003 台所で厨二病な会話は成立しません
足音を殺しながら階段を下りて人の気配を探る。
居間と台所がある方向から、かすかな物音がした。
そちらへ行こうとすると、わたしの進行方向になんかデカイのが立ちふさがった。
なにすんだ兄。
邪魔だ、どけ! …と、無言で睨みつけたけど、ヤツにはまったく効果がなかった。
「俺が先に行くから」
耳元で囁かれた兄の声にぞわっと鳥肌がたった。
何をやっても万事そつなくこなすチートな兄は声まで美声だ。
ここはおとなしく言うことをきいてやることにして、わたしは兄の背を追った。
灯りがともされていない居間に足を踏み入れて、暗がりに慣れた目で異常がないか探る。
ちゃぶ台、座布団、テレビ……どこにも変化はないように見える。
ふと横を見たら、兄が床の間に飾ってあるはずの『おばあちゃんのフライパン』を手にしていた。
日本刀を専門につくる職人だったおじいちゃんが、おばあちゃんの大切な思い出の品を鋳熔かして作ったというフライパン。
兄がソレを武器にしようとしていることを察して、わたしは心の中で呟いた。
そのフライパンに傷がつくようなことがあったら、父が泣くぞ…と。
兄の目線を追うと、どうやら賊は居間の隣の台所に身を潜めているらしい。
わたしはちゃぶ台の上にあった木製の丸いお盆を手に取る。
投げたら武器になりそうだし、ちいさいけど盾としても使えそうだ。
兄は台所へと続く引き戸に手をかけて、目でわたしに準備はいいかと問いかけている。
わたしがちいさく頷くと、兄は勢いよく引き戸を開いた。
ターン!
滑りのよい引き戸が音を立てて開くと同時に、大きな声で呼びかけられた。
「お探ししておりました、火竜殺しの英雄、リリアーナ様!」
「「……?」」
月明かりの中、台所に怪しい風体をした人物が床に座っているのがわかった。
最初は体育座りかと思ったけど、ちょっと違った。
右膝を立てて軽く腰を下ろし、左足の膝は床についているけど踵は上げられている。
あれはすぐにでも立ち上がれる姿勢だ。
もうすぐ五月なのに、分厚いフードつきのコートみたいなのを着てる。
「――誰だ?」
兄の怒気をたっぷりと含んだ声に、怪しい家宅侵入者がビクっと震えた。
「あ、怪しいものではありません。
僕、いや、私は…」
…いや、誰が見てもあなたは怪しいから。
ってゆーか、リリアーナって誰のこと?
キラキラネームだとしても、日本人の名前にしちゃ無理があると思う。
それよりも、『竜殺し』とか『英雄』の方が厨二病くさいなぁ。
厨二病の泥棒って…居直り強盗みたいに延々と萌えとか語りまくるんだろうか?
わたしの心の中のツッコミが聞こえたかのように、彼は勢いよく顔を上げた。
一瞬、満月の光が彼の頭の周りに集まっているように見えた。
天辺だけつるっぱげのザビエル頭かと思ったら、ただの金髪だった。(つまんなーい)
彼が金髪碧眼の持ち主なのは見てわかったけど、うっとりした表情でわたしを見つめるのはどうしてだろう?
うちの兄みたいな変人さんだろうか。
「――なんて美しい双黒なんだ…」
わたしがその言葉の意味を問いただす前に、兄が彼の頭をフライパンでぶっ叩いた。
「うちの可愛い妹を舐めまわすように見るなっ」
カーン!
おばあちゃんのフライパンは、金属バッドでボールを打ったときのようなイイ音を鳴らした。