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うちのお兄ちゃんがハーレム勇者にならない理由  作者: 椎名
三章  治療士選抜試験
38/94

038  治療士選定試験が開始されるそうです


――ゴォォオォォォー!


< 門 > の中には、風が吹き(すさ)ぶ音が木霊(こだま)している。

聞こえるのはほんの一瞬、わずかな間だけなのに、何故か耳の奥に残って軽い眩暈がした。


< 門 > から出た直後、ぐらりと傾いたわたしの身体を、誰かの手が支えてくれる。


わたしと同じぐらいの背丈に、ふんわりとした金髪。

ああ、エリオットだ…と気をゆるめかけたとき、わたしの腕を掴む手に力が込められた。


「貴女は…?」


その声に宿る驚きの感情と真摯な眼差しに、わたしはたじろいだ。


「エリオット?

あの、どうしたの?

こちらの世界では、わたしの目を見つめちゃダメなんだよね?」


「――ああ、やっぱり…貴女は髪と瞳の色を変えた、ユーナなんですね。

すみません、シア姉さまに…アデリシア姉さまの昔の姿にそっくりだったので、驚いてしまって」


エリオットはわたしから手を放すと、口元だけ笑顔の形を作った。


「エリオットの一番上のお姉さんとわたし…そんなに似てる?」


「はい。

正確には、二人ともリリアーナ様に似ていると言うべきなんでしょうね。

でも、こうやって落ち着いてよく見ると、違う点がわかります。

シア姉さまの髪の色は今のユーナと同じ蜂蜜色でしたが、髪質は僕と同じだったし…」


アデリシアさんは、ふわふわの天然パーマだったってことか。

わたしはさらさらのストレートだから、髪質は異なる。


「…そっか。

姫さんが色を変えた姿を見て、どっかで見たことあるような、懐かしい感じがしてたんだけど、アデリシア様に似てたんだな」


ヴァルフラムさんの言葉にレイフォンさんが頷く。


「私も思い出せそうで思い出せずにいたんですが……蜂蜜色の髪に青紫の瞳は、アデリシア様の色でしたね」


アデリシアさんの記憶を懐かしむかのように、三人は瞳を伏せた。

みんなの邪魔にならないように息を潜めていると、ヴァルフラムさんが一番最初に顔を上げた。


「…っと、朝からしんみりしてる暇はねぇな。

ここはエリオットの研究室か?」


ヴァルフラムさんの声につられて、わたしも周囲を見渡した。


おじいちゃんの研究室と部屋の作りはよく似ているけど、広さは半分ぐらい。

室内の随所に飾られた小物や観賞用の植物が、温かみのある雰囲気を醸し出している。


「あ、はい、そうなんです。

お師さまとレイ先輩の研究室には、お客さんが訪ねて来ることがあるので、僕のところでユーナを(かくま)うことに決めました」


「じゃあ、姫さんの荷物、ここに置いておくぞ。

…俺は仕事で抜けるけど、姫さんのこと頼むな。

ウチの姉貴から『レイフォンを姫さんに近づけるな』って言われてるんだ。

俺の代わりに見張っといてくれよ?」


「…え?

あ、はい、わかりました」


ヴァルフラムさんは笑いながら手を振って、エリオットの研究室から出て行った。



「――レイ先輩、ユーナに何をしたんですか?」


「別に(やま)しいことは何もしてませんよ?

ヴァルフラムの姉君には昔から嫌われているので、それが原因だと思います」


にっこりと笑顔で答えたレイフォンさんの顔を、エリオットはじぃっと見つめた。


「…わかりました、レイ先輩の基準では『たいしたことではない』ことだったんですね」


「おや?

エリオットは私の言葉を信じないのですか?」


「先輩の常日頃の行いを知っている僕に、信用しろと言うほうが無理だと思いませんか?」


「…なるほど、これはこれで面白い」


レイフォンさんは楽しげにくすくすと笑っている。

エリオットはそんな彼を険しい表情で見上げていた。


わたしの目から見ると、仔犬が成犬にキャンキャンと吠えているような図に見える。

レイフォンさんが怒ってがぶっと噛みつく前に止めるべきかなぁ?


「ユーナは僕の一族の、僕が守るべき人です。

僕にはユートの分までユーナを守る責任がある。

レイ先輩が(たわむ)れにユーナに手を出すというなら、僕は全力で貴方を排除します」


「本気ならばいいんですか?」


「…っ!」


レイフォンさんは両手を上げ、降参しているようなポーズで言った。


「冗談ですよ、冗談。

そんなに怒らないで下さい。

…まったく、この国の人たちは、皆さん家族愛が強いですね。

私には縁の無い感情なので、理解はできませんが、少しだけ羨ましいですよ」


「…っ。」


レイフォンさんの言葉を聞くと、エリオットの表情が変わった。

怒りと警戒が消え、戸惑いと後悔の色が浮かんでいるように見える。


わたしはとっさに横から口を挟んだ。


「ヴァルフラムさんから、お二人は幼年学校からの幼馴染だって聞いたんですけど、レイフォンさんは別の国の出身なんですか?」


レイフォンさんは少し目を丸くしたあと、わたしが二人の会話に割り込んだ意図を察したかのように微笑んだ。


「…ええ、わたしとお師匠さまは、この国の生まれではありません。

七聖王国のうちのひとつ、リグヴェルトの出身です」


「七聖王国のうちの、ひとつ…ですか?

確か『はじまりの魔法使い』の七人のお弟子さんたちが、それぞれ国を創ったんですよね?」


わたしはエリオットに聞いた話を思い出しながら尋ねた。


「ええ、そうですよ。

後に七聖と(たた)えられた方々が創った国々のうちのひとつです。

七つの聖王国が連盟を結び、連邦国家としては『七聖王国』という名称がついています。

各聖王家から候補者を選出し、その中から最も実力のある者を聖王として(いただ)きながら、互いの独立関係を維持しているんです」


ふむふむ。


…ということは、ドイツ連邦共和国みたいな感じなんだ。

全体としてはひとつの国だけど、各国がそれぞれ自治権を持っている。


「リグヴェルトは『優秀な人材の育成』と『外貨獲得』のために、自国の民から提供された精子と卵子を国が管理し、余剰分を他国に売買しているんです。

全国民は国に無償で提供しなければならないのですが、その義務が終了した後は、自分の素質や能力に応じた金額で買い取ってもらえるのです。

自分の精子…あるいは卵子を国に売って、お金を手に入れることは、一番簡単で手軽な国家貢献として、一般市民にも広く浸透しています。

狙い通りに類稀(たぐいまれ)なる素質を持って生まれた子供は、成人までの教育費が全て免除され、育成に必要な経費は国から補助金が出ます。

子供の育成はすべて国に委託することもできますから、自分の手で子供を育てる余裕がない人も気軽に参加できますし、『両親』である精子と卵子の提供者にも多額の報奨金が支払われるので、ソレを目当てに子作りに励む人もいます」


わたしは歴史と保健体育の授業を受けているような気分で、レイフォンさんの話をなんとか理解しようとしていた。

優秀な子供の出産と育成を国をあげてバックアップし、それを他国に向けの『商売』にもしてるってこと…だよね?


「…昨日、ヴァルフラムはお師匠さまのことを非難していましたが、リグヴェルトではごく『普通』のことなんですよ。

私たちの国では、『家族愛』や『家族の絆』が(はぐく)まれることの方が、普通ではないんです。

同じ世界に生まれた人間でも、生まれた国と育った環境が違えば、常識も違ってくる…という、いい例かもしれませんね」


レイフォンさんはそう言うと、エリオットの頭をぽんぽんと軽く叩いた。


「――私はこれから、お師匠さまを援護しに行ってきます。

自分の娘にユートを籠絡(ろうらく)させようと画策している方々が、昨夜の通知だけで納得している筈がない。

あれこれ理由をつけて、会議所で猛反発していることは目に見えていますからね。

私とヴァルフラムがいない間、姫のことを守れるのはあなただけです。

頼みましたよ?」


「はい、お任せ下さい」


レイフォンさんはエリオットの返事に満足したように微笑む。


そのまま外へ出て行こうとする彼の服の袖を、わたしはあわてて掴んだ。


「…姫?

どうしたのですか?」


「昨日の夜…ヴァルフラムさんから聞いたんです。

より多くの魔力が必要となるのに、ヴァルフラムさんのお家の庭まで < 門 > を繋げてくれたのは、レイフォンさんの心遣いだって。

レイフォンさんが、わたしの身の安全を考えて、城下町ではなく家まで送ってくれたんだと…そう教えてもらったので、お礼をちゃんとお伝えしたかったんです。

昨日も、今日も…いろいろとありがとうございました」


わたしはお礼の気持ちを伝えたあと、感謝をこめて微笑んで、深々と頭を下げた。

姿勢を元に戻してレイフォンさんの顔を見上げると、彼の透き通るような白い肌がほんのりと紅く染まっていた。


「ヴァルフラム…これは何の嫌がらせですか」


「…?」


レイフォンさんの声は小さくて、わたしには聞き取れなかった。

視線で問いかけると、レイフォンさんは大きく息を吐いてから応えてくれた。


「失った魔力の補充はお師匠さまから巻き上げ…いえ、お師匠さまから頂いた魔宝石を使えば容易に回復できるので、そのようなお気遣いは無用です。

……ですが、お礼を言われるのは嬉しいものですね。

こちらこそ、ありがとうございます」


レイフォンさんは満面の笑みを浮かべながら、わたしに向かって頭を下げた。

そして(にこ)やかな表情のまま、颯爽(さっそう)と部屋の外へ出て行った。


わたしが「美形の笑顔は眩しいなぁ」なんて思っている横で、エリオットは呆然とした声でつぶやいた。


「あれ、本当にレイ先輩でしたか?」


「…?」


「中身は別人じゃないでしょうか?

僕、あんな風に笑う先輩を見たの、初めてです」


「…。」


中に別の人が入ってるという発想の方が怖いよ、エリオット君。

着ぐるみじゃないんだからさ……と、わたしは心の中でこっそりツッコミを入れた。



「――っと、いけない。

こんなことで時間を無駄にしている場合じゃないんです」


「…?」


突然我に返ったエリオットは、常にない早口で言った。


「ユーナ、突然ですが、落ち着いて聞いてください」


「うん、わたしは落ち着いてるよ?」


まずは君が落ち着いてくれたまえ。


「ユーナの了解も得ずに決めてしまったことは、申し訳なく思っています。

ですが、王城内の各所から多数の苦情が寄せられ、これ以上引き伸ばすことが難しくて…」


「…?」


「昨日の夜、僕とお師さまとユートの名前で、治療士候補として集まった人たち全員に告知を出したんです。

今日から『治療士の選定試験を行う』と…」




■2012.09.25 一部削除の上加筆

■2012.10.15 レイフォンの台詞に加筆

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