァルフラムさんが絶句して固まっている。

わたしはソレを横目で確認しながら、初めて見る光景に驚いていた。


兄が誰かに甘えている姿なんて、初めて見た。

同年代の友達とふざけあっている兄の表情や口調が新鮮で……その事実に胸が痛んだ。


わたしと一緒に居るときとは、全然違う。

わたしの傍にいる兄は、いつもどこか張り詰めているような雰囲気を纏っている。


兄はわたしと居ると、絶えず周囲に気を配り、警戒を解かない。

わたしを守ることばかり考えている兄を、わたしは止めることができなくて、気がつかないフリや冗談で紛らわしてきた。


あんな風に年相応の顔をして笑っている兄は、なんだか知らない人みたいに見える。

(わたし)がいない場所だと、兄はこんな面も見せることができるんだ。



…いや、これは『甘え』というよりは『デレ』?

分類すると…ツンデレじゃないし、クーデレ?


この二人の組み合わせだと、「ユーヴァル」?

それとも「ヴァルユー」?


わたしが腐女子ちっくな妄想(そんなこと)を考えているうちに、兄はヴァルフラムさんとの会話を切り上げて立ち去っていたらしい。

呼びかけられるまで全然気がつかなかったわたしは、突然現実に引き戻されたことにびっくりして変な返事をしてしまった。


「――めさん、姫さん、居るよな?」


「ひゃいっ?」


「「…。」」


気まずい沈黙の後、ヴァルフラムさんがくすくすと笑い出す。

彼はしみじみとした口調で言った。


「あー、今ので俺の疲れた心がすごく癒された」


「……できるだけ早く忘れてください」


「もったいないから、ダメ」


兄にさんざん絡まれて遊ばれたせいなのか、ヴァルフラムさんの言動が幼児化しているような気が…。

こんな風に声を潜めて会話を続けていると、お互いの距離が近すぎることが気になってソワソワする。


「もったいない…って言うほどの価値なんて無いと思います。

わたしにとっては恥ずかしい失敗ですから、全部忘れて欲しいです」


わたしはそう言い返しながら、自分からヴァルフラムさんの手を握って歩き出した。

ええと、『魔導士の塔』へ向かう道は、確かこっちだったよね?


てくてくと歩いているうちに、繋いでいた手をいったん解かれて、改めてぎゅっと握られた。

痛くはなかったけれど、手の温かさと反比例するようにヴァルフラムさんの顔から表情が消えている。


「ヴァルフラムさん?」


急に、どうしたんだろう?

不思議に思ったわたしが名を呼ぶと、彼は自嘲するように笑った。


「なんでだろうな、最初から解っていたことなのに」


「…?」


「このまま試験が順調に進めば、姫さんは…三の月(ウルク)が満月になる夜、自分の世界に帰るだろう?

あと五日しかないんだってこと、さっき陛下に言われるまで…俺は全然考えてなかった。

そのことに気がついたら、ちいさなことでも忘れるのがもったいないような気がしてさ」


「…。」


「ユートも火竜を倒したらすぐに帰るって言ってたし……二人がいなくなったら、淋しくなるな」


「…。」


しょんぼりとしているヴァルフラムさんの横顔を見上げて歩きながら、わたしは全然違うことを考えていた。


ヴァルフラムさんも結構真顔で恥ずかしいこと言ってるよね?

兄と同レベルなんじゃないかなぁ…。


類は友を呼ぶのか、似ているから友達になったのか。


わたしは歩きながらヴァルフラムさんと兄の類似点を探した。

ヴァルフラムさんにはわたしの姿が見えていないから、『魅了』の力を心配しなくても大丈夫…だよね?


わたしは遠慮することなく堂々と観察を続ける。


彼の赤みを帯びた金髪と金色の瞳は、お日さまの光でキラキラと輝いていた。

このキラキラ系なところも、うちの兄と同じ。

二人とも背が高いし、脆弱さの欠片も感じさせない身体つきも似ている。


でも、兄の言動は…どちらかというとレイフォンさんの方が近いかもしれない。


そんな取り留めのないことを考えていると、不意に前方から強い視線を感じた。


「…?」


前を見ると、灰色の『魔導士の塔』の扉の前にレイフォンさんが立っているのが見えた。

彼はこちらを見ながら眉根を寄せている。


ヴァルフラムさんはレイフォンさんの姿に気がつくと、呆れたような口調で呟いた。


「何を怒ってるんだ、あいつは?」


「わたしが戻ってくるのが遅すぎて、待ちくたびれてしまった…とか?」


「それは姫さんのせいじゃないだろう?

女王陛下に呼ばれて行ったわけだし、寄り道もしていないんだから、姫さんがあいつに責められる筋合いはないさ」


わたしたちは少しだけ足を速めて歩き、レイフォンさんのところまで急いでたどり着いた。

彼は無言のまま扉を開いて、わたしたちを塔の中に招き入れる。


全員塔の中に入り、扉が閉ざされてから、わたしは『透明マント』を脱いだ。

とても軽いし、身を隠すには便利だけど、誰かと『会話』をしたいときにコレを着ているのはちょっと…ね。



レイフォンさんは姿を現したわたしを見ると、不機嫌そうな表情を和らげて言った。


「――先ほど二次試験の採点が終了したので、姫のお帰りをお待ちしていました」




更新お待たせしてすみません。

体調不良とリアル事情の影響もあり、大変遅くなってしまいました。

年末年始は特に「不定期更新」に拍車がかかりそうです。


セイルは、ヴァルフラムとレイフォンと同じ学校に通っていた同級生。

ヴァルフラムとは友人であり部下。

レイフォンとは知人(顔見知り)…って感じの間柄です。


異世界(セーレン・ティーア)は現代日本と比べると、BLに萌える女子の活動が普及(?)していません。

(地下活動的な何かは(うごめ)いているかもしれませんが)


「優奈の妄想に関する文章が理解できない」という方は、スルーしてください。

どうかそのままで! 清らかなままでいてください(苦笑)

世の中には知らなくてもいいことがあるのですよ。


■2012.12.11 三の月(ウルク)の満月の日までの残り日数を訂正

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