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うちのお兄ちゃんがハーレム勇者にならない理由  作者: 椎名
三章  治療士選抜試験
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043  不合格の理由


「お師さまが不合格になった方々を城外へ強制排除したようですね。

先ほどの『揺れ』は、大きな魔法を行使し、魔素(マナ)を大量消費することによって発生した衝撃です。

通常、魔術士と魔導士にしか感知できないものなのですが…ユーナは精霊の姿も視ることができるようですし、魔導士の素質があるのかもしれません。

…それにしても、さすがお師さまですっ。

あんなに大勢の人たちを一瞬で < 転移 > させるなんて、本当にすごい!」


エリオットは目を輝かせながら拳を握って力説していた。


わたしがエリオットの説明を理解する前に、おじいちゃんからの < 心話 > が頭の中に飛び込んでくる。


[ わしは、王宮筆頭魔導士のグレアムじゃ。

この < 心話 > は、治療士の一次試験に不合格になった者と、火竜討伐隊の参加者、女官長、そして王城の警備に就いている者たちに送っておる。

仕事中の者は少し手を止めて、わしの話に耳を傾けて欲しい ]


おじいちゃんはそこで一拍置き、朗々とした声で話を続けた。


[ たった今、治療士採用試験に落ちた百四十四名を、城外へ < 転移 > させたのはわしが行ったことじゃ。

城門の警備の担当者たちに告ぐ。

彼女らは試験に落ちた不合格者であり、城内へ留まることは許されぬ。

それは平民でも、高位貴族でも、同じこと。

その者らを再び城内へ入れることは(まか)()らぬ。

…これは女王陛下のご下命である。

不合格者の名簿の写しを参照し、ゆめゆめ警備を怠ることなく、各自仕事に励むがよい ]


鏡の中の映像に目をやると、兄とおじいちゃんが意味ありげな笑みを浮かべて、ガッチリと握手を交わしていた。

兄にとって、自分の周囲につきまとう女の子の数が減るのは…嬉しいことなんだろうなぁ。


ちびっ子たちはともかく、『ぼよよん』とか『むっちり』な色っぽいお姉さんもいたのにー。

ああ、もったいない。


[ …城内の客室に滞在して私物を置いていた者は、女官長へ荷物の引き取りを申請した上で、きちんと『滞在費』を支払えば返してもらえることになっておる。

女官長、不合格者の名簿の写しをそちらにもお送りしました。

貴女と女官たちには面倒をかけて申し訳ないが、よろしゅう頼みましたぞ ]


おじいちゃんは眉をひそめてコメカミに手を当てた。


[ ……これ、そのように(わめ)かなくても、わしにはちゃんと聞こえておるよ。

じゃが、異議申し立ては受け付けておらん。

先ほども言うた通り、これは女王陛下のご命令じゃ。

不合格者全員とは言わぬが、そなたたちがこの数日間、王城内で働く者たちにかけた迷惑を考えれば、試験に落ちたあとに滞在が許されぬのは当然のこと。

それでもまだ文句があると言うのなら、しかるべき手順を踏んで、陛下に直接奏上するのが筋じゃろう ]


おじいちゃんはそう言って高らかに笑うと、大きく咳払いをした。


[ さて、礼拝堂ではあまりに騒がしくて話せなかった件について、そろそろ話をはじめようかの。

…この期に及んでわしの話を黙って聞くことができぬ者はおらんじゃろうな? ]


迫力のあるおじいちゃんの声がわたしの頭の中にも響く。


一瞬くらりと眩暈を感じた。

今のは声には何か…身体や意識に働きかける『力』が含まれていたような気がする。


[ よしよし、多くの者が聞く態勢になっているようじゃの。

ちぃとばかし長くなるから、皆、楽な姿勢で聞きなさい ]


おじいちゃんはそう言いながら、兄が運んできた椅子に腰を下ろす。

笑顔で御礼を言うおじいちゃんに、兄は穏やかな表情を向けていた。


[ 不合格になった諸君は『怪我や病に苦しんでいる人に助けを求められたら、無償で薬と癒しの力を分け与えますか?』という問題に、『慈愛と奉仕の心に従い、無償で助ける』と答えた。

…私欲を捨てた善き行いなのに、何故不合格になるのかわからない。

そう思うておる者が多くいるじゃろう ]


おじいちゃんはゆっくりと話をはじめた。


[ …実際に無償で薬を与えたり、傷や病を治してやったことがある者がおるかの?

いや、おったとしても…私財を投げ打って、今もずっと続けている(・・・・・)という者はおるまい ]


穏やかな声の中に、嘘を許さない厳しさが混じる。

「もし居たら、民の間で噂になっているはずじゃしのぅ」と付け加えて、退路を断つ。


[ 見返りを求めずに人を助けるのは、確かに良いことじゃ。

救ってやった者に感謝されれば、良いことをしたと満足するじゃろう。

……そういう甘い(・・)人間を篩い落とすのが、この一次試験の真の狙い ]


おじいちゃんはそう言うとニヤリと笑った。


[ 慈悲と奉仕の心を持つ治療士は確かに優秀じゃが、魔力は無限ではないし、薬も無料ではない。

そもそも、治療士は数ある『職業』の中のひとつ。

生計を立てるための技能であり、技術であり、労働の対価として金を稼ぐ手段。

…職業意識が高く、治療士としての自負と自覚がある者でなければ、討伐隊の任務は到底務まらぬ。

それ故に、そなたたちは不合格となったのじゃよ ]


噛んで含めるようなおじいちゃんの説明を、わたしは感心しながら聞いていた。


わたしがエリオットとおじいちゃんにした説明は、骨子(こっし)だけ。

分からない、理解できないと叫ぶひとたちを、納得させられる内容ではなかった。


[ ……ふむ、まだ解らないかのぅ。


皆、目を閉じなさい。

わしの話を聞き、現実のことのように…心の中でありありと想像してみるのじゃ。


火竜と戦う際、治療士のそなたたちは後方に配置されるじゃろう。


後方から、討伐隊の仲間たちが戦う姿をじっと見守っている。

仲間が傷つき、血を流す姿を見ても、その都度治すことはできぬ。


何故なら、魔力には限りがあるからじゃ。

魔宝石があっても、魔宝石から魔力を抽出するには時間がかかる。


常に一歩先を読みながら治癒の術を使わねばならぬ。

早すぎれば魔力の無駄遣いとなり、遅すぎたら手遅れになって死んでしまうからのぅ。


支援魔法も頻繁に求められるじゃろう。

(シールド) > の術が少し遅れただけで、仲間が大怪我をするかもしれん。


火竜との戦いは、すぐには終わらぬ。

ゆっくりと治療に専念する余裕なぞありはしない。

薬をつけたり飲んだりする時間を稼ぐのも、命懸けじゃよ。


後方に居ても、火竜の咆哮(ドラゴン・ブレス(さら)され、命を落とす危険は常につきまとう。


自分が死ぬ恐怖と戦いながら、討伐隊全員の状態を見極め、戦いを支援しなければならぬ。

同時に、自分の魔力の残存量を常に把握して、魔力切れにならぬように気を配る。

全員の命を護りとおすという強い決意と、それが叶わなかった場合の覚悟も必要じゃ。


…力及ばす、助けられなかった仲間がいたとしたら?

遺族の悲しみの声や叱責を、真摯に受け止めなければなるまい。


…命を救うことができても、重度の障害が残るとしたら?

仲間やその家族からは責められなくとも、自分自身が一生罪悪感に(さいな)まれるかもしれん。



――どうじゃ?

想像の中の自分は、討伐隊が必要としている治療士の勤めを、きちんと果たしていたかの?


できなかった…と認められる者は、正直じゃのぅ。

恥じることなく、『今』の実力を冷静に推し(はか)ることができた自分を褒めておやり。


想像の中でも、一人の治療士としての役目を果たし、自分と仲間に恥じない行いをしていた。

もちろん現実でも同じことができる…という者はいるかの?


残念じゃが、そなたたちが不合格となった結果は(くつがえ)らぬ。

どうしても自分の実力を試したければ、騎士団付きの治療士に志願すると良い。



身の危険がない安全な場所で、魔力切れと薬の残量を心配する必要のない『治療士』と、戦闘の場に加わり、自分と仲間の命を護れる『治療士』は違うのだ…ということが解ったかね?


…これにて、一次試験不合格者への説明を終わりとする。


皆、気をつけてお帰り ]


おじいちゃんはにっこりと笑い、綺麗に話を締めくくった。


一言も聞き漏らさないように話に聞き入っていたわたしとエリオットは、同時にほっと吐息を漏らした。


「おじいちゃん、すごかったね!

すごく解りやすい話だったから、不合格になった人たちにもちゃんと伝わったよね」


わたしの言葉に、エリオットは何度も頷いた。


「ええ、そうですね。

僕も、そう思います。

…そうなることを、願います」


エリオットは急に笑顔を曇らせた。


「…?

エリオットは、何か気がかりなことでもあるの?


「はい、考えすぎかもしれませんが、ちょっと心配になってしまって。

あの説明を聞いても納得できない人がいたとしたら…そしてその人が貴族階級だとしたら、自分の血縁に働きかけ、お師さまに対して何か嫌がらせをするかもしれない。

そう考えたら、自分の未熟さが恥ずかしいし、情けないんです。

お師さまは、僕の代わりに矢面に立っているようなものですから。

僕は周囲の人たちにいつも守られて、助けられているけれど、その逆はほとんどない。

僕がもっとちゃんとした、一人前の大人だったら…」


「…。」


「――ああ、すみません。

先のことを心配しすぎるのも、良くないことですよね。

自分を責めても、何かを()しているわけではないし。

ユーナまでそんな顔しないでください…ね?」


無理に笑顔を浮かべて笑うエリオットが痛々しくて、わたしは話を逸らした。


「あ、そう言えば…おじいちゃん、アレを言ってなかったね」


「?」


「エリオットがわたしを怒らせないようにする…って言ってた、アレのこと」


わたしの言葉にエリオットはくすりと笑った。


「アレは予告無しのほうが効果があるから、お師さまはわざと教えなかったんじゃないでしょうか?

きっと、みんなびっくりしますよね。

でも、言い逃れもできないでしょうし…」


エリオットの表情に再び明るさが戻ったことが嬉しくて、わたしもにっこりと笑った。


和やかな雰囲気に包まれた部屋の中に、突如として第三者の声が響く。



「――おや、ずいぶんと楽しそうですね。

今、二人で話していた『アレ』とは何のことなのか…私にも教えてくれませんか?」




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