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うちのお兄ちゃんがハーレム勇者にならない理由  作者: 椎名
三章  治療士選抜試験
34/94

034  新しい朝には新しいトラブルがやってくるようです



…チュン、チュン。

チチチチチッ。


小鳥の鳴き声で目が覚めたわたしは、しばらく見慣れぬ天井をぼぅっと眺めて、ここがヴァルフラムさんのお家だということを思い出した。


「…んーっ」


ベッドから起き上がり、思いっきり背伸びをする。

軽くストレッチをしていると、ぼんやりとしていた頭の中が次第にクリアになってゆく。




昨夜、おじいちゃんの研究室から、レイフォンさんが作ってくれた < 門 > を通って、このお屋敷にたどり着いた。

ヴァルフラムさんの説明によると < 門 > は、離れた場所へ一瞬で移動することができる便利な魔法だけど、魔力をたくさん消費する難しい術である上に、術者が実際に訪れたことのある場所に限られる…等の制約もあり、使いこなせる魔導士はあまりいないらしい。


ヴァルフラムさんが城下町でいいと言ったのに、お屋敷の庭まで送ってくれたのは、レイフォンさんの心遣いだということも教えてもらった。

「距離が遠くなるほどより多くの魔力が必要になるのに、姫さんのことが心配だったんだろうな」と、ヴァルフラムさんは苦笑していた。


確かに < 門 > の出口が街中だったら、夜中とはいえ人目を気にして歩かなければならなかっただろうなぁ。

まだ、髪の毛と目の色を変えてもらっていないし。


今度レイフォンさんに会ったらお礼を言おうと心に決めて、ヴァルフラムさんの案内に従ってお屋敷の中へ入った。


…お屋敷の中には誰もいなかった。

ヴァルフラムさんのご両親と、住み込みで働いている人たちが居るはずだったのに、誰の姿も見当たらない。

無人の屋敷の中の淀んだ空気と、あちこちの家具にかけられているホコリ避けの布が、長い間ここに人が住んでいなかったことを示していた。


何故誰もいないのか、何処へ行ってしまったのか、何もわからなかった。

途方にくれたわたしたちは「とりあえずもう夜も遅いし、詳しいことは明日の朝に改めて考えよう」と決めて、使えそうな部屋を探した。


わたしはヴァルフラムさんの部屋を借りて寝た。

彼のために誰かがときどきこの部屋を掃除してくれていたらしく、客間よりもずっと綺麗ですぐに使える状態だったため、ヴァルフラムさんが譲ってくれたのだ。




「居間のソファで寝るって言ってたけど…ヴァルフラムさん、ちゃんと眠れたかな」


わたしがそうつぶやいたとき、窓の外から再び小鳥の声がした。

何かをねだるような鳴き声が気になって窓の近くに移動すると、窓の近くの木々とベランダの手すりに色とりどりの小鳥の姿が見えた。


そっと窓を開けてみると、小鳥たちは怯えて逃げるどころか、わたしの肩や手の上に飛んでくる。


「わぁ、人懐っこい…。

あなたたち、ヴァルフラムさんに餌付けされていたの?

ごめんね、わたし何もあげられるもの持ってないんだ」


わたしがそう言って謝ると、可愛らしい鳴き声が返ってくる。


チチチチチッ!

チュン!

クルルゥ!


そのタイミングの良さから、まるで「気にするな」と返事をもらったように思えて、わたしはくすくすと笑い出した。


扉の向こうからノックの音と共にヴァルフラムさんの声が聞こえてきた。


「――姫さん、起きてるのか?」


「はい、起きてます」


私は返事をしながら後ろをふり返った。

ドアが開き、ヴァルフラムさんがこちらを見る。


「…っ!」


あれ、どうしたんだろう?

なんか突然固まっちゃったけど…。


「ヴァルフラムさん、おはようございます。

あの、どうかしましたか?」


こちらから話しかけてみると、ヴァルフラムさんは我に返ったのか、表情を取り戻して苦笑いを浮かべた。


「――シャツが光に透けて身体の線が見……じゃなくて、まず、どうして俺のシャツを着ているのか聞いてもいいか?」


最初のほうの小さな声は聞き取れなかったけど、後半はハッキリと聞こえた。

わたしはすぐに頭を下げて謝った。


「あ、すみません。

わたし、寝巻きを持ってくるのを忘れてしまったんです。

昨日、この部屋にあるものは何でも使っていいとおっしゃっていたので、クローゼットの中にあったシャツを寝巻き代わりにお借りしたんですけど…勝手に着ちゃってごめんなさい」


ヴァルフラムさんのシャツはとても大きくて、わたしが着ると膝丈ぐらいの長さになったから、シャツワンピースみたいな感じで丁度良かったんだけど、自分の服を他人に着られるのは嫌だったんだろうなぁ…。


「そういうことなら別にいいんだけどさ、正直びっくりした」


「本当にごめんなさい。

勝手に自分の服を着られていたら、びっくりしますよね」


「いや、それは別に……まぁいいか。

でも、これからはちゃんと服を着ていないときは、入室を断わるようにしてくれ。

俺の心臓に悪いから」


「…?

はい、次からはそうさせてもらいますね」


ヴァルフラムさんはわたしの返事を聞いて微笑む。

彼が歩み寄ってくると、小鳥たちは一斉に飛び立った。


「あ、行っちゃった」


わたしは空に羽ばたいてゆく小鳥たちを見送った。


「姫さんは鳥が好きなのか?」


「…?

嫌いではないですけど、大好きというほどでもないですね。

あの子たちは窓を開けたら、わたしのところに飛んできたんです。

ずいぶん人懐っこいから、ヴァルフラムさんが餌付けしていたのかな…って思ってたんですけど」


「俺が?

いいや、全然」


あれ、違ったんだ?

わたしとヴァルフラムさんはお互いに不思議そうな顔を見合わせた。


…と、そのとき、階下から大きな足音が聞こえた。


ダンダンダンダンっ!

床を踏み抜くような足音が、ものすごい速さで近づいてくる。


ヴァルフラムさんがわたしを庇うように前に立った。


「ヴァルフラム!

あんたやっと帰ってきた……っ?!」


聞こえてきたのは、若い女性の声だった。

わたしは足音の主が兄ではなかったことにホッとしながら、ヴァルフラムさんの背中からちょこっと顔を出す。


年の頃は、二十代半ばぐらいだろうか。

夕焼けの空を写し取ったような赤毛に、意志の強そうな金色の瞳。

彼女の持つ色と顔立ちは、ヴァルフラムさんにとてもよく似ていた。


「姉貴?

朝っぱらからいったい、ど……ぐふっ!」


ヴァルフラムさんの言葉は、お姉さんの拳によって遮られた。

みぞおちのど真ん中にお姉さんの拳が沈んでいる。


わぁ、すごく痛そう…。


「半年以上も帰ってこなかったくせに、親の留守を狙って実家(うち)にこんな若い子連れ込むなんて、何やってんのあんたはっ」


お姉さんはヴァルフラムさんを床に投げ飛ばし、背中に乗って後ろから腕で彼の首を絞めている。

こっちの世界にもプロレスみたいな格闘技があるんだろうか。


「…っ!」


「答えられないの?

あんた、答えられないようなことをしたの?

ちゃんと合意を得た上での関係なんでしょうね?

…どうなの、さっさと白状しなさい!」


ギリギリギリっ。

お姉さんの腕が容赦なくヴァルフラムさんの首を締め上げる。


わたしはタオルを投げる代わりに、恐る恐る声をかけて止めた。



「――あの、お取り込み中すみません。

わたしの名前は、ユウナ・カガミと申します。

こちらの世界で最近噂になっている、ユウト・カガミの妹です。

ちょっと込み入った事情がありまして、昨夜はこちらのお屋敷に泊めていただいたのですが、お姉さんがご心配されているようなことは何もなかったので……弟さんを離してあげてくれませんか?」




■2013.04.13 ヴァルフラムの台詞を修正

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