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夢の世界のルゥ

真っ白な空間。

その真ん中に小さな流しとコンロだけという至ってシンプルな台所があった。

「おー!良い感じ。我ながら美味しそう」

台所だけという不思議な空間で何故か琴子はピンクのエプロンに、手にはフライパンという出で立ちで料理に勤しんでいた。そのフライパンを慣れた手付きで振れば中に入っていたホットケーキが軽い音と供にひっくり返る。ふっくらとキツネ色に焼けたホットケーキを見て、琴子は思わずにやけてしまった。

「良い匂い。後はホイップを添えて…イチゴなんかもあったらいいな」

そう零して、ちらりと台所の上を見れば無かった筈のイチゴが何もない空間からポロポロと6個7個と落ちてくる。慌てて水を掬う様に手を伸ばせば、あっという間に琴子の手に収まりきらない量になった。

「はぁー、いつ見ても不思議だなぁ。本当に何でもありだよね、この夢って。」

そう口にした様に、これは琴子が見てる夢の世界だった。夢と言ってもそれは限りなくリアルに近く、身体の感覚も匂いも味覚もある。夢と言うよりも別次元に来たかの様な錯覚に時々陥ってしまう。だが、確かに夢なのだ。

目が覚めたとき必ず夜寝たときと同じ格好、同じベッドの上で朝を迎えるのがその証拠と言っても良い。夢の中でどんなに食べても目が覚めたときは空腹を覚えるのもだ。かといって何か悪い事がある訳でもないので、只の都合のいい夢として琴子は特に深く考えなかった。

元々細かい事は気にしない質だ。

「よし、完成。…なんかここに来て料理のレベルが上がった気がする」

それとも夢の中だから都合良く美化されてるんだろうか、と思わず写真におさめたくなる出来のホットケーキに最後のイチゴを乗せた。

「ふふ、おいしそー。早くあの子来ないかな。いつもだとそろそろなんだけど」

いつの間にか現れたちゃぶ台にはお皿が二枚。もちろんひとつは琴子の分だ。そしてもうひとつは―。そわそわと体を揺らす琴子の少し離れた所に、普通より一回り小さな金のドアノブが突如出現した。ドア自体はなく、ノブだけのそれに驚いた様子も見せない琴子はむしろ嬉しそうに立ち上がった。


まるで白い紙に切り込みをいれた様に先程は無かったドアの輪郭が現れたかと思うと、そこから灰色の丸い物体がひょっこりと覗いた。その物体は半分程姿を見せるとキョロキョロと当たりを伺っている。まるで何かを探している仕草にたまらず琴子は声を出した。

「ルゥくんこっち!」

ぴくんと反応を見せるとそれは振り返る。灰色の癖のあるふわふわとした髪に、どんぐり眼の緑の瞳。愛らしいと言うに値する顔の中央にある瞳がパチパチと数度まばたきをすると、みるみる内に輝きを増した。

「こーこ!」

そこからはまるで感動の再開だと言わんばかりの展開だった。頭が出る程度だった扉を小さな手が押し広げ、幼児特有の拙いながらも懸命に琴子に向かって走る姿。裸足の足が床をてちてちと蹴り、こちらに来る幼子を琴子は手を広げながら迎えた。

「こーこ、みっけ!」

「えへへ、見つかっちゃったぁ」

きゃー!と子供の高い声と共に琴子の腰にも満たない小さな体を抱きしめる。甘い、ミルクに似た匂いが幼子を包んでいた。

「もう今日のおやつ出来てるよ。さて、今日はなんでしょう?ルゥくん分かるかなー」

「んー、ちょこ!」

「ぶっぶー残念ハズレです。正解はホットケーキだよ」

「ほっちょけーち!」

たどたどしい物言いが可愛くて笑わずにはいられない。それに気を良くしたのか、琴子にルゥと呼ばれた子供は「ほっちょ!ほっちょ!」と何度も繰り返す。一緒になって琴子も言葉遊びの様なそれに付き合いながら、ちゃぶ台に二人揃って座った。

正座を崩し、お尻を直接床に付けたルゥは小さな背中を丸め、おやつを食べる前に机の上のお絞りで手を拭いている。上手くいかないのか団子状に丸まったお絞りを手の中で転がしている状態なので、最後は琴子が仕上げをしてやった。

「ルゥくんは偉いね。何も言わないでも自分で出来るんだもん」

ふわふわと癖のある髪に指を通し、頭を撫でれば嬉しそうに緑の瞳を細めるのが堪らなく可愛いと思う。

「えへへー、ルゥえらい?」

「もちろん、偉いしかわいいよ」

最後のは関係ないが事実だ。その小さな頭を抱え込み、思いっきり撫で回したいと常々考えているのは目の前の子供は知らないだろう。実際ルゥは身内の欲目なしに誰もが愛らしいと評する容姿をしていた。

「冷めちゃうしあったかい内に食べようか。今日のは力作だよ。じゃあ、今日も元気良く!いっただっきまーす!」

「まーす!」

琴子の手とルゥの手がパチンと音を奏でる。

「んー!んまー」

「んまー」

フォークを口にくわえ、流石わたし!と誰に言うでもなく絶賛する琴子はその出来に軽く天を仰いだ。その横でルゥも琴子を真似て天を仰いでいる。厚みのあるホットケーキはバターの旨味を存分に吸い込み、ホイップの濃厚さもイチゴの酸味も思わずグッジョブ!と親指を立てたくなる。

「おいしーね。ルゥくんは次どんなおやつが食べたい?」

リクエストがあるならそれを優先するに越したことはない。と隣に座るルゥを見れば口の回りを真っ白に染めた小さなサンタクロースがいた。

「ルゥはねー、むきゅっ!」

「慌てて食べ過ぎ。ほら、口がクリームでベタベタじゃない」

綺麗なタオル欲しいな。そう思うだけで琴子の手には何もない場所からタオルが現れた。それでルゥの口を拭いてやればイヤイヤと首を振り逃れようとする。

「ルゥくん大人しくして。動いたら拭けないでしょ」そんな事を言いつつも悪戯心が働いて、そのままの流れで首をくすぐってやれば、きゃっきゃと声があがった。

「こーこ!やぁー」

首をすくめ、抵抗するがルゥもこの戯れを楽しんでいるのか楽しげに音を立てて笑う。そんな瞬間が、飾らない一瞬が例え夢の世界だとしても幸せだと思った。




こんな不思議な夢を見るのは最近からだった。最初は只の白い空間だったのが、その内考えるだけで色々な物を出せるのに気づき、ルゥと出会ったのはそれから暫く琴子が夢の世界に慣れてきた頃からだった。

こちらを伺う灰色の髪を持った子供は琴子に対して初め惑いや警戒心を抱いていたが、琴子のすることに興味を持ち少しづつ距離を縮め今に至る。初めから良好な関係を築いていた訳ではないのだ。

「ルゥ」と名乗った子供を見たとき、琴子はおや?と首を傾げた。

嫌いではないが特別好きでもない子供が自分の夢に居るのもそうだが、名前があるなんて変な感じだなあと更に首を傾げる。知れば知るほど只の夢の登場人物の筈なのにまるで別の世界での暮らしがあるように振る舞う。

実際ルゥはときどき「だれそれが今日怒った」だの「今日の朝はアレを食べた」だのポロリと零す。

不思議だなぁと思わずにはいられないが、結局は琴子の性格上まぁいっか害があるわけでもないしと深く考える事を放棄してしまった。

「こーこ、あーん。」

「え?」

考えごとをしていたらルゥがフォークの先に刺したイチゴをこちらに差し出している。そんな姿に思わず頬が緩んでしまうのをそのままに口を開けた。

「あーん」

「ルゥのイチゴおいし?こーこ、おいし?」

「うん、おいしい。はいルゥくんもあーんして」

「あむ」

大ぶりにカットされたイチゴはルゥには大きかったのか、もごもごと口を動かしほっぺたをリスの様に膨らませている。小さな両手で口を覆い、イチゴが出てこないように努めていた。そんな姿にぷっくりと膨れた頬を両側から押したい衝動を琴子は必死に抑える。

最初は不思議な何でもありな夢を楽しんでいたけれど、今は夢よりもルゥに会うのが楽しみになっているのを琴子も分かっていた。現にルゥを見る琴子の目は家族に向ける親愛に似たもので満ちている。

夢の登場人物だと思っているのにふとした瞬間今ルゥは何をしているのだろうと、考えてしまう辺りもう末期だと言ってもいい。

「流石にお腹いっぱい。ルゥくんも沢山食べたね」

「んー」

二人で食べるには多すぎる量を作った割に、今はお皿の上にはクリームの残骸しか残っていない。膨らんだお腹を無意識に撫でつつ食べ過ぎたと思うけれど、これも目が覚めてしまえば関係ないものになってしまうのだ。

「こーこぉ」

「琴子」と上手く舌が回らない舌っ足らずな甘えた声と供に、琴子の座る太腿に重みが乗っかった。

「どうしたのルゥくん。お腹いっぱいでおねむになったの?」

灰色の頭をぐりぐりと太腿に擦り付けるルゥの背中をゆっくりと優しい手付きで撫でてやれば、むくりとその頭を持ち上げる。先程まではしっかり開いていた瞳が今はまばたきするのも億劫とばかりにとろけていた。

乱れた髪を梳けば、その琴子の両手で覆ってしまえるんじゃないだろうかと言える小さな頭を今度は手に擦り付けてくる。

そんな子供の仕草に琴子の母性本能は刺激されっぱなしだ。

「こーこ、だっこ。ぎゅうして」

「ルゥくん!」

正に撃ち抜かれたと言っていいだろう。腕を広げ琴子に向かって強請る姿は「誰かわたしにカメラをー!」と叫びたい程だった。

言われなくとも、と琴子がルゥを抱き上げ腕を回すとそのふくよかな体に比例した、ふくよかな胸に顔をうずめてくる。暫く琴子の腕の中でもぞもぞと動いていたが、丁度脇と胸の間に出来た隙間に半分顔を隠す様な形で落ち着いたようだった。

「こーこ、もうお家かえる?」

寂しげな声はくぐもって聞こえた。ああ、慕われてるなぁと幸せを感じる瞬間でもあり、琴子自身も寂しくなる瞬間でもある。この場所は時間の感覚があまりなく一体ここに来て何時間たったのかが分からない。けれど大抵いつもおやつを食べる、絵本を読み聞かせる等ひとつの行動をとると目が覚めるのが常だった。

だからきっと今回もそう。

「そうだねー。何、ルゥくんは寂しいの?」

からかう様に聞けば顔を上げた無垢な緑の瞳が潤んで琴子を見上げていた。

「ん。ルゥこーこ、すき。だからまた来て。ね?」

タイミング良くキュッと握られたシャツに、やられた!と思った。なにこの子、絶対将来タラしになると思う殺し文句を聞いてもはや琴子は正常でいられなかった。

「わたしもルゥくん大好きだよー!また来るに決まってんじゃん!」

ぎゅうぎゅうと気持ちを押し付ける様に抱きしめれば、嫌がる所かルゥは琴子の背中に懸命に手を伸ばした。

「えへへー!うれしい。ルゥとやくそく!」

「約束ー!」

いまだかつてこんなに幸せを感じた事があっただろうか。

ああ、お母さん琴子を産んでくれてありがとう!と場違いな感謝をしながら、背がしなる程天を仰ぎ幸せな気分に浸っていると、それは唐突に終わりを告げた。


次に琴子が目を開ければ見慣れた、白に近いベージュの天井だった。白に近いだけでさっきの空間とは異なる場所だ。

唐突に終わりを迎えるのは珍しくないが今回の余りに、あんまりな夢の終わりに先程まであった幸せな気持ちがパッと散っていく感覚がする。

「う~、ルゥく~ん」

手を伸ばしわきわきと動かすがもちろん何も掴めない。先程まであったものを唐突に失い、その落差に琴子は情けない声を出した。

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