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うちのお兄ちゃんがハーレム勇者にならない理由  作者: 椎名
三章  治療士選抜試験
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040  試験官たちの舞台裏


エリオットの出題を聞いて、すぐに動き出す人は少なかった。


ほとんどの人が質問の意図をはかりかねて、その場に留まっている。

互いに相談しているのか、ざわめく声がどんどん大きくなってゆく。


その様子を見ていたエリオットが時間制限をかけた。


「残り三十分以内に答えを出し、移動して下さい。

『無償では助けられない』という答えの方は、この場所に留まってください。

『無償で助ける』という答えの方は、直ちに礼拝堂へ移動してください。

礼拝堂へは、左腕に赤い腕章を付けている係りの者が誘導させていただきます。

広場と礼拝堂、両方に名簿をご用意してあります。

答えが決まった方から順番に、名簿にご自分の名前を記入してください。

時間内に移動を終えられなかった方、名簿にお名前の記入をされていない方は、全員失格とさせていただきます。

何かご不明な点がありましたら、係りの者にお尋ねください」


そのお知らせが出た途端、次々と人が動き出した。

係りの人に誘導されて、運動会の行進のように整然と移動を開始した。



[ ふむ、姫がどちらを合格にするのか、わしも気になりますのぅ ]


不意におじいちゃんの声が聞こえた。

耳ではなく、頭の中に突然声が飛び込んできたような不思議な声。


部屋の中を見回してみたけれど、やはりおじいちゃんの姿はない。


「…おじいちゃん?」


わたしが声の主を確認するために呼びかけると、楽しげな笑い声が頭の中に響いた。


[ いや、失礼…リリアーナ姫もわしのことを『爺』と呼んでいたことを思い出したら、懐かしくて… ]


そういえば、口に出して本人に「おじいちゃん」と呼びかけたのは初めてかもしれない。


「わたしのおばあちゃんに?」


わたしはそう問い返しながら、こちらの世界の十五年がわたしの世界では六十年だったことを思い出した。

わたしにとっては大昔の話でも、おじいちゃんにとってはまだそれほど遠くない過去。


[ わしが七聖王国から命じられた役目には、リリアーナ姫の『お守り』も含まれておってのぅ。

わしは姫が赤ん坊のときからお傍にいて、姫の成長を見守っておったのじゃよ。

姫に初めて(いとけな)い声で『(じい)や』と呼ばれたときには、本当に嬉しくてたまらんかった。

わしが姫の爺やじゃないと理解したあとも、ずっと『(じい)』と呼んでくれて…、まるで本当の家族の一員のように……いや、年寄りの話は長くなっていかんのぅ。

今は、目の前の厄介ごとを片付けるといたしましょう ]


おじいちゃんは自分の話を途中で切り上げた。

わたしはいつか続きを聞かせてもらおうと考えながら、別のことを尋ねる。


「おじいちゃん、これが < 心話 > ですか?

エリオットからは双子石の指輪をもらったけど、おじいちゃんとは魔道具無しでお話できるの?」


[ うむ、これは < 心話 > じゃ。

わしの魔力と術は、弟子よりもうんと優れておるので、魔道具の補助は必要ないんじゃよ ]


声だけで、おじいちゃんが胸を張っている様子が目に浮かんでくる。

わたしはくすくす笑いながら訊いた。


「レイフォンさんがおじいちゃんを助けに行くって言ってましたけど、会議はもう終わったんですか?」


[ …ほぼ終了、といったところかのぅ。

あとはレイフォン(あやつ)に任せておけば、大丈夫じゃよ ]


高らかに笑うおじいちゃんの声が頭の中に響く。


「それって、レイフォンさんに後始末を押し付けて、自分は抜け出してきたということじゃ…?」


[ まぁ、結果から見ればそうかもしれんのぅ ]


「あとでレイフォンさんに怒られるんじゃないですか?」


[ …弟子が師匠を手助けするのは当然のことじゃし、わしはエリオットの手助けに行くのじゃから、あやつに叱られる理由など無い ]


「…。」


えー、そうかなぁ?

レイフォンさんはきっちり仕返ししそうなタイプに見えるけど。


…なんて考えていたら、それもバッチリおじいちゃんに伝わったらしい。


[ そ、そのときはユーナ姫がわしを庇ってくれると、信じておりますぞ! ]


「…。」


わたしは言葉と思考をしばらく止めて明言を避け、指輪を左手で触ってエリオットにも < 心話 > を繋げながら話題を変えた。


「――ところで、おじいちゃんは試験会場…広場か礼拝堂へ向かっているんですか?」


[ うむ、その通りじゃ ]


[ …え、お師さまがこちらに向かってるんですか? ]


エリオット(おまえ)あの(・・)お嬢さんたちを抑えられるとは、思うとらんよ。

ユートと同じように、女嫌いになられても困るしのぅ ]


わたしはふたりの会話が終わるのを待って、『正解をどちらにするのか』と『その理由』を伝え、最後に『お仕置き』を含めた王城からの退去命令について話をした。


わたしの説明を聞くと、エリオットは絶句し、おじいちゃんはからからと大声で笑っている。


[ ユーナはやっぱりユートと血が繋がっているんですね。

僕、ユーナを怒らせないように気をつけます ]


エリオットにしみじみと言われて、わたしはムっとした。

この苛立ちが伝わらないよう、指輪に触れていた左手をすこしの間だけ離す。


(アレ)と同類みたいに扱われるのは不本意だし、兄ほど酷くはない…と思いたい。

それに、自分は関係ないみたいな言い方をしてるけど…エリオットだって、(アレ)と血が繋がっているんだからね!


[ …姫もなかなかの(ワル)じゃのぅ。

そういうことなら、礼拝堂はわしが担当しよう。

広場に残った受験者への説明は、エリオット、お前に任せるぞ ]


[ 承知しました。

どちらの答えを選んだのかは、両会場で名簿に名前を記入してもらっているので、それを証拠にすれば言い逃れや誤魔化しは不可能です。

受験者への説明は…そうですね、十一時から二つの会場で同時に行うことにしましょう ]


[ あいわかった。

…姫は二次試験の内容を、もう考えておるのかの? ]


「はい。

二次試験を開始するには、会場の準備と協力してくれる方を集めなければいけないので、ちょっと時間がかかると思いますが、合格した受験者の方たちに何も情報を与えずに待機させる(・・・・・)ことも、二次試験開始のために必要なことなんです。

二次試験の内容は、一次の結果発表と、その後に起きるかもしれない『騒動』が片付いたあとにお話しします」


[[ ……。 ]]


「なんですか、二人のその沈黙は?」


[ いえ、またどんな『罠』を仕掛けたのかと思ったら…なんとなく ]


[ わしは他人事じゃから、怖いもの見たさって感じじゃのぅ ]


「――そんなに酷いことはしてないつもりなんですけど」


二人のあまりの言い様にわたしがぽつりと不平をもらした。


[ え…あ、あの、すみません。

こちらの都合で呼びつけて、試験内容まで全部お任せしてしまって…本当に申し訳ないと思ってます。

こちらの世界の同年代の女性と比べると、ユーナがあまりにも大人びているものだから、つい、自分より年下の女の子だということを忘れてしまって……ごめんなさい ]


あわてて弁解をするエリオットの言葉と同時に、激しい心の動揺が伝わってくる。

仔犬がぷるぷると震えながらガツンと叱られるのを待っているみたい…と思ったら、わたしの口からクスっと笑いが漏れた。


怒っているわけじゃないけど、ここはキッチリと言っておこう。

わたしは姿勢を正し、エリオットに真剣に語りかけた。


「うちの兄とエリオット…そして火竜討伐に参加してくれる人たちの命を守ってくれる、有能な『治療士』さんを選ぶことは、わたしのためでもあるんだから、手助けするのはいいけど…正直、全部丸投げされたのは嫌だと思ったよ。

一次試験は開始まで時間がなかったから、全部わたし一人の考えで決めちゃったけど、二次試験からは少しは余裕があるだろうし、ちゃんと意見を出して計画に参加してね?

エリオットが『隊長』なんだから、それは権利であり、義務だと思う」


もしもこの部屋の中にエリオットがいたら、背中をバシっと叩いて気合を入れてあげたい。

そんな気持ちをこめて、わたしは言葉を紡いだ。


「自分の指示や命令が誰かの命を危険に晒す。

…他人の命を背負うのって、きっとものすごく大変なことだよね。

わたしは手助けすることはできても、エリオットの代わりはできないから、自分のできることを精一杯やるよ。

エリオットもがんばってね」


[ ……はい、がんばります ]


エリオットが力強い返事を返してきたのとほぼ同時に、おじいちゃんからのんびりした声で呼びかけられた。


[ 礼拝堂に着いたぞぃ。

…ふむ、全員時間内に移動は完了しておるようじゃの ]


わたしは鏡に映っている映像を注視した。

上の広場と、下の礼拝堂では、集まっている人の数が全然違う。


「やっぱり、礼拝堂の方…『無償で助ける』を選んだ方が多かったようですね」


[ 実際にできる者は滅多におらぬと思うが…まぁ言うだけなら容易いからのぅ ]


おじいちゃんの声には、揶揄(やゆ)するような響きがあった。


「――それでは、時間になったら…受験者に合否の発表と、その理由についての説明をお願いします。

わたしはその間、二次試験についての提案をまとめておきます」


[ 了解しました ]


[ あいわかった。

…姫も、根を詰めすぎぬよう、お気をつけてくだされ。

一次試験が終わったら、皆で一緒に昼食を摂りましょう。

姫の愛情こもった料理には敵いませぬが、王城(ウチ)の料理人たちの腕もなかなかのものですぞ ]


「はい、楽しみにしてます」


わたしはそう返事をして、指輪に触れていた左手を再び外した。



頭の中に自分一人だけの思考しかない状態を取り戻すと、全身からふっと力が抜ける。

無意識のうちにかなり緊張していたらしい。


わたしは椅子から立ち上がると、腕を上げて大きく伸びをした。

首や肩も回して、筋肉の疲れをほぐす。


軽いストレッチを続けながら、頭の中では二次試験の採点と減点方法について検討を続け、鐘が鳴る音…十一時を告げる音を聞いて再び鏡の前の椅子に座る。


試験官であると同時に仕掛け人のわたしは、出演者たちが筋書き通りに踊ってくれるのか、それとも脚本とは別の騒ぎを起こすのか、期待と不安を抱きながら次の展開を待った。




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