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花嫁さんにちゅう

ふわふわ、ひらりと音もなく降りてくるのは桃色の花びらだ。

落ちてくる桜の花びらを手のひらにおさめる事が出来たら、願いが叶うと聞いた事がある。この真っ白な、何もない空間の空から降りそそぐのは桜ではないけれど、風もなく真っ直ぐ落ちてくる花を受け止めるのはきっと容易い。

水を掬う様に両手を差し出せば、意図も簡単にそれは捕まった。指先でつまみ上げ、思わず琴子はにっこり笑う。

「コトコー!」

背後から聞こえた声に振り返れば、少し離れた場所に居たルゥが立っていた。だが何故か両手を後ろに隠しており、自然ではないその姿に違和感を覚える。

「あのね」

「なに?どうしたのルゥくん?」

もじもじと体を揺らし、照れた素振りを見せる目の前の子供に琴子は首を傾げた。それを見たルゥは益々楽しそうだ。

「はい、ルゥからプレゼント!」

そう言って小さな手で渡されたのは、10本程の花の束。リボンも何もないそれはブーケと呼べるかも怪しい代物だった。

「これをわたしにくれるの?」

「そうだよ。とってもきれいでしょ?」

夢の世界。琴子が幼い頃、それこそルゥと対して変わらない年頃の時に昔、一度だけ隣の県の有名な花畑に家族で行った事がある。特に記憶に残っていたわけではないが、押し入れの片付けをしていたら偶然その時の写真が出てきた。思わず懐かしさに手を伸ばせば、そこには黄色の花畑を背にして空色のワンピースを着た女の子が写っている。もちろん琴子だ。それを見て最初に思ったのが、ルゥくんとも行ってみたいなぁだった。

その気持ちを持ったまま眠ったからだろう、琴子の夢は願いをあっさりと叶え花畑の世界を広げる。しかし何故か昔見た黄色ではなく、一面桃色だけれど。

「うん、凄くきれい。ありがとうルゥくん」

実際綺麗だとは言い難かった。いつから手に持っていたのか、幾つかは萎れ頭を垂れている。長さもバラバラで、よく学校帰りに子供達がお遊びで摘むそれに良く似ていた。

「いい匂い」

なんの飾りもない桃色の花に琴子は鼻を寄せ、少し青臭い匂いのする香りを吸い込む。花屋で売っている様な美しさはないけれど、ルゥの土に汚れ茶に染まった手を見れば十分だと思った。きっと琴子を喜ばせる為に頑張ってくれたに違いない。

これは夢の中にだけ存在するもので、現実に持ち帰る事が出来ないのは非常に残念だ。

「じゃあ、わたしからもプレゼント。」

昔の記憶を辿って作ったからかどこか歪なそれは、花冠。それをルゥの頭に乗せるとわぁ!と歓声があがった。灰色の髪に薄い桃色が映えてとても綺麗だ。

「すごい!すごーい!コトコとってもじょうず!」

頭に花冠を乗せたまま、くるくるとルゥが花畑を回れば二人の間で桃色の花びらが舞い上る。夢の中の、夢の様なそんな現象に琴子はまるで絵本の世界の様だと回るルゥを目を細めて見つめた。

「ルゥくん、あんまり回ると危ないって―っルゥくん!」

楽しげに花畑を駆けるルゥの足元が危なげなくフラつくのを見て声をかけた瞬間、案の定足をもつれさせ白に近いベージュの服に包まれた体が傾いた。頭部が大きな子供の体系では頭から落ちてしまう。

はっと鋭く息を吸った琴子が反射的に腕を伸ばした。

「……びっくりしたー」

ぽすりと軽い音を立てて向き合う形で抱き留められたルゥは間の抜けた音を吐き出す。

「もう、びっくりしたじゃないよ。危ないでしょ?あードキドキした」

ぱちぱちと愛らしく瞬きする緑の瞳と目が合うと無邪気に笑い、細い子供らしい腕が琴子の首に回ってしがみついてきた。頭を首に擦り付けて甘えてくる様は猫のようだ。

「でもたのしかったねー。お花がふわふわしててすっごくキレイ」

「ルゥくん」

全く反省の雰囲気を見せないルゥを咎める様に呼ぶけれど、返ってくるのは楽しげな笑い声だけ。ずっと全開で体いっぱいに遊ぶ様子を見て、良く体力が続くなと感心せずにはいられない。

「あ、コトコ花嫁さんだ!」

「え?花嫁さん?」

いきなりなんの話し?と座ったままの琴子から離れ、立ち上がったルゥは琴子の頭を指差した。

促されて目線を上げれば桃色が視界に入り、なるほどこう言う事かと頷く。きっと抱き締めた拍子にその衝撃で動いたのだろう琴子の頭には、先程作った花冠が中心を少しずれて乗っていた。

「ああ、この花冠とルゥくんがくれた花束で花嫁さん?」

「うん!あ、とっちゃだめ!そのままにして」

この年になって花冠は恥ずかしいと琴子が頭に手を伸ばせば、ルゥが怒った様に口を尖らせる。

「えーこのまま?」

それに抗議の声を上げるも直ぐに見ているのは子供一人だと思い、逆にこの遊びに付き合って上げようと琴子は悪戯っぽく口元を釣り上げた。

「じゃあ、わたしが花嫁さんならルゥくんが花婿さんだよね?」

「ルゥが花婿さん?」

分かっていないのか首を傾げるルゥがあまりに可愛いらしくて益々楽しげに口角は上がる。

「そ、花嫁さんがいるなら花婿さんも必要でしょ?結婚したらずっと一緒にいられるんだよ」

「ずっと一緒なの?じゃあルゥはコトコの花婿さんになる!」

これで明日も一緒だね!と飛び跳ね喜ぶルゥに琴子は一瞬戸惑った。花婿になると言う安易な口約束はこの位の年なら誰でも一度や二度はすることだ。実際に琴子だって幼稚園の頃に、今ではもう名前さえ忘れてしまった男の子とそんな話しで盛り上がった事がある。

琴子が戸惑ったのはルゥの明日も会えるね、という言葉だった。大抵は連続して夢を見るが、3日ほど間をあけて見ない事も多々ある。しかし、何度も意識する様にこれは夢なのだからあまり深く考えるのも可笑しな気がすると目を閉じた琴子を、ルゥの声が引き戻した。

「アゼルがね、たいせつな約束をするときはこうしなさいって教えてくれたの」

「アゼルが?」

出た、アゼル。と思ったのは仕方がない。あれから度々名前が上がるその生き物は相変わらず琴子の中では猫に似た宇宙人、もしくは未確認生命体として記憶されている。

しかしルゥが言う大切な時の約束の仕方とはなんだろう。まず思い浮かぶのは指切りだが、相手の様子を見る限りそれは違うように見える。

「あのねー」

一体何をするつもりなのかもじもじと恥ずかしげに体を揺らし、小さな爪の付いた手は服の裾を握りしめていた。

「ルゥくん?」

どうしたのかと顔を覗き込む為に寄せれば、耳の近くに柔らかな熱を感じた。

「え?」

1秒にも満たない、ほんとに僅かな触れ合いは最後に小さな音を立てて離れていく。あ、もしかして頬にキスされた?と気づき、目の前の実行犯を見れば花畑の桃色と同じ色に頬を染め満面の笑みだ。

桜貝に似た色の指を口元で一本立てて、内緒話しをするような格好で。

「約束ね!コトコはルゥの花嫁さんになってずっと一緒だからね」

思わず天を仰いだ琴子を責める物はきっといない。

アゼルに対して、なんて事教えてんの!と思う気持ちとグッジョブ!と親指を立てたい琴子がいる。

取りあえず、可愛いルゥを抱き締めるために腕を伸ばした。




それから次の日、早くも琴子は返事に対して答えなかった事を後悔する事になる。

その次の日もまたその次の日もあの夢を境にルゥに会えなくなって、二週間がたった。

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