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うちのお兄ちゃんがハーレム勇者にならない理由  作者: 椎名
三章  治療士選抜試験
49/94

049  ここはシスコンに優しい国のようです


女王陛下の庭園の木を通り抜けた先は、人気のない雑木林の中だった。


薔薇園の泉に戻ると思っていたのに…。

わたしは不思議に思いながらも、隣を歩くヴァルフラムさんが平然としているので、質問することは控える。


わたしが自分の世界で仕組みを知らずに電化製品を使っているのと同じように、誰にでも「便利」で「使える」ものとして普及しているのだとしたら、ヴァルフラムさんにもわからないだろうと思ったから。


それに、ヴァルフラムさんは、おじいちゃんのことを嫌っている。

魔法絡みの話をするのは止めておこう。


周囲を見渡して初めて見る風景を観察しているうちに、見覚えのある赤茶色の壁の建物が見えてきた。

あれがおじいちゃんに教えてもらった『学院』なら、この場所の位置はたぶん東寄り。

わたしたちは『魔導士の塔』へ向かっているんだから、北東に居るのかな。



「…陛下と何の話をしていたのか、聞いてもいいか?」


ヴァルフラムさんはわたしの歩幅にあわせてゆっくりと歩きながら小声で尋ねた。


一瞬、声を潜める必要性がわからなくて戸惑う。

『透明マント』を着ているからだという理由を察して、わたしもちいさな声で答える。


「大丈夫です。

秘密にしなさいとは言われていないので。

――ディートハルト・フォイエルバッハという人に気をつけるようにと、教えてくださったんです。

その人はうちのおばあちゃんに似ているからっていう理由で、エリオットのお姉さんのアデリシアさんを妻に迎えようとしていたから、彼がわたしを見つけたら…どんな手段を使っても手に入れようとするだろうって」


「フォイエルバッハ侯が、アデリシア様を?」


ヴァルフラムさんは大きな声を上げた自分の口を慌てて押さえた。


「陛下が、エリオットとおじいちゃん…グレアム師は、多分そのことを知らないんだろうと言ってましたけど、ヴァルフラムさんも知らなかったんですね?」


「ああ、初めて聞いた。

俺は宮中の噂には(うと)い方だが、姉貴や兄貴からもそんな話は全然…」


「おばあちゃんに失恋したことが広く知られてしまったから、アデリシアさんのときは他人に知られないよう気をつけたのかもしれませんね。

アデリシアさんにとっても、噂になっていいことなんて、何一つないでしょうし」


高い身分の人に見初められるというのは「いいこと」なのかもしれない。

だけど、既に意中の人がいて…その人だけに愛されていればいいと思う人なら、他の人から想いを寄せられても迷惑なだけだっただろう。


ましてやそれが恋人の異母兄だなんて…他人に面白おかしく噂されるのは目に見えている。

当時の関係者は、誰もが「秘密にしておいたほうがいい」と思ったのかもしれない。


ヴァルフラムさんが心配そうな表情を浮かべている。

わたしは急いで言葉を足した。


「大丈夫です、その人にも兄にも見つからないように、気をつけますから。

あとでこの髪の毛と瞳の色を、もっと目立たない色に変えますし。

それに、女王陛下からすごい魔道具をお借りしたんです。

歴代の王様がお忍びに利用してバレずに済んでいたというんですから、効果は……」


突然、背筋がゾクッと震えた。

寒くはないのに、わたしの全身に鳥肌が立っている。


「姫さん、どうした?」


話の途中で立ち止まってしまったわたしにあわせて、ヴァルフラムさんも足を止めた。


「姫さんの手、震えているみたいだけど?」


「…。」


わたしはヴァルフラムさんの問いかけに答えず、早口で頼んだ。


「どこか、隠れることができる場所へ連れて行ってください」


「?」


「兄が、すぐ近くに…居ます」


ヴァルフラムさんはわたしの切羽詰った口調に驚いたみたいだったけれど、すぐに頷いてくれた。


「わかった。

姫さん、口は閉じておいてくれよ。

舌を噛んだら危ないからな」


「?」


ヴァルフラムさんと繋いでいた手が、ぐいっと引かれる。

ふわっと身体が浮いたと思った瞬間、わたしたちはものすごい速さで移動していた。


「……っ!」


いやぁあぁああーーーーー!


わたしは叫び声を上げたくなった衝動を、必死に堪える。

確かに急いで隠れる必要があったんだけど、お姫様抱っこをされて、更に全力疾走とか…アリエナイ。


わたしはヴァルフラムさんに運ばれながら、早く隠れ場所に着くように祈った。

そして、わたしの『重さ』を、彼がすぐに忘れてくれるように願う。

(女の子の体重はトップシークレットなのですよ!)


わたしたちが低木が生い茂っている繁みに身を隠すのとほぼ同時に、遠くから人の声が近づいてきた。



「…ったく、試験に落ちたんだから、さっさと家に帰ればいいのにね~」


「ホント、僕もそう思う。

でも、無理矢理あの子たちを追い返したり、蹴散らしたりはできないよね~」


「グレアム師が自分と陛下の名前を出して城の外へ追い出したんだから、もう入ってはこれないさ。

彼女たちが城の門の外でユートが出てくるのを待ち伏せていても、ユートが外に出なければ問題はない。

俺たちも外へ出られないが、王城内で稽古に励んでいれば、時間の無駄にならないだろう?」


「「でも、副長~」」


「上官に対しての口答えは基本的に禁止…と、何度言えばお前たちは覚えるんだ?

『でも』や『だって』も、好ましい言葉じゃないな。

…それに、お前たちがそんな風に不平不満を言い続けたら、ユートが気にするだろう?」


「「あ」」


「解ったら、無駄口を叩くのは止めろ」


「「はぁーい」」


「――迷惑をかけてすまないな、セイル」


この無駄に艶のある声は……兄だ。


わたしは『透明マント』のフードを外し、ヴァルフラムさんと視線をあわせる。

わたしたちは無言で頷き、このまま身を隠してやりすごすことを選択した。


わたしは息を殺し、繁みの隙間から兄の顔を盗み見る。


兄の苦笑混じりの謝罪に、麦わら色の髪の毛と水色の瞳を持つ背の高い男の人は微笑んだ。


「いや、従卒の(しつけ)がなっていなくて申し訳ない…と、こちらが詫びなければならない。

この双子は、ヴァルフラムに甘やかされていているから」


「「えー?

そんなことないよ~」」


同じ顔をした男の子二人が、声を揃えて抗議をしている。

外見年齢は七~八歳ぐらいに見えるけど、実年齢はもう少し上なのかもしれない。


「…お前たち、拳骨を食らわないとわからないか?」


兄にセイルと呼ばれた人が怒気を(あらわ)にした。


「団長~、副長がいぢめるよ~」


「団長~、早く帰ってきてぇ~」


男の子たちはきゃーきゃー悲鳴を上げて逃げ回る。


わたしは一緒に隠れているヴァルフラムさんの顔を見上げた。

『団長』って、ひょっとして…ヴァルフラムさんのことなのかな?


ヴァルフラムさんはわたしの視線に気がつくと、小声で説明してくれた。


「たぶん、姫さんの考えている通り、俺があいつらの『団長』。

女王陛下直属の騎士団なんだが…普通の近衛とは違うんだ。

簡単に言えば、陛下の私兵みたいなものだな。

公にできない内密の調査や内偵の任務が多いから、他と比べて自由に動く権限を与えられている。

若手の騎士ばかりで歴史も浅いし、団長なんて肩書きがあっても、そんなに偉いわけじゃない」


「…でも、団長さんってことは、騎士団の中で一番強いんでしょう?

ヴァルフラムさんも凄い人だったんですね」


レイフォンさんの話から考えると、『魔法』と『剣』の違いはあれど、ヴァルフラムさんも実力のある人なんだろうな…とは思っていたけど、地位や肩書きがある人だとは想像もしていなかった。


なんでだろう?

親しみやすい感じがするからかな?


わたしの疑問は、双子の悲鳴で掻き消えた。


「「ユート、助けてぇ!」」


兄は自分の背中に隠れている二人に厳しい口調で言った。


「ディルク、ディラン、ふざけるのはそのくらいにしておけ。

セイルが本気で怒りはじめたら、俺は止めないぞ?」


兄の叱責に、男の子たちはしょんぼりと項垂(うなだ)れる。


「「…はぁい。

副長、ごめんなさい、反省してます」」


「――まったく、私よりもユートの言うことを聞くなんて、舐められたものだな。

やはり、兄弟がいるのといないのでは、年下の扱いが…」


「あ、副長、そんな話をユートにしちゃダメだよ~」


その制止の声は間に合わなかった。


「そうか、俺には特に自覚はないが、年下に慕われる資質があるのかもしれないな。

うちの妹はすごく可愛い上にとても優しくて賢い子供だったから、扱いに困ったことなんて一度も…」


にこやかな笑みを浮かべながら滔々と語り始めた兄を、副長さんと双子は生ぬるい目で見つめている。


「あーあ、こうなるとユート、しばらく自分の世界から戻ってこないよ~?」


わたしの隣でヴァルフラムさんが忍び笑いをしていた。

彼の肩が大きく揺れているのは見なかったことにしよう。


わたしは妹の自慢話を続けている兄の姿を睨みつける。


ああ、もうっ!

恥ずかしいなぁ…。


いますぐあの口を塞ぎたい。

ハリセンで殴り倒したい。

穴を掘って埋めてしまいたい。


「…すまん。

ユートに妹のことを思い出させるような発言は禁句だったな」


「まぁ、仕方ないよ、ユートだし」


「うん、仕方ないね、ユートだもん」


同じ顔をした男の子たちは苦笑を浮かべながら、落ち込んでいる副長さんの肩をポンっと叩いて慰める。

そして、三人で輪になって話を始めた。


「でも、ユートがこんなにメロメロになる妹さんって、どんな子なんだろうね?

ユートの妹さんなんだから、可愛い子なのは間違いないんだろうけど…」


「うんうん、僕もすっごく気になる~!

ユートってば、妹さん以外には興味ないって感じがするし。

すっごい可愛い子や、色っぽいお姉さんたちにも、無関心だったよね」


「確かに、ユートはまったく興味を示していなかったな。

女性に人気があるといっても、レイフォンとユートでは、対応や態度に似通った所がないのが面白い」


「副長~、そのレイフォンさんって、団長の友達の、銀縁眼鏡のヒトのことですよね?

僕、あのヒト好きじゃないなぁ。

いっつも違う女の人と歩いてるし…遊び人っぽい」


「僕もキライ~。

あのヒト、モテるからって、ちょっといい気になってるよねぇ。

女の子の好みってわからないなぁ……あのヒトのどこがいいんだろ?」


隣で「ぐふっ」と咳き込む声が聞こえた。

どうやら、ヴァルフラムさんの笑いのツボにはまったらしい。


わたしは彼の背中を軽く撫でて、落ち着いてくれるように祈る。


「――レイフォンと同列に語られるのは心外だな」


兄(正気に戻ったらしい)が、不機嫌そうに三人に話しかけている。


「えー、だってー、二人ともモテモテだし~」


「そうだよー、二人ともモテない男の敵だよ~」


双子の意見を聞くと、兄はくすっと笑った。


「たぶん、あいつは…レイフォンは、誰かを本気で好きになったことがないんだろう。

『お互いにとって都合のいい関係を保てなければ意味がない。相手がそれ以上を求めるようになると、面倒事が増えるからすぐに別れる。それを最初から約束できる大人の女性にしか手を出していないのだから、他人にとやかく言われる筋合いは無い』と言っていたからな。

本人にあれこれ言っても無駄だと思うぞ」


「「「…。」」」


「俺は、あいつとは違う。

本当に大切な人なら、相手の欠点も、巻き込まれる面倒事も、全てを愛しく思う。

俺は家族全員を大切にしているが、特に妹の優奈については、自分の命を懸けても守りたいと願って…」


「「はい、その辺でストップ!」」


双子は声をあわせて強引に兄の言葉を遮った。


不満そうな表情を浮かべた兄の肩を、副長さんが苦笑いしながら叩いた。


「ユートが自分の家族を大切にしていることは、いつも話を聞いているからよくわかっている。

特に、四つ年下の妹さんが可愛くて仕方がないってこともね。

…とりあえず、今は『学院』の訓練場に急ごう。

訓練場を借りられるのは夕方までだから。

今の話の続きは、また夜にでも聞かせてくれ」


兄は副長さんの言葉に素直に頷き、四人は再び歩き始めた。

わたしたちが隠れている場所から、彼らは少しずつ遠ざかってゆく。


わたしは声の大きさに注意しながらヴァルフラムさんに尋ねた。


「あの…副長さんは、シスコンに理解のある方なんですか?

兄の発言をサラッと聞き流していましたけど」


「『しすこん』って?」


「わたしの世界の言葉で、正しくは『シスターコンプレックス』。

その言葉を略したものが、『シスコン』です。

お姉さんや妹に対して強い愛着や執着を持っている人やその状態を表す言葉で、わたしは心の『病気』の一種だと考えています。

ウチの兄はちょっと…いえ、かなり、わたしに関して過保護で心配性なので…」


わたしの説明を聞くと、ヴァルフラムさんは得心したように頷いた。


「――まぁ、確かにユートは姫さんのこととなると、理性を欠くというか、落ち着きを失くす傾向があるな。

でも、ウチの国では、割と普通のことだからなぁ…。

身内の子女は自分たちの手で守り育てて、託すことができる相手が見つかるまでは家族が責任を持つ。

嫁に出した後は伴侶とその家族に任せるけど、それまでは一族が総出で守るものなんだ。

だから、俺もユートの言動をおかしいと思ったり、病気だと思ったことはないな」


「……。」


わたしは驚いて、暫く思考が停止した。


まさかの「シスコン全肯定」ですか?

そういえばエリオットも似たようなことを言っていたような気がするけど、でも、兄のあの言動が『普通』として許されてしまうなんて…。


ルスキニア…なんて恐ろしい国!

(漫画だったら、白目で顔にタテ線がいっぱい入ってるよ、きっと)



「姫さん、大丈夫か?

あいつらの姿が見えなくなったら、俺たちも移動を開始しよう」


「…あ、はい、わかりました」


わたしは我に返って、『透明マント』のフードを頭に被り直し、ゆっくりと立ち上った。

ずっとしゃがんで隠れていたから、足がじんじん(しび)れている。


「…っ!」


足の痛みに気をとられていたせいで、木の根っこに(つまづ)いて身体の重心が崩れた。

慌てて体勢を立て直そうとした瞬間、木の枝を揺らしてしまった。


ガサガサガサッ。



「――そこに誰かいるのか?」




■2012.11.13 双子の名前 変更

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