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うちのお兄ちゃんがハーレム勇者にならない理由  作者: 椎名
三章  治療士選抜試験

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047  女王陛下と秘密のお話


わたしは後ろをふり返って声の主を探した。


柔らかい声の響きから、声をかけてきたは女の人だと思ったのだけど……声の主の姿が見えない。

きょろきょろと周囲を見渡しているうちに、おじいちゃんの姿も見えないことに気がついた。


「上だ、上」


「…?」


わたしは声に促されるまま、自分の目線より上の樹木に目を向けた。

すると、左斜め上の木にハンモックが設置されていることがわかった。


ネットのような網目のメキシカンハンモックではなくて、布製のブラジリアンハンモック。

複数の鮮やかな色で染め上げられた布は、緑の木々の中に彩りを添えている。


わたしはとりあえず声の主が誰なのかを確かめることに決めて、ゆっくりとハンモックのほうへ歩み寄りながら尋ねた。


「――お休みのところ、すみません。

わたしは、ユウナ・カガミと申します。

女王陛下に呼ばれて、グレアム師と共に参上したのですが…」


わたしがハンモックが吊るされている木の下に立つと、ハンモックの上から誰かが飛び降りてきた。


「…っ!」


その人は猫のように難なく地面に着地した。

長い髪の毛がふわりと広がる。


彼女は飾り気のないシンプルなドレスの腰に剣を帯びていた。

(さや)を見ると、刀身(とうしん)は短くて、幅もあまり太くない。

きっと、護身用の短剣なのだろう。


年齢は…四十代後半から五十代前半頃だろうか。

白髪交じりの髪と顔に刻まれた深い皺が、老齢に達していることを示している。

けれど、生き生きと輝く瞳と自由闊達(かったつ)な振る舞いは、彼女を若々しく魅力的に見せていた。


彼女はわたしの顔をじっくりと観察した後、にっこりと笑って言った。


「お前は本当にリリアーナに良く似ているね。

あいつ(・・・)に目をつけられる前に会えて良かった」




彼女は自分がこの国の女王であると告げ、わたしを庭園の中の四阿(あずまや)へ誘導した。

(くるぶし)まである長いドレスを着ているとは思えないほど、女王は足早に歩いてゆく。


赤い絨毯やシャンデリアがある(きら)びやかな場所で、大勢の人たちの視線に(さら)されながら、正装した王族の前に(ひざまず)いて謁見(えっけん)をする場面は、本や漫画で何度も読んだことがあるから、なんとなく『流れ』みたいなものがわかるけど……こんな展開の先の予測はつかない。


女王陛下は困惑しているわたしの表情に気がつくと、いたずらっ子のように瞳を輝かせた。


「私は堅苦しい雰囲気ってヤツが苦手でね。

休憩時間には大抵空中庭園(ここ)で人目を気にせずに、『女王らしからぬ』息抜きをしているのさ。

…威厳のあるご立派な王様じゃなくて、失望したかい?」


「いえ、そんなことはないです。

確かに驚きましたけど、でも、親しみやすいというか…懐かしい感じがします」


「懐かしい?」


「はい。

陛下とこうやってお話していると、祖母と話しているような気持ちになるんです。

祖母はわたしが幼い頃に亡くなってしまいましたが、家族から祖母の話をたくさん聞いて育ったので…」


わたしの答えを聞くと、女王は軽やかな笑い声を上げた。


「私はリリアーナの育ての親のようなものだからね。

私の悪いところばかり似てしまったような気がしていたけれど、お前やユートのような出来のいい孫がいるんだから、あの子への教育は間違ってなかったのかもしれない」


「…?」


女王陛下がおばあちゃんの育ての親って…どういうことなんだろう。

わたしがその疑問を口にする前に、女王は四阿(あずまや)に控えていた年配のメイドさんにお茶の仕度を命じた。


女王は無言のまま四阿の中に設えてある長椅子に座り、右手で向かいの席を指し示す。

わたしは音を立てないように気をつけながら、女王の真向いの椅子に腰を下ろした。


穏やかな沈黙がその場を支配する。

風が木々の梢を揺らす音と鳥たちの鳴き声だけが耳を通り抜けてゆく。


メイドさんがテーブルの上に置いた透明なグラスから、柑橘系の香りがふんわりと漂ってきた。

赤とオレンジと黄色の層が綺麗に分かれている。

これは…果実を絞ったフレッシュジュースなのかな?


メイドさんは紅茶に似た琥珀色の温かいお茶とジュースを配膳し終わると、一枚板の(テーブル)の上の銀食器の蓋を次々と外してゆく。

蓋が開けられた途端、温かい湯気とともに美味しそうな匂いが広がった。


「左から…朝採り野菜のミモザサラダ、若鶏の丸焼き。

豚肉の根菜巻きにはこちらの(キノコ)のソースをつけてお召し上がり下さい。

手前にあるのは鮮魚の香草蒸し。

その隣はブロッコリーとホタテのクリーム煮でございます。

デザートの果物はこちらの容器に入っておりますので、お召し上がりになる直前に蓋を開けて下さいませ」


彼女はメニューの説明を終えると、折り目正しく一礼してから静かに席を外した。


「冷めないうちに早くお食べ。

今日の料理はユートが料理長に教えたものだそうだから、お前の口にもあうだろう」


「…。」


兄は異世界(こちら)で料理指南もやってるのか。

魔獣退治に料理法伝授って…よくある展開(パターン)だよね。


わたしは異世界で王道な勇者をやっている兄のことを考えながら、フォークとナイフを手に取って食事をはじめた。


キノコの旨味が凝縮されたソースと柔らかい豚肉、歯ごたえのある根菜が口の中で混じりあう。

あ、ホントに美味しい。


根菜って…レンコン?

このシャクシャクした食感も楽しくて好きだな。


こっちのお魚は、中華風に味付けされているみたい。

白身魚の身は柔らかく、ピリッと辛いソースが程よいアクセントになっている。


ローストチキンとサラダ、ブロッコリーとホタテのクリーム煮は、わたしの家の味そのままに再現されていた。

これを作った人の腕の良さと、使われている食材がわたしの世界のものと似通っていることに驚く。


わたしが料理をじっくりと味わいながら食べていると、向かいの席から忍び笑いが聞こえてきた。

見れば、女王陛下がお腹と口元を押さえて笑っている。


「…いや、すまない。

お前があんまりにも美味しそうに食べているものだから、つい、リリアーナのことを思い出していた。

あの子の影響で、グレアムも相当な食いしん坊になってしまったが…」


女王の言葉で、わたしはおじいちゃんがこの場にいないことを思い出した。


「わたし、おじいちゃ…グレアム師と一緒に、薔薇の咲いている庭園の泉からここへ来のです。

どうしてここにグレアム師がいないのか、陛下はご存知ですか?」


わたしの質問に、女王は穏やかな表情を一変させた。


「――グレアムを拒み、お前だけを空中庭園(ここ)に入れた理由は、七聖王国には知られたくない話がしたかったからなんだよ」


「…?」


「グレアムは長年ルスキニアで暮らしているけれど、この国に帰化(きか)してはいない。

出自で…生まれた国で差別するわけではないが、アレはあくまでも七聖王国側の人間。

その辺りをきちんと区別しておかないと、十五年前と同じようにグレアムを苦しめることになる」


「十五年前って、おばあちゃんが一人で火竜と戦いに行った…という件ですか?」


「そのことではない。

竜退治の件も含まれてはいるが……、いや、この話はここまでだ。

グレアムのたっての願いで、お前には何も話さずに異界へ帰すと決めたのだ。

私がその約定を破るわけにはいかない」


女王は「すまない」と詫びの言葉を口にしながら、デザートが入っている銀食器の蓋を開けた。

彼女は綺麗に飾り切りされた赤い果実を摘み、わたしの口の中に押し込む。

ほどよく冷やされていたその果実は、甘い苺のような味がした。



「――ユーナ、私がお前に会って、話しておかなければならないと思ったのは、リリアーナの…過去の話などではない。

今回、リヴァーシュラン伯爵家に再び火竜討伐の命が下るように画策した人物は、私のもう一人の異母弟。

名前は、ディートハルト・フォイエルバッハ。

ディートハルトの生母は重罪を犯したために、私の父から死を(たまわ)った。

まだ産まれたばかりの赤子だったディートハルトは…連座は免れたものの、王族としての地位や権利は全て剥奪され、母方の血に連なるフォイエルバッハ侯爵家へと引き取られた。

現在ディートハルトは侯爵位を継ぎ、何不自由のない暮らしをしている筈なのだが……奴は未だに自分を捨てた王家と、自分を選ばなかったリリアーナに深い恨みを抱いている。

あいつがリリアーナにそっくりなお前を見つけたら、どんな手段を講じてもお前を手に入れようとするだろう」




評価、お気に入り登録、(検索サイトの)応援投票、いつもありがとうございます。


『うち兄 ぷらす』に、ハロウィン関連のお話をUPしてあります。

よろしければそちらもお楽しみ下さい。


■2012.11.04 フォイエルバッハ侯爵の血筋について修正

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