第11章:十五分
スズからの連絡は、昼過ぎに来た。
短いメッセージだった。
「ナギが「短時間なら」と言ってる。
今週のどこかで、三人で。
まずは15分。」
ユウは、その文を三回読んだ。
読んでも、胸が追いつかない。
十五分。
短い。
短いからこそ、重い。
十五分は、やり直しの時間じゃない。
誤解を解く時間でもない。
謝罪を完遂する時間でもない。
十五分は、安全確認の時間だ。
ユウはすぐに返信しそうになって、止めた。
反射で返すと、条件を破る。
深呼吸。
三回。
返信は急がない。十分待てばいい。
今日のユウは、十回やった。
メモを開く。
《15分の目的》
・相手が安全に終われること
・こちらが“止まれる”こと
・要求しないこと
・余計な説明をしないこと
目的を書いた瞬間、ユウの胸の奥が痛んだ。
“言いたいこと”は山ほどある。
でも、目的はそれじゃない。
ユウは紙にもう一つ書いた。
《15分でやらないこと》
・過去の弁明
・愛の証明
・罪悪感の吐露
・「戻りたい」
・「会いたかった」
・「誕生日」
・「記念日」
最後の二つを書いたところで、ユウは笑いそうになった。
笑えないのに、笑いそうになった。
誕生日。
記念日。
そういう“特別”は、武器になる。
自分にとっても、相手にとっても。
ユウはスズに返した。四行以内。
「了解。
15分で、相手が安全に終われる形にしたい。
こちらからは要求しない。
日程だけ教えて。」
送信して、スマホを裏返した。
追い撃ちをしない。
そこからの数日間、ユウは落ち着かなかった。
落ち着かない理由は、会えるからではない。
“壊すかもしれない”からだ。
会える、は希望。
壊す、は現実。
現実の方が速い。
だからユウは、準備を仕組みに落とした。
机に紙を置き、台本のように書く。
《最初の一言》
「今日は時間を取ってくれてありがとう。短く終える。こちらから要求はしない。」
《言っていいこと》
・条件を守る
・匂わせない
・周りに話さない
・連絡は短く
・第三者同席なら話せる
《言ってはいけないこと》
・“本当は”
・“でも”
・“だけど”
・“愛してる”
・“戻って”
・“消える”
ユウは「でも」を二回書きかけて、赤線で消した。
“でも”は、相手の言葉を否定する入口だ。
否定は、相手の安全を削る。
準備を終えたあと、ユウは配信をした。
いつも通り。
匂わせない。
意味深をやらない。
配信の最後、誰かがコメントした。
「最近、いい意味で淡々としてるな」
ユウは笑って返す。
「淡々が最強の時期あるやろ」
視聴者が笑う。
ユウも笑う。
笑いは、盾になる。
配信後、ユウは机の端の文庫本を開いた。
今日は、一行だけ。
――「短さは、誠実さになりうる」
ユウはページを閉じた。
当日。
待ち合わせはオンラインだった。
三人で通話。
カフェじゃない。現実の空気がない分、逆に逃げ道が少ない。
ユウは開始五分前に、スマホを握った。
指が冷たい。
胸が早い。
呼吸が浅い。
深呼吸、三回。
いや、十回。
“止まれるか”
自分に問いかける。
ユウはカメラを切ったまま、通話に入った。
ナギの声が聞こえる。
一瞬だけ、記憶が刺さる。
楽しかった声。
疲れていた声。
怒っていた声。
泣いていた声。
ユウはその全部を、飲み込んだ。
いまは飲み込む時間だ。
スズが言う。
「今日は15分。最初に、確認だけしよう」
スズの言葉は、開始の線を引く。
線があると、ユウは呼吸できる。
ナギは短く言った。
「…うん。短くでいい」
ユウは、最初の一言を言った。
「今日は時間を取ってくれてありがとう。短く終える。こちらから要求はしない」
ナギが返事をしない。
返事がなくていい。
返事を求めると、負担になる。
スズが促す。
「ユウ、伝えたいことは“条件を守る”の確認だけでいい?」
ユウは頷いた。声にする。
「うん。条件は全部守る。名前も出さない。周りにも話さない。連絡は短く。返信は求めない」
言いながら、ユウの胸が痛んだ。
これだけで終わるのか。
終わる。終わらせる。終われるようにする。
ナギの声が少しだけ柔らかくなる。
「…それが守れたら、私は助かる」
助かる。
その言葉が、ユウの中の子供を暴れさせる。
“ほら、助けられる”
“もっと”
“もっとやれる”
“もっと言える”
“もっと…”
ユウは、止めた。
もっと、は危険だ。
もっと、は依存の入口だ。
ユウは短く返した。
「了解」
それだけ。
沈黙が落ちる。
沈黙は怖い。
でも沈黙は、余計な言葉が出ない証拠でもある。
スズが時間を確認する。
「あと五分。最後に、確認だけ。連絡が必要な時はどうする?」
ナギが言う。
「…必要な時は、スズ経由でいい。私から言う」
ユウは頷く。
「わかった」
十五分が来た。
スズが締める。
「今日はここまで。お互い、約束を守る。終わり」
通話が切れる。
画面が暗くなる。
ユウは、しばらく動けなかった。
泣きたい。
叫びたい。
謝りたい。
抱きしめたい。
戻りたい。
全部、禁止。
ユウはメモを開く。
《今日の勝ち》
・15分で終えた
・条件以外を言わなかった
・“もっと”を出さなかった
・追い撃ちしなかった
丸をつける。
手が震える。
でも震えは、今夜の負けじゃない。
ユウはスマホを裏返した。
そして、静かに言った。
「…終われた」
終われた。
それが、再生の一番大事な一歩だった。




