039 一次試験開始
エリオットに詳しい経緯を聞くと、兄を籠絡して取り込むために送り込まれた貴族のお嬢様たちが、王城内で勝手気ままに振る舞っていることに対して、おじいちゃんのところに苦情が殺到しているらしい。
おじいちゃんがエリオットの師匠で、兄の身元保証人になっていることから、保護責任者として早急に対応を求められているのだと云う。
早く火竜討伐隊に加える治療士を選んで、それ以外の者は城外へ叩き出してくれ…と、王城内の各部署長からの切実な訴えに押し切られ、急遽、本日から選定試験を行うという通知を出したそうだ。
「――いきなり今日から試験を始めることになった事情は分かったけど、その貴族のお嬢様たちと親御さんのことがよく解らないなぁ。
王様の居るお城の中で、苦情が出るほどのワガママし放題って…よっぽどのお馬鹿さんじゃない?
自分自身の評価と親の評判が両方下がると思うんだけど、そういうことは全然気にしないの?」
わたしが首を傾げながら訊くと、エリオットは苦笑した。
「こちらの世界では、女児の死亡率が高く…男性に比べて女性の数が少ないんです。
出生時の割合はほぼ同じでも、成人年齢に達した時点での男女比率は六対四に変わっています。
魔法が教え広められる前の…一番酷い時代は、八対二ぐらいになったこともあるそうです。
現在でも子供は全員『国の宝』として大切に育てられますが、男児に比べて病弱な女児には特に甘くなる親御さんが多いようです」
「…。」
それは単に猫可愛がりしすぎて、躾ができなかったってことでは?
…なんて、心の中でツッコミを入れてしまったけど、それを言葉にすることはできなかった。
こういう歴史と事情があるからこそ、さっきのレイフォンさんの話に繋がるのかもしれないけど、今はそんなことを考えている余裕が無い。
わたしは大きく深呼吸して気持ちを切り替えた。
「――それで、今日はまずどんな試験をするの?
わたしは何を手伝えばいい?」
「え?」
「…?
今日は、わたしは何も手伝わなくていいの?」
驚いているエリオットに重ねて尋ねる。
「ひょっとして、わたしの手伝いが必要なのって…最終試験だけ?」
それなら結構暇なのかな…なんて、のん気に考え始めたとき、エリオットが震える声で言った。
「す、すみません……ああ、そうだ、ユーナは『手伝う』と言ったんですよね。
僕らは何を勘違いしていたんだろう」
「…?」
「僕も、お師さまも、試験はユーナに任せておけば安心だと思い込んでいて、どんな試験を実施するのか…とか、そんなこと全然考えていませんでした」
「……。」
全部丸投げかよ! …と、わたしは心の中で叫んだ。
声に出して叫んで、裏手でツッコミを入れてもよかったのかもしれない。
わたしは無言のままエリオットのこめかみをゲンコツでグリグリしながら考えた。
うーん、試験は受けたことはあっても、出題したことなんてないし。
ましてや治療士は、実技がメインだよね?
「ユーナ、痛い、痛いですぅ……うう、ごめんなさい」
エリオットが涙目になっていたので、わたしはお仕置きを止めた。
昨夜はわたし用の魔道具を創ったりして、すごく忙しくて大変だったのかもしれないし、これくらいにしておこう。
「エリオット、治療士に志願してきた人…受験者は全部で何人ぐらいいるの?」
「昨夜の時点で百九十八人でした」
「…多いね」
「十時に王城内の広場へ集まるように伝えてあります。
そこは有事の際の避難場所となっていて、二百人近い人数が集まってもまだ余裕があり、城内で働いている人たちにも迷惑がかからないという理由で選びました」
わたしは部屋の柱時計に視線を移した。
時計はわたしの世界のものとほぼ同じようで、長針と短針から読み取れる時刻は九時半。
試験開始時刻まで、あと三十分。
わたしはエリオットに尋ねた。
「確認するけど、『優人が拒否反応を起さない治療士』を選べばいいんだよね?」
「はい、それが一番大事ですから」
エリオットの答えに、わたしはにっこりと微笑んだ。
「じゃあ、一次試験の内容はコレで決まり」
わたしは試験内容をエリオットにそっと耳打ちする。
「ユーナ、どうしてそんな…初めから答えと結果が解ることを?」
「いいから、いいから、種明かしは後でね。
急がないと、もう時間がないよ?
現場で受験者を監督している人たちに連絡しなくちゃ。
それに、別の場所を確保して、そちらでも受け入れ準備をしてもらわないと。
あと、誘導する人なんかも必要じゃない?」
「理由が気になるけど、仕方ありませんね」
エリオットは部屋の中央に置かれた大きな鏡の前に立った。
そして小声で何か呪文のような言葉を唱える。
「――この鏡に、城内各所に配置した魔宝石を通じて、『映像』と『音声』が伝わるように設定しました。
この鏡を見れば、受験者を集めた広場と、移動先の様子が解りますから、ユーナはここに居てください」
「うん、わかった。
エリオットは?」
「もう時間がないので、自分で現場に行って直接動きます。
ここから指示を出して人を動かすより、早く準備ができると思いますし。
…っと、コレを持っていてください」
エリオットはズボンのポケットから金色の指輪を出してわたしに手渡した。
紫水晶によく似た紫色の石がはめ込まれている。
「この指輪には < 心話 > の魔法が込められています。
紫色の魔宝石は、双子石といって…二つの結晶が重なるようにして成長する石で、双子石を二つに割って所持していると、離れていても互いの心の声を伝える魔法を補強してくれる力があることから、< 心話 > 魔法を込めた道具によく使われている石なんです。
片方は僕が持っていますから、何かあったらこの指輪を触りながら話しかけてください。
僕からもユーナの指示や判断を仰ぐことがあるかもしれません。
そのときはよろしくお願いします」
わたしはこくりと頷いて、指輪を右手の薬指にはめた。
「じゃあ、行ってきます」
「行ってらっしゃい」
手を降って部屋から出ていくエリオットを見送ったあと、わたしは椅子を探して鏡の前に陣取った。
思わず「よっこいしょ」なんてかけ声が出ちゃったけど、誰も聞いている人がいなかったので、なかったことにする。
「…あれ、何も映ってない?」
普通の鏡のように、色を変えた私の姿を映っているだけだ。
わたしが手を伸ばして鏡に触れた瞬間、鏡の中の映像がパッと切り替わった。
縦に長い楕円形の鏡の上と下に、別々の場所が映し出されている。
「上が広場で、下は…教会みたいなところかな?」
上にはたくさんの人の頭が映っていて、下の屋内と思われる場所は無人。
ガヤガヤというざわめきの声は、上の映像のものだろう。
上の映像は背後から撮っているものしかなくて、集まっている人たちの顔は見えなかった。
たくさんの人の頭があるなぁ…ということしか解らない。
わくわくしながら、エルフ耳や獣耳を探してみたけれど、変わった耳や角を生やしている人はいない。
奇抜な髪の毛の色(ピンクや黄緑)も、見当たらない。
わたしは少し…いやかなりガッカリしながら、下の映像に視線を移した。
下の映像をよく見ると、細長い窓にはステンドグラスがはめ込まれていて、白い壁との対比が鮮やかだった。
緋色の敷物がしかれた中央の通路を挟んで、左右に長椅子がたくさん置かれている。
通路の一番奥の中央には、教壇か演壇のようなものが設えてあった。
カラァン、カラァン、カラァン…。
鐘の音と共に、エリオットのはっきりとした音声が鏡の中から聞こえてくる。
「――皆様、お忙しいところお集まりいただいてありがとうございます。
時間となりましたので、これから一次試験を始めさせていただきます」
広場に集まっているひとたちの私語が一斉に止んだ。
「…では、問題をお伝えします。
『貴女は怪我や病に苦しんでいる人に助けを求められたら、無償で薬と癒しの力を分け与えますか?』
『慈愛と奉仕の心に従い、無償で助ける』…という方は、礼拝堂へ移動してください。
左腕に赤の腕章を付けた係りの者が誘導いたします。
『無償ではできない』…という方は、この場所に留まってください」